学位論文要旨



No 119721
著者(漢字) 渡辺,雄一郎
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ユウイチロウ
標題(和) 核内受容体LXRαタンパク質の発現及び相互作用の解析
標題(洋)
報告番号 119721
報告番号 甲19721
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5926号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 酒井,寿郎
 東京大学 助教授 南,敬
 東京大学 助教授 浅沼,浩之
 東京大学 助教授 玉谷,卓也
内容要旨 要旨を表示する

 核内受容体LXRαは肝臓のcDNAライブラリーから、核内受容体遺伝子ファミリーとの相同性が高い、オーファン受容体としてクローニングされた。その後、遺伝子工学的手法を用いた研究により、オキシステロール受容体であると同定され、コレステロール代謝遺伝子の転写発現をリガンド依存的に調節し、脂質代謝制御の中心的役割を果たしていると考えられている。また、LXRα/β欠損マウスを用いた解析や合成リガンドを用いた解析により、LXRαおよびβが動脈硬化においても重要な役割を果たしていることが示唆されており、LXRリガンドは抗動脈硬化作用を持つことが期待されている。しかしながら、生理的に発現するタンパク質を検出できるモノクローナル抗体はいまだ得られておらず、これまでの研究はmRNA発現や強制発現産物、in vitro translation産物、ノックアウトマウス解析を中心になされており、生理的に発現しているLXRαタンパク質を検出した報告は非常に少なかった。そこで本研究では、核内受容体LXRαタンパク質に対する特異的モノクローナル抗体を樹立し、生理的に内在するLXRαタンパク質の検出及び発現の解析を行った。

 まず、バキュロウイルス発現系を用いて発現させたヒトLXRαN末端94アミノ酸を免疫原として用いて、モノクローナル抗体K-8607を樹立した。イムノブロットにより、樹立されたモノクローナル抗体K-8607が、COS-7細胞に強制発現したヒトLXRαタンパク質を特異的に認識し、ヒトLXRβタンパク質と交差反応しないことが示された。免疫沈降の実験により、K-8607が立体構造を保ったヒトLXRαタンパク質を認識することが明らかになった。ゲルシフトアッセイの結果からK-8607が立体構造を保ったLXRαタンパク質とその応答配列DNAが結合した複合体を、認識可能であることが示唆された。

 次に、K-8607を用いて、生理的に発現するLXRαタンパク質を検出することを試みた。生理的に発現するLXRαタンパク質は非常に微量であることが予想され、その検出は非常に困難であると考えられた。そこで、生理的に発現するLXRαタンパク質のソースとして、これまでの検討で最も高いmRNA発現レベルを示した、ヒト単球をGM-CSF刺激して得られたマクロファージを選択した。K-8607を用いたイムノブロットにより、LXRαタンパク質がヒト単球に存在せず、マクロファージにのみ発現していることを明らかにした。ヒト単球由来マクロファージに生理的に発現するLXR?タンパク質の量は、COS-7細胞に強制発現したLXRαタンパク質と比較して非常に少なく、これまでの検出の困難さの原因を示唆するものであった。

 ヒトLXRα発現ベクターをトランスフェクションしたCOS-7細胞の免疫染色結果から、K-8607は免疫染色でヒトLXRαタンパク質を認識することが示された。そこで、ヒト単球由来マクロファージに生理的に発現するLXRαタンパク質の局在を明らかにする事を試みた。ヒト単球およびマクロファージの両方に陽性所見が見られた。イムノブロットの結果やmRNA発現解析等からヒト単球にはLXRαタンパク質は存在しないと考えられる。したがって、K-8607は免疫染色において、LXRαタンパク質以外のタンパク質と交差反応する可能性があり、生理的に発現するLXRαタンパク質の局在の解析には適さないことが明らかになった。

 そこで、生理的に発現するLXRαタンパク質の免疫染色を可能にすべく、大腸菌に発現・精製したLXRαLBDを免疫原として用いて、モノクローナル抗体PPZ0412を新たに樹立した。PPZ0412はイムノブロットにおいてLXRαタンパク質を特異的に認識し、ヒト単球由来マクロファージに発現するLXRαタンパク質を高感度かつ特異的に検出した。また、PPZ0412は免疫沈降の実験で、未変性の立体構造を保ったヒトLXRαタンパク質を認識することができた。

 これまでにLXRαタンパク質の局在は明らかにされていない。そこでLXRαタンパク質の局在を明らかにするために、PPZ0412を用いてヒトおよびラット組織の免疫組織染色を行った。PPZ0412は免疫染色において、ヒトおよびラット組織に生理的に発現するLXRαタンパク質を特異的に認識した。この抗体を用いた免疫染色によって、LXRαタンパク質が肝Kupffer細胞、脾臓マクロファージ、肺胞マクロファージ等のマクロファージに特に強く発現していることが明らかになった。また、肝臓実質細胞、脂肪細胞にも弱い発現が認められた。これらの細胞に生理的に発現するLXRαタンパク質は核に局在していることが明らかになった。LXRαタンパク質はヒト組織とラット組織で同様の発現分布を示していた。LXRαタンパク質の発現する臓器は、これまでに行われたGene ChipによるLXRαのmRNA発現解析の結果ともよく一致していた。

 LXRα/β欠損マウスなどを用いた解析から、動脈硬化においてマクロファージに発現するLXRαおよびβがその病状に大きく関わる事が予想されている。そこで、ヒト動脈硬化病変部位についてPPZ0412による免疫組織染色を試みたところ、動脈硬化病変において、LXRαタンパク質は浸潤した単核細胞と泡沫細胞に特異的に強く発現していた。粥状物質の多い部位では、泡沫細胞数が減少するだけでなく、LXRαタンパク質の発現量も低下していた。以上から、LXRαタンパク質が動脈硬化病変部位において、その病状の進行と深く関係している可能性が示唆された。LXRα陽性所見が見られた細胞種を調べるためにCD68またはスカベンジャー受容体A-Iとの二重染色を行ったところ、LXRα陽性細胞とCD68陽性細胞、スカベンジャー受容体A-I陽性細胞はほぼ一致していた。CD68とスカベンジャー受容体A-Iはともにマクロファージのマーカータンパク質であり、LXRα陽性細胞がマクロファージであることが示された。

 今回作製された抗体PPZ0412は、生理的に発現するLXRαタンパク質を検出可能であり、免疫沈降に用いる事も可能である。この抗体を用いることにより、生理的に発現するLXRαタンパク質そのものをターゲットとした研究が可能になった。今後、この抗体をツールとしてLXRαに関する研究が飛躍的に発展する事が期待される。

 LXRαタンパク質は他のタンパク質 (コファクター) との相互作用によって機能すると考えられる。LXRαと結合するコファクターとしては、核内受容体に共通に結合するNCOA, NCORなどが知られている。しかし、LXRαに特異的に結合するコファクターはいまだ明らかにされていない。LXRαと特異的に相互作用するコファクターを探索することは、LXRαの機能を明らかにし、制御する上で非常に重要であるといえる。

 そこで、LXRαLBDをBaitとして用いて、ヒト肝臓ライブラリーから酵母Two-Hybridスクリーニングを行った。その結果、LXRαLBDに結合するタンパク質としてARA55がスクリーニングされた。LXRαと結合することがすでに報告されているNCOA1やRXRαも同時にスクリーニングされた。ARA55は別名をTGFbIT1といい、核内受容体ARと特異的かつリガンド依存的に相互作用することが知られているコファクターである。

 スクリーニングに使用したBaitとARA55をコトランスフォーメーションした酵母を、濃度を変化させたLXRαリガンドを含む選択培地に播種したところ、リガンド濃度0.1μM以上を添加した培地にのみコロニーを形成した。免疫沈降の実験ではリガンド存在下でのみ、LXRαとARA55が共沈した。Mammalian Two-Hybrid法でLXRαLBDとARA55の相互作用を確認したところ、リガンドを添加したときに、レポーター遺伝子であるルシフェラーゼの活性が上昇した。以上の結果からLXRαとARA55は、酵母細胞、哺乳類細胞のどちらにおいても、リガンドの存在する場合のみ結合することが示された。その生理的意義については更なる解析を要するが、リガンド依存的に相互作用していることから、リガンド依存的転写制御に関わる分子であることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 核内受容体LXRαは核内受容体遺伝子ファミリーの相同性からオーファン受容体としてクローニングされた。その後、遺伝子工学的手法を用いた研究により、オキシステロール受容体であると同定され、コレステロール代謝遺伝子の転写発現調節の中心的役割を果たすと考えられている。しかしながら、生理的に発現するタンパク質を検出できるモノクローナル抗体は得られておらず、タンパク質レベルでの研究は困難であった。そこで本研究では、核内受容体LXRαタンパク質に対する特異的モノクローナル抗体を樹立し、生理的に内在するLXRαタンパク質の検出及び発現の解析を行った。

 本研究で樹立されたモノクローナル抗体K-8607は、COS-7細胞に強制発現したヒトLXRαタンパク質を、イムノブロット及び免疫染色で特異的に認識した。K-8607を用いたイムノブロットにより、ヒト単球及びヒト単球由来マクロファージから調製した核タンパク質を用い、ヒトLXRαタンパク質が単球に存在せず、マクロファージにのみ発現していることを明らかにした。ヒト単球由来マクロファージに生理的に発現するLXRαタンパク質の量は、COS-7細胞に強制発現したLXRαタンパク質と比較して非常に少なく、これまでの検出の困難さの原因を示唆するものであった。

 さらに、生理的に発現するLXRαタンパク質の免疫染色を可能にすべく、LXRαLBDを用いて新たに樹立されたモノクローナル抗体PPZ0412は、免疫染色において、ヒトおよびラット組織に生理的に発現するLXRαタンパク質を特異的に認識した。この抗体を用いた免疫染色によって、LXRαタンパク質が肝Kupffer細胞、脾臓マクロファージ、肺胞マクロファージ等のマクロファージに特に強く発現していることが明らかになった。また、肝臓実質細胞、脂肪細胞にも弱い発現が認められた。

 動脈硬化病変において、LXRαタンパク質は泡沫細胞に特異的に強く発現していた。粥状物質の多い部位では、泡沫細胞数が減少するだけでなく、LXRαタンパク質の発現量も低下していた。以上から、LXRαタンパク質が動脈硬化病変部位において、その病状の進行と深く関係している可能性が示唆された。

 LXRαタンパク質は他のタンパク質との相互作用によって機能すると考えられる。そこで酵母Two-Hybridスクリーニングを行い、ARA55がLXRαLBDに結合することを見出した。LXRαとARA55は、酵母細胞、哺乳類細胞のどちらにおいても、リガンドの存在する場合のみ結合することが示された。その生理的意義については更なる解析を要するが、リガンド依存的に相互作用していることから、リガンド依存的転写制御に関わる分子であることが期待される。

 上記の研究は生理的に発現するLXRαタンパク質を認識し、広い有用性を持つモノクローナル抗体の樹立に成功し、LXRαの生化学的研究を前進させた内容である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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