学位論文要旨



No 119737
著者(漢字)
著者(英字) FUZIANSYAH,BACHTAR
著者(カナ) フジアンシャ,バクタル
標題(和) 非線形有限要素法による骨盤と股関節の力学解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 119737
報告番号 甲19737
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第77号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 陳,献
 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
内容要旨 要旨を表示する

 骨盤と股関節は筋骨格系の中で体重を支える重要な役割を果たしており、骨盤と股関節があることによって2足歩行ができるようになる。特に股関節の部分が体重を支えながらいろいろな下肢体の運動を可能にした。しかし、骨盤と股関節の力学解析はあまりなされておらず、骨盤と股関節に関する力学挙動には不明点があることは事実である。例えば、骨盤骨折に関しては骨盤姿勢における骨盤骨折のメカニズムを調べる必要がある。また、股関節にはどのような応力分布が生じるか、人間の日常生活動作による股関節での負担はどのように生じるかなどは、股関節を理解する上では重要である。

 これに関連する研究として、骨盤の力学解析では、人体実験によって行われたため、その数が少なく、有限要素法による解析が必要となってきた。Dalstraら[1]が有限要素法を用いて骨盤の力学解析を行い、実験結果と比較した上で有限要素法による解析は有効であることを示した。そのほか、骨盤骨折を調べるため、自動車横衝突事故を想定した骨盤の力学解析が行われた。また、骨盤骨折が生じた場合骨盤を安定的に固定する必要があるため、臨床的な経験から様々な固定法が提案されてきたが、骨盤固定法に対する評価は少ない。Garciaら[2]が有限要素法を用いて創外固定と内固定に対する評価を行ったが、内固定にはいくつかの種類が存在するため、各種の内固定に対する評価を行う必要がある。

 本研究では骨盤と大腿骨の有限要素モデルを作成するに当たり、女性屍体のCT-SCAN断層写真から各断層の輪郭線を取り出し、プリポストプロセッサーソフトPATRANを用いて形状モデルを作成した。次に形状モデルに基づき、総節点数33275点、総要素数25787個を有する6面体有限要素モデルを構築した。解析では骨及び靱帯を線形弾性体とし、表面の皮質骨及び内部の海綿骨についてそれぞれのヤング率をE=17GPa及びE=70MPaとした[1]。恥骨靭帯及び仙腸靭帯の物性値については、Garcia[2]と同様の手順で実験結果との同定を行い、E=35MPa及びE=6.25MPaと定めた。股関節の軟骨部は最も硬いときの物性値を使用した。ポアソン比については海綿骨のポアソン比を0.2とし、それ以外はすべて0.3とした。

 骨盤骨折における解析では、いくつかの事故を想定した。片足着地における落下事故では、仙骨部の前仙骨孔付近に最大応力が生じた(図1)。自動車横衝突で、荷重が腸骨を通じた場合では、腸骨部の応力が高くなっているが、最大応力は仙骨部に生じ、臨床の経験と一致して仙骨骨折が起こると考えられる。さらに、自動車前方衝突事故とバイク事故を想定するため、骨盤における大腿骨の姿勢を変化させ、解析を行った。その結果、バイク事故のような姿勢では恥骨部に高い応力が発生し、恥骨が先に骨折してから仙腸関節部が破断することがわかった(図2)。

 一方、股関節の力学解析では初期の研究では股関節の合力に関する研究が行われていた。これにより、人間の股関節には最大体重の2-5倍ぐらいの合力が発生することがわかった。科学技術の発展により、Bergmannらはセンサを埋蔵した人工股関節を用いて3次元の合力の計測に成功した。さらに、彼らは正常歩行などの9つの日常生活動作における合力の計測を行った[3]。股関節の合力からは股関節に生じる応力分布を知ることができないため、股関節軟骨に生じる応力分布を調べる必要がある。Brownら[4]がin vitro実験を行い、軟骨の厚みと軟骨に発生する応力分布を計測し、平均応力と最大応力がそれぞれ2.0 MPaと5.0 MPaの応力を記録した。また、Bayら[5]がプレッシャーフィルムを用いて応力分布を計測した。この研究により、骨盤全体を含めた股関節と寛骨臼だけを含めた股関節では圧力分布の差が見られることが明らかになった。さらに、Hodgeら[6]が圧力センサを埋蔵した人工股関節を用いて、in vivoで股関節の圧力の計測に成功した。彼らは歩行や階段上り下りなどの動作における股関節の最大圧力を計測し、歩行では5.5 MPa、椅子上がり動作では18.0 MPaまで記録した。最後に、日常生活動作における時間変化を調べるため、Parkら[7]がin vivoの実験を行い、股関節の最大応力の変化は地面の反力の変動に近づいていることを示した。股関節の応力解析では、計算による解析も行われた。元田ら[8]が行った有限要素解析では姿勢が一定で、一様の軟骨厚みに対する応力だけを調べた。

 股関節のような曲面と曲面との接触問題は困難である。離散化により接触面が不連続になり、計算の収束性が悪くなったり、収束解が得られなかったりという問題がある。これは、反復計算において接触節点が別の接触面に移るときに法線ベクトルが変化するという不安定性があるからである。特に、大変形接触問題において、接触点が2つのターゲット面の間に行ったり来たりというチャッタリング現象が発生する。この問題点を解決するためにGregory補間によるスムージングが有効である[9]。

 Gregory補間はBezier補間を拡張したものであり、次式で表すことができる。

= (1)

 ここで、Xij は制御点であり、B3iはBernstein多項式である。Bezier補間に比べてGregory補間では内部制御点が増えることにより、面の各辺での近似が高精度になり、隣の面との連続性がよくなってくる。上述の式を離散化し、Gregoryを導入した接触解析プログラムを作成した。さらに、Hertz問題などの解析例を通じてGregoryを導入した接触解析の妥当性と有効性を確認した。

 股関節の力学解析では、骨盤全体モデルを考慮して解析を行った。また、軟骨の物性値においてはインパクト時における物性値を参考に、弾性率25 MPaとポアソン比0.4の値をとっている。本解析では日常生活動作における軟骨の応力分布に注目するため、Bergmann[3]がまとめた合力を利用した。本モデルでは筋肉モデルが含まれていないが、筋肉力の情報はすべて合力に反映されていると考えられる。ここで、代表として正常歩行と椅子上がり動作と膝曲げ動作に対する力学解析を行った。

 正常歩行の解析では、歩行サイクルをいくつかの時間ステップにわけて解析を進めた。動作における大腿骨の変化を考慮し、歩行における股関節の応力分布の時間変化は図3に示す。このように、最大応力は股関節の上位部と前位部に集中していることがわかる。最大応力は片足着地の状態で発生し、5.50 MPaを示し、従来研究の計測した結果と比較するとほぼ同様である。さらに、Parkが求めた時間的な変化における股関節の最大応力と同様に、最大応力の変化は合力に従って変動していることがみられる。また、このときの応力分布と接触領域は実験の結果と同様な傾向を示している。

 椅子上がり動作の解析では、応力が軟骨の前位部と上位部に集中し、最大応力5.34 MPaを示した。最大応力は合力の変化に従って変動した。Hodgeによる計測結果より小さくなっているが、Parkによる計測値に近い結果が得られた。

 膝曲げ動作の解析では、同様に最大応力は合力の変動に従っている。最大応力が4.99 MPaで、軟骨の上位部と前位部に発生した。膝曲げ動作における最大応力の時間変化に対する計測がなされていないため、計算結果と計測データとの比較検討ができないが、本解析で得られた最大応力は妥当であると考えられる。

 変形性股関節症の解析では軟骨厚みの影響を調べ、軟骨厚みがすり減ると軟骨の最大応力が高くなる。これは一般的に知られている臨床結果と一致した。軟骨のすり減りにより応力が高くなり、この機械的負荷により軟骨の機能障害が生じ、次は軟骨のすり減りがまた進むという悪循環になっていく。また、感度解析の結果、軟骨の上位部に高い感度が見られており、しかも上位部にも高い応力が示されたため、股関節の上位部が変性しやすい可能性があることが分かった。これは臨床結果と同様であり、変性股関節症の6割は上外位に軟骨変性が見られるという報告がある。以上のように、Gregory補間を導入した接触解析により、日常生活における股関節の応力分布を明らかにすることができた。さらに、変形性股関節症の解析も可能となり、今後は股関節軟骨のモデルを忠実にモデル化ができれば、変形性股関節症の予防と治療法の開発に役立てると思っている。

参考文献[1] Dalstra M., et al., Development and Validation of A Three-Dimensional Finite Element Model of The Pelvic Bone, ASME J. Biomech. Eng., 117:272-278, 1995[2] Garcia J.M., et al, Three-Dimensional Finite Element Analysis of Several Internal and External Pelvis Fixations, ASME J. Biomech. Eng., 122:516-522,2000[3] Bergmann G., et al., Hip contact forces and gait patterns from routine activities, J. Biomechanics, 34(6):859-871, 2001[4] Brown T.D., Shaw D.T., In vitro contact stress distributions in the natural human hip, J. Biomechanics, 16(6):373-384, 1983[5] Bay B.K., et al., Statistically equivalent load and support conditions produce different hip joint contact pressures and periacetabular strains, J. Biomechanics, 30(2):193-196, 1997[6] Hodge W.A., et al., Contact Pressures from an Instrumented Hip Endoprosthesis, J. Bone Joint Surgery, 71-A, No.9, 1989[7] Park S., et al., Hip muscle co-contraction: evidence from concurrent in vivo pressure measurement and force estimation, Gait & Posture, 10(3):211-222, 1999[8] 元田 英一, et al., 股関節接触応力の解析, 日本臨床バイオメカニクス学会誌, 24:111-116, 2003[9] Puso M.A., Laursen T.A., A 3D contact smoothing method using Gregory patches, Int. J. for Num. Meth. in Eng., 54:1161-1194, 2002

 図1 落下事故における骨盤の応力分布

 図2 バイク事故における応力分布

 図3 正常歩行における股関節の応力分布の時間変化

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「非線形有限要素法による骨盤と股関節の力学解析に関する研究」と題し,5章よりなる。

 人体の骨盤と股関節は筋骨格系の中で重要な役割を果たしている。骨盤は寛骨,腸骨及び恥骨からなる安定的な輪構造を構成して人体の体重を支える一方,股関節は支持性可動関節として骨盤とともに体重を支えながら歩行に伴う下肢体の運動を可能にしている.臨床現場では事故などによる骨盤骨折を生じた場合の救急措置や治療方法の立案または事故原因の解明においては事故時の荷重に対応する骨盤の骨折形態を知ることが重要であり,また,骨盤骨折の治療法として臨床上行われる各種固定術についても術後2次損傷の回避やリハビリの観点から生体力学的評価が必要である.一方,関節軟骨の変形・破壊、寛骨臼縁の肥大および関節滑膜の変化等による変形性関節症は力学的負荷に起因するとされ、体重による負荷を受ける股関節面接触力分布の解明は変形性股関節症の予防及び治療に役立つと考えられる.これらに関連する研究としてこれまでに in vitro や in vivo 実験及び有限要素法に代表される数値シミュレーションによる研究が行われてきたが,実験計測の難しさに加え倫理上の問題により実験研究の限界があり,また数値シミュレーションも特定の解析条件に限られている.そこで本論文はまず各種事故における骨盤骨折形態の解明を行い,また代表的3種類の骨盤骨折内固定法に対して生体力学的評価指針を与え,さらに Gregory Patch の導入による平滑化手法を導入し,股関節における接触を安定的に解析できる手法を開発することに的を絞って研究を行った.

 第1章では本研究の背景,目的及び従来の研究がまとめられている.

 第2章では骨盤骨折メカニズムの解明及び骨折固定法の評価が行われている.まず実患者のCT画像より有限要素解析モデルを作成し,大腿骨と股関節間の接触を導入することにより,従来の研究と比較して大腿骨からの荷重伝達をより忠実に反映した解析を行っている.大腿骨の角度を変化させることにより,落下,自動車衝突及びバイク衝突事故に関するシミュレーションを行った結果,落下事故の場合は仙骨の前仙骨孔付近,自動車横衝突の場合は仙骨と腸骨,バイク衝突事故の場合は恥骨及び仙骨部の応力が高くなり,これらの部位で骨折を生じる可能性を明らかにしている.さらに,3種類の骨盤骨折内固定法について解析を行い,骨盤骨折固定に関する安定性指標を考案し,最大応力と併せて各種固定法の評価指針を与えている.また,解析結果は臨床所見と一致することが確認されている.

 第3章では Gregory Patch による平滑化手法に基づく接触解析の定式化及び接触解析プログラムの開発をまとめたものである.生体の日常的運動において関節面間の大きなすべりを生じるため、有限要素解析における離散化された接触表面では要素間の不連続性が解析の不安定性の原因となっている. Gregory Patch による平滑化を導入することにより接触要素間の連続性を保つことができ,安定的に解析を行うことが可能となる.さらに非線形解析に必要な接線剛性マトリックスを導き,Gregory Patch に基づく接触解析プログラムを開発し,数値解析例を通じて開発したプログラムの妥当性と有効性についての検証を行っている.

 第4章では股関節の力学解析が行われている.第3章で行ったGregory Patch による平滑化に基づく接触解析プログラムの開発により,従来解析困難であった股関節における接触解析を可能にしたため,本章では三つの日常生活動作パターン,即ち,正常歩行の場合,椅子から上がる場合及び階段を上る場合,における股関節の接触解析を行い,各動作における接触応力,接触領域及び関節軟骨における最大応力の時刻歴や接触範囲の変化など臨床上有意義な結果が得られている.また,特定姿勢に関する従来の研究と比較して解析結果の妥当性を確認している.さらに,股関節軟骨層の厚み変化に対する応力の変化を感度解析手法によって予測し,軟骨層厚みの減少と変形性関節症の促進との関連性を解明し得る可能性を示唆している.

 第5章では以上の成果を総括し,将来の展望を述べている.

 以上を要するに,本研究は骨盤骨折メカニズムの解明及び骨折固定法の評価を行い,また,Gregory Patch による平滑化に基づく接触解析プログラムを開発し,従来解析困難であった股関節における接触解析を可能にしたものである.これらの成果は生体力学,医学,再生医工学などに寄与するところが大きいと考えられる.なお,本論文第2,3,4章は,陳 献,久田 俊明等との共同研究であるが,論文提出者が主体となって開発及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める.

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