学位論文要旨



No 119723
著者(漢字) 王,
著者(英字)
著者(カナ) ワン,ユイ
標題(和) マツノザイセンチュウの生活史と病原力
標題(洋) Life history and virulence of Bursaphelenchus xylophilus
報告番号 119723
報告番号 甲19723
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2807号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 助教授 山田,利博
 東京大学 助教授 福田,健二
 東京大学 講師 松下,範久
内容要旨 要旨を表示する

 マツノザイセンチュウBursaphelenchus xylophilus (Steiner and Buhrer) Nickleによるマツ材線虫病は日本、中国、韓国を含む北東アジアにおいてマツ類に激甚な被害を与えるに至った。マツ樹体内におけるマツノザイセンチュウPWNsの活動性(初期の分散、増殖)は時間的、空間的な本病の進展とcoincideしている。マツノザイセンチュウ各アイソレートの病原力の変異とマツの抵抗性はニセマツノザイセンチュウBursaphelenchus mucronatusを含むマツノザイセンチュウ類(以下線虫とする)のマツ樹体内における活動性に影響を与える主要な要因であると考えられる。線虫の活動性に影響する要因を明らかにするために、線虫の異なるアイソレートのBotrytis cinerea培養上、クロマツ切枝、およびクロマツ苗木における増殖を調べるとともに、線虫の生活史、多産性、菌類の役割、クロマツの抵抗性と防御反応を含め増殖と分散に影響すると考えられるいくつかの要因を検討した。

 B. xylophilusおよびB. mucronatusのB. cinerea培養上での内的自然増加率と病原力との関係

 内的自然増加率と病原力との間の関係を明らかにするため、B. xylophilusとB. mucronatusの6アイソレートを用いB. cinerea 培養上での内的自然増加率を調べた。6アイソレート中、B. xylophilusの強病原力3アイソレートが最も速く増殖し、B. xylophilus の弱病原力2アイソレートが次で、B. mucronatusの1アイソレートの増殖が最も遅かった。内的自然増加率と病原力との関連が示された。温度は個体数の増加に大きな影響を与えた。殆どのアイソレートで内的自然増加率は30℃で最も高かったが、25℃が飽和個体数にとって最適温度であった。

 B. xylophilusおよびB. mucronatusの生活史、多産性から理論的に導かれた内的自然増加率

 線虫アイソレートの生活史、多産性、内的自然増加率の間の関係を明らかにするため、B. xylophilusの強病原力2アイソレート、弱病原力2アイソレート、およびB. mucronatusの1アイソレートを用いてB. cinerea培養上で培養実験を行った。

 強病原力アイソレートS-10およびT4では25℃での孵化率は培養32時間でピークに達した。B. cinerea培養上では1世代4-5日であった。それに対して弱病原力アイソレートでは孵化率がピークに達するのに42-44時間かかり、1世代は6-7日であった。これは高い内的自然増加率をもつ強病原力アイソレートは弱病原力アイソレートより早く生活史を完了することを示す。

 多産性と内的自然増加率との関係を明らかにするために、多産性と成虫の生存期間を調べた。1対の成虫を雌が死亡するまで25℃で2-3日間隔で新たなB. cinerea菌叢上に移植し続けた。S-10, T4, OKD-1, C14-5, B. mucronatusの雌はそれぞれ平均84.8, 40.8, 21.1, 36.9, 13.5個の卵を27, 21, 15, 15, 7日に渡って産卵した。雌1頭当たりの最大産卵数はそれぞれ177, 95, 32, 77, 43個であった。産卵のピークはそれぞれ産卵開始後6-9, 4-6, 4-6, 2-4, 0-2日後で、日毎の最大産卵数はそれぞれ平均9.4, 7.3, 2.7, 5.3, 2.6個であった。雌成虫の生存期間はそれぞれ平均15.1, 11, 12.8, 11.5, 6.7日、最大30, 21, 27, 21, 13日であった。すなわち、病原力が強いアイソレートほど、産卵数が多く、産卵期間が長く、生存期間が長かった。雌の生存率の低下はB. mucronatusで最も急速で、次にT4, OKD-1, C14-5であり、S-10で最も遅かった。

 雌の齢別産卵数および生存率から求めた固有の自然増加率r、すなわち理論上の増殖率は基本的に増殖曲線から求めた内的自然増加率と一致し、内的自然増加率はB. cinerea菌叢上での雌の1世代の長さ、多産性、成虫の生存期間によって決まることが示された。菌叢上での内的自然増加率は病原力と密接に関係していることが示された。

 線虫の増殖における菌類の役割

1. クロマツ高圧滅菌/生切枝における滅菌/非滅菌線虫の増殖

 高圧滅菌/生切枝における滅菌/非滅菌線虫の増殖を調べた。滅菌線虫−高圧滅菌切枝の無菌条件下では線虫個体数はわずかに増加した後、減少した。高圧滅菌切枝は線虫にとって不適な餌資源であった。菌類の生育は線虫の増殖を著しく促進した。菌類は病気の進展期における線虫の増殖に関わっている可能性がある。

2.高圧滅菌切枝における滅菌線虫の増殖・分散と菌類との関係

 滅菌線虫とクロマツから分離された2種の菌類を高圧滅菌切枝に同時に接種し、線虫の増殖・分散と菌類の進展とを調べた。菌類の成長・分布と線虫の増殖・分散との間に密接な関係がみられ、菌類が存在する場合に線虫が顕著に増殖し、また菌類の存在する部位で線虫の分布が多かった。マツに侵入した初期の線虫の分布が接種部付近に偏っている一要因として菌類の分布が考えられる。

 クロマツ樹体内における線虫の増殖と宿主の防御反応との関係

1.抵抗性および感受性クロマツ切枝における病原力の異なるB. xylophilusアイソレートとB. mucronatusの増殖

 線虫の増殖と宿主の抵抗性や線虫アイソレートの病原力との関連を明らかにするために、B. xylophilusの強病原力アイソレート、弱病原力アイソレート、およびB. mucronatusを感受性、抵抗性クロマツの切枝に接種した。抵抗性クロマツの切枝ではすべてのアイソレートが増殖しなかったが、感受性クロマツの切枝では強病原力アイソレートのみが増殖する傾向がみられた。強病原力アイソレートの増殖は抵抗性マツでのみ抑制され、弱病原力アイソレートは感受性および抵抗性マツの両者で増殖が抑制されることが示された。

2.クロマツ苗木におけるB. xylophilusおよびB. mucronatusの増殖と病気の進展、防御反応との関係

 線虫の増殖と病気の進展やいくつかの防御反応との関連を調べるため、感受性クロマツ苗木にB. xylophilusの強病原力アイソレート、弱病原力アイソレート、およびB. mucronatusを、抵抗性クロマツ苗木に強病原力アイソレートを接種した。接種後、線虫の増殖と病気の進展、およびいくつかの防御反応の進展を追跡した。組織学的変化と電解質の漏出を病気の進展の指標として調べた。総フェノール物質量の変化、リグニン、ポリフェノール、スベリンの集積を防御反応の指標として調べた。

 感受性苗木に強病原力アイソレートを接種したときにのみ線虫は増殖し、激しい組織学的変化および顕著な電解質の漏出を引き起こした。感受性苗木に弱病原力アイソレートを接種、あるいは抵抗性苗木に強病原力アイソレートを接種した場合は、線虫は増殖しなかった。こうした場合、組織の損傷はごくわずかで、電解質の漏出も対照と同程度であり、線虫の増殖と病気の進展が対応することが示された。皮層樹脂道周囲の柔細胞の増生とリグニン化は抵抗性苗木のみでみられ、防御反応に関連していると考えられる。リグニンとポリフェノールは強病原力アイソレートを接種した感受性苗木および抵抗性苗木の両者で集積したが、弱病原力アイソレートを接種した感受性苗木では集積が確認されなかった。総フェノール物質は感受性苗木より抵抗性苗木で集積が顕著であり、その後の病気の進展の差異をもたらした一要因と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 マツノザイセンチュウ(Bursaphelenchus xylophilus、以下、材線虫)がマツ材線虫病の病原であることが明らかにされて、本病による被害は1980年代以降わが国のみならず中国や韓国を含む東アジア各地において大流行病の様相を呈し、現在ヨーロッパにおける被害の蔓延が懸念されている。本病の病徴の進展は、材線虫のマツ樹体内における分散や増殖などその生活史と密接な関係にあるものと考えられる。また、材線虫の病原力とマツ類の抵抗性は、マツ樹体内における材線虫の動態に大きな影響を及ぼすものと考えられる。

 本論文は、材線虫の異なるアイソレートを用いて、その生活史と病原力について、Botrytis cinerea培養、クロマツ切り枝、クロマツ苗木を用いて明らかにしたものである。

 第1章は、序論にあてられ、本病に関する既往の研究と問題点について検討され、本論文の目的について述べている。

 第2章では、本病の世界的な伝播・蔓延について述べ、とくに中国における本病の蔓延の推移過程とその防除について述べている。

 第3章では、材線虫各アイソレートの内的自然増加率と増殖率などの生活史について明らかにするために、まず強病原力および弱病原力アイソレート、さらにニセマツノザイセンチュウ(B. mucronatus)を用いて、B. cinerea培養上で検討を加えた。内的自然増加率は強病原力を示す3アイソレートでいずれも速く、次いで弱病原力を示す2アイソレート、ニセマツノザイセンチュウの順であった。内的自然増加率は、ほとんどのアイソレートで30℃で最も高く、25℃は飽和個体数の最適温度であった。

 増殖率と成虫生存期間についてみると、成熟雌の産卵数は最大で43個〜177個、アイソレート間で平均13.5個〜84.8個であった。生存期間は、最大で13日〜30日、アイソレート間で平均6.7日〜15.1日であった。各アイソレート間についてみると、病原力が強いアイソレートほど産卵数が多く、また生存期間が長かった。このことから、強病原アイソレートは弱病原アイソレートよりも速く生活史を完了することが示唆された。

 第4章では、材線虫の増殖と密接な関係にある材線虫の摂食源について菌類の影響を明らかにした。滅菌材線虫は、高圧滅菌切り枝では接種後わずかに増加しその後減少した。このことから、材中の菌類の存在がその後の材線虫の増殖に密接に関わっていることが示唆された。そこで、クロマツ苗木から分離された2種類の菌類を用いて、滅菌材線虫の高圧滅菌切り枝における分散・増殖について調べた。その結果、材線虫は、菌類の存在する場所に多く分布し、また顕著な増殖を示した。これらのことから、材線虫接種試験における材線虫の分布が、初期には接種部位に偏っていることは、摂食源である菌類の存在に起因するものであると考えられた。

 第5章では、材線虫のクロマツ樹体内における増殖と宿主の防御反応について、電解質の漏出、フェノール、ポリフェノール、リグニン、スベリンの集積などを指標にして調べた。強病原材線虫は、接種後、感受性マツ苗木場合に組織学的変化および電解質の漏出を顕著に引き起こした。とくに、ポリフェノールおよびグニンの集積が顕著に引き起こされるが、弱病原線虫を用いた場合には認められなかった。抵抗性苗木では、総フェノール物質の集積はより顕著であったことから、材線虫病のその後の病徴進展に関与する物質であるこが示唆された。

 第6章は、材線虫の生活史と病原力について総合的に考察された。

 以上を要するに、本論文は材線虫の生活史と病原力の詳細を明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献することが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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