学位論文要旨



No 119746
著者(漢字) 張,万石
著者(英字)
著者(カナ) ザン,ワンシイ
標題(和) 個別要素法によるラミネート複合材料横断衝撃破壊シミュレーションに関する研究
標題(洋)
報告番号 119746
報告番号 甲19746
学位授与日 2004.10.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5927号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,「個別要素法によるラミネート複合材料横断衝撃破壊シミュレーションに関する研究」と題し,近年様々な分野で用いられるラミネート複合材料を個別要素モデル化し,同材料評価における課題の一つである横断衝撃破壊のシミュレーションを個別要素法により可能とする方法についての研究を行ったものであり,以下の7章で構成されている.

 第1章「序論」では,ラミネート複合材料についての研究の現状とその問題点を指摘すると共に,個別要素法の概要とその応用に関わる課題を歴史的背景も簡単に振り返りながらまとめ,それを踏まえる形で本論文の目的ならびにその構成について述べている.

 第2章「本研究に関連する基本事項」は,本研究を展開する上で必要となる基本的な知識をまとめたものである.ラミネート複合材料については,その定義を述べると共にそのアーキテクチャーとスタッキングシーケンスを示した.次いで,ラミネート複合材料の破壊モードと本研究でシミュレーションの対象にする横断破壊現象についてまとめた.個別要素法については,個別要素法におけるニュートンの運動方程式や要素間の相対変位増分など基本的な関係並びに要素間の相互作用力と各要素における力の綜合の計算についてのまとめを示した.それらの関係を表現する際の必要となる基本的なパラメータとしてのばね定数および時刻刻みの決定法についても述べた.拡張個別要素法に関連する基本事項については,先ず,拡張個別要素法における要素ばねと間隙ばねの設定について示した.次いで,要素ばねに作用する力と間隙ばねに作用する力を分けて要素接触点に作用する力の評価と各要素における力の綜合の計算について述べた.最後に,個別要素法でシミュレーションを実行するに当たっての要素ばねと間隙ばねの定数,要素ばねと間隙ばねの破壊基準と時刻刻みの決定法についてまとめた.

 第3章「ラミネート複合材料解析のための個別要素法モデル化」では,ラミネート複合材料に対する個別要素法モデルの提案を行った.すなわち,まず一般的なラミネート複合材料を対象に,ボンド要素とボンドばね及び合成ばねを導入し,ラミネート複合材料解析ための三次元個別要素法モデルを提案し,さらに,本研究での実際のシミュレーション対象とする同方向ラミネート複合材料およびクロス・プライのラミネート複合材料の二次元個別要素法モデル化する方法を示した.さらにミクロメゾスコピクにおける要素が原子のような「引力」と「斥力」を有する性質を持つことに対応して,古典量子力学をもとにした準分子モデリングを導入して,本研究で用いるボンドばねと合成ばねのパラメータ決定法を示した.

 第4章「本研究におけるプログラムシステムの開発」では,前章で提案したラミネート複合材料への個別要素法モデル化の方法の有用性を数値解析的に実証するためには,この個別要素法モデルと一体になった数値解析システムが不可欠であると考え,本研究におけるプログラムシステムの開発をプリプロセッシング,接触判定,基本解析,ポストプロセッシングの四つ部分に分けて行なった.(1)個別要素法解析のプリプロセッシングとしての粒子パッキングは,規則的パッキングと落下法による不規則的パッキングに関するプログラムを作製した.これは,解析モデルに関する必要な情報データをフォーマットし,一つのプリプロセッシング処理ファイルで格納して,ソルバー(接触判定と基本解析)に効率よく送り込む機能を有する.(2)解析時間をセーブするために,粒子接触判定と基本解析については,それぞれ領域セル分割法とヴェルレ差分計算法を用いた.この二つのアルゴリズムを組み合わせて,本章で開発したプログラムシステムでの個別要素法数値解析にかかる時間を大幅減少することができた.(3)ソルバー(接触判定と基本解析)からの解析結果を受け取り,そこから進展時間による粒子の位置量を抽出し,各時刻におけるモデルの画像を作って,解析時間に対応した一貫的な運動のアニメーションを自動的に示せるようにした.最後に2次元2成分系粒子の充填現象の数値計算により,このプログラムシステムの従来の個別要素法への適用性を示した.

 第5章「ラミネート複合材料破壊シミュレーションへの適用性の検討」では,第3章に提案したラミネート複合材料解析のための個別要素法モデルを用いて,低速横断衝撃に対する同モデルの適用性検討の観点から,同方向およびクロス・プライのラミネート複合材料の破壊現象の第6章はく離問題検討に向けての準備的シミュレーションを行った.その結果は,これらのラミネート複合材料において従来の実験において定性的に知られている破壊の起こり方とほぼ一致するものであり,第3章のモデルのラミネート複合材料破壊挙動シミュレーションモデルとしての有効性が確認された.

 第6章「シミュレーションによるラミネート複合材料層間はく離問題の検討」では,4層からなるクロス・プライのラミネート複合材料を対象として,3種類の衝撃速度と3種類の体積率におけるシミュレーションを通じてラミネート複合材料の特徴破壊モードとされる層間はく離問題の検討を行った.(1)衝撃子の降下量を一定とする場合には,運動エネルギーを中心した考察により,衝撃子の衝撃速度は,ラミネート複合材料の層間はく離の破壊程度と反比例するということが分かった.また,ラミネート複合材料の体積率は,ラミネート複合材料層間はく離の破壊程度と反比例するということも分かった.ラミネート複合材料の破壊の程度については,体積率が大きいほど破壊の程度は小さいということが分かった.(2)衝撃子が与えるエネルギーを一定とする場合には,同じように運動エネルギーを中心した考察により,衝撃子の衝撃速度は,ラミネート複合材料の層間はく離の破壊程度と反比例するということが分かった.また,ラミネート複合材料の体積率は,ラミネート複合材料層間はく離の破壊程度と反比例するということも分かった.ラミネート複合材料の破壊の程度についても,体積率が大きい方が破壊の程度は小さいということが分かった.

 第7章「結論と展望」では,本研究を総括し,主な結論と今後の展望について述べた.本研究から得られた主な成果,結論を挙げると以下のようになる.(1)ボンド要素とその間に存在するボンドばねと合成ばねを提案し,従来の個別要素法に導入することによって,ラミネート複合材料解析のための個別要素法解析を可能とした.また,ミクロメソスコピクにおける要素について,準分子モデリングを合成ばねとボンドばねに導入することによって,提案したラミネート複合材料解析のための個別要素法モデルのパラメータを決定した.(2)提案した個別要素法モデルをベースにして,従来の個別要素法モデルを含む,本研究における個別要素法解析プログラムシステムを開発した.伝統的な2次元2成分系粒子の充填現象を解析することによって,そのプログラムの従来の個別要素法問題への適用性を示した.(3)同方向およびクロス・プライのラミネート複合材料において,ボンド要素とその間に作用するボンドばねと合成ばねを用いてモデル化し,実際に行った横断衝撃における動的破壊挙動シミュレーション結果は,従来の実験で観察された破壊の様子とほぼ対応するものとなっていることが分かった.(4)低速度衝撃シミュレーションによりラミネート複合材料層間はく離問題の検討を行って,衝撃子の衝撃速度とラミネート複合材料の体積率は,それぞれラミネート複合材料の層間はく離の破壊程度と反比例するということが分かった.ラミネート複合材料の破壊の程度については,体積率が大きい方の破壊の程度は小さいということが分かった.(5)本研究のコンピュータ実験により,提案したラミネート複合材料解析ための個別要素法モデルは,ラミネート複合材料破壊の動的挙動をシミュレーションするのに有効な解析方法であると考えられる.今後,今までの研究成果をもとに期待される研究の課題と展望は次のようである.(1)提案した個別要素法モデルに基づき,3次元解析への拡張を進める必要がある.また,ラミナ間の接合部に強度の影響を数値解析に反映させる方法も期待される.(2)コンピュータ実験によるラミネート複合材料破壊のシミュレーションの結果を確かめるための実験を行い,本研究のモデリングや解析手法が実験の現象にも結びづけるものが必要である.また,より複雑な構造を有するラミネート複合材料破壊の動的解析も期待される.

 なお,論文題目の欧文名は,Simulation of Transverse Impacting Damage of Laminated Composite by Distinct Element Methodである.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「個別要素法によるラミネート複合材料横断衝撃破壊シミュレーションに関する研究」と題し、本文7章からなる。

 ラミネート複合材料は、そのテイラーリング性から、使用目的・想定外力に対応させた、優れた比強度、比剛性を有する材料として設計できることから、航空機材料からスポーツ用品まで幅広く用いられている。しかし、ラミネート複合材料は面内の力に対しては優れた強度を期待できるが、面外からの力、特に横断衝撃負荷に弱く、これによって積層板内の界面が局所的にはがれる層間はく離を生じ易いという問題がある。そしてこの層間はく離の存在は圧縮座屈強度の大幅低下を招くため、航空機複合材翼構造設計に見られるように、横断衝撃に対する強さは、構造強度設計にあたっての主要な留意点となる場合も多い。したがって、横断衝撃に対する層間はく離の発生・挙動の評価は重要であるが、一部有限要素法による評価の試みはあるものの、このような層間はく離発生現象をシミュレートする方法論は確立するに至っていない。このようなことから、本研究は、ラミネート複合材料を個別要素モデル化する方法を提案してその確立を図ると共に、その個別要素化したモデルによる横断衝撃による層間はく離の系統だったシミュレーションを行って、ラミネート複合材料の横断衝撃破壊に対する基本的な知見を得ようとするものである。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景、目的・意義、および本論文の構成について述べている。

 第2章「本研究に関連する基本事項」では、本研究を進める上でのラミネート複合材料と個別要素法についての基本的な知識をまとめている。すなわち、ラミネート複合材料についてはその構造・構成について、また個別要素法についてはその基礎となる力学的支配方程式、個別要素法をコンクリート等の固体材料を扱えるように拡張した拡張個別要素法の考え方と同法における要素間力のばねによる与え方、数値積分法等についてまとめている。

 第3章「ラミネート複合材料解析のための個別要素法モデル化」では、ラミネート複合材料個別要素法モデル化についての方法を提案している。すなわち、まずラミネート複合材料を球状要素と球状要素をそれによって繋ぐと強化繊維に相当するものとなるボンドばね及びマトリックスの存在に対応する合成ばねで構成する、一般性のある三次元個別要素法モデルを提案している。また、本研究で実際のシミュレーション対象とする同方向ラミネート複合材料およびクロス・プライのラミネート複合材料に対する二次元個別要素法モデル化の方法を示している。さらに要素間に働く結合力の与え方として、準分子モデリングにおける方法を導入して、本研究で用いるボンドばねと合成ばねの性質を定めるパラメータの決定法を示している。

 第4章「本研究におけるプログラムシステムの開発」は、前章で提案したラミネート複合材料の個別要素法モデルを解析するために本研究で開発したプログラムについてその内容、特徴をまとめたものである。また基本的問題の解析を行って、開発プログラムが期待した機能を果たすことを検証している。

 第5章は「ラミネート複合材料破壊シミュレーションへの適用性の検討」であり、第4章で開発したラミネート複合材料のための個別要素法プログラムを用いて、第3章での個別要素法モデルの低速横断衝撃に対する適用性を検討するための、同方向複合材料およびクロス・プライラミネート複合材料の破壊現象についての準備的シミュレーションを行っている。その結果をこれらラミネート複合材料において従来実験を通じて定性的に知られている事実と比較し、破壊の起こり方、特に界面はく離現象につきシミュレーション結果は実験事実とほぼ対応するものとなっており、従って、第3章での個別要素法モデル化はラミネート複合材料破壊挙動シミュレーションモデルとして有効なものであるとしている。

 第6章「シミュレーションによるラミネート複合材料層間はく離問題の検討」は前章までの結果を踏まえ、4層からなるクロス・プライのラミネート複合材料を対象として、低速横断衝撃の範囲で、衝撃速度と強化繊維の体積率を系統的に変化させたシミュレーションを行い、衝撃速度と体積率が界面はく離現象にどのように影響するかを検討している。シミュレーションは衝撃子の降下量を一定にしたものと、衝撃子の与えるエネルギーを一定にしたものの二通りを行っており、これらを通じて、衝撃速度は速くなると破壊は貫通型に、遅くなると界面はく離型になる傾向があること、また体積率は増すほど層間はく離に対しては強くなるといった基本となる知見を得ている。

 第7章は「結論と展望」であり、本論文の成果をまとめると共に残された問題について将来に向けての展望が述べられている。

 以上要するに本論文は、これまでにまだ確立されていないラミネート複合材料横断衝撃破壊のシミュレーションにつき、個別要素法によるシミュレーション手法を開発、その手法による系統だったシミュレーションを実施することにより、ラミネート複合材料横断衝撃破壊に関する有用な知見を得たものであり、今後益々適用範囲が広がると考えられるラミネート複合材料の強度信頼性の向上に寄与するところが大きいものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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