学位論文要旨



No 119714
著者(漢字) 李,涓
著者(英字)
著者(カナ) リ,ケン
標題(和) ゾル−ゲル法による酸化物蛍光体の創製
標題(洋) Development of Oxide Phosphor Materials Using Sol-Gel Process
報告番号 119714
報告番号 甲19714
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5919号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 助教授 井上,博之
 東京大学 助教授 山本,剛久
 九州大学 教授 桑原,誠
内容要旨 要旨を表示する

 携帯電話を始めとするポータブル情報機器端末や民生用電子機器の将来的に見込まれる大きな市場に対する要請から、フラットパネルディスプレイ(FPDs)用の新規多機能蛍光体の開発及びデバイス作製技術に関する多くの研究が活発に進められている。本論文では、FPDsへの応用を目指し、優れた誘電特性、強誘電性及び電気光学特性を持つことを特徴とする新規強誘電体酸化物蛍光体として、希土類元素 (RE)添加BaTiO3 (RE: Pr, Eu)の開発を行った。以下に、その研究内容の要旨を述べる。

 先ず、高濃度の金属アルコキシド溶液を用いたゾル−ゲル法により、BaTiO3ナノ結晶の合成を行い、その結晶サイズに及ぼすエージング温度の効果に関する研究を行った。この実験により、15 nm(エージング条件:30 ℃、1週間)〜 9 nm(エージング条件:150℃、1時間)の範囲で非常に狭い粒径分布を持つBaTiO3ナノ結晶を再現性よく合成することに成功した。

 次いで、薄膜デバイス作製の基礎研究として、得られたBaTiO3ナノ結晶の透明サスペンションを用いた電気泳動電着法によるBaTiO3薄膜の作製を行った。透明かつ安定なBaTiO3サスペンションは、BaTiO3ゲルの小片を適量のアセチルアセトン(Acac)を加えたアルコール(2−メトキシエタノール;EGMME)に入れて超音波攪拌することにより得られた。サスペンション中の粒子の分散状態を決定する因子としてゼータ電位(ポテンシャル)があるが、サスペンション中のBaTiO3ナノ結晶のゼータ電位はその濃度の増加と共に減少した。一定の粒子濃度では、10%(体積%)Acacを添加したものが最大のゼータ電位を示した。これらのサスペンションを用いて、100 nm-1μの厚さを持つBaTiO3薄膜をPt/Ti/SiO2/Si 基板上に電着した。これにより、非常に平滑な表面と均一な微構造を持つBaTiO3薄膜が得られた。電着された薄膜の厚さは、Acacの添加量に依存し、10%までは上昇し、その後減少する傾向を示した。これらの実験により、電着に用いる電圧、時間、及びAcacの添加量を調整することにより、膜厚を厳密に制御したBaTiO3薄膜の合成が可能であることを示した。

 RE添加BaTiO3結晶粉体の発光特性について、その特性に及ぼすREの添加濃度、BaTiO3結晶の微構造、相転移、結晶化度の効果について調査した。作製したBaTiO3粉体試料は、希土類元素のf軌道内遷移による典型的な発光特性を示し、その発光強度は粉体粒子の結晶化度の上昇と共に増大し、焼成過程で導入される欠陥によって低下するという結果が得られた。Eu添加BaTiO3試料では、Euの添加量に対する結晶構造の顕著な変化は見られなかったが、焼成温度を上昇させると正方晶化が進み、立方晶から正方晶への結晶構造の変化に敏感な 5D0→7F2 遷移に起因する発光強度が変化し、結晶構造の変化に不敏感な5D0→7F1遷移による発光強度との比、(5D0→7F1)/( 5D0→7F2)、の値が上昇することを明らかにした。

 さらに希土類元素添加BaTiO3試料の発光特性の改善を目的として、賦活剤の添加効果についての研究を行った。この実験では、希土類元素としてPrを用い、賦活元素としてAlとMgを用いた。Al添加の場合、3 mol%添加の試料は無添加ものに比べ、3P0 →3H4 遷移による室温での発光強度が約4倍上昇した。これは、主としてAlの添加によるBaTiO3試料の結晶化度の向上と電荷補償の効果によると考えられる。一方、Mg添加試料の場合、僅か0.5 mol%の添加で無添加のものに比べ、1D2→3H4の発光強度が約60倍増大することを初めて見出した。これは、Alの場合と同じくMg の添加による結晶化度の向上と電荷補償の効果と共に、Mg のTi位置(Bサイト)への置換に伴ってBサイトへのPrの置換量が増大し、低エネルギーに位置する八配位Prの4f5d状態が増加する効果によるとして説明される。Mg 共添加BaTiO3?:Pr試料は、また良好なカソードルミネッセンスを示し、FED応用に向けたこの蛍光体の可能性も確認された。

 以上の実験結果から、適切な電荷補償元素やイオンの添加によって結晶場及び欠陥の配置・分布を変えることにより、BaTiO3やペロブスカイト構造を持つ他の酸化物蛍光体の発光特性を大きく改善することが可能であることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 蛍光体はカラーTVや各種蛍光表示管あるいはパネル表示素子等に広く用いられているが、近年、蛍光体の応用領域が携帯電話を始めとするポータブル情報機器端末やプラズマディスプレイに代表されるフラットパネルディスプレイ(FPDs)等に向けて大きな拡がりを見せ、最近の各種カラー表示デバイスの生産量の急速な伸びと共に蛍光体の需要とその重要性が大きく増してきている。これまで、蛍光体としては輝度および色彩の多様性に優れたZnSに代表される硫化物系無機蛍光材料が広く用いられてきているが、硫化物は化学的安定性に問題があり、安定性において硫化物系蛍光体を凌ぐ優れた新規蛍光体の開発が望まれている。このような社会的要請の下に、安定性に優れているだけでなく、有機蛍光体や硫化物系蛍光体にはない新しい機能を持つ酸化物蛍光体の開発研究が活発に行われている。本論文は、将来のFPDsへの応用を目指した新しい電気−蛍光特性を持つ新規強誘電体酸化物蛍光体の開発に関する基礎研究を纏めたものであり、全6章よりなる。

 第1章は序論である。携帯電話や薄型カラーディスプレイに代表されるFPDsの最近の目覚しい発展と、それらFPDsへの応用が期待されている新規酸化物蛍光体としてのペロブスカイト酸化物蛍光体の開発現況に触れ、本研究の背景と目的について述べた後、そのような新規蛍光体の合成法としてのゾル−ゲル法および薄膜デバイス作製法としての電気泳動電着法の技術的要点について述べている。

 第2章では、新規ペロブスカイト酸化物蛍光体のホスト材料の合成法として、金属アルコキシド溶液を用いたゾル−ゲル法によるチタン酸バリウム(BaTiO3)ナノ結晶の合成と、そのナノ粒子のサイズおよび結晶性の評価を行っている。具体的には、バリウムエトキシド(Ba(OC2H5)2)とチタンイソプロポキシド(Ti(O-i-C3H7)4)の当モル混合物をメタノール/メトキシエタノール混合溶媒に溶解して高濃度アルコキシド溶液(1.0 mol/L)を作製し、その前駆体溶液を加水分解後、エージングすることにより結晶性の高いBaTiO3ナノ粒子を得ている。さらに、エージングの温度と時間を適切に制御することにより14 nm(30 ℃, 1 week)〜9 nm(150 ℃, 1h)の範囲で非常に狭い粒径分布を持つBaTiO3ナノ結晶を再現性よく合成することに成功している。

 第4章は、FPDs用薄膜デバイス作製の基礎研究として、BaTiO3ナノ結晶の単分散サスペンションを用いた電気泳動電着法によるBaTiO3薄膜の作製を行った結果について述べている。著者は、作製したBaTiO3ゲルの小片を適量のアセチルアセトン(Acac)を加えた2−メトキシエタノール(EGMME)に入れて超音波攪拌することにより透明なBaTiO3ナノ結晶サスペンションを得た。次いで、著者はこのサスペンションを用い、直流電気泳動電着(EPD)法により、5-15 V、10分の電着条件で厚さ100 -1000 nmの組織の均質性および表面平滑度の極めて高いBaTiO3ナノ結晶薄膜をPt/Ti/SiO2/Si 基板上に作製している。また、Acacの添加量と粒子のゼータポテンシャル値の間の定量的な関係を見出し、電着に用いる電圧、時間、及びAcacの添加量を調整することにより、膜厚を厳密に制御したBaTiO3薄膜の合成が可能であることを明らかにしている。

 第4章では、発光元素として2種類の希土類元素(PrとEu)を選び、それらの元素を添加したBa1-xPrxTiO3-8 (x=0.001-0.05)とBa1-xEuxTiO3-8 (x=0.001-0.08)の結晶性ゲルの蛍光特性およびゲルの熱処理による蛍光特性の変化について定量的な調査を行い、以下の実験事実が得られたことを報告している。即ち、合成したままのBa1-xPrxTiO3-8はほとんど発光しないが、1000℃で熱処理すると451 nm の励起光に対し3P0 → 3H4の4f-4f遷移に起因する強い発光が見られ、その強度はx=0.002の添加濃度で最大値を示した。一方、Eu添加試料では、合成した状態で398 nmの励起光に対して5D0 → 7F2の遷移に起因する強い赤色発光を示し、その強度は400-600℃の熱処理で増大するが、800℃以上の温度では還元によると考えられる強度低下が見られた。また、Eu添加の場合、5 mol%まで濃度消光は見られなかった。これらの実験結果について、希土類元素の置換サイト、結晶化度および欠陥生成の観点から考察を行っている。

 第5章は、Pr添加BaTiO3粉体の蛍光特性の改善を目的として、AlおよびMgの添加効果に関する詳細な検討を行った結果について報告している。Alの添加効果については、同じペロブスカイト構造を持つSrTiO3をホストとするPr添加蛍光体において、約20 mol%の添加でその発光強度が200倍を超える極めて大きな効果が報告されているが、BaTiO3の場合、約4倍の強度増大が3 mol%の添加で見られた。一方、その添加による顕著な改善効果が全く報告されていなかったMgについて、著者は僅か0.5 mol%の添加で約60倍に達する強度増加が発現する現象を発見した。BaTiO3蛍光体におけるこのような劇的な蛍光特性の改善はこれまで全く報告されておらず、強誘電性を示すBaTiO3系酸化物をホストとした新規多機能蛍光体の開発の可能性を示したものと言える。著者は、この改善効果はMg添加による電荷補償に起因した欠陥濃度の減少によってもたらされたとして説明している。

 第6章は、本論文の総括である。

 以上のように、本論文は、ゾル−ゲル法による新規ペロブスカイト酸化物蛍光体の低温合成法とその発光デバイスへの応用を目指した電気泳動電着法によるパターン膜形成法を提案しており、無機蛍光体材料の合成と発光デバイス作製に関する基礎研究の進展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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