学位論文要旨



No 119711
著者(漢字)
著者(英字) Tintin,Yi
著者(カナ) ティン ティン,イ
標題(和) 高温超臨界圧軽水炉の起動と安定性
標題(洋) Startup and Stability of a High-Temperature Supercritical-Pressure Light Water Reactor
報告番号 119711
報告番号 甲19711
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5916号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 陳,
内容要旨 要旨を表示する

I.序論

 本研究では高温超臨界圧軽水炉(SCLWR-H)の起動方式を、超臨界圧火力発電プラント(FPP)の起動方式を参考に、設計検討した。超臨界圧軽水炉の起動には2種類の方式が考えられる。定圧起動方式では、核加熱を行う前に、超臨界圧力まで昇圧する。一方で、変圧起動方式では核加熱を亜臨界圧力で開始し、負荷の上昇に応じて昇圧する。

 超臨界圧軽水冷却高速炉(SCFR)の起動方式については、これまでに中塚らによって研究されている。SCFRの炉心平均冷却材出口温度は約430゜Cであり、六角燃料集合体には水減速棒が無い。起動方式の成立性は熱的な観点から検討されていた。各起動段階における詳細な熱水力解析は行われておらず、安定性について検討されていない。

 現在のSCLWR-Hの設計では炉心平均冷却材出口温度が500゜Cに達する。燃料集合体中の燃料棒は四角格子に配列されており、内部を下降流の減速材が流れる多数の四角水減速棒が用いられている。単位出力当たりの炉心流量はSCFRよりも低い。過去の超臨界圧軽水炉の設計と比較して、SCLWR-Hは炉心平均冷却材出口温度、炉内冷却材密度変化、そして出力対流量比が大きい。このため、SCLWR-Hは起動時に熱的及び安定性の観点から、過去の設計と比較してより大きな制約を受けると考えられる。本研究の目的はSCLWR-Hの起動方式と起動時の安定性特性を評価検討し、熱的制約及び安定性からの制約を満足する起動方式を設計することである。

II.起動時の熱水力解析

 起動時の熱水力解析を燃料集合体の一次元単チャンネルモデルを用いて行う。入口冷却材温度と質量流量を境界条件として用いて、炉心入口から出口までの熱水力解析を行う。各軸方向ノードにおける冷却材と減速材の温度は質量保存式とエネルギー保存式から計算される。燃料ペレットと被覆管内の温度分布は一次元径方向熱伝達式から計算される。軸方向出力分布はコサイン分布を仮定する。超臨界圧力と亜臨界圧力における熱伝達率はそれぞれ岡-越塚の相関式とRELAP4相関式を用いて計算する。SCLWR-Hの起動には以下の基準を設ける:

(i)タービン入口蒸気の湿分が0.1%以下

(ii)起動時のNi合金燃料棒被覆管表面最高温度は定格運転時の制限値である620゜C以下

(iii)変圧起動方式では亜臨界圧力の下降流水減速棒内で沸騰やドライアウトが生じてはならない

(iv)炉心出口エンタルピはタービン入口で必要となる蒸気エンタルピが得られるように十分に高くなければならない

III.SCLWR-Hの起動方式と手順

1.定圧起動方式

 定圧起動方式では、最初に原子炉は給水ポンプにより超臨界圧力の25MPaまで昇圧される。この方式では、フラッシュタンクと圧力逃し弁から構成される起動バイパス系統が必要となる。炉心流量は、核加熱を行う前に、起動初期段階の燃料棒被覆管の過熱を防ぐために定格運転時の25%に定められる。起動初期段階の炉心出口冷却材は圧力逃し弁により減圧され、フラッシュタンクへと流れる。フラッシュタンクでは、蒸気と水が分離される。フラッシュタンクの圧力が十分に高くなると、フラッシュタンクからの飽和蒸気はタービンへと送られる。主蒸気のエンタルピがフラッシュタンクからの飽和蒸気のエンタルピを超えると、原子炉は貫流直接サイクルの運転モードへと切り替えられ、主蒸気温度は500゜Cまで上げられる。その後、原子炉出力は徐々に定格の100%まで上げられ、炉心流量も出力に応じて燃料棒被覆管の温度が制限値を超えないように上げられる。

2.変圧起動方式

 変圧起動方式では、亜臨界圧力で核加熱を開始する。炉心流量は給水ポンプにより定格運転時の35%に設定される。給水温度は核加熱によって280゜Cまで上げられる。気水分離器、ドレンタンク、ドレン弁、バイパス弁から構成されるバイパス系統が必要となる。アディショナルヒータもしくは、再循環ポンプを設置することでドレンタンクの飽和水から熱を回収し十分な炉心流量を確保することができる。炉心圧力が8.3MPaに達すると気水分離器からの飽和蒸気によってタービンが起動される。炉心圧力は炉心出力が定格運転時の14%に達するまで8.3MPaで一定に保たれる。タービン起動後、原子炉は25MPaまで昇圧され、炉心出力は定格運転時の26%まで上げられる。圧力が25MPaに達すると、起動バイパスモードから貫流直接通常運転モードへと切り替えられ、出力と流量を上昇させて主蒸気温度は500゜Cまで上げられる。出力上昇時には炉心出力は炉心流量と共に、炉心出口温度が一定に保たれるように、上げられる。

 圧力、温度、出力の各上昇段階における燃料棒被覆管表面最高温度は最高出力チャンネルを解析することで計算される。その結果、SCLWR-Hでは定圧起動方式と変圧起動方式のいずれにおいても被覆管表面最高温度の基準は満たされることが分かった。変圧起動方式の起動曲線を図1に示す。

 表1に示すように、必要となる機器の総重量はバイパス系統に気水分離器を設置した変圧起動方式の方が定圧起動方式よりも小さいことが分かった。

IV.線形安定性解析

 本研究では定圧超臨界圧力運転時におけるSCLWR-Hの熱水力安定性と核熱水力安定性を評価するために、周波数領域での線形安定性解析コードを作成した。本研究のモデルでは冷却材と燃料の熱水力相互作用のみならず炉内核反応も考慮している。熱水力モデルでは一次元保存式が用いられており、核モデルでは一点近似動特性方程式が用いられている。熱伝達モデルでは一次元熱伝達方程式が用いられている。水減速棒の熱水力と熱伝達モデルが含まれる。炉外循環モデルは入口オリフィス、給水ポンプ、給水管、主蒸気加減弁を含む。

 解析は定常状態に対する外乱による応答を支配方程式の離散化と線形化近似により求める手法に基づく。線形化された方程式は時間領域から周波数領域にラプラス変換され、様々な伝達関数はラプラス変数s=σ+jωによって評価される。閉ループ伝達関数の極は特性方程式:1+G(s)H(s)=0を解くことで求められる。ここで、G(s)は前向き伝達関数、H(s)はフィードバック伝達関数である。システムの安定性は減衰比DRによって表され、減衰比はDR=exp(2πσ/|ω|)によって求まる。

 本研究では、安定性の基準としてBWRと同一の減衰比の基準値をSCLWR-Hに課している。

(i)通常運転状態では熱水力安定性の減衰比は0.5以下、核熱水力安定性の減衰比は0.25以下とする

(ii)全ての運転状態において減衰比は1.0以下とする

V.SCLWR-Hの安定性特性

1. 熱水力安定性

SCLWR-Hの最高出力チャンネルと平均出力チャンネルに対して、それぞれ異なる計算メッシュサイズとオリフィスの圧力損失係数を用いて減衰比を計算した。減衰比は計算メッシュサイズが小さくなるにつれて大きくなることが分かった。原子炉はオリフィスの圧力損失係数が大きくなるにつれて、より安定になることが分かった。

 小さな炉心流量と大きな炉内密度変化にも関わらず、燃料集合体入口オリフィスによる圧力損失係数を適切に設計することによりSCLWR-Hは定格及び部分負荷運転を安定に行えることが分かった。図2に示すように、オリフィス圧力損失係数6.18(圧力損失0.0054MPa)によって定格運転時の安定性基準を満たすことができ、オリフィス圧力損失係数8.68(圧力損失0.0075MPa)によって定圧起動時に安定に部分負荷運転ができる。必要となるオリフィス圧力損失係数は炉心圧力損失の約0.133MPaと比較してあまり大きくない。パラメータ解析の結果、オリフィス圧力損失係数の向上、出力対流量比の低減、又は給水温度の低減によってSCLWR-Hの安定性が向上することが分かった。

2.核熱水力安定性

 SCLWR-Hの核熱水力安定性のブロック図を図3に示す。ドップラ反応度フィードバックと密度反応度フィードバックが考慮されている。SCLWR-Hの定格運転時における核熱水力安定性の減衰比は0.185であるため、安定性の基準は満たされている。SCLWR-Hの核熱水力安定性の減衰比マップを図4に示す。低出力運転時に核熱水力不安定性が生じる可能性があるため、低出力低流量運転領域では適切な起動手順が必要となる。核熱水力安定性の基準は、低出力運転時及び定圧起動における部分負荷運転時には、出力対流量比を下げることで満たせることが分かった。

 核熱水力安定性は減速材フィードバックにより水減速棒の影響を大きく受ける。水減速棒の存在は共鳴のピークと位相遅れを大きくし、減衰比を大きくしてシステムを不安定化させる。パラメータ解析の結果、核熱水力安定性は密度反応度係数を大きくすると低下し、出力対流量比もしくは給水温度を低減すると向上することが分かった。

VI.結言

 熱水力計算の結果、熱的な基準は満たされ、SCLWR-Hは定圧起動方式、変圧起動方式のいずれの方式でも起動できることが分かった。 しかし、過去のSCFRと比較して単位出力当たりの流量が低く、下降流水減速棒を有するSCLWR-Hでは起動時に受ける制約がより大きいことが分かった。起動時の最低必要炉心流量は定圧起動方式では定格の25%、変圧起動方式では定格の35%とした。変圧起動方式では、昇圧中に炉心流量を定格の35%、給水温度を280゜Cで一定にして、炉心出力を約14%から26%まで上げることで熱的な基準を満たすようにした。この起動手順は、炉心出力が定格の20%、炉心流量が定格の28%、給水温度が100゜Cで昇圧するSCFRの起動手順と異なる。SCLWR-Hの起動方式としては、定圧起動方式と比較して、必要となる機器の重量が小さく、費用が削減でき、システムを簡素化できる変圧起動方式が望ましい。

 周波数領域における線形安定性解析手法を用いてSCLWR-Hの定格運転時及び起動時の安定性特性を評価した。適切なオリフィス圧力損失係数を適用することで、定格運転時及び定圧起動における部分負荷運転時の熱水力安定性の基準は満たされる。核熱水力安定性の基準は低出力低流量運転条件での出力対流量比を制御することで満たされる。

表1:起動に必要な機器の重量

図1:SCLWR-H変圧起動曲線

図2:25MPaにおけるSCLWR-H熱水力安定性の減衰比

(a)定格運転(core pressure drop=0.133MPa)

(b)部分負荷運転(core pressure drop=0.02~0.13MPa)

図3:SCLWR-Hの核熱水力安定性のブロック図

図4:SCLWR-Hの核熱水力安定性の減衰比マップ

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は高温超臨界圧軽水炉(SCLWR-H)の起動方式を設計検討したもので論文は4章より構成されている。

 第1章は序論で対象とした炉の特徴と特性について述べ、SCLWR-Hは炉心平均冷却材出口温度、炉内冷却材密度変化、そして出力対流量比が大きく、起動方式と起動時の安定性について検討する必要があるとしている。

 第2章は起動について述べている。まず、核加熱を行う前に、超臨界圧力まで昇圧する定圧起動方式と核加熱を亜臨界圧力で開始し、負荷の上昇に応じて昇圧する変圧起動方式があるとしている。燃料集合体の一次元単チャンネルモデルを用いた計算コードを開発し解析を行っている。起動条件として:タービン入口蒸気の湿分が0.1%以下、起動時のNi合金燃料棒被覆管表面最高温度は定格運転時の制限値である620゜C以下、変圧起動方式では亜臨界圧力の下降流水減速棒内で沸騰やドライアウトが生じてはならない、炉心出口エンタルピはタービン入口で必要となる蒸気エンタルピが得られるように十分に高くなければならないを挙げている。

 定圧起動方式では、フラッシュタンクと圧力逃し弁から構成される起動バイパス系統が必要となる。起動初期段階の炉心出口冷却材は圧力逃し弁により減圧され、フラッシュタンクへと流れ、蒸気と水が分離される。フラッシュタンクの圧力が十分に高くなると、その飽和蒸気はタービンへと送られる。主蒸気のエンタルピが飽和蒸気のエンタルピを超えると、原子炉は貫流直接サイクルの運転モードへと切り替えられ、主蒸気温度は500゜Cまで上げられる。その後、原子炉出力は徐々に定格の100%まで上げられ、炉心流量も出力に応じて燃料棒被覆管の温度が制限値を超えないように上昇するとしている。

 変圧起動方式では、気水分離器、ドレンタンク、ドレン弁、バイパス弁から構成されるバイパス系統が必要となる。炉心圧力が8.3MPaに達すると気水分離器からの飽和蒸気によってタービンが起動される。炉心圧力は炉心出力が定格運転時の14%に達するまで8.3MPaで一定に保たれる。タービン起動後、原子炉は25MPaまで昇圧され、炉心出力は定格運転時の26%まで上げられる。圧力が25MPaに達すると、起動バイパスモードから貫流直接通常運転モードへと切り替えられ、出力と流量を上昇させて主蒸気温度は500゜Cまで上げられる。出力上昇時には炉心出力は炉心流量と共に、炉心出口温度が一定に保たれるように上昇する起動方法を提案している。

 必要となる機器の総重量はバイパス系統に気水分離器を設置した変圧起動方式の方が定圧起動方式よりも小さいとしている。

第3章は安定性解析について述べている。熱水力安定性と核熱水力安定性を解析するために、周波数領域での線形安定性解析コードを作成している。

 安定性の基準としてBWRと同一の減幅比の基準値を用いている。即ち通常運転状態では熱水力安定性の減幅比は0.5以下、核熱水力安定性の減幅比は0.25以下、全ての運転状態において減衰比は1.0以下としている。

 まず、熱水力安定性の解析を行い小さな炉心流量と大きな冷却水密度変化にもかかわらず、燃料集合体入口オリフィスによる圧力損失係数を適切に設計することにより定格時及び部分負荷運転を安定に行えることが分かったとしている。

 次に核熱水力安定性を行っている。ドップラ反応度フィードバックと密度反応度フィードバックが考慮されている。定格運転時における核熱水力安定性の減衰比は0.185であり、安定性の基準は満たされているとしている。起動時にも出力流量比を適切に選ぶことにより安定性の基準は定圧起動、変圧起動とも満たされるとしている。

 第4章は結論であり、本研究のまとめが述べられている。

 以上を要するに本論文は高温超臨界圧軽水炉の超動と安定性を研究し、起動方式と定格時と起動時の安定性を明らかにしている。この成果はシステム量子工学の進歩に貢献することが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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