No | 119728 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | Hossain,Muktadir Shahid | |
著者(カナ) | ホサイン ムクタイール シャヒッド | |
標題(和) | 哺乳動物及び昆虫の細胞における、G0期からS期への移行におけるDNAトポイソメラーゼIIの必要性 | |
標題(洋) | Requirement for DNA topoisomerase II during the G0-to-S phase transition in mammalian and insect cells | |
報告番号 | 119728 | |
報告番号 | 甲19728 | |
学位授与日 | 2004.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1101号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 機能薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | DNAトポイソメラーゼは、DNA複製、染色体分離、クロマチンの再構成、転写、及び組み換えに必須な役割を果たしている。本研究において私は、DNAトポイソメラーゼIIが、静止期にある哺乳動物細胞が分裂期に移行する際に必要であることを示した(Hossainら、2002)。典型的な真核細胞の細胞周期は4つの段階、G1期(間期1)、S期(DNA合成期)、G2期(間期2)、及びM期(染色体分裂期)に分けられる。これとは別に、細胞周期から脱した状態として、G0期がある。生体となった哺乳動物の多くの細胞はG0期の段階にある。哺乳動物細胞には2つのDNAトポイソメラーゼIIのアイソフォーム、α及びβ、が存在している。当教室の秋光らは、DNAトポイソメラーゼIIαの遺伝子ノックアウトマウスを作出し、初期胚の発生が4ないし8細胞期において停止することを報告した(Akimitsuら、2003)。このときの細胞のDNAはカテネーションと呼ばれる構造をとり、細胞周期は見かけ上G1期であった。この結果は、DNAトポイソメラーゼIIαがマウス初期胚の細胞周期進行に必要であることを遺伝学的に示したものである。哺乳動物細胞が静止期から分裂サイクルに入るためのDNAトポイソメラーゼIIの必要性を理解するため私は、いろいろな刺激により静止期にある細胞が分裂を開始する過程に対する、ICRF-193という薬剤の効果を検討した。その結果、私は、血清飢餓状態にある哺乳動物細胞に対する血清の再添加により誘導されるDNA合成がICRF-193に対して感受性であることを見いだした(図1)。 マイトジェン作用のあるリポポリサッカライド(LPS)によるマウスの脾臓細胞の分裂誘導や、Swiss 3T3細胞の分裂の接触阻止からの解除、におけるDNA合成の誘導に対してもICRF-193は阻害作用を示した。DNAトポイソメラーゼIIαのポイントミューテーションによりICRF-193耐性となった哺乳動物細胞株である、CHO/159-1やNYH/187では、血清飢餓状態に対する血清添加によるトリチウムで標識したチミジンの取り込みでみたG0期からS期への移行がICRF-193に対して耐性であった。ICRF-193は、M期やG1期で停止状態にある細胞がDNA合成能を回復することに対しては阻害作用を示さなかった。これらの結果は、哺乳動物細胞がG0期からS期に移行する段階において、DNAトポイソメラーゼIIを必要とする段階があることを示している。ICRF-193によるG0期からS期への移行の阻害に対する分子機構を知るために、私は、S期への移行に必要であるとされる遺伝子の発現をRT-PCR法により検討した。その結果私は、血清飢餓状態にあるCHO細胞やNYH細胞に血清を添加した場合のdbf4及びcylinA遺伝子の発現誘導がICRF-193により阻害されることを見いだした。これに対して、DNAトポイソメラーゼIIα遺伝子のポイントミューテーションによりICRF-193耐性となったCHO/159-1細胞やNYH/187細胞では、阻害は見られなかった。これらの結果は、DNAトポイソメラーゼIIαが哺乳動物細胞における血清添加によるdbf4及びcylinA遺伝子の発現誘導に必要であることを示している(図3)。 次に私は、上に述べたDNAトポイソメラーゼIIの必要性が、他の真核生物である昆虫や酵母でも見いだされるか否かを検証した。その結果、哺乳動物で見いだされたと同様、ICRF-193は、ショウジョウバエのシュナイダー2細胞におけるG0期からS期への移行を阻害した。また、G1期からS期への移行は阻害しなかった。DNAトポイソメラーゼIIのシュナイダー細胞におけるG0期からS期への移行における必要性をさらに検証するため私は、G0期の細胞を用いたRNAiの実験をおこなった。図4に示すように、G0期での静止状態からのDNA合成は、DNAトポイソメラーゼIIのRNAiにより阻害された。これらの結果は、ショウジョウバエのシュナイダー細胞におけるG0期からS期への移行に、DNAトポイソメラーゼIIが必要であることを示している。これとは別に私は発芽酵母(Saccharomyces cerevisiase)では、G0期からS期への移行に対して、DNAトポイソメラーゼIIは必要ではないことを示した(Hossainら、2004)。私は、DNAトポイソメラーゼIIは哺乳動物や昆虫のような多細胞生物において、G0期からS期への移行に必要な遺伝子に特異的な転写に必要ではないか、という可能性を考えている。酵母のような単細胞の真核生物においては、この必要性がないと思われる。細胞周期のM期において、DNAトポイソメラーゼIIの活性低下による「分裂制御機構の崩壊」により細胞死が誘導されることが知られている。多細胞の真核生物においては、ほとんどの細胞がG0期にあると考えられるが、そのような細胞が再分裂を開始してM期で細胞死を引き起こさないようにするために、G0期から分裂期に移行する場合にDNAトポイソメラーゼに依存した過程が担保されているのではないかと私は考えている。 図1血清飢餓NIH3T3細胞への血清再添加により誘導されたDNA合成に対するICRF-193の阻害効果。 図2血清飢餓細胞への血清再添加により誘導されたDNA合成に対するDNAトポイソメラーゼIIαの必要性。 図3血清により誘導されたdbf4遺伝子及びcyclinA遺伝子の発現に対するDNAトポイソメラーゼIIαの必要性。RNAをRT-PCR法により分析した。gapdh遺伝子を対照とした。 図4ショウジョウバエのシュナイダー細胞におけるGO期からS期への移行に及ぼすDNAトポイソメラーゼIIのRNAiの随害効果。この薬剤は、DNAの切断を導かずに、DNAトポイソメラーゼの触媒作用を阻害する作用を有している。上側のパネルにRT-PCR法の結果を示した。 | |
審査要旨 | 本論文は、DNAトポイソメラーゼが真核細胞の細胞周期において果たしている、これまでには知られていなかった役割についての知見を論じている。DNAトポイソメラーゼは、DNAの超らせん構造の変換を触媒する酵素である。真核細胞のDNAトポイソメラーゼには、触媒する反応の様式によって、I型及びII型という異なる種類が存在している。本論文で扱われているのは、II型トポイソメラーゼである。この酵素は抗ガン剤の標的として、医療上にも重要である。すでにII型トポイソメラーゼは、複製が完了し、絡み合った状態にあるDNAを分離させる段階において必要不可欠な役割を果たしていることが知られている。この過程は細胞周期のG2期において進行する。本論文において申請者は、静止期(G0期)にある真核細胞がS期に移行する際に、このII型トポイソメラーゼが必要不可欠な役割を演じていることを発見し、そのことが本論文の中心課題となっている。 本論文は、申請者自身の生命観を述べた序章に始まり、DNAトポイソメラーゼに関するイントロダクション、結果、並びに、考察、材料と方法、文献、の各章から形成されている。結果及び考察の項で述べられている研究成果は、(1)静止期の哺乳動物細胞がDNA複製を再開始する際のDNAトポイソメラーゼIIの必要性、(2)DNA複製の再開始に至るまでに発現される哺乳動物細胞の遺伝子の中で、発現にトポイソメラーゼIIを必要とするものの同定、並びに、(3)他の真核細胞における普遍性、に大別される。 まず最初に、申請者は、(1)の点について、DNAトポイソメラーゼIIの阻害剤である、ICRF-193を用いて、静止期からのDNA合成に対する効果を検討した。ICRF-193は、細胞内のDNAの切断を誘起することなくDNAトポイソメラーゼIIによる反応を阻害することが報告されている。申請者は、血清飢餓等の条件で細胞を静止期にさせ、さらに分裂を再開させる過程において、ICRF-193が明瞭な阻害作用を示すことを発見した。さらに、DNAトポイソメラーゼII遺伝子の変異により、ICRF-193に対して耐性となった細胞株を用いた場合には、静止期からのDNA合成は、ICRF-193により阻害されなかった。これらの知見は、哺乳動物細胞のDNAトポイソメラーゼIIが静止期(G0期)からのDNA複製に至るまでの過程において、必要不可欠な働きをしていることを示す、初めての結果である。 さらに、(2)について、申請者は、血清飢餓状態にある哺乳動物細胞に対して、血清を再添加した場合に誘導される遺伝子の中で、その発現がICRF-193により阻害されるものを検索した。その結果、dbf4及びcylinA遺伝子について、ICRF-193に対する感受性があることが判明した。静止期にある細胞がどのような分子機構により分裂期にはいるか、という問題は、現代の生物学上の重要な課題のひとつである。申請者の研究は、この点について、解決の糸口を与えるものと評価することができる。 さらに申請者は、(3)の点について、ショウジョウバエの培養細胞、及び酵母細胞を用いて、静止期から分裂期に至る過程におけるDNAトポイソメラーゼIIの必要性の有無を検証した。その結果、ショウジョウバエの培養細胞では、哺乳動物細胞と同様、この酵素が静止期から分裂期への移行に必要であることが判明した。一方、酵母細胞ではその必要がなかった。これらの結果から申請者は、静止期から分裂期への移行におけるトポイソメラーゼIIの必要性の有無と、多細胞生物及び単細胞生物との相関について論じている。 以上、本論文は、高等真核細胞の静止期から分裂期への移行におけるDNAトポイソメラーゼIIの必要性を明らかにした点で、分子生物学、生化学、生物系薬学への寄与があると認められる。したがって、申請者のHossain Muktadir Shahidに対して、博士(薬学)の学位を授与することが適当であると判定する。 | |
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