学位論文要旨



No 119699
著者(漢字) 馬場,隆弘
著者(英字)
著者(カナ) バンバ,タカヒロ
標題(和) 超音速燃焼における旋回噴射及び二重噴射の効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 119699
報告番号 甲19699
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5904号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 渡辺,紀徳
 東京大学 教授 棚次,亘弘
 東京大学 助教授 津江,光洋
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 帝京大学 教授 梶,昭次郎
内容要旨 要旨を表示する

 人類が恒久的な活動領域を宇宙空間へ拡大しようとしている現在、低コストかつ信頼性の高い輸送手段の確立が望まれている。その一つの手段として、スペースプレーンと呼ばれる水平離着陸式の再使用型宇宙輸送システムの開発が各国で行われている。この推進システムの一翼を担うとして、経済性・安全性・環境適合性の点から、スクラムジェットエンジンに対する期待は大きい。

 スクラムジェットエンジンは広いマッハ数範囲の極超音速飛行を目的とした、文字通り超音速気流中で燃料を燃焼させることによって推力を得るエンジンである。スクラムジェットエンジンの利点はその高い比推力にある。スクラムジェットエンジンは燃焼に必要な酸素を大気中から取り込むエアブリージングエンジンであり、酸化剤をも搭載しなければならないロケットエンジンと比して、はるかに高い比推力を持つ。また、作動圧力も低く複雑な回転機械も有しないため、エンジンが損傷する危険性も低い。反面、高速気流中での燃焼、高速飛行による熱負荷、広マッハ数範囲に渡る飛行条件への対応など過酷な使用条件のため、各要素の開発においても課題を抱えているのが現状である。

 スクラムジェットエンジン開発において重要かつ困難な技術課題の一つに、超音速気流中での確実な着火と安定した保炎が挙げられる。そのためには、燃焼の準備段階として超音速主流と噴射燃料流とを速やかに混合させることが必須となる。ところが圧縮性の影響により混合剪断層における不安定が発達しにくくなるため混合は著しく低下し、超音速燃焼を実現する上で大きな障害となっている。このような背景に基づき、スクラムジェットエンジン燃焼室内への適用を念頭に置いた混合の促進に関する研究は数多くなされており、特に縦渦による混合促進効果が確認されている。

 縦渦を積極的に利用する方法として、燃料流に旋回を予め与えておくことが考えられる。旋回による超音速混合・燃焼に関する研究は現在までにいくつか行われているが、混合に着目した常温における実験的研究に限られており、着火・燃焼・保炎に関する知見は不足している。本論文では、超音速流中での混合促進と燃焼との相関に着目し、壁面から燃料を垂直に噴射する流れ場において、旋回噴射や旋回噴射と組み合わせることが可能な同軸二重噴射による混合・燃焼促進に関する知見を得ることを目的とした。

 TVDスキームを用いた数値解析により、垂直噴射に旋回を与えると新たな全圧損失を伴わずに噴射孔近傍における混合を促進させることができる。スワール数で定義される旋回の強さに応じて混合は促進され、スワール数0.50では混合効率が最大で約30%改善された。旋回によって、垂直噴射混合流れ場に特徴的な双子渦がねじられるため、燃料流の断面形状は複雑に乱され、接触面積は増大し、混合が促進される。また、噴射孔近傍における混合層内での乱流エネルギーの生成も活発になるため、乱流混合も促進される。一方で貫通高さは、スワール数に応じて減少する。噴射孔近傍では旋回噴流中心での過膨張域により、遠方場では燃料流の貫通に支配的な双子渦を乱してしまうため、貫通高さは低く抑えられてしまう代わりにスパン方向への拡散が大きくなる。

 同軸二重噴射によって噴射孔近傍での混合効率は円孔噴射と比較して大きく改善される。内孔から噴射される空気による接触面積増大と貫通力増加の効果が噴射孔近傍における混合促進に寄与するためである。一方で全体の噴射流量が多くなる分、全圧損失の増加は避けられない。同軸二重噴射に旋回を与えることによってさらなる混合の促進を図ったが、全体的に有意な混合促進効果は得られなかった。内孔から噴射される空気との接触面積増加による混合促進の効果が支配的となり、旋回によって断面形状を乱して接触面積を増加させる効果を内包してしまうためである。特に同軸二重噴射の内外孔それぞれに逆向きの旋回を与えることは、お互いを打ち消しあってしまうため混合には好ましくない。同軸二重噴射においても旋回は貫通高さを低く抑えてしまうが、円孔からの旋回噴射と比較して混合や貫通高さを改善できる。

 二次元ランプの後ろ向きステップ下流からの旋回・同軸二重噴射では、噴射孔近傍での主流貫入高さが混合効率および全圧損失に影響を及ぼす。ランプ高さを越える十分な貫入高さがあれば、混合や損失の傾向はランプのない壁面噴射と同様になる。一方噴射孔近傍における滞留時間は、旋回噴射や二重旋回噴射にすることによって増加する。後ろ向きステップ下流に生じる馬蹄渦やスパン方向への拡散効果によって、滞留時間が増加しているものと考えられる。旋回噴射には混合促進効果だけではなく滞留時間増加効果があるため、着火や保炎に有効な手段であると考えられる。

 風洞実験での燃焼試験により、ランプ下流からの垂直噴射に旋回を与えることによって、噴射孔近傍での低当量比側の保炎限界が広がることが確認された。同軸二重噴射においても、内外孔両方からの噴射に旋回を掛けることによって、二重噴射の外孔のみや単円孔噴射に旋回を与える場合と比較して保炎限界を低当量比側に広げることが可能である。しかし、反応に伴うOHラジカル自発光より、旋回のない噴射の方が計測領域内全域では強く反応することを示した。また、反応領域の高さ方向の広がりも旋回により抑えられた。混合に関する数値解析から得られる噴射孔近傍における水素濃度の低い領域と実験から得られるOHラジカルの存在領域は定性的に一致する。しかし、数値解析による混合効率の結果と、燃焼の強さを表すと考えられる実験におけるOHラジカルの積算輝度値とは、傾向が一致しなかった。旋回によって噴射孔近傍における混合効率は改善されるが、非反応場での高い混合効率が燃焼促進には必ずしも繋がるとは言えない。噴射孔近傍における滞留時間の増加が、噴射孔近傍における保炎限界拡大に大きく寄与する。

 以上要するに、本論文では旋回噴射および同軸二重噴射の混合促進効果を明らかにし、その燃焼への効果を風洞での燃焼実験により確認したものである。

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)馬場隆弘提出の論文は、「超音速燃焼における旋回噴射及び二重噴射の効果に関する研究」と題し、本文6章から成っている。

 人類の宇宙活動拡大に伴い、低コストかつ信頼性の高い宇宙輸送手段の確立が望まれている。スクラムジェットエンジンは広いマッハ数範囲の極超音速飛行を目的とした高比推力のエンジンであり、経済性・安全性・環境適合性の点から将来型宇宙輸送システムの中核を担う推進機関として期待されている。スクラムジェットエンジン燃焼室の流れは超音速であるため、圧縮性による混合の低下や滞留時間の減少などが起こり、安定した着火や保炎、効率の良い燃焼の障害になる。このため、スクラムジェットエンジン燃焼室内への適用を念頭に置いた混合促進に関する研究が数多くなされており、特に縦渦による混合促進効果が確認されている。

 縦渦を積極的に利用する方法として、噴射する燃料流に予旋回を与えることが考えられるが、旋回が混合層の発達に及ぼす影響や、そのメカニズムの詳細は、特に壁面からの垂直噴射形態の場合にはあまり明らかになっていない。また、燃焼を考慮した視点からの予旋回の影響に関する議論は、ほとんどなされていない状況にある。

 本研究では、超音速流中への燃料噴射方法として、旋回噴射及び旋回噴射と組み合わせることが可能な同軸二重噴射を垂直噴射に適用することを提案している。混合に関する乱流数値解析及び超音速燃焼風洞における実験により、提案する噴射方法による混合・燃焼促進について検討し、この方法が噴射孔近傍における混合の促進や保炎に有利に働くことを明らかにした。

 論文の第1章では、本研究の背景及び目的を述べている。

 第2章では、本研究で開発・使用した数値解析手法について説明している。本研究において数値解析は流体の混合機構解明の手段として位置付けられており、Harten-YeeのNon-MUCCL型TVDスキームをベースにしたk-ε乱流モデルによる混合解析コードについて述べられている。

 第3章では、超音速流中への垂直噴射における旋回噴射および同軸噴射が、混合に与える効果に関して数値解析を行った結果を述べている。燃料は音速以上で噴射されるため下流側の影響を全く受けないと仮定し、代表的な全圧・全温条件において、ラバルノズル状のスワールインジェクター内部の流れ場を、旋回の強さや気体種を変化させて数値的に解析し、その結果得られたスロート部の流れ場を、燃料噴射孔位置において無次元噴射条件として使用している。燃焼器内部における混合流れ場の解析結果から、噴射に旋回を与えると、噴射混合に起因する全圧損失の増加を伴わずに、旋回の強さに応じて混合が促進される結果を得ている。これは噴射により発生する双子渦が旋回のためにねじられ、燃料流の断面形状が複雑に乱されて、空気と燃料の接触面積が大きくなるためである。一方で旋回は対称な双子渦の生成を妨げるため、噴射燃料の貫通高さは旋回により低下してしまう。そこで旋回噴射による混合促進効果をさらに高めるため、燃料と空気とを同軸で二重の噴射孔から噴射する手法を提案している。この同軸二重噴射では、内孔から空気を、外孔から燃料を噴射するが、燃料噴流の主流への貫通力が増大し、内孔からの空気との混合も得られるため、混合は大幅に促進される結果を得ている。さらに風洞実験との比較のために、流路に二次元ランプを設け、その下流から燃料を垂直噴射する場合の混合流れ場についても、旋回噴射および同軸二重噴射による効果を解析した。結果から、旋回噴射によるランプ下流で発達する馬蹄渦の成長、水素濃度減衰時間の増加、馬蹄渦内滞留時間の増加などが示されている。また、旋回による混合効率の違いは見られず、旋回のない噴射で全圧損失が大きいという結果を得ている。一方、同軸二重噴射では、噴射孔近傍において混合効率が高く、滞留時間も長くなっている。

 第4章では実験装置および実験手法について説明している。

 第5章では、旋回噴射および同軸二重噴射を利用した燃焼実験を行い、本論文で提案する燃料噴射方法の超音速燃焼に与える効果について調べている。燃料噴射は、超音速流中での燃焼を容易にするために設置した二次元ランプの下流より垂直噴射される。実験に用いる旋回噴流は、接線流入式のスワールインジェクターにより作られるが、旋回の強さは、数値解析で用いた旋回噴流と同程度であった。ランプ下流からの垂直噴射に旋回を与えることによって、噴射孔近傍での低当量比側の保炎限界が広がる結果が得られた。同軸二重噴射においても、内外孔両方からの噴射に旋回を与えることによって、二重噴射の外孔のみや単円孔噴射に旋回を与える場合と比較して保炎限界を低当量比側に広げることが可能である。しかし、反応に伴うOHラジカル自発光の空間積算輝度値を計測した結果では、旋回によって輝度が小さくなる傾向があり、旋回が燃焼を促進する効果は顕著ではなかった。即ち非反応流れ場における混合促進が、直ちに燃焼促進に繋がるとは言えないが、噴射孔近傍において着火・保炎が促進される状況は確かめられた。

 第6章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

 以上要するに、本論文は旋回噴射および同軸二重噴射の混合促進効果を数値解析により明らかにし、その燃焼への効果を超音速風洞を用いた燃焼実験により確認したものである。これは、将来スクラムジェットエンジンの燃焼器を設計する上で重要な基礎的知見を与えた意味で、航空宇

宙工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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