学位論文要旨



No 119727
著者(漢字)
著者(英字) Sarawut,Oo-puthinan
著者(カナ) サラーウット,ウープティナン
標題(和) マウスマクロファージガラクトース型C型レクチン1及び2による糖認識の分子基盤
標題(洋) Molecular basis for carbohydrate recognition by mouse macrophage galactose-type C-type lectin (mMGL) 1 and 2
報告番号 119727
報告番号 甲19727
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1100号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

[背景と目的]

 mMGL はユニークなカルシウム依存型レクチンである。II 型の膜貫通型糖蛋白質でありカルボキシル末端側に一つの糖鎖認識ドメイン(CRD)を持つ。今日までに明かになったこの分子の機能としては、ガラクト−ス及びN-アセチルガラクトサミンを末端に持つ糖鎖を含む抗原の取込みと提示、遅延型過敏症の感作時に重要なMGL を発現しているマクロファ−ジの細胞交通の制御、癌細胞の免疫学的な監視などがある。マウスのMGL は互いに相同性の高いMGL1とMGL2の2つの遺伝子を持ち、以前に行なわれたこれらの細胞外ドメイン(ECD)の蛋白質に対する糖鎖の結合性の比較研究から、これらのレクチンは糖鎖認識特異性が異なることが明らかとなった。すなわち、mMGL1 はLewis-X 構造(Galβ1-4[Fucα1-3]GlcNAc)の糖鎖を結合したビオチン化可溶性ポリアクリルアミド(LeX-bio-PAA)に高い親和性があるのに対して、mMGL2 はβ-GalNAc またはα-GalNAc-bio-PAA に親和性が高かった。従って、mMGL1 とmMGL2 の発現の違いが細胞機能に大きな影響を与える可能性がある。また、mMGL1 がフコースを含むLeX に高い親和性を有することはガラクト−ス型C 型レクチンとしては通常ありえないことである。リコンビナント型のmMGL1 及び2のECD は明らかに異なる糖鎖に認識特異性を示したが、CHO 細胞に発現させた全長のmMGL1 と2はLeX-bio-PAA とβ-GalNAc またはα-GalNAc-bio-PAA に同等の親和性を示した。一つの仮説はmMGL1 と2がオリゴマー構造を形成しそれによって特異性が変わったと考えることである。

 MGL1 と2 の糖鎖認識特異性の違いの構造的な基盤を明らかにすることは、それらの機能的な重要性を知るために必須であり、またガラクトース型のC 型レクチンがLeX に対する特異性を持つに至る進化の過程を知るための情報を提供すると考えた。本論文では MGL1 及び2の糖鎖認識特異性を解析することを目的に特定のアミノ酸に変異を導入する分子生物学的なアプローチとNMR を用いたアプローチを行った。さらに、MGL1 及び2がオリゴマーを形成するように改変し、糖鎖に対する特異性がどのような影響を受けるかを解析した。

[方法と結果]

1. mMGL1 によるLeX 認識及びmMGL2 によるGalNAc 認識の分子機構

 A.部位特定変異導入後のmMGL1 とmMGL2 による結合実験

 mMGL1 とmMGL2 のCRD の部位特定変異導入は、相互変換という形で行い(図1)、糖認識特異性の違いを決めているアミノ酸の同定を目指した。リコンビナントmMGL1、mMGL2、及びそれらの改変体は、可溶性のCRD として大腸菌にて調整し、ガラクトースセファロースを用いたアフィニティークロマトグラフィーにて精製した。これらのCRD 蛋白質の固相化したLeX-Bio-PPA とβ-GalNAc-Bio-PPA ヘの結合を表面プラスモン共鳴(SPR)システムによって測定した。mMGL1CRD の61、89、111、125 番目の位置のバリン、アラニン、スレオニン、及びフェニルアラニンを、MGL2 の対応する位置にあるアミノ酸に置換するとLeX-Bio-PPA の結合性が低下した(図2A)。従って、これらのアミノ酸残基がMGL1CRD のLeX に対する特異性を決定していることが明かとなった。同様に、図2B に示すように、mMGL2CRD ヘの変異導入から、61、89、125 番目の位置の

 ロイシン、アルギニン及びチロシンがβ-GalNAc との優先的な結合に重要であることが明かとなった。一方、mMGL2 の限られたアミノ酸残基を置き換えるだけ、すなわちR89A、S111T、及びR89A/S111T、でLeX に対する結合性を再構築でき、70%以上の結合性の上昇がみられた。mMGL1 から、β-GalNAc ヘの結合性が再構築できた変異体はA89R のみであった。従って、mMGL1CRD におけるアラニン89 とスレオニン111 及び、mMGL2CRD におけるアルギニン89 は、それぞれの糖鎖認識特異性に極めて重要であることが確証できた。

 フロンタルアフィニティークロマトグラフィー(FAC)によりオリゴ糖に対するmMGL1 とmMGL2 の結合特異性の解析を行った。ここでは、mMGL1、2、及びそれらの改変体を固相化しこれらのカラムからの蛍光標識オリゴ糖の溶出時間の遅れから相対的な親和性を決定した。FAC による解析結果は、SPR による結果と良く一致した。49種類のオリゴ糖及び単糖を比較した結果、変異を導入したレクチンが LeX、GalNAc、又はGal に関係ない糖鎖に対する結合性を持つことはないことが判明した。

 MGL2CRD とGalNAc の相互作用を分子モデリングによって予測した。ロイシン61、アルギニン89、ヒスチジン109 のGalNAC との直接の相互作用、及びチロシン125 の間接的な関与が示された。従って、枠組みとして用いたラット肝アシアロ糖蛋白レセプター-1 によるGalNAcの認識に比べ、さらに最適化された相互作用があると考えられた。

 B.mMGL1CRD のLeX に対する結合部位のNMR による同定

 mMGL1 は単糖としてはガラクトースに親和性を持つゆえ、このレクチンはLeX のガラクトース残基に対して親和性を持つと推測された。そこで、ガラクトースモノマーに対する結合部位も同定することとし、mMGL1 とLeX との相互作用に関してNMR を用いて、交差飽和法及び化学シフト摂動法によって原子レベルで結号部位を同定した。mMGL1 の主鎖由来シグナルの帰属は、一連の3重共鳴実験により行った。LeX 結合状態、およびメチルβガラクトース結合状態におけるmMGL1 に対する交差飽和実験において、糖由来プロトンに対するラジオ波照射に伴う、mMGL1 の主鎖アミド基に由来するシグナルの強度減少が観測された。LeX のCH/CH2プロトン、およびLeX のFuc-CH3 プロトンに対する交差飽和実験の結果をそれぞれ図3A、3Bに示す。化学シフト摂動実験においては、LeX 結合に伴う1H, 15N 由来シグナルの化学シフト変化を解析した。顕著な化学シフト変化が観測された残基を図3C に示す。

 これらのNMR 実験の結果MGL1 によるLeX 認識の特徴は以下のように提案できる。LeX のガラクトース残基は、ガラクトースモノマーとの結合に関与するのと同じアミノ酸を通して、MGL1CRD により認識される。mMGL1CRD のグルタミン92、アスパラギン酸94、トリプトファン96、アスパラギン117、及びアスパラギン酸118 の5つの残基がそれらである。フコース残基はガラクトース結合部位に近接するアミノ酸であるアラニン89、アスパラギン酸94、スレオニン111、トリプトファン116、アスパラギン117、及びアスパラギン酸118 により構成される領域と相互作用を形成する。このようなmMGL1CRD によるLeX の認識は他の単糖としてはマンノース又はフコースを認識するC 型レクチンがガラクトースではなくフコースとレクチンのカルシウム結合部位の相互作用を通してLeX を認識するのとは異なって極めてユニークである。NMR を用いた実験の結果は部位特定変異の結果と良く一致し、mMGL1CRD のアラニン89 とスレオニン111 がLeX との特異的な相互作用に関係することが確認された。さらに、mMGL1 とLeX との相互作用はグリシンに富むループ(図中のGRL)に構造変化を誘発している。これはこのループのフェニルアラニン97、グリシン98、グリシン104 にLeX 結合前後で化学シフト変化が観察されたが交差飽和実験では影響が観察されなかったことによって明らかである。

2.mMGL1 及び2のホモ/ヘテロオリゴマー形成とLeX 及びβ-GalNAc との相互作用

 mMGL1 及び2がホモまたはヘテロオリゴマーを形成する可能性について検証した。mMGL1又は2 のcDNA をCHO 細胞にトランスフェクトし、蛋白質を化学的に架橋してから免疫沈降した。電気泳動の結果からホモダイマー及びホモテトラマ−の存在が明かとなった。ジスルフィドで共有結合しているオリゴマーを作製するために、mMGL1 と2 のECD のアミノ末端に4アミノ酸CECK を遺伝子レベルで連結した。これらの遺伝子を大腸菌に発現させ、mMGL1 と2単独または共存下でリフォールドさせた。この方法で人工的にSS 結合を作らせたレクチンについてSDS-PAGE にて解析した。図4に示すように、テトラマ−が最も多いことが分かった。同じ方法で作製されたMGL1 と2 のヘテロオリゴマーとして、ダイマー、トリマー、テトラマ−が検出された。SPR 法でLeX-bio-PAA 及びβ-GalNAc-bio-PAA との親和性を測定したところ、CECK 配列を付加したmMGL1 及び2のECD はいずれもLeX とβ-GalNAc の両方に対する親和性が増大したことが判明した(図5)。非共有結合によるオリゴマーやCRD のリコンビナント体ではこのような大きな増大は見られなかった。mMGL1 と2の糖鎖認識特異性がCECK の付加によるオリゴマー形成によって変化し、LeX とβ-GalNAc を見分ける能力を失ったと考えられる。

[結語]

 mMGL1CRD による LeX の結合とmMGL2CRD のGalNAc ヘの強い結合における構造的な基盤を明らかにした。すなわち、リコンビナントCRD を用いて、アミノ酸残基61、89、111、及び125 が糖鎖認識特異性を決定していることを証明した。 mMGL1 と2がホモ及びヘテロオリゴマーを形成し、テトラマ−が量的に最も多いことを明かにした。mMGL1 と2はオリゴマーを形成すると糖鎖認識特異性が変化することを明かにした。

 図1:mMGL1 及び2のCRD の配列。太字は変異を導入した部位。斜字はガラクトースとの結合に関与することが知られている配列。下線はグリシンに富むループ。

 図2:mMGL1 のCRD 及びその変異体(左のパネル)、mMGL2 のCRD 及びその変異体(右のパネル)の固相化したLeX-bio-PAA(点つきカラム) またはβ-GalNAc-bio-PAA (斜線付きカラム)ヘの結合性。それぞれ野生型mMGL1 のLeX-bio-PAA及び野生型mMGL2 のβ-GalNAc-bio-PAA への結合の最大値を100 としてこれに対するパーセントで表示する。

 図3:NMR により交差飽和法(A とB)化学シフト摂動法(C)を用いて明らかにされたLeX との結合に関与するアミノ酸をmMGL1 のモデル上に図示した。A ではLeX のCH/CH2 を飽和させ、B ではLeX の Fuc-CH3 を飽和させた。斜字は、ガラクトースとの結合に関与するアミノ酸残基。

 図4:リコンビナントmMGL1 及び2のECD の共有結合によるホモオリゴマ−形成。リコンビナント蛋白質はin vitro でリフォールドさせた後galactose-sepharose で精製した。これをSDS-PAGE で分画した結果を示す。 1/s、2/ss、はそれぞれmMGL1 と2ECD のアミノ末端にCECK を付加させたもの。1、2、はCECK を付加してないmMGL1 及び2。M、マーカー。2-ME、2-メルカプトエタノール。 1、2、3、4、はそれぞれモノマー、ダイマー、トリマー、テトラマーを示す。

 図5:mMGL1 及び2 のCRD(10μM)及びECD (2 μM)型の固相化したLeX-又は β-GalNAc-bio-PAA ヘの結合を表面プラスモン共鳴で測定し、最大値によって相対結合強度を比較。ss、アミノ末端にCECK を付加させたもの。RU、共鳴ユニット。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、マクロファージの表面に発現することによって発見されたC 型レクチンで、単糖としてはガラクトースとN-アセチルガラクトサミンに特異的性を有するMGL の糖鎖認識特異性の分子基盤を明らかにした結果を述べたものである。マウスには相同性が高く遺伝子座が隣接するmMGL1 及び2があるが、それら二者の糖鎖認識特異性の違いに特に注目している。mMGL1 と2はユニークなカルシウム依存型レクチンで、II 型の膜貫通型糖蛋白質でありカルボキシル末端側に一つの糖鎖認識ドメイン(CRD)を持つ。少なくともmMGL1 は、糖鎖を含む抗原の取込みと提示、遅延型過敏症の感作時に重要な細胞交通の制御、抗原によって惹起された組織リモデリングの、ウイルス感染などにおいて重要な役割を持つことがノックアウトマウスの解析などから明らかになっている。mMGL1 と2の2つの遺伝子の細胞外ドメイン(ECD)に相当する蛋白質に対する糖鎖の結合性の比較研究から、これらのレクチンは糖鎖認識特異性が異なることが明らかとなった。すなわち、mMGL1 はLewis-X 構造(Galβ1-4[Fucα1-3]GlcNAc)の糖鎖に高い親和性があるのに対して、mMGL2 はβ-GalNAc またはα-GalNAc を含むムチン様構造に親和性が高かった。これが内在性リガンドの違いなどをもたらすとすると、mMGL1 とmMGL2 の発現の違いは細胞機能に大きな影響を与える可能性があり、特異性の分子基盤の解明は重要と考えた。また、mMGL1 がフコースを含むLeX に高い親和性を有することはガラクト−ス型C 型レクチンとしては通常ありえないと考えられていたことも、重要な疑問点であった。さらに、リコンビナント型のmMGL1 及び2のECD は明らかに異なる糖鎖に認識特異性を示したのに対して、CHO 細胞に発現させた全長のmMGL1 と2はLeXを多数含むポリマーであるLeX-bio-PAA だけでなくβ-GalNAc またはα-GalNAc を多数含むポリマー(β-GalNAc またはα-GalNAc-bio-PAA)に同程度の親和性を示した。このように遺伝子全長を動物細胞に発現させた時に見られる特異性の変化を説明できる一つの仮説は、mMGL1 と2がオリゴマー構造を形成しそれによって特異性が変わったと考えることであった。

 本論文は基本的には二つの部分から成り、第一章ではMGL1 及び2の糖鎖認識特異性の違いの構造的な基盤を構築することを目指し、第二章ではオリゴマーを形成したMGL の糖鎖認識特異性が変化するかどうかを解明することを目指した。第一章はさらに二つの部分から成り、前半では特定のアミノ酸に変異を導入して特異性を解析する分子生物学的なアプローチを用い、後半ではNMR を用いたアプローチを述べている。第二章においても用いた方法は分子生物学的なものであり、MGL1 及び2がオリゴマーを形成するように改変し、糖鎖に対する特異性がどのような影響を受けるかを解析した。

 第一章「mMGL1によるLeX認識及びmMGL2によるGalNAc認識の分子機構」の前半は「部位特定変異導入後のmMGL1とmMGL2による結合実験」と題され、mMGL1とmMGL2のCRDの部位特定変異導入の結果が示されている。ここでは、変異導入をアミノ酸の異なるものの相互変換という形で行い、糖認識特異性の違いを決めているアミノ酸の同定がを目指された。リコンビナントmMGL1、mMGL2、及びそれらの改変体は、可溶性のCRDとして大腸菌にて調整され、ガラクトースセファロースを用いたアフィニティークロマトグラフィーにて精製された。固相化したLeX-Bio-PPAとβ-GalNAc-Bio-PPAヘのこれらの蛋白質の結合が表面プラスモン共鳴(SPR)システムによって測定された。mMGL1のCRDの61、89、111、125番目の位置のバリン、アラニン、スレオニン、及びフェニルアラニンを、MGL2の対応する位置にあるアミノ酸に置換するとLeX-Bio-PPAの結合性が低下し、これらのアミノ酸残基がMGL1のCRDのLeXに対する特異性を決定していることが明かとなった。同様に、mMGL2のCRDヘの変異導入から、61、89、125番目の位置のロイシン、アルギニン及びチロシンがβ-GalNAcとの優先的な結合に重要であることが明かとなった。一方、mMGL2の限られたアミノ酸残基を置き換えるだけ、すなわちR89A、S111T、及びR89A/S111T、でLeXに対する結合性を再構築でき、70%以上の結合性の上昇がみられた。mMGL1から、β-GalNAcヘの結合性が再構築できた変異体はA89Rのみであった。従って、mMGL1のCRDにおけるアラニン89とスレオニン111及び、mMGL2のCRDにおけるアルギニン89は、それぞれの糖鎖認識特異性に極めて重要であることが確証できたと言える。MGL2のCRDとGalNAcの相互作用を分子モデリングによってロイシン61、アルギニン89、ヒスチジン109のGalNACとの直接の相互作用、及びチロシン125の間接的な関与が示された。

 これに続いてフロンタルアフィニティークロマトグラフィー(FAC)によって多種類のオリゴ糖に対するmMGL1、mMGL2 及びそれらの改変体の結合特異性の解析が行われた。mMGL1、2、及びそれらの改変体を固相化しこれらのカラムからの蛍光標識オリゴ糖の溶出時間の遅れから相対的な親和性が決定された。LeXとGalNAc(この場合はグロボシド)に対する相対的な結合性は、変異を導入したレクチンがLeX、GalNAc、又はGal に関係ない糖鎖に対する結合性を持つことはないことが判明した。

 第一章の後半は「mMGL1CRD のLeX に対する結合部位のNMR による同定」と題され、NMR を用いMGL1とガラクトースモノマー及びLeX との相互作用をNMR を用いて、解析した結果が述べられている。NMR を用いて、交差飽和法および化学シフト摂動法により、原子レベルにおいて、mMGL1 のLeX およびメチルβガラクトース結合部位の同定を行った。LeXのガラクトース残基は、ガラクトースモノマーを認識する残基と同じ残基であるグルタミン92,アスパラギン酸94,トリプトファン96,アスパラギン117,アスパラギン酸118 と相互作用が示された。一方フコースは、ガラクトース結合部位に近接するアラニン89,アスパラギン酸94,スレオニン111,トリプトファン116,アスパラギン117,アスパラギン酸118 により構成される領域と相互作用を形成することが示された。フコースまたはマンノース結合型のレクチンにおいては、LeX のフコース残基がレクチンのカルシウム結合部位に結合することが示されている。これに対して、mMGL1 においてLeX のガラクトース残基がカルシウム結合部位に結合することが示されたことは、これがこのレクチンのユニークな特性であることを明白に示している。NMR 解析の結果は、アラニン89 とスレオニン111 がLeX に対する特異性の発現に関与することが示されている部位特異的変異実験の結果と一致する。さらに、フェニルアラニン97,グリシン98,グリシン104 において、LeX 結合に伴う化学シフト変化が観測されたが、交差飽和の影響は観測されなかったことから、LeX 結合に伴い、mMGL のグリシンリッチループ領域に構造変化が誘起されることが初めて示された。これらの発見は、C 型レクチンの糖鎖認識機構を構造生物学的荷明らかにする極めて重要な業績である。

 第二章では、「mMGL1 及び2のホモ/ヘテロオリゴマー形成とLeX 及びβ-GalNAc との相互作用」と題され、mMGL1 及び2がホモまたはヘテロオリゴマーを形成する可能性とその際に糖鎖認識特異性が変化する可能性について検証した結果が述べられている。mMGL1 又は2のcDNA をCHO 細胞にトランスフェクトし、蛋白質を化学的に架橋してから免疫沈降した。電気泳動の結果からホモダイマー及びホモテトラマ−の存在が明かとなった。ジスルフィドで共有結合しているオリゴマーを作製するために、mMGL1 と2 のECD のアミノ末端に4アミノ酸(システイン-グルタミン酸-システイン-リジン)CECK を遺伝子レベルで連結した。これらの遺伝子を大腸菌に発現させ、mMGL1 と2 単独または共存下でリフォールドさせた。この方法で人工的にSS 結合を作らせたレクチンについてSDS-PAGE にて解析した結果テトラマ−が最も多いことが分かった。同じ方法で作製されたMGL1 と2 のヘテロオリゴマーとして、ダイマー、トリマー、テトラマ−が検出された。SPR 法でLeX-bio-PAA 及びβ-GalNAc-bio-PAA との親和性を測定したところ、CECK 配列を付加したmMGL1 及び2のECD はいずれもLeX とβ-GalNAc の両方に対する親和性が増大したことが判明した。非共有結合によるオリゴマーやCRD のリコンビナント体ではこのような大きな増大は見られなかった。mMGL1 と2の糖鎖認識特異性がCECK の付加によるオリゴマー形成によって変化し、LeX とβ-GalNAcを見分ける能力を低下させたと考えられた。

 以上のように、本研究はマクロファージに発現して多様かつ免疫学的に重要な機能を持つmMGL1 とmMGL2 のCRD によるLeXとGalNAc の認識における構造的な基盤を分子生物学的な手法及び構造生物学的な手法で明らかにした。また、細胞に発現したmMGL1 と2がホモ及びヘテロオリゴマーを形成すること、その結果糖鎖認識特異性が変化することを明らかにした。以上の結果は、C 型レクチンの糖鎖認識分子の生物学における重要性、マクロファージ及びその類縁細胞の細胞機能の免疫学における重要性に鑑みて、糖鎖生物学及び免疫学の発展に資するところが絶大である。よって本研究を遂行したSarawutOo-puthinan は博士(薬学)の学位を得るに相応しいと判断した。

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