学位論文要旨



No 119712
著者(漢字)
著者(英字) Kanyatip,TANTIKOM
著者(カナ) カンヤーティプ,タンティコム
標題(和) 規則的セル構造体の材料設計および材料プロセス
標題(洋) Design and Processing of Regularly Cell-Structured Materials
報告番号 119712
報告番号 甲19712
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5917号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 朱,世杰
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 小関,敏彦
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
内容要旨 要旨を表示する

 セル状材料およびハニカム材はその低密度とともに、高強度・高剛性、高振動減衰性、高エネルギー吸収能、非発火性に向けた最適設計の対象となる材料である。すでに運輸・航空機産業等に応用されているが、セル構造体の最も特徴的な特徴である構造設計からの研究開発は緒についたばかりである。セル構造体の力学的性質がその相対密度により大きく変化することは衆知であるが、セルサイズ、セル形状およびその規則性などの制御により、同一の相対密度におけるセル構造体特性をさらに向上させる方向性は見過ごされてきた。セル構造の規則性を設計、制御させることで、その力学特性などを向上させる研究開発のためには、規則的なセル構造体の構造設計、変形メカニズムの詳細を記述することが肝要である。

 そこで本研究では、規則的セル構造体の応用を念頭におき、その製造プロセスならびに最適セル形態設計を目的とし、以下の3つの視点から研究を進めてきた。第1に、規則的セル構造体の基本的変形応答を理解するために、チューブ・フォーミング・プロセスを用い、力学変形単位となるセル構造を持つ規則的セル構造体試験片を作成し、種々の実験に供した。第2に、規則的セル構造体の理論的なモデルとして有限要素法を用い、規則的セル構造体のパラメータとして詳細な変形応答解析を行い、セル構造体の相対密度、接触半径およびセル間バッファーの有無の影響などを検討し、実験と比較した。特に、面外・面内圧縮状態における規則的セル構造体への複合応力状態での感度解析を行い、セル構造体の変形メカニズムの予測、構造設計精度の向上をはかった。第3は、新に考案した、酸化物グリーン体の還元・焼結によるレドックス成形プロセスにより断面規則性を制御したセル構造体の製造方法により、供試体を製造し、その特性を検討した。

 本研究では、いわゆるハニカム構造体の考えを一般化し、断面形態規則性を制御した2次元セル構造体を研究対象とした。ステンレス鋼および無酸素銅の細径チューブを出発素材とし、六角形格子状配置のセル構造体を創製した。ここでは、化学的表面処理プロセスならびに機械的接合プロセスを用い、規則性を制御したSUS304ステンレス鋼ならびに無酸素銅製の細径チューブからなるセル構造体を製造した。無電解ニッケルめっきによる化学的表面処理プロセスは、直接接合に不向きな金属ならびに合金のセル構造体の創製に適し、作成したセル構造体の耐腐食性、高温変形能も向上することを見出した。一方、機械的接合プロセスは、高拡散係数を有し、融点のあまり高くない金属ならびに合金のセル構造体の創製に適していることを明らかにした。これらの構造体から3点曲げ試験片などを作成し、その高い力学特性ならびに信頼性を確認した。

 規則的セル構造体の変形応答に関する実験ならびに理論的研究では、面内圧縮変形応答を主たる対象とし、その静的圧縮条件下での変形特性に与える種々のパラメータ依存性を検討した。最初に、規則的なセル構造体が一方向面内圧縮変形を受ける場合、その弾塑性変形応答モードには、対称変形モードと非対称変形モードの2つが存在することをはじめて見出した。対称変形モードの特徴は、局所的なせん断変形を伴わない、セル構造体全体の一様変形にあり、有限要素解析においても、セルの局所的なひずみがセル構造体の公称ひずみとほぼ等しいことを明らかにした。このことは、規則的なセル構造体が対称モードで弾塑性変形する場合、ほとんどすべての構成セルがほぼ等しいひずみで一様変形し、その構成関係は、緻密材料と同様に、初期の降伏現象の後に加工硬化を有する応力-ひずみ関係となることに対応している。他方、非対称変形モードの特徴は、特定のセル領域のみにせん断変形が局所化し、その領域から離れた部位は一様な対称変形することにある。実際、有限要素解析でも、局所的なせん断変形するセルの局所的なひずみはセル構造体全体の公称ひずみとは異なり、後者が0.15を超える時点で前者は急速に増大する。またこの局所的な変形とともに、セル自体も大きなスピン変形をする。すなわち、当該セルは、局所的な崩壊変形を開始し、公称ひずみが0.15以上の領域で無拘束塑性流動状態となり、その部位で負荷能力を失うものと考えられる。

 上記の変形応答は、規則的セル構造体の種々の力学的パラメータにより影響を受ける。第1に、相対密度はその崩壊応力レベルならびに変形挙動に本質的な影響をもつ。セル間の力学特性に拘わらず、相対密度の増加に伴い、対称変形モードは比較的高いひずみ量まで保持され、セル構造体の応力―ひずみ関係にも広い加工硬化領域が観察される。一方、低相対密度のセル構造体では、早期の圧縮変形において非対称変形モードが支配的となる。この場合、隣接するセル領域において局所的な崩壊変形が不安定な連鎖応答として生じるため、塑性変形局所化がセル構造体全域に急速に伝播し、セル構造体の崩壊応力はほぼ一定となることがわかった。

 この対称−非対称変形モード遷移に影響を与える第2の因子は、隣接するセル間での接触半径である。いまセル構造体が同一の相対密度を有しても、接触半径の増大に伴い、対称変形モードの非対称変形モードへの遷移が促進される。この依存性は、理論解析などにより、セル間の局所的な応力伝達の差異として説明される。すなわち、接触半径が小さい場合、セル壁厚を介しての応力伝達は崩壊変形時にも一様であるため、応力伝達に局所的なネットワーク構造は生じない。この接触半径を増大させると、崩壊変形時に局所的な応力伝達ネットワークが生成し、塑性変形はこのネットワークに集中する。他のセル領域は弾塑性状態から弾性状態へと除荷するため、この塑性変形局所化により非対称変形モードが助長されることになる。構成セル間に変形可能なバッファー材を入れることで、規則的なセル構造体における、この局所的な応力伝達も崩壊変形時のプラトー応力も変化する。第3は、エポキシ・レジンをセル間に含浸させることによる応力伝達の等方化の影響である。実際、バッファー材がセル間に存在することで、変形の一様性と崩壊変形の安定化が促進され、比プラトー応力も加工硬化量も増大する。このセル間の応力伝達による載荷能力の増大で、規則的なセル構造体におけるプラトー応力の増大と変形モード遷移への影響が現れることがわかった。

 面内圧縮状態におけるセル間の応力伝達は、面内のX方向とY方向とでは、ユニットセルの局所配列の相違により大きく異なることが予想される。実際、X方向ではX軸に約60゜傾斜した単一セル列に局所せん断変形が生じ、他は対称変形を安定に保持する応答となることを、実験ならびに理論解析で確認した。セル構造体の圧縮変形応答は、単軸圧縮応力にせん断応力が重畳することでも影響を受けると考えられる。確かにせん断応力負荷の有無により、対称変形から非対称変形への面内圧縮変形モード遷移が影響を受ける。ただし、遷移が生じる臨界公称ひずみは、負荷せん断応力と圧縮応力との比が0.8に到達するまでは、ほとんど変化せず、一様で対称な変形状態で圧縮応答を示すことがわかった。

 これら理論的知見の応用を想定し、酸化物粉末のグリーン体を出発素材としたレドックス成形プロセスにより規則的なセル構造体を作成し、その面内圧縮特性に与える面内規則性の影響を検討した。当該セル構造体は、正方形ならびに三角形のユニットセルを有し、規則的な断面構造をもつ。Cu2Oとバインダーからなるグリーン成形体を水素雰囲気還元後、1123Kで10.8ks無加圧焼結し、相対密度92%のセル構造体を得た。両者の面内圧縮特性は、本理論予測と合致して、同一相対密度であっても全く異なることがわかった。すなわち、正方形ユニットセルでは、局所変形が支配的となり、各行セルが連続的に座屈することで崩壊変形するため、応力―ひずみ関係は局所的な座屈変形に伴う剛性低下の変動をうけた曲線となる。一方、三角形セルでは、6つの三角形セルが構成する6角形内に一方向への局所曲げ変形が生じ、それが一様で対称変形する他のセル領域に負荷とともに伝播する。これにより、セル構造体の応力―ひずみ関係には初期降伏後に加工硬化領域が現れ、圧縮に伴う吸収エネルギーも正方形セル構造体よりも増大することがわかった。

 以上の実験ならびに理論解析により、規則的なセル構造体では、ユニットセルならびにその局所的な応力伝達により、圧縮変形モードが大きく変化し、その変形モード遷移と安定性には相対密度とともにセル間の幾何学的配置、接触半径、セル間のバッファー材、負荷応力条件などが影響する。これらのパラメータならびにユニットセル形状を最適化することで、規則的なセル構造体の力学特性、パフォーマンスを設計、制御できることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 セル状材料、ハニカム材は、低密度、高強度・高剛性、高振動減衰性、高エネルギー吸収能など諸性質に優れ、一部応用に供されているが、その構造設計と研究開発は緒についたばかりである。これらセル構造体の力学的性質は、相対密度、セルのサイズ、形状、規則性などにより変化するため、これらを設計、制御し、力学特性などを向上させることへの期待は大きい。本論文では、このような規則的セル構造体の製造プロセスならびに最適設計の指針を得ることを目的として行った研究の結果を述べたもので、7章よりなる。

 第1章は序論であり、研究の背景と本論文の目的と構成を述べている。

 第2章では、ステンレス鋼および無酸素銅の細径チューブを出発素材とし、六角形格子状配置のセル構造体を創製するプロセスについて述べている。ここでは、SUS304ステンレス鋼ならびに無酸素銅製細径管からなるセル構造体を化学的表面処理プロセスならびに機械的接合プロセスにより製造する方法について詳述している。そして、無電解ニッケルめっき表面処理プロセスは直接接合に不適な金属、合金のセル構造体の創製に適し、機械的接合プロセスは高拡散係数を有し、低融点の金属、合金のセル構造体の創製に適することを明らかにしている。また、3点曲げ試験によりこれらの構造体の力学特性を測定するとともに、その信頼性の確認を行っている。

 第3章では、規則的セル構造体の面内圧縮変形応答に関する実験の結果を行い、その変形特性に与える種々のパラメータ依存性を検討した結果について述べている。まず、規則的なセル構造体の面内圧縮変形応答モードには、対称変形と非対称変形モードが存在することを見出している。前者は局所的なせん断変形を伴わない、セル構造体全体の一様変形にあり、緻密材料と同様に初期降伏現象後に加工硬化を示す応力-ひずみ関係となること、後者は特定セル領域に局所化したせん断変形が生じ、そこから離れた領域は一様な対称変形すること、を実験により明らかにしている。

 第4章では、規則的セル構造体の面内圧縮変形応答に対する有限要素解析の結果を述べている。まず、セル局所的なひずみがセル構造体の公称ひずみとほぼ等しいことを明らかにし、セル構造体が対称モードで変形する場合、セル構造体の公称ひずみが0.15を超える時点で局所せん断変形するセルの局所的ひずみは急速に増大することを明らかにしている。また、その理由を、局所的な変形に伴うセル自体のスピン変形、局所的崩壊変形の開始により、公称ひずみ0.15以上の領域で無拘束塑性流動状態となり、負荷能力を失うもの、と考察している。

 第5章では、規則的セル構造体の変形応答挙動に対する種々の力学的パラメータによる影響を検討した結果を述べている。まず、相対密度の崩壊応力ならびに変形挙動への影響を検討し、相対密度増加に伴い対称変形モードは比較的高ひずみまで保持され、応力-ひずみ関係にも広い加工硬化領域が観察されること、低相対密度セル構造体では、早期の圧縮変形において非対称変形モードが支配的となり、セル構造体崩壊応力はほぼ一定となることを示している。次に、対称−非対称変形モード遷移に影響を与える因子として隣接セル間の接触半径を検討し、その増大に伴い対称変形モードの非対称変形モードへの遷移が促進されること、これはセル間の局所的応力伝達の差異として説明されることを明らかにしている。さらに、セル間に含浸させたエポキシ・レジンバッファー材の影響を検討し、バッファー材により変形一様性と崩壊変形安定化が促進され、加工硬化量も増大することを示している。

 第6章では、これまでの知見を基に、酸化物粉末グリーン体のレドックス成形プロセスによる規則的セル構造体の新たな作成法を開発するともに、その圧縮特性に対する規則性の影響を検討した結果について述べている。これらは、正方形ならびに三角形ユニットセルを持つもので、Cu2O/バインダーのグリーン成形体の水素雰囲気還元、無加圧焼結により、相対密度92%のものを得ている。正方形ならびに三角形ユニットセル構造体の面内圧縮特性は同一相対密度であっても全く異なり、前者では各行セルの連続的座屈による崩壊変形すること、後者では構成三角形セル6角形内での一方向局所曲げ変形の発生、伝播により、圧縮に伴う吸収エネルギーも前者よりも増大することを明らかにしている。これらの結果は理論解析予測との合致し、セル形状や種々パラメータの最適化により、規則的セル構造体の力学特性の設計、制御が可能であることを示している。

 第7章は本論文の総括である。

 以上要するに、本論文は規則的セル構造体の特性を実験ならびに理論により解析し、その製造プロセスと最適構造設計に関する指針を与えたもので、材料工学への貢献は大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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