学位論文要旨



No 119722
著者(漢字) 徐,建紅
著者(英字)
著者(カナ) シュウ,ジェンホン
標題(和) レトロポゾンSINEの挿入の多型を利用したイネ属系統の解析
標題(洋) Phylogenetic analysis of rice strains of the Oryza genus by insertion polymorphism of SINEs
報告番号 119722
報告番号 甲19722
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2806号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 教授 平野,博之
 東京大学 助教授 梅田,正明
 東京大学 助教授 藤原,徹
 東京大学 講師 大坪,久子
内容要旨 要旨を表示する

 イネ属Oryzaは世界各地に分布しており、2種類の栽培種と20種類の野生種からなる。イネ属は、細胞遺伝学的な形質、ゲノムDNA交雑法、遺伝子の配列によって、6種類の二倍体(AA、BB、CC、EE、FFおよびGG)と4種類の四倍体(BBCC、CCDD、HHJJおよびHHKK)に分類されている。そのうち、AAゲノムを持つ種は、アジア栽培稲(Oryza sativa)、アフリカ栽培稲(Oryza glaberrima)、および五つの野生稲(O.rufipogon,O.barthii,O.glumaepatula,O.longistaminata)である。栽培稲O.sativaは、それと最も近縁な野生稲O.rufipogonから由来したと推定されているが、O.sativaの二っの生態型(インディカとジャポニカ)とO.rufipogonの三つの生態型(一年生、多年生と中間型)の間の関係に関しては未だ不明瞭な部分がある。また、これまでにAAゲノムの種間および種内の系統関係が形態や生理的形質および各種の分子マーカーで調べられてきたが、研究者によって異なった説が提唱されている。そのため、AAゲノムを持つ種の種名が頻繁に変更されるといった混乱も生じていた。これらの種間の系統関係の解明は、栽培稲の起源を明らかにするだけではなく、野生稲の有用遺伝子の利用にも大変重要である。

 レトロポゾンであるSINE(short interspersed elements)は、RNAを経由し、逆転写により生じたcDNAがランダムにゲノムに挿入することによって転移する。そのため、SINEはある遺伝子座に一度入ったら切り出されることはなく、全く同じ遺伝子座へ独立に挿入することもない。これらは系統分類のマーカーとして優れた特徴である。ρ-SINE1は我々の研究室で植物で初めて見いだされたイネのSINEであるが、それ以来、種々の方法を用いて、O.sativaから数多くのρ-SINE1メンバーを同定し、これらのメンバーの各座における存在の有無を調べることによって、O.sativaとその祖先種と思われるO.rufipogonの系統関係を解析してきた。その結果、O.sativaとO.rufipogonの系統間で挿入の有無の多型を示すメンバーが存在すること、そのほとんどがRA(RecentIy Amplified)というサブファミリーに属すること、O.sativaの系統は複数の起源を持つこと、などが示された。

 しかし、これらの解析に用いたp-SINE1メンバーはO.sativaの系統から単離したもののみであり、O.rufipogonの系統からはp-SINE1のメンバーを同定していなかったため、O.rufipogonの種内の系統関

 しかし、これらの解析に用いたp-SINE1メンバーはO.sativaの系統から単離したもののみであり、O.rufipogonの系統からはp-SlNE1のメンバーを同定していなかったため、O.rufipogonの種内の系統関係は必ずしも明らかにはなっていなかった。また、O.sativaとO.rufipogon以外のAAゲノムを持つ種からも多くのp-SINE1メンバーを同定し、AAゲノムを持つ種の系統関係の解析がなされてきたが、AAゲノム以外の種を含むイネ属内のより広い種間の関係は解析されてはこなかった。

 本研究ではまず、O.rufipogonからSINEメンバーを分離し、種内で挿入の有無に関して多型を示すメンバーを数多く同定し、これらのメンバーの存在の有無のパターンに基づいてO.rufipogonの種内の系統関係を明らかにし、O.sativaの系統関係と対照することによってその起源を推定することを目的としたものである。また、AAゲノム以外の種から多数のSINEメンバーを単離し、それらを用いてイネ属内の種の系統関係を明らかにすることを目的としたものである。本研究で得られた結果は、O.rufipogonとされていたオーストラリアのいくつかの系統が実際にはAAゲノムを持つ異なる種O.meridionalisであるという予期しなかった結果などを含めて、以下の様に要約できる。

 1.p-SINE1の挿入の有無による栽培種O.sativaの起源と野生種O.rufipogonの系統関係の解析

 栽培種O.sativaの祖先種と考えられているO.rufipogonの系統関係を調べるため、一年生のW1681、中間型のW2007、多年生のW1943、W120およびW593のO.rufipogonの各系統からAdaptor-Ligation based PCR(ADL-PCR)またInverse PCR(IPCR)で多数のp-SINE1メンバーを単離した。その中で21個のメンバーがO.rufipogonの種内で挿入の有無の多型を示したが、その全ては以前O.sativaから単離されたメンバーと同様、RAサブファミリーに属するものであった。それらのメンバーと以前にO.sativaから分離された計44個のRAサブファミリーメンバーの塩基配列をアラインメントしたところ、RAサブファミリーの中に二つのグループRAαとRAβがあることが分かった。RAサブファミリーのコンセンサス配列と比較すると、RAαは三つ、RAβは二つの共通の塩基置換変異を持っていた。

 O.rufipogon、O.sativa及びその他のAAゲノムを持つ種の計108系統について、RAサブファミリーメンバーを含む51個のp-SINE1メンバーを用いてそれらの存在の各座における有無を調べ、そのパターンに基づいて系統樹を作成した。その結果、O.rufipogonの系統は3つのグループに分けられることが分かった。そのひとつは一年生の系統、ひとつは主に中国由来の多年生の系統、もうひとつは多年生と中間型の系統からなるグループであった。O.sativaの系統は明らかに二つのグループに分けられ、それぞれがインディカとジャポニカに対応していた。インディカの系統はO.rufipogonの一年生の系統と同じグループに属し、ジャポニカの系統は中国由来の系統を多く含む多年生のO.rufipogonと同じグループに属していた。これらの結果は、インディカ系統が一年生のO.rufipogonの系統、ジャポニカ系統が中国由来の多年生のO.rufipogonの系統と同じ祖先から由来することを強く示唆しており、以前のCheng(2003)らの結果と一致する。O.sativaのインディカの系統とO.rufipogonの一年生の系統からなるグループは、さらに三つのサブグループに分けられた。そのうちのひとつには、一年生の系統の大部分と小数のインディカの系統が含まれていた。この結果は、それらのインディカの系統は例外的に一年生のO.rufipogonから直接起源したことを示唆する。他の二つのサブグループは主にインディカの系統からなっていたが、そのうちのひとつは研究所で人工的に多年生の系統またはジャポニカの系統と交雑して作られたインディカの系統を多く含んでいた。

 一方、O.sativaのジャポニカの系統は明らかに二つのサブグループに分けられ、それぞれが熱帯ジヤポニカと温帯ジャポニカに対応していた。この結果は熱帯ジャポニカと温帯ジャポニカが、互いに異なる集団であり、SINEの挿入の有無によってはっきり区別できることを示す。O.rufipogonの多年生と中間型の系統のグループはO.sativaの系統を含まないが、他のAAゲノムを持つ種の系統を含み、ほとんど全てのSINEメンバーを持たない仮想的な祖先種にも近いものであった。さらに、そのグループ内で中間型の系統はひとつのサブグループを形成していた。このサブグループは仮想的な祖先種に最も近いものであったことから、多年生や一年生のO.rufipogonは中問型から由来することが示唆される。

 2.オーストラリアの野生稲Oryza meridionalisにおける一年生と多年生の二つの生態型の存在

 これまでの形質による分類では、AAゲノムを持つオーストラリアの野生稲Oryza meridionalisは全て一年生の系統であり、多年生の系統はないと考えられていた。AAゲノムを持つオーストラリアの野生稲でO.rufipogonまたはO.meridionalisと分類されていた多くの系統について、AAゲノムを持つ各種に特異的ないくつかのp-SINE1メンバーを遺伝的マーカーとして、それらの存在の有無をPCRで調べた。その結果、O.rufipogonとされていたいくつかの多年生の系統はO.meridionalis特異的なp-SINE1メンバーを特定の座位に持っていたが、O.rufipogon特異的なメンバーは持っていないことが分かった。従って、これらの系統が多年生のO.rufipogonとされていたのは分類の間違いであり、実際はO.meridionalisあることが分かった。この結果はO.meridionalisにも多年生の系統が存在することを示すものである。O.meridionalisとO.rufipogonは全く異なる種であるにもかかわらず、それぞれに一年生と多年生の生態型があることは、生態型の分岐がそれぞれの種で独立して起こっていることを示唆する。

 3.SINEの挿入の有無によるイネ属の種の系統関係の解析

 これまでに同定したp-SINE1メンバーのうち、二つがAA以外のゲノムを持つ種の系統に存在していることが分かっている。このようなメンバーは、イネ属の種間の系統関係を解明するための優れたマーカーになると思われた。そこで、さらに、AA以外のゲノムを持つ種の系統からp-SINE1及び次に述べる新たなイネのSINE(p-SINE2とp-SINE3)の10個の新規のメンバーを同定した。また、O.sativaのゲノムDNAデータベースからもAA以外のゲノムを持つ種の系統にも存在する12個のSINEメンバーを新たに同定した。

 様々なゲノムタイプを持つ53系統において、これまでに同定したp-SINEメンバーの存在の有無をPCRを用いて調べた。これらのメンバーは、FF、GGおよびHHJJゲノムを持つ種の系統には存在していなかったので、これらの種は他とは遠い関係にあると考えられた。各p-SINEの有無に基づいて、上記以外のゲノムタイプを持つ種の系統の系統樹を作成した。その結果、AAゲノムを持つ7種の系統はひとつのグループを形成した。BBゲノムを持つ種の系統とBBCCゲノムを持つ四倍体の種の系統はひとつのグループになり、CCゲノムを持つ種の系統とBBCCまたはCCDDを持つ四倍体の種の系統はひとつのグループになった。また、CCDDゲノムを持つ種の系統は二倍体のEEゲノムを持つ種の系統とひとつのグループになった。これらの結果は、四倍体の種の系統においてはBB、CC、あるいはEEゲノムの中の二つに同時に分類されることを示す。また、系統樹において、AA、BBおよびCCゲノムを持つ種の系統は最も近い関係にあることから、これらの三つのゲノムは互いに近縁であることが示唆された。またCCDDゲノムを持つ三つの種(O.latifolia、O.altaとO.grandiglumis)の系統の関係から、これらのCCゲノムは互いに非常に近い関係にあるが、DDゲノムはO.latifoliaのものが他の二つの種のものと離れた関係にもあることが分かった。Adh1遺伝子のExon3〜Exon7の塩基配列の解析からもこの結果は支持された。

 4.新規二種類のイネSINE(p-SINE2及びp-SINE3)の同定

 これまでに分離したp-SINE1のメンバーの中に配列が他と大きく異なるものが存在することを見出した。データベース解析から、これらが二つのファミリーを成すことが分かった。これらのコンセンサス配列とp-SINE1のコンセンサス配列と比べると、5'末端側のRNAポリメラーゼIIIのプロモーターが存在する領域では塩基配列の相同性が高く(>80%)、3'末端側では低い(<40%)ことが分かった。そこで、それらをそれぞれp-SINE2とp-SINE3と命名した。O.sativaのゲノムには、p-SINE2のメンバーは18個、p-SINE3は24個存在しており、それぞれのメンバーは12本の染色体上に分散して存在していることが分かった。様々なゲノムタイプを持つ各種の系統において、これらのメンバーの存在の有無をPCRを用いて調べた。その結果、p-SINE2はAAからEEまでのゲノムを持つ全ての種の系統に存在するが、p-SINE3はAAゲノムを持つ種の系統にのみ存在することが分かった。次に、p-SINE1、p-SINE2、p-SINE3の関係を調べるために、52個のp-SINE1、18個のp-SINE2、24個のp-SINE3を選び、それぞれのファミリー内での遺伝的距離を計算した。その結果、p-SINE3の遺伝的距離が最も小さく(0.0595)、p-SINE1が最も大きい(0.1514)ことが分かった。このことは、p-SINE3が最も若く、p-SINE1が最も古いファミリーであることを示唆する。

審査要旨 要旨を表示する

 イネ属Oryzaには2倍体と4倍体の22の種があり、4つのcomplexに分類されているが、この内の2つのcomplexのAAからEEまでのゲノムタイプを持つ種は互いに近い関係にあることが分かっている。AAゲノムを持つ種には二つの栽培種O.sativaとO.glaberrimaが含まれており、イネ属の種内、あるいは種間の系統関係を明らかにすることは、栽培稲の起源の解明のみならず、野生稲の有用遺伝子の利用にも大変重要である。これまでにイネ属の系統関係は様々なマーカーによって解析されてきたが、各マーカーには附随する問題点があった。レトロポゾンSINEは、染色体のある座に挿入すると切り出されることはなく、同じ座位へ独立に挿入することもないという性質があり、これまでにO.sativaのSINE、p-SINE1、の多くのメンバーの存在の有無に基づいてAAゲノムを持つイネ系統の分類が可能であることが示されてきた。本研究は、イネ属の様々な種の系統関係を、各種の系統から,SINEメンバーを数多く同定し、これらのメンバーの存在の有無に基づいて明らかにすることを目的とし行ったものである。

 本論文は5章からなるが、第1章で研究の背景を概説した後、第2章で栽培稲O.sativaの祖先種と考えられている野生稲O.rufipogonの系統関係の解析結果を述べている。これまでにp-SINE1を利用することによってO.sativaの2つの生態型(インディカとジャポニカ)の系統が複数の起源を持つことが示唆されていたが、この解析にO.sativaの系統から単離されたp-SINE1メンバーのみが用いられていたので、O.rufipogonの3つの生態型(一年生、多年生と中間型)の系統との関係は明確ではなかった。そこで、O.rufipogonの各生態型の系統からp-SINE1メンバーを単離し、以前に単離されたものを含めた51メンバーを用いて、イネ108系統における存在の有無を基にして系統樹を作成した。その結果、O,rufipogonの中間型の系統から多年生系統が由来すること、また、O,rufipogonの一年生と多くのインディカの系統は、多年生のO.rufipogonから由来することを示した。一方、ジャポニカは温帯型と熱帯型の系統に区別されるが、これらと中国のO.rufipogonの多年生系統が共通の祖先から由来することを示した。

 第3章では、オーストラリア野生稲Oryza meridionalisに2つの生態型が存在することを述べている。これまでに、O.meridionalisはAAゲノムを持つ一年生の系統からなると定義されていたが、AAゲノムを持つ各種に特異的なp-SINE1メンバーを利用することによって、オーストラリアの多年生のO.rufipogonとされていたいくつかの系統がO.meridionalisに分類されることから、この種にも一年生の祖先となりうる多年生の系統があることが明らかになった。

 イネ属にはO,sativa complexに比較的近い、BB、BBCC、CC、CCDD、あるいはEEゲノムを持つO.officinalis complexに属する10種がある。第4章では、これらのcomplexに属する種の系統関係の解析結果を述べている。これらの種の系統関係は各種のマーカーを使って解析されてきたが、互いに異なる結果が得られていた。そこでゲノムタイプの異なる各種の系統からp-SINE1、及びそれに近縁のp-SINE2とp-SINE3のメンバーを26個同定し、53の系統においてこれらのメンバーの存在の有無を解析した。その結果、AAゲノムを持つ種の系統はひとつのグループを成すが、BBCCとCCDDゲノムを持つ4倍体種の系統はそれぞれ、BBとCC、あるいは、CCとEEゲノムを持つ2倍体種の系統とグループを成すこと、また、AA、BB、とCCゲノム、及びDDとEEゲノムはそれぞれ互いに近縁であることが明らかになった。さらに、CCDDゲノムを持つ種の系統においては、CCゲノム間よりDDゲノム間の違いが大きいことを示した。

 第5章では、イネ系統の解析過程で見出されたイネのSINEについて述べている。新たなSINEは2種類(p-SINE2とp-SINE3と命名)あり、これらはRNAポリメラーゼIIIのプロモーターが存在する5'末端領域でp-SINE1と相同性が高い(>80%)が、3'末端領域では低い(<40%)ものであった。3つのSINE配列の相同性、及び、各種イネ系統における分布から、p-SINE2とp-SINE3は共にp-SlNE1から派生したことが示唆された。

 以上、本論文はイネ栽培種O.sativaとそれに近縁の様々な野生種の系統関係を、レトロポゾンの挿入の有無により明確にしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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