学位論文要旨



No 119726
著者(漢字) 山際,教之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマギワ,ノリユキ
標題(和) 希土類複合金属錯体を用いた不斉触媒反応の開発と反応機構解明
標題(洋)
報告番号 119726
報告番号 甲19726
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1099号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

1)REMB 錯体を用いたアルコキシルアミンの触媒的不斉共役付加反応の開発

 M2n-3RE(binapthoxide)n の一般式であらわされるREMB 錯体は柴崎らによって初めて単離され、構造決定された複合金属錯体である。REMB 錯体はルイス酸性とブレンステッド塩基性を合わせ持ち、求電子剤の活性化と酸性水素原子の引き抜きによる求核剤の活性化を同一錯体上で行なうことにより、高いレベルでの不斉認識を可能にしてきた。一方、REMB 錯体のルイス酸的な機能のみを抽出する試みもなされているが、触媒的不斉Diels-Alder 反応の一例が知られるのみである。

 アルコキシルアミンは高い求核性を有し、ルイス酸の存在下で容易に求核付加することが知られている。この反応は生成物がアジリジンに誘導できるなど有用であるにも関わらず、既存の触媒系は反応性、基質一般性の点で改良の余地を含んでいた。そこでREMB 錯体のルイス酸性を利用して求電子剤の活性化と求核剤の厳密な位置固定ができれば、高度な不斉制御が実現できるのではないかと考え、検討を開始した。検討の結果、イットリウムとリチウムとBINOL 配位子から構成される錯体[Li3{Y(binaphthoxide)3}](YLB 1)がアルコキシルアミンの共役付加反応を高選択的に触媒することが分かった。求核剤を検討したところメトキシルアミン(3)が最も高い選択性を示した。また本反応では水の添加により触媒の不活化が観測されたため、乾燥剤としてDrierite を添加したところ、水の存在下でも良好な

 反応性を示した。触媒の失活は水分子がイットリウム上の配位場を占有するために起こったと考えられる。YLB-Drierite の条件を用いて触媒量の低減を検討したところ0.5 mol %まで触媒量を減じても高い触媒活性を示した。YLB-Drierite の触媒系は種々のα,β-不飽和ケトン2 に適用可能であり、2a-w から4a-w を最高98%収率、96%ee で得ることができた。共役付加体4a、4s は触媒量の塩基を用いることで、鏡像体過剰率を損なうこと

なく高収率で対応するアジリジン誘導体へ導くことができた。また、適当な還元剤を選択することで、それぞれ対応するSyn-またはAnti-のアミノアルコールへ導くことができた。

2)三分子の配位子が必要か?: YLB 錯体を用いた触媒的不斉共役付加反応における触媒活性種の解明

 YLB を用いた3 の触媒的不斉共役付加反応では、配位子の鏡像体過剰率と触媒の反応性および不斉認識能の間に顕著な非線形現象が観測された。REMB 錯体には三つのBINOL 配位子が含まれているため、ホモキラル会合体とヘテロキラル会合体が存在することが知られている。通常のREMB 錯体では対称性の高いホモキラル会合体が安定であるのに対し、YLB ではヘテロキラル会合体がホモキラル会合体より安定である。ヘテロキラル会合体は相対的に安定である一方で、触媒不活性であるために上記の非線形現象が観測されたと理解することができた。また、この結果は溶液中においてのYLB 錯体のBINOL 配位子が容易に交換することを示すものであるため、触媒からBINOL-Li2(5)が解離した錯体

(Y:Li:BINOL=1:1:2)が真の触媒活性種である可能性が考えられた。触媒活性種の構造について議論するためには本反応についての基本的な知見を得る必要がある。一連の実験を行なった結果、(1)触媒および2a に1次、3 に0次の速度相関が観測される、(2)逆共役付加反応は進行しない、(3)生成物阻害は微弱、(4)水による触媒の不活化がおこる、(5)イットリウムとリチウムの両方の金属が触媒活性の獲得に必須、等の情報が得られた。YLB 溶液のNMR を測定したところ5 に相当するシグナルは全く観測されなかったことから、YLB から5 の自発的な解離は有利でないと理解できる。同様に、3 の存在下でも5 のシグナルは観測されなかった。続いて5 を触媒溶液に添加して触媒活性の変化を調べたが、反応初速度および選択性に全く変化は観測されなかった。定常状態近似を用いた式展開から、基質について明確な速度相関をもつ触媒系では触媒種の中に量的に優勢な成分が存在することが明らかになった。また、優勢種と律速過程(エネルギーの極大)の間に関係する全ての化学種が反応初速度に何らかの影響を与えることが分かった。そこで本反応を(A)アミンと触媒の相互作用(B)BINOL-Li2 の解離(C)カルコンと触媒の相互作用(D)C-N 結合生成の四段階に分割して可能な八通りの組み合わせを考えると、全ての実験結果を説明することができる反応経路は一つだけであることが分かった。よって配位子の解離は触媒サイクルの中に含まれず、YLB(1:3:3)が活性種であるという結論に至った。

3)触媒的不斉シアノカルボニル化反応の反応機構解明

YLB錯体はシアノギ酸エチル(10)を用いた触媒的不斉シアノ化反応を高選択的に触媒することが見いだされている。この反応で高い触媒活性を獲得するために、触媒に対し3当量のH2O、1当量のホスフィンオキシド(12)、および1当量のブチルリチウムの添加が必要であるがその役割は不明であった。特に前述の不斉共役付加反応では水が触媒毒として作用したのに対し、シアノカルボニル化反応では水の積極的な添加が必要である点がミステリアスである。そこでこれらの謎を解明すべく研究に着手した。

(1)LiCNの生成:BuLiと水から生成したLiOHは10と反応してLiCNを与えることが分かった。また、LiCNの生成過程は比較的遅い反応であることが分かった。LiCNの前駆体であるアセトンシアノヒドリンを添加すると反応速度が劇的に向上した。

(2)ホスフィンオキシドの効果:ホスフィンオキシドの置換基の効果を検討した結果、ホスフィンオキシドの芳香環上のオルト位のメトキシ基が重要であることが分かった。メトキシ基の効果は、π-電子供与性および立体的要因に由来するものではく、オルト位のメトキシ基とリン上の酸素が触媒系を構成する金属とキレートすることで効果を発現していると考えられた。12の添加により反応が加速されることが分かった。

(3)触媒サイクル:反応速度解析の結果、9に0次、10に1次、触媒に1次の速度相関を得た。また12の非存在下では9に0次、10に0次、触媒に1次の速度相関を得たことから、12の添加により律速段階が移動することが分かった。則ち、12がシアニド種の求核性を高めることで反応を加速していると考えられる。またシアノヒドリン中間体を与えるステップBは不可逆的である結果が得られたことから、ステップBで不斉が誘導される機構が支持され、Y-3の立体選択的な炭酸エステル化に基づく動的速度論分割の可能性は否定された。また律速段階(rds)はステップCであることが分かった。

(4)水の効果:生成物の鏡像体過剰率における水の当量効果を調べたところ、触媒に対し3当量付近をピークとした山なりの曲線が得られた。NMR 実験によりYLB と水の可逆的な相互作用が認められたことから、YLB と水から可逆的に生成したY-1 が高選択的な触媒活性種であると考えた。水の配位によりYLB の不斉環境が大きく変化し、シアノカルボニル化反応に最適な不斉空間が再構築されていると考えられる。

1) Yamagiwa, N.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 16178.2) Yamagiwa, N.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2004, 43,4493 .3)iTian, J.; Yamagiwa, N.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed.2002, 41, 3636 .4) Tian, J.; Yamagiwa, N.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Org. Lett. 2003, 5,3021 .5) Abiko, Y.; Yamagiwa, N.; Sugita, M.; Tian, J.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Synlett,in press.

 Figure 1: REM3tris(binaphthoxide) Complex

 Table 1: Catalytic Asymmetric Conjugate Addition Reaction of Methoxylamine (3) Promoted byYLB Complex

 Scheme 1: Transformations of 4

 Figure 2: Eight Candidates of Pathway for Catalytic Asymmetric Conjugate Addition Reaction

 Figure 3: Supposed Catalytic Cycle for Asymmetric Conjugate Addition Reaction

Figure 4: Supposed Catalytic Cycle for Asymmetric Cyano-Carbonylation Reaction

審査要旨 要旨を表示する

1)YLB 錯体を用いたメトキシルアミンの触媒的不斉共役付加反応の開発

M3RE(binapthoxide)3の一般式であらわされるREMB 錯体はルイス酸性とブレンステッド塩基性を合わせ持ち、求電子剤の活性化と酸性水素原子の引き抜きによる求核剤の活性化を同一錯体上で行なうことにより、高いレベルでの不斉認識を可能にしてきた。一方、REMB 錯体のルイス酸的な機能のみを抽出する試みもなされているが、触媒的不斉Diels-Alder反応の一例が知られるのみである。アルコキシルアミンは高い求核性を有し、ルイス酸の存在下で容易に求核付加することが知られている。この反応は生成物がアジリジンに誘導できるなど有用であるにも関わらず、既存の触媒系は反応性、基質一般性の点で改良の余地を含んでいた。山際教之はREMB 錯体の希土類とアルカリ金属の両方のルイス酸性を利用して求電子剤の活性化と求核剤の両方の厳密な位置固定ができれば、高度な不斉制御が実現できるのではないかと考え、検討を行った。イットリウムとリチウムとBINOL 配位子から構成される錯体[Li3{Y(binaphthoxide)3}](YLB 1, Figure 1)がメトキシルアミン(3)の共役付加反応を高選択的に触媒することが分かった。また本反応では水の添加により触媒の不活化が観測されたため、乾燥剤としてDrierite を添加したところ、水の存在下でも良好な反応性を示した。触媒の失活は水分子がイットリウム上の配位場を占有するために起こったと推定される。YLB-Drierite の条件を用いて触媒量の低減を検討したところ0.5 mol %まで触媒量を減じても高い触媒活性を示した。YLB-Drierite の触媒系は種々のα,β-不飽和ケトン2 に適用可能であり、付加体を最高98%収率、96%ee で得た(Scheme 1)。共役付加体は触媒量の塩基を用いることで、鏡像体過剰率を損なうことなく高収率で対応するアジリジン誘導体へと導いた。

2)YLB 錯体を用いた触媒的不斉共役付加反応における触媒活性種の解明

YLB を用いた3 の触媒的不斉共役付加反応では、配位子の鏡像体過剰率と触媒の反応性および不斉認識能の間に顕著な非線形現象が観測された。YLB では三つのBINOL 配位子が含まれているため、ホモキラル会合体とヘテロキラル会合体が存在することが知られている。ヘテロキラル会合体が相対的に安定である一方で、触媒不活性であるために上記の非線形現象が観測されたと理解することができた。また、この結果は溶液中においてのYLB 錯体のBINOL 配位子が容易に交換することを示すものであるため、触媒からBINOL-Li2(5)が解離した錯体(Y:Li:BINOL=1:1:2)が真の触媒活性種である可能性が考えられた。一連のメカニズム解析実験を行なった結果、(1)触媒および2aに1次、3 に0次の速度相関が観測される、(2)逆共役付加反応は進行しない、(3)生成物阻害は微弱、(4)水による触媒の不活化がおこる、(5)イットリウムとリチウムの両方の金属が触媒活性の獲得に必須、等の情報が得られた。YLB 溶液のNMR を測定したところ5 に相当するシグナルは全く観測されなかったことから、YLB から5 の自発的な解離は有利でない。同様に、3 の存在下でも5 のシグナルは観測されなかった。続いて5 を触媒溶液に添加して触媒活性の変化を調べたが、反応初速度および選択性に全く変化は観測されなかった。以上の結果と定常状態近似を用いた式展開から、配位子の解離は触媒サイクルの中に含まれず、YLB(1:3:3)が活性種であるという結論を導いた(Figure 2)。

3)触媒的不斉シアノカルボニル化反応の反応機構解明

YLB錯体はシアノギ酸エチル(10)を用いた触媒的不斉シアノ化反応を高選択的に触媒することも見いだされている。この反応で高い触媒活性を獲得するために、触媒に対し3当量のH2O、1当量のホスフィンオキシド(12)、および1当量のブチルリチウムの添加が必要であるがその役割は不明であった。特に前述の不斉共役付加反応では水が触媒毒として作用したのに対し、シアノカルボニル化反応では水の積極的な添加が必要である点は興味深い。山際教之はこの謎を解明すべく研究を行い下記の事実を明らかにした(Figure 3)。

(1)LiCNの生成:BuLiと水から生成したLiOHは10と反応してLiCNを与えることがかった。また、LiCNの生成過程は比較的遅い反応であることが分かった。LiCNの前駆体であるアセトンシアノヒドリンを添加すると反応速度が劇的に向上した。

(2)ホスフィンオキシドの効果:ホスフィンオキシドの置換基の効果を検討した結果、ホスフィンオキシドの芳香環上のオルト位のメトキシ基が重要であることが分かった。メトキシ基の効果は、π-電子供与性および立体的要因に由来するものではく、オルト位のメトキシ基とリン上の酸素が触媒系を構成する金属とキレートすることで効果を発現していると考えられた。12の添加により反応が加速されることが分かった。

(3)触媒サイクル:反応速度解析の結果、9に0次、10に1次、触媒に1次の速度相関を得た。また12の非存在下では9に0次、10に0次、触媒に1次の速度相関を得たことから、12の添加により律速段階が移動することが分かった。則ち、12がシアニド種の求核性を高めることで反応を加速していると考えられる。またシアノヒドリン中間体を与えるステップBは不可逆的である結果が得られたことから、ステップBで不斉が誘導される機構が支持された。律速段階(rds)はステップCであることが分かった。

(4)水の効果:生成物の鏡像体過剰率における水の当量効果を調べたところ、触媒に対し3当量付近をピークとした山なりの曲線が得られた。NMR 実験によりYLB と水の可逆的な相互作用が認められたことから、YLB と水から可逆的に生成したY-1 が高選択的な触媒活性種であると考えた。水の配位によりYLB の不斉環境が大きく変化し、シアノカルボニル化反応に最適な不斉空間が再構築されていると考えられる。

以上のように山際教之の研究成果は医薬品合成化学に対して重要な貢献をすると考え、博士(薬学)に十分相当すると判断した。

Figure 1: REM3tris(binaphthoxide) Complex

Scheme 1

Figure 2: Supposed Catalytic Cycle for Asymmetric Conjugate Addition Reaction

Figure 3: Supposed Catalytic Cycle for Asymmetric Cyano-Carbonylation Reaction

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