学位論文要旨



No 119705
著者(漢字) 韓,尚甫
著者(英字)
著者(カナ) ハン,サンボ
標題(和) 触媒を併用した非熱平衡プラズマプロセスによる低濃度トリクロロエチレンの分解処理
標題(洋) Decomposition of Dilute Trichloroethylene by NonThermal Plasma Process combined with Catalysts
報告番号 119705
報告番号 甲19705
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5910号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 小野,靖
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨 要旨を表示する

 人間活動に伴って大気中に放出される揮発性有機化合物(VOCs:Volatile Organic Compounds)や窒素酸化物(NOx:Nitric Oxides)などのガス状の大気汚染物質は直接的・間接的に人体に悪影響を及ぼすことから環境汚染物質に関心を集め、この分解・除去の目的で多くの研究が行なわれている。VOCsの中には、オゾン層を破壊する塩素フッ化炭素(CFC)の他に多くの物質が知れれており、発ガン性があるもの、地球温暖化を促すもの、シックハウス症候群を引き起こすものなど多くの有害物質が含まれる。トリクロロエチレンは半導体工場、光学部品工場やセラミック産業など広い分野で脱脂洗浄剤や溶剤分解媒体として広く使用されており、大気への放出はかぎり減らす必要がある。クリーンルームにおいても作業者への影響、製品への影響など今後解決すべき課題が多い。大気圧非熱平衡プラズマを応用したガス処理では、他の化学的方法に比べて非常に反応性が高いラジカルを利用可能ため、短時間で有害物質の除去が可能であることが知られている。反面、コストや後処理として副産物処理する必要があるなどの問題が山積している。そのため、非熱平衡プラズマのミクロな反応機構に関する研究、および触媒や添加物などを用いて効率向上を目指した研究が増加している。

 本論文は非熱平衡プラズマプロセスを用いて低濃度トリクロロエチレンの分解処理に対する触媒効果を評価したものである。したがって、バリア放電リアクタを利用してトリクロロエチレン分解効率を改善すると共に酸化副産物の生成を減らす環境浄化に必要なパラメータを実験的に調べた。触媒によるオゾン分解反応を積極的に利用することで、より一層の効率向上を目指している。

 本論文は全体で六章から構成される。第一章は、非熱平衡プラズマの定義、有害ガスの分解に関する最近の研究動向及び非熱平衡プラズマの基本的なパラメータ、プロセスの効率の計算方法などを紹介している。第二章では、実験の構成、バリア放電リアクタの放電特性などを説明している。それ以降の章においては、実際に行なった実験結果に関して述べている。まず、放電リアクタの下流に二酸化マンガンを設置の有無により低濃度トリクロロエチレンの分解特性がどのように変わるかについて実験的に示した。放電リアクタのみでトリクロロエチレンを処理した場合は、放電電力の増加に伴いトリクロロエチレンの分解効率が改善されるが、酸化生成物のDCAC(Dichloro-acethylchloride)が増えることと、トリクロロエチレンの分解最終生成物である酸化炭素(CO,CO2)が少ないことがわかった。トリクロロエチレンを完全に無害化するためには中間生成物をできるだけ排除し、最終酸化物質の水と酸化炭素にしたい。それには、さらに強い酸化反応が必要なことが判明した。処理流量を減らして単位体積に投入するエネルギー(比投入エネルギー)を増加させて、トリクロロエチレンの分解効率をほぼ100%にしても、酸化炭素への変換は50%以下であり、酸化が不十分なことが判断した。一方、放電リアクタの下流に二酸化マンガンの充填領域を設けて、プラズマで作られたオゾンを分解させた場合、放電リアクタのみの場合と比較すると、同じ比投入エネルギーではトリクロロエチレンの分解効率が改善することが分かった。これは、二酸化マンガン表面でのオゾン分解に伴って、放電リアクタで未分解のトリクロロエチレン、副産物などが酸化分解して酸化炭素への変換効率が改善されたことを意味している。この二酸化マンガン表面反応でCl2、ClO、ClO2などの中間生成物が影響している可能性は高い。したがって、放電リアクタのみの場合と比べて、二酸化マンガンを併用した方がトリクロロエチレンンの分解効率は改善され、副産物も大きく減少することが可能なことが確認できた。放電プラズマでトリクロロエチレンの分解率が低い場合には、トリクロロエチレンが触媒の表面でTCAA(Trichloro-acetaldehyde)に変換されることもわかった。

 空気のみを放電リアクタで処理した後に、トリクロロエチレンを含んでいるガスと混合させる方法、即ち、放電リアクタをオゾナイザとして利用する間接方法がある。この場合、混合するだけではトリクロロエチレンが分解しないことから、気体中のオゾンは比較的安定であることが分かった。混合したガスを二酸化マンガンに接触させてオゾン分解に伴うトリクロロエチレンの分解を調べると、トリクロロエチレンは酸化炭素への変換は少し増加するだけで、主にTCAAという生成物に変換されていることがわかった。

 放電リアクタで生成される酸化生成物(DCAC)を減らすことと共に酸化炭素へ変換する目的で、空気にアルゴンを0~25%混入した場合、酸素分圧を0~20%の間で変化させた場合、水分濃度を変えた場合のトリクロロエチレン分解効率への影響を測定した。二酸化マンガン表面のオゾン分解反応によって生成される酸素ラジカルによって、トリクロロエチレンはTCAAに酸化される。放電リアクタ内での反応は酸素ラジカルの他に電子や各種イオンの相互作用によって主にDCACに酸化されると考えられる。

 そして、触媒表面の酸素ラジカルによるトリクロロエチレンの分解反応を確認することと共に放電リアクタでの球形粒子を含めた反応における相互作用を調べる目的で、放電リアクタに粒子を充填した場合について実験結果をまとめた。二酸化マンガンを球形アルミナ(直径:2mm)粒子の表面に付着させたもの、あるいは球形アルミナ粒子のみをバリア放電リアクタの中に入れた場合、普通のバリア放電リアクタの粒子なしで処理した場合と比較して電界分布の変化により放電そのものが変化する。そのため、触媒の併用効果と放電変化の影響の分離が難しいことから、本研究は最終の結果のみを重視して調べた。その結果、二酸化マンガンの触媒を付着させたものと比較して、アルミナ粒子のみでは残存オゾンが多く、トリクロロエチレンの分解生成物とにはバリア放電リアクタのみの場合と同じDCACが多く生成される。分解反応はバリア放電リアクタのみの場合とほとんど同じであることがわかった。二酸化マンガンを付着させたアルミナ粒子の場合は、残存オゾンはかなり減少しており、また、酸化炭素への変換率も向上していた。これはオゾン分解触媒の二酸化マンガン表面反応でTCAAが多い事実とも一致する現象である。球形アルミナ粒子を充填した場合には、残存オゾンが多いため、放電リアクタの下流に二酸化マンガンを配置することで、オゾン分解反応に伴いトリクロロエチレンとDCACも分解できることを確認した。

 以上これらの結果から、低濃度トリクロロエチレンの分解には、二酸化マンガンを下流に置くことで、分解効率の増加と酸化炭素への変換率の向上を実現できた。また、代表的な中間生成物であるTCAAとDCAC生成の割合が二酸化マンガンによって大きく影響させることを判明させ、プラズマと化学反応の分担が明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、Decomposition of Dilute Trichloroethylene by NonThermal Plasma Process combined with Catalysts(触媒を併用した非熱平衡プラズマプロセスによる低濃度トリクロロエチレンの分解処理)と題し、人間の活動が活発になるにつれて増加する、大気中に放出される揮発性有機物(volatile organic compounds:VOCs)や燃焼排ガス中に含まれる窒素酸化物などの環境汚染ガス状物質を強力に除去出来る可能性の高い非熱平衡プラズマ処理技術を取り上げ、処理対象として空気中に低濃度存在するトリクロロエチレン(TCE)処理を様々な観点から実験的に研究したものである。特に、エネルギー効率向上と副産物の毒性を含めて評価しており、前者の目的で触媒との併用効果について詳細に研究した結果を纏めたものであり、全体で6章から構成されている。

 第1章は、序論であって、本研究の中心技術である非熱平衡プラズマについて、定義を含めた概要を説明し、非熱平衡プラズマや類似の有害物質除去技術に関する最近の研究動向、研究の目標設定と関連する既発表技術、研究で必要と思われる反応機構などについて纏めてある。特に、後述のように、酸素の存在する空間における放電によって不可避的に発生するオゾン問題とその対策などについて紹介している。

 第2章は、「Experiment System」と題し、研究に用いた配管や分析装置を含むガスの流れが分かる実験系の紹介、トリクレン分解に使用したバリア放電リアクターの幾何学的形状とその放電特性等について記述している。特に、放電電力の測定法について経験をもとに詳細に示している。また、放電処理により発生する各種副産物の評価技術として、ガスクロ質量分析計(GCMDS)、フーリエ変換型赤外線分光(FTIR)の分析結果についても基本的な例を紹介している。

 第3章は、「Decomposition of Trichloroethylene by Using Barrier Discharge Reactor」と題し、様々な環境下でバリア放電による低濃度トリクレン分解実験の結果を詳細に記述してある。大気中での非熱平衡プラズマ処理によってオゾンが発生することはよく知られている。このオゾンを分解除去できる二酸化マンガンをプラズマリアクターの下流側に配置すると処理性能がどのように変化するかを調べた結果について記述されている。十分な二酸化マンガンがあるとオゾンはほとんど分解されること、オゾンの分解と共にトリクレンの分解率も向上することが実験的に確認されている。酸化銅や酸化鉄などのオゾン分解触媒も調査したが、二酸化マンガンに勝るオゾン分解触媒はないようであった。放電プラズマのみでトリクロロエチレンを分解すると酸化生成物として二塩化アセチルクロライド(DCAC)が増加するが、最終目標である水と二酸化炭素への変換は少ないことが明らかとなった。その為、真の無害化には、同じ放電電力であれば処理流量を減少させて処理ガス単位流量当たりに投入するエネルギー(比投入エネルギー)を増加させると、見かけ上のトリクレン分解率はほぼ100%となっても最終酸化物である二酸化炭素、一酸化炭素への炭素原子の変換率は50%以下と少ないことを明らかになった。下流に二酸化マンガンを設けると、トリクレンの分解率は大幅に向上すること、副産物の酸化の割合も大きいことを実験的に証明している。比投入エネルギーが小さい場合、副産物としては、DCACよりは三塩化アセトアルデハイド(TCAA)が発生しやすいことが記述されている。また、きれいな空気のみをプラズマ処理した後、TCEで汚染された空気と混合してもTCEの分解が認められる。特に、二酸化マンガンが有る場合にこの効果は大きい。これは、プラズマ処理によって作られたオゾンが二酸化マンガン表面で分解され、その折りにTCEが酸化されることを証明した。この場合にもTCAAが作られることも確認されている。

 第4章は「Investigation of Catalytic Effects by Using Catalyst's filled Barrier Discharge Reactor」と題し、各種触媒をプラズマリアクター(バリア放電)に充填させた場合の効果について詳細に比較検討した結果が記述されている。触媒には、二酸化マンガンの他に、直径2mmのアルミナ球表面に酸化チタン、あるいは二酸化マンガンをコーティングした誘電体を用いている。この場合にも、二酸化マンガンの存在でオゾンは大幅に減少し、トリクロロエチレンの分解率は向上することが確認された。この場合、TCAAの方がDCACより多く生成されることも判明した。粒子充填による放電への影響が正確に把握されていないため、触媒効果が大きいといえるのか確定は出来ないが、他の粒子では効果が少ないことから触媒効果が有効なことは明らかであった。

 第5章は、「Decomposition of Other Substances in the Application of Nonthermal Plasma Process」と題し、メチルアルコール、アセトン、ジクロロメタン、一酸化炭素の酸化処理性能をオゾン濃度と共に実験的に調べた結果について記述されている。いずれの場合にも二酸化マンガンの存在で分解(酸化)性能が向上することが記述されている。

 第6章は、結論であって、低濃度トリクロロエチレンの分解には、二酸化マンガンを非熱平衡プラズマリアクター内部あるいは下流に配置することで性能が大幅に向上することが実験的に証明された。また、プラズマと触媒の役割分担も反応生成物の観点からある程度判明することが出来たとまとめてある。

 以上これを要するに、本研究は、非熱平衡プラズマ処理による空気中低濃度揮発性有機物除去性能をトリクレンを対象とし触媒効果を含めて詳細に検討した結果、オゾン分解効果の極めて大きな二酸化マンガンを触媒として、リアクターの下流あるいはリアクター内部に配置することで分解率が大幅に向上するのみでなく水や酸化炭素などの最終酸化物への変換効率も高いことを実験的に証明し、非熱平衡プラズマによる揮発性有機物処理性能を大幅に向上させることに成功するなど、大気環境改善技術開発上、重要な知見を得たもので電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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