学位論文要旨



No 119740
著者(漢字) 室谷,浩平
著者(英字)
著者(カナ) ムロタニ,コウヘイ
標題(和) 3次元形状モデルのスペクトル分解とその応用
標題(洋)
報告番号 119740
報告番号 甲19740
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第29号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 数理情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉原,厚吉
 東京大学 教授 山本,博資
 東京大学 教授 竹村,彰通
 東京大学 教授 鈴木,宏正
 東京大学 助教授 松井,知己
内容要旨 要旨を表示する

 形に関連する物理量を解析するために,自然科学でよく用いられるスペクトルやエントロピーを形をもったものに応用する研究が進められている.本論文では,形を解析するという立場からスペクトルという定量化に注目するものである.

 まず,時系列解析の一手法である基本SSAアルゴリズムを形の解析に応用する.基本SSAアルゴリズムは,時系列をスペクトル成分に分解するアルゴリズムであるが,これを3次元多角形メッシュに適用し,3次元多角形メッシュをスペクトル分解することに成功した.

 次に,3次元多角形メッシュのスペクトル分解を電子透かしの埋め込みに応用した.電子透かしの埋め込みとは,対象となるデータに電子透かしと呼ばれる秘密情報を付加する技術のことである.電子透かしを埋め込むに当たって要求される要件は主に2つある.1つ目は,電子透かしの存在が,情報が隠される場所であるオリジナルデータの本来の目的を阻害しないことである.2つ目は,電子透かしはオリジナルデータから分離することは困難であるべきであるということである.電子透かしは,著作権の保護や個人認証などを目的に使われることが多いため,このような要件が求められる.スペクトル領域に秘密情報を埋め込むのがよいとされている理由は,スペクトル係数(周波数幅)が多少変化しても,人間の目では埋め込まれた秘密情報を感じ取ることが難しいからである.

 基本SSAは1次元系列に適用する手法であるので,3次元多角形メッシュにそのまま適用するのは必ずしも適切ではない.このことを反省して,次に,これをメッシュ間の接続構造を考慮した手法に拡張する.拡張の際には,基本SSAアルゴリズムで満たされていた,固有値がパワースペクトルに,固有ベクトルが元の系列の周期関数になっているという性質は保存されている.

 この拡張SSAアルゴリズムを用いて3次元多角形メッシュをスペクトル分解する具体的な方法を構成し実験例を示しす.更に,拡張SSAを3次元多角形メッシュへの電子透かし埋め込みに応用する.実験を通して,拡張SSAアルゴリズムを用いた電子透かし埋め込み法の性能についても考察する.

 拡張SSAの別の応用として,時系列を対象にした変化点検出を,空間モデルに対応したものに拡張する.この変化点検出法は,対象となる時系列の基準となる区間を,基本SSAを用いてスペクトル分解することによって基準となる時系列を特徴付ける方法である.対象となるデータを空間に配置されたデータの場合に拡張して,拡張SSAを用いて,基準となる空間領域のスペクトル分解を行うことによって,基準となる空間を特徴付けることができる.このようにして,空間モデルの変化点検出では,空間モデルのスペクトル分解が必要になるので,拡張SSAを用いた空間モデルのスペクトル分解の提案する.

 同様な拡張によって,時間方向と空間方向の両方に分布するデータのスペクトル分解法を構成することによって,時系列を対象にした変化点検出を,時空間モデルに対応したものに拡張することができる.

 更に,空間2次元時間1次元のこのようなデータを従来の方法でスペクトル分解しようとすると,巨大な軌道行列になってしまい膨大な計算コストがかかってしまう.これを回避するために,空間方向のスペクトル分解は時間に依存しないという仮定を設けて,小さい計算コストで軌道行列を特異値分解する方法を提案する.

 最後に,以上の成果をまとめ,今後の課題について論じる.

審査要旨 要旨を表示する

 コンピュータ技術の発展に伴い,3次元形状を精密に表現するデータの取得と利用に対する需要が高まり,そのための基礎としての形状解析手法を確立することが大きな課題となっている.すでに,フーリエ解析やウェーブレット解析の手法を3次元形状へ適用する方法が種々提案されている.しかし,これらの手法は形状表面のパラメータ表現を必要とするが,一般の立体表面を大局的にパラメータ化することは不可能なため,立体表面をいくつかの領域に分割し,そのそれぞれに適用しなければならないという制限がある.そのため,パラメータ表現を必要としないノンパラメトリックな形状解析手法が待望されていた.

 本論文は,このような背景のもとで,3次元立体形状のノンパラメトリックなスペクトル分解の新しい方法を構成するとともに,その応用について論じたもので,「3次元形状モデルのスペクトル分解とその応用」と題して,10章からなる.

 第1章「はじめに」では,本論文の目的,背景,構成を述べて,全体の導入としている.

 第2章は「数学的基本事項」と題し,時系列解析の一手法であるSingular Spectrum Analysis(以下でSSAとよぶ)法の基本,3次元形状の表面を表すメッシュ表現,自己相関関数のパワースペクトルに関して既知の事項をまとめている.これらは,本論文の以下の章での議論の出発点となるものである.

 第3章「ラプラシアン行列を用いた3次元多角形メッシュのスペクトル分解と電子透かしの埋め込み」では,3次元多角形メッシュの接続構造を表すラプラシアン行列に基づいて,形状をスペクトル分解し,その成分へ電子透かしを埋め込む大渕らの方法についてまとめている.これは,ノンパラメトリックな既存手法の代表的なものであり,本論文で提案する手法との比較のために,以下の章ではいくどか参照される.

 以上が,今までの技術のまとめで,これらと比較する形で,以下の第4章以降で新しい手法とその応用について提案している.

 第4章は,「基本SSAを用いた3次元多角形メッシュのスペクトル分解」と題し,既存のSSA法が3次元形状のスペクトル分解へ適用できることを指摘している.ただし,SSA法は,1次元に並んだデータの解析法であり,それを適用するために,立体の頂点に強制的に順序をつけなければならないという欠点をもつことも指摘している.

 第5章「基本SSAを用いた電子透かしの埋め込み」では,頂点の1次元系列をSSA法でスペクトル分解し,その分解構造に秘密情報を付加することによって,電子透かしを埋め込めることを指摘している.特に,埋め込みのための秘密鍵の選び方の任意性を利用して,立体の重心移動をできるだけ小さくすることが,透かしの安定性を著しく向上させることも発見している.

 第6章は,「拡張SSAを用いた3次元多角形メッシュのスペクトル分解」と題し,メッシュの接続構造を反映できる形にSSA法を拡張する一般的枠組みを提案するとともに,そのような枠組みの中のすなおな一手法を具体的に構成している.これは,頂点に強制的に順序を与える必要がないという意味で,基本SSAを用いる場合のような恣意性のない3次元形状スペクトル分解のノンパラメトリックな新手法である.この方法の提案は本論文の最も大きな貢献であり,したがって,本章は本論文の中心に位置するものである.

 以下の三つの章では,第6章で構成した拡張SSA法の三つの応用の可能性について検討している.

 第7章「拡張SSAを用いた電子透かしの埋め込み」では,拡張SSA法を用いた電子透かしの埋め込み法を提案している.この方法の性能を理論的および実験的に検討し,ラプラシアン行列を用いた既存の方法と同じような頑健性をもつことを確認するとともに,既存の方法より計算量の点で大幅な改善が達成できることを示している.

 第8章「拡張SSAを用いた空間モデルのスペクトル分解」では,基本SSA法を利用した時系列の変化点検出法とのアナロジーから,空間に広がる多次元情報の近さや違いの程度を定量的に測る方法を提案している.そして,それを,日本全国の雨量の観測データに適用し,降水パターンの地域差を解析できることを示している.

 第9章「拡張SSAを用いた時空間モデルのスペクトル分解」では,時間と空間の両方に広がりをもつデータに対しても提案手法によるスペクトル分解ができることを示している.

そして,その手法を,日本全国の約40年に渡る降水量データに適用し,降水パターンの地域差と時間差を同時に検出できることを実証している.

 第10章「おわりに」では,本論文の成果をまとめるとともに,今後に残された課題を整理している.

 以上を要するに,本論文は,3次元形状をスペクトル分解するノンパラメトリックな手法「拡張SSA法」を新たに提案するとともに,それが空間的な広がりをもつ多様なデータの解析に役立つことを示したものであり,数理情報学の発展に大きく貢献するものである.

 よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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