No | 119736 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | Nyein Nyein Aung | |
著者(カナ) | ニェン ニェン アウン | |
標題(和) | 首都圏在住小児の鉛曝露アセスメント | |
標題(洋) | Exposure assessment of lead in children residing in Tokyo Metropolitan Area | |
報告番号 | 119736 | |
報告番号 | 甲19736 | |
学位授与日 | 2004.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第76号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 鉛は環境中に普遍的に存在することから、人間への低濃度での曝露は避けられない。特に、子供の鉛曝露は以下に述べる理由より重要な問題である。まず第一に、子供は大人と比較し、室外および床の上などで遊ぶこと、物を口に入れる習慣があること、Hand To Mouth行動などから、より多くの土壌中の鉛を経口摂取していることが考えられる。また、子供の消化器官における鉛の吸収率は、大人と比較し高いことから、発達途上にある子供の神経系に対し不可逆的な損傷を与える可能性が考えられる。 近年において、一般公衆の間で典型的な鉛中毒の発生はまずありえないが、低濃度曝露による健康影響については十分に注意が必要である。かつて鉛による環境汚染の最大の原因であった有鉛ガソリンの使用を世界に先駆けて1970年代中頃に全廃を決めたために(1)、日本における環境中鉛の健康リスクは小さいと考えられてきた。そのためにかえって子供への鉛曝露に対し系統だった研究が日本において行われていないのが現状である。そこで今回、子供を取り巻く環境中における鉛濃度を測定し、各曝露経路(食餌性経口、非食餌性経口、吸入)からの鉛摂取について総合的に見積もることとした。 方法 土壌サンプリング 都内17市区町村にある23の公園より合計46の砂および土壌サンプルを2002年に集めた。土壌サンプルはすべて、表面から1cmの深さで採取し、採取後2mmおよび149μmの開き目のメッシュで篩がけを行った。 室内埃サンプリング 子供のいる首都圏内21軒の家から、掃除機の集塵フィルタバッグを2003年に回収した。掃除機の集塵フィルタパックの内容物は、149μmメッシュの篩で直接ふるった。 陰膳サンプリング 飲料水を含む24時間陰膳サンプルを、東京都区内の2地域内における33世帯より集めた。被験者には、1日24時間内に子供が摂食したスナックと飲料水を含む食物についての正確なデータを7日間記録してもらった。 あつめたサンプルは全量を秤量、均質化した後、一部を-20oCにて保存した。保存されたサンプルから約5gを分取し、2日間真空凍結乾燥した。 試料の分解と鉛濃度の測定 土壌または室内埃のサンプル約300mgを、HNO3/HClO4/HF混酸による開放系分解を行なった。冷凍乾燥したダイエットサンプルは約100mgを二重ボンブ法によりHNO3のみを用いて分解した。 分解液中の鉛濃度は、ICP質量分析法(HP 4500あるいはAgilent 7500、Yokogawa Analytical System)により定量した。なお本鉛分析においては適切な認証標準物質を用いて精度管理を行なった。 公園土壌、室内埃および食事のBioaccessibility 米国Solubility/Bioavailability Research Consortiumによって開発された土壌のbioaccessibility試験法を適用して、本研究でサンプルとした土壌、室内埃、食物のbioaccessibilityを検討した。鉛のbioaccessibilityとはサンプルの鉛総含有量に占める模擬胃液(pH 1.5のグリシン緩衝液)で溶出する鉛分画量の割合(%)であらわされる(2)。 結果と考察 曝露媒体毎の鉛濃度 Table1に本研究で定量を行なった公園土壌、室内埃、食物サンプル中鉛濃度の平均値と範囲を示す。土壌の鉛濃度は日本の非汚染土壌鉛濃度(〜20 mg/kg)に比べて明らかに高く、首都圏の公園土壌には人為的な汚染があることを示している。土壌中鉛の汚染源を探る目的で鉛同位体比分析を行なった結果をFig. 1に示した。この図には土壌鉛の汚染源となりうる種々の環境試料(非汚染土壌、大気粉塵、公園遊具の塗膜など)の鉛同位体比の文献値も含まれている。この図から、濃度の高い(>100 mg/kg)土壌中鉛の同位体比は他の環境試料とは大きく異なる組成を持ち、「自動車排出粒子」(国内で使用されていた複数の有鉛ガソリンの鉛同位体比の平均値と類似した同位体組成を持つ)に近かった。このことは1980年代中盤には全廃された有鉛ガソリン起源の鉛が20年たった現在も依然として表層土壌中に残存していることを示唆していた。公園の遊具に塗られているペンキには高濃度の鉛が含まれていた(0.16〜16%)が、公園土壌の鉛濃度に寄与しているかどうかは同位体分析結果からは明らかでなかった。 室内埃は117 mg/kgと、土壌よりも高い平均濃度を示した。室内埃の起源は室外の大気粉塵や土壌であると考えられており、おそらくより粒径の小さい(したがって成分濃度の高い)粒子のみが選択的に室内に蓄積する傾向があるためと推定される。 小児の鉛一日摂取量の推定 土壌摂取による鉛摂取は、土壌・室内埃中鉛濃度に土壌摂食量(200 mg/日, 環境省)(3)を掛けることにより推定した。ただしこの摂食量には土壌及び室内埃両方が含まれると考えられるので、ここでは両者の寄与がそれぞれ100 mgであると仮定して計算した。食事からの鉛摂取量は、対象小児毎の食事中鉛濃度と週間食事摂食量から算出した一日摂食量とを掛け合わせて算出した。また大気経由の鉛の吸入曝露は、本研究で大気鉛濃度の実測を行なわなかったので、東京都のモニタリングデータ(平均0.045μg/m3, 最大値0.098μg/m3, 2000年)(4)を使用し、5歳児の換気率(6 m3/日)を掛け合わせて算出した。こうして算出した室内埃、土壌、食事、および大気からの鉛摂取は、各曝露経路の平均値の合計で21.4 μg/日、最大値の合計で73.8 μg/日であった。 Joint FAO/WHO Expert Committee for Food Additives (JCEFA)は、暫定耐容週間鉛摂取量(Provisional Tolerable Daily Intake, PTWI)として25 μg/kg bwを設定した(5)。本研究で推定した鉛摂取量を換算すると(5歳児の体重を18.7 kgと仮定)(6)、平均値に基づく推計値は8.01μg/kg bw/wkであったが、最大値に基づく値は27.6μg/kg bw/wkとPTWIを超過した。特に土壌および室内埃の非食餌性経口曝露の寄与がきわめて大きいことが明らかとなった(Fig. 2)。 鉛の生体影響に関する量−影響関係は血中鉛濃度を基に確立されているために、本研究において推定した鉛一日摂取量のレベルによる健康影響を評価するためには、摂取量から血中鉛濃度を推定する必要がある。JECFAは鉛摂取量25μg/kg bw/ weekあたり血中鉛にして5.7 μg/dLに相当するとしているが、本研究で実測した土壌、室内埃、食物のbioaccessibilityは、どれもほぼ40〜50%の間にあり、非食餌性経口摂取量にもこの換算率を適用することができることを利用して、本研究で推定された平均鉛一日摂取量(21.4μg/日)は、血中鉛にして1.8 μg/dL、摂取量最大見積もり値は6.3 μg/dLに相当すると推定された。この値は1993年に静岡県内の小児科で測定された日本人小児の血中鉛レベルとほぼ一致するもので、この一致は本研究で推定した鉛一日摂取量レベルの蓋然性を間接的に示すものである。米国疾病管理センター(Center for Disease Control and Prevention, CDC)では小児の鉛過剰曝露検出のaction levelとして10 μg/dLを設定しており、本研究で推定された鉛摂取量のレベルであればCDCのaction level以下の血中鉛であると推定される。ただし近年、いままで考えられてきたよりも低い血中鉛レベル(2.5 μg/dL)であっても小児の知的発達に影響があるという報告もあり、小児の鉛摂取量を低減化することが望ましい。そのためには摂取量に最も寄与する土壌・室内埃中の鉛濃度レベルを低減化することがもっとも効果的であり、室内埃の起源が土壌である可能性が高いことを考慮すると、土壌中鉛レベルの低減化が最良の対策であると考えられる。 結論 日本人小児の鉛曝露レベルを推定するために食物および非食餌性経口摂取源として土壌、室内埃の鉛濃度の実測鉛濃度と大気中鉛についてはモニタリングデータに基づいて一日摂取量を推定した。その結果以下を見出した。 1.首都圏の公園土壌のなかには高濃度の鉛を含有するものがあり、小児の土壌摂食に伴う一日鉛摂取量に大きく寄与している可能性がある。室内埃も同様に鉛濃度が高い例があった。 2.公園土壌の鉛同位体比分析から、高濃度の鉛を含有する土壌中の鉛の起源として、日本では1980年代中盤までに全廃された有鉛ガソリンに由来する粉塵が想定された。かつて最大の環境鉛汚染源であった有鉛ガソリンに由来するが全廃後20年たっても環境中に残存していることを見出した。室内埃の起源は明らかにはならなかった。 3.日本人小児の一日鉛摂取量は平均レベルとして21.4μg/日、最大見積もりで73.8μg/日と推定された。最大見積もりの場合はWHO/FAOの設定した暫定耐容週間摂取量を超える可能性がある。 4.土壌・室内埃の非食餌性経口摂取源は一日鉛摂取量に対し76%、土壌・室内埃の鉛濃度が高い場合の推計では82%を占め、日本人小児の場合も欧米と同じく土壌や室内埃が主要な鉛摂取源であることが明らかとなった。。 5.現状の摂取量はただちに健康障害につながるものではないと考えられるが、これまで考えられていたよりも低いレベルの鉛曝露によっても小児の発達への影響が懸念されているなか、日本人小児の鉛摂取量を低減化するには土壌中鉛レベルを低減化することがもっとも効果的であると結論できる。 Table 1. Lead in various environmental media, determined in this study Figure1. Isotope ratios of 15 playground samples along with possible sources of lead ▲ IRs soil samples of >100 mgk/g lead content, □IRs soil samples of 50-100 mg/kg lead content, ◆IRs soil samples of <50 mg/kg lead content, ■ Vehicle Exhausts Particulates, ? incinerator ash * atmospheric particulates, △paint (this research),○ Japanese soil, ● Japanese ore Figure 2. Mean and maximum intake of lead per body weight basis estimated in this study | |
審査要旨 | 本論文は首都圏在住小児の鉛曝露アセスメントをテーマとした5章からなる論文である。 第1章では環境汚染物質としての鉛に関する一般的な情報と小児への健康影響について既往の研究の知見をまとめた上で、本研究全体の目的を述べている。 第2章では公園土壌や室内塵といった小児にとって身近な環境媒体中の鉛濃度の測定値と、小児の土壌等摂取量の推計値に基づき、非食餌性経口摂取源からの鉛摂取量について本邦初のデータを提示している。さらに公園土壌中鉛の安定同位体比分析から、都内公園の土壌中鉛の起源は20年以上前に使用中止された有鉛ガソリンであることを見出し、過去の汚染が小児にとって身近な環境中にいまだに残留していることを明らかにした。また室内塵の安定同位体比は土壌のそれとほぼ同じ値であり、室内塵中鉛と土壌中鉛は起源が同じ可能性が示されている。 第3章では食餌および飲料水からの鉛摂取量を、陰膳法で収集した小児の食餌試料を分析して求めた。 第4章では第2、3章の結果と、東京都の大気中鉛モニタリングデータを使用して、経口および経気道摂取を合計した、首都圏在住小児の鉛一日総摂取量を推定した。その結果、平均的な摂取量は21.4 μg/日、最大で70.2 μg/日となった。最大に見積もった鉛総摂取量はWHOなどの勧告した許容摂取量まで達すること、摂取源の内訳としては土壌・室内塵などの非食餌性経口摂取源の寄与がきわめて大きく86%程度に達すること、一方、大気中鉛の寄与は無視できるほどであること、を見出した。土壌、室内塵、食物中鉛の生物学的有効性はどれも40〜50%とほぼ同じレベルであり、媒体による健康へのインパクトに差はないことを明らかにしている。過去の文献から推定すると、首都圏在住小児の平均的な鉛摂取量がもたらす健康影響の可能性は大きくないが、これまで考えられてきたよりも低レベルでの曝露によって小児の発達障害などが起こることが近年報告されているために、予防原則にのっとるならば低減化できる鉛曝露は低減化することが望ましいことが結論されている。 こうした結果を受けて、第5章では今後小児の鉛曝露レベルを低減化するためには土壌の鉛レベルを低減化することが最も重要であることを述べている。土壌の鉛低減化は、土壌の直接摂取による鉛摂取量を低減化するだけでなく、第2章で示唆されたように、おそらく室内塵の鉛濃度の低減化にもつながり、第4章で明らかにしたように土壌と室内塵が鉛摂取量の86%程度を占める現状では、この二つのルートからの摂取量を低減化することが最も効果的であることを述べている。また土壌や塵の直接摂取が問題であるとすれば、頻繁に手を洗うなどといった簡単な対策によっても鉛摂取量を低減化できる可能性があることにも触れている。 本論文はこれまでまったくデータがなかった日本人小児の鉛曝露について総合的なアプローチで検討したものであり、曝露の実態解明と曝露源に関する情報を得た上で、鉛による小児の発達障害を未然に防ぐための鉛曝露レベル低減化方策も提言されている。したがって博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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