No | 119731 | |
著者(漢字) | 金,貞娥 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キム,ジョンア | |
標題(和) | 移植された海馬顆粒細胞の宿主部位依存的な成長 | |
標題(洋) | Environmental Control of the Survival, Migration and Differentiation of Dentate Granule Neurons | |
報告番号 | 119731 | |
報告番号 | 甲19731 | |
学位授与日 | 2004.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1104号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 生命薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序】 海馬歯状回にもっとも豊富に存在する興奮性神経細胞は顆粒細胞であり、記憶・学習に必須な神経回路を形成している。また、てんかん発症にも深く関与していることが知られている。また神経細胞としては例外的に成体になっても新生するなど際だった特徴を備えていることから最近脳研究の中で注目されている。 胎仔・幼児期だけではなく、成体で新生した顆粒細胞も、神経突起を規則的に分極化させている。すなわち、顆粒細胞層から一本の軸索をdentate hilus(DH)を通ってCA3 側に、樹状突起は反対側の分子層に伸展している。こうした明瞭な解剖学的特徴を備えていることから神経細胞の形態形成研究のよい標本としてしばしば使われているが、その詳しいメカニズムは不明である。 ここで私はgreen fluorescent protein (GFP)を全細胞に発現させたtransgenic ラットと、野生型ラット由来の海馬組織を組み合わせて培養することによってin vitro での細胞移植実験系を確立させることに成功した。今回使用した実験系は主に二つであり、一つは培養した野生型の海馬切片上にGFP 陽性(GFP(+))顆粒細胞を分散してから播種(移植)して共培養する方法(cell-incorporated culture)で、もう一つは野生型海馬切片にGFP(+)歯状回の組織を隣接させて共培養する(micro-incorporated culture)方法である。 この二種の実験系を用いることによって宿主(host)海馬切片に移植された顆粒細胞の生存、神経突起の極性形成や分化、細胞移動の観察が可能になった。 【方法・結果】 1.顆粒細胞の細胞体の移植位置に依存した神経突起の分極性の変化 生後3 日目のGFP(+) SD rat から取り出した歯状回顆粒細胞を、生後6 日目のwild SD rat 由来の培養海馬切片の上に撒いた(cell-incorporated culture)。4 日間培養して観察した結果、GFP(+)細胞が観察された(図1)。GFP(+)細胞は神経細胞マーカーであるMAP2 に陽性で、グリア細胞マーカーであるS100 に陰性であった。また、顆粒細胞の特徴である細くて長い一本の軸策と比較的に太い数本の樹状突起を発達させていた。 海馬歯状回の顆粒細胞は軸索である苔状線維(mossy fiber)をdentate hilus(DH)を経由してCA3 野透明層に伸ばし、一方、樹状突起は正反対の分子層に向かって伸ばしている。 移植されたGFP(+)細胞中のうち、顆粒細胞層上に並んだ細胞の94.5%がその軸索を本来伸長するべき方向であるDH 側に伸ばしていった(図2,C)。一方、細胞体の位置が本来の位置ではない細胞層、錐体細胞層にある細胞はその軸索の伸び方に有意な方向性は観察されなかった(図2,D)。意外なことに、顆粒細胞層のすぐ近傍であるDH 及び分子層にあるGFP(+)細胞、また、顆粒細胞の軸索の最終到達地であるCA3 野透明層に移植された細胞は、CA3 野の透明層に向かう軸索の方向指向性は観察されなかった。 図2 に示す極性はtetrodotoxin やpicrotoxinの処理によっても変わらなかったため、神経細胞の電気的興奮に依存したものではないと考えられた。以上の結果から、顆粒細胞の軸索と樹状突起の極性は細胞体の場所が重要な決定因子であることが結論づけられる。また、てんかん状態で歯状回から生まれる顆粒細胞が異所化すること、そして同時にその軸索を正しい方向に伸ばせずに、これがてんかんの慢性化に関与しているという報告があるが、本研究で観察された異所細胞 の異常投射は、てんかんで観察される異常発芽と類似しており、本実験系はてんかんのin vitro モデルに応用できる可能性がある。 2.顆粒細胞は本来の位置に移動する 最初一定の密度(300〜500 cells/mm2)で撒いた培養海馬切片上のGFP(+)細胞は培養時間の経過に伴って歯状回での密度がアンモン角より有意に高くなった(図1)。上記の実験では培養海馬切 片に撒いた細胞の生存率が歯状回で高いからなのか、顆粒細胞が正しい場所である顆粒細胞層へ移動(帰巣:homing)したのかは決定できない。そこで、GFP(+)海馬切片から歯状回組織一部を取り出し、wild ラット由来の海馬切片のわきに接植した(tissue-explant culture; 図3,A)。結果、移植切片から顆粒細胞がhost 側の顆粒細胞層に移動して生存していることが観察された(図3,B,C)。細胞移動能は生後1〜13 日齢のラットで調べたが大きな差は観察されなかった。図3、A のa のようにhost 海馬切片を半分切って移植した場合、移植された顆粒細胞はDH を経由して顆粒細胞層に並ぶのが観察された。次に移植片の置き場所を変えて共培養してみた(図3,Ab)。結果、細胞の移動はhost切片への移植片の方向には関係なく、DH 側からも分子層からも正常に顆粒細胞層に移動し並列した。この場合の細胞の移動方向は発生段階の経路とは全く逆方向である。この正しい部位へ移動するhoming 能の特徴は歯状回の顆粒細胞に限られている現象であり、歯状回の組織を錐体細胞層に移植しても細胞の移動は観察されなかったし、錐体細胞層の組織を錐体細胞層及び顆粒細胞層に移植させても細胞は移動しなかった(図3,A)。 移動した細胞は免疫染色と電気生理学的な実験によって神経細胞であり、移動した場所で機能していることが証明できた。神経細胞のマーカーであるMAP2 とTuJ1 に陽性であり、グリア細胞のマーカーであるGFAP とS100 に陰性であった。そして、組織共培養を14 日間続けた標本を用いてcurrent-clamp 法とvoltage-clamp 法で記録を行った(図4)。その結果、GFP(+)細胞はcontrol の顆粒細胞と同様の発火パターンを示した。また、GFP(+)細胞は膜抵抗がcontrol の場合に比べ高く、新生顆粒細胞と同様の性質を示した(図4B)。そして、自発的なシナプス後電流の測定によってGFP(+)細胞はhost 海馬切片の顆粒細胞と同様に入力を受けていることが証明出来た。 このような顆粒細胞のhoming 能力は神経突起の場合と同様にtetrodotoxin やpicrotoxin に影響を受けなかった。しかし、脳由来神経栄養分子(BDNF)の受容体TrkB の阻害剤であるK252aによって細胞の移動が用量依存的に有意に減少した。 【まとめと考察】 今回の研究でGFP(+)ラットを用いた海馬切片培養系において、cell-explant culture 法とmicro-incorporated culture 法の実験系を確立させた。その結果、(1)顆粒細胞の生存、極性形成及び神経突起誘導に細胞体の位置は決定的な役割をすることが分かった。(2)移植した顆粒細胞は正しい位置へ帰還するhoming 能力を持っており、移植された場所で成熟し、宿主の顆粒細胞と同様な機能を発揮することを明らかにした。 未来の脳細胞移植療法を考えたとき、本実験系の確立によって宿主−移植片の相性を探ることが容易になった意義は非常に大きい。本系を用いることで移植神経細胞の接着と細胞移動に関わるメカニズムがさらに解明されることが期待される。 図1.Cell-incorporated 培養法で生存した顆粒細胞の密度。A. 共培養した培養海馬切片の共集点画像。培養海馬切片上にGFP(+)顆粒細胞を撒いて4 日間培養した後観察した。赤はNissl 蛍光。 B. 4DiV で培養海馬切片で各部位別にGFP(+)顆粒細胞の密度を調べた。歯状回の細胞密度が著しく高い。stratum oriens (SO), pyramidale (SP),radiatum (SR), lacunosum-moleculare (SLM) and lucidum(SL). The dentate gyrus (DG) includes dentate hilus (DH),stratum granulosum (SG) and molecular layer (ML). 図2. 培養海馬切片上に移植した顆粒細胞の軸索方向。A. 共培養切片の共集点画像。赤はNissl蛍光。 B. Aの四角点線内の拡大。GFP(+)細胞体を中心に顆粒細胞層(SG)の垂線およびその直角の方向に点線をひいて軸策の方向を調べた。歯状回の顆粒細胞層にあるGFP(+)細胞の軸策は94.5%が本来の方向であるdentate hilus(DH)側に伸びた(C; 94.5% X2test n=163, p<0.01) 反面、錐体細胞層にある細胞は一定な方向性がなかった(D; 55.6% X2test n=55, p>0.1)。 図3. 組織共培養法(micro-explantculture)で野生形ラット由来の海馬切片に移植したGFP(+)歯状回組織。 移植組織から出て顆粒細胞がhost 側の顆粒細胞層に並んだ。赤はNissl 蛍光。A. 組織共培養法の模式図。B. host 側の歯状回一部を除去してからGFP(+)歯状回組織一部を移植した(A のa)。細胞がDH を通って顆粒細胞層に並んだ。C. 分子層(ML)側から移植しても(A のa)、同様にGFP(+)歯状回から出た顆粒細胞がhost の顆粒細胞層(写真でNissl 染色で濃く染まる部分)に並んだ。bはaの四角の拡大。 図4. 共培養してhost 側に移動したGFP(+)細胞の電気生理学的性質。A. patch-clamp した細胞の確認はbiocytin を注入して、Texas red で染色した(赤b)。cはa(GFP(+))とbを合せた画像。B. a. 脱分極電流(400ms, control: 0-300pA,GFP-positive: 0-100 pA)を注入したときの細胞の膜電位活動。記録はcurrent-clamp 法により行った。Control と移植細胞の発火パターンが同様である。b. 自発的なシナプス後電流。記録はvoltage-clamp 法(Vm=-60mV)で行った。GFP(+)細胞は、control の顆粒細胞と同様に、シナプス入力を受けている。 | |
審査要旨 | 海馬歯状回にもっとも豊富に存在する興奮性神経細胞は顆粒細胞であり、記憶・学習に必須な神経回路を形成している。てんかん発症にも深く関与していることが知られている。また、神経細胞としては例外的に成体になっても新生するなど、際だった特徴を備えていることから最近脳研究の中で注目されている。胎仔・幼児期だけではなく、成体で新生した顆粒細胞も、神経突起を規則的に分極化させている。一本の軸索をdentate hilus(DH)を通ってCA3 側に、樹状突起を反対側の分子層に伸展させている。この明瞭な分極化は分散培養した顆粒細胞では失われるので、周囲の環境因子の関与が示唆される。しかし、詳しいメカニズムは不明である。 本研究ではgreen fluorescent protein (GFP)を全細胞に発現させたtransgenic ラットと、野生型ラット由来の海馬組織を組み合わせて培養することによってin vitro での細胞移植実験系を確立させ、そのメカニズムを解析した。今回使用した実験系は主に二つであり、一つは培養した野生型の海馬切片上にGFP 陽性(GFP(+))顆粒細胞を分散してから播種(移植)して共培養する方法(cell-incorporated culture)で、もう一つは野生型海馬切片にGFP(+)歯状回の組織を隣接させて共培養する(micro-explant culture)方法である。この二種の実験系を用いることによって宿主(host)海馬切片に移植された顆粒細胞の生存、神経突起の極性形成や分化、細胞移動の観察が可能になった。 cell-incorporated culture 法では海馬歯状回の顆粒細胞は軸索である苔状線維(mossyfiber)をDH 経由でCA3 野透明層に伸ばし、樹状突起は正反対の分子層に向かって伸びた。顆粒細胞層上に並んだ移植GFP(+)細胞のうち、94.5%がその軸索を本来伸長するべき方向であるDH 側に伸ばした。一方、細胞体の位置が本来の位置ではない細胞層や錐体細胞層にある細胞についてはその軸索の伸び方に有意な方向性は観察されなかった。意外なことに、顆粒細胞層のすぐ近傍であるDH 及び分子層にあるGFP(+)細胞、また、顆粒細胞の軸索の最終到達地であるCA3 野透明層に移植された細胞は、軸索の方向指向性は観察されなかった。この移植された場所特異的な顆粒細胞の極性は興奮性を抑制しても観察されたので、移植された細胞の細胞体の位置が重要な決定因子であることが示唆された。 GFP(+)細胞を一定の密度で海馬切片上に播種しておいても、培養時間の経過に伴って歯状回上におけるGFP(+)細胞密度がアンモン角より有意に高くなった。GFP(+)細胞の生存率が歯状回上で高いか、GFP(+)細胞が顆粒細胞層へ移動したことが原因と考えられた。そこで、micro-explant culture 法を用いて解析した。GFP(+)海馬切片から歯状回組織一部を取り出し、wild ラット由来の海馬切片のわきに接植した。その結果、移植切片から細胞が移動し、顆粒細胞層に多数のGFP(+)細胞が観察された。この細胞移動は用いたラットの日齢にかかわらず一定であった。host 海馬切片のDG を半分切断し、その部分にGFP(+)ラット由来DG を移植した場合、移植された顆粒細胞はDH を経由して顆粒細胞層に整然と並んだ。次に移植片の置く場所をhost 切片の分子層側に変えても同様に顆粒細胞層への移動が観察された。つまり、発生段階の経路とは無関係に、DH 側からも分子層側からも顆粒細胞層に移動して整列した。あたかも予め決められていた場所に移動する現象なので、帰巣(homing)であると考えられた。このhoming の特徴は歯状回顆粒細胞に限られており、歯状回の組織を錐体細胞層に移植しても細胞の移動は全く観察されなかった。また、錐体細胞層の組織を錐体細胞層及び顆粒細胞層に移植しても細胞は移動しなかった。また、顆粒細胞のhoming 能力は脳由来神経栄養分子(BDNF)の受容体(TrkB)の阻害剤であるK252a によって抑制された。 移動した細胞は神経細胞のマーカーであるMAP2 とTuJ1 に陽性、かつグリア細胞のマーカーであるGFAP とS100 に陰性であり、神経細胞であると結論された。さらに移動した神経細胞の性質を電気生理学的に解析した。通電により通常の歯状回顆粒細胞と同様の発火パターンを示し、入力抵抗は新生顆粒細胞と同様に高かった。さらにvoltage-clamp 法を適用したところ、自発的なシナプス後電流が観察された。移動した神経細胞はその場所でシナプスを形成し、神経細胞として機能していると結論された。 要約すると、海馬切片培養を用いたcell-incorporated culture 法とmicro-explant culture法の実験系を確立させ、神経細胞の特異的な形態形成を解析し、(1)顆粒細胞の生存、極性形成及び神経突起誘導には、細胞体の位置(=細胞体周囲の環境)が決定的な役割をすること、(2)移植した顆粒細胞は適切な位置へ帰還するhoming 能力を持っており、その場所で成熟し、宿主の顆粒細胞と同様な機能を発揮すること、を明らかにした。 将来の脳神経細胞移植療法を考えたとき、本実験系の確立によって宿主−移植片の相性を探ることが容易になった意義は非常に大きい。また、本実験系を用いることで移植神経細胞の接着と細胞移動に関わるメカニズムがさらに解明されることが期待される。このように本研究は細胞生物学、医療薬学への貢献が顕著であり、博士(薬学)の学位に値すると判定した。 | |
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