学位論文要旨



No 119747
著者(漢字)
著者(英字)
著者(カナ) パイラット,タンポンプラサート
標題(和) 脆性材料の応力状態に着目した延性モード加工に関する研究
標題(洋)
報告番号 119747
報告番号 甲19747
学位授与日 2004.10.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5928号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 助教授 割澤,伸一
内容要旨 要旨を表示する

 光学機器や情報機器、さらには、医療・バイオの検査チップに代表されるように、高精度微細加工への要求はますます高まっている。その構成材料に着目すれば、光学ガラスやセラミクスに代表される脆性材料が少なくない。上記ニーズに対して、成形加工や研削・研磨加工、あるいは半導体製造プロセスが利用されているが、依然として、切削加工による超精密かつ複雑な形状創成の要求は高い。周知の通り、脆性材料の超精密切削加工を行うためには延性モードが利用される。しかしながら、これまで実現可能な切削深さはサブミクロンに制限され、その加工条件、加工方法、工具設計を合理的に決定する方法についても検討されていない。

 本研究は、脆性材料の応力状態に着目することによって、延性モード加工となり得る加工条件をあらかじめ評価決定できる手法を提案して、最終的に高効率な延性モード加工を合理的に実現することである。この目的を達成するために、以下に示す要素研究を行った。

1.脆性材料の応力状態に着目して、クラック進展条件を導入し、延性モード加工か否かの判定を簡便に行える指標を提案した。

2.提案する手法に基づいて延性モード加工を解析する方法を実装した。

3.微細切削加工システムを構築し、解析結果と実験結果を比較、考察し、提案する手法を行い、妥当性を評価した。

4.提案する手法に基づいて高効率な延性モード微細切削加工システムを提案し、加工結果を評価した。

 その結果得られた知見を以下にまとめる。

(1)脆性材料の延性モード加工状態かどうかを事前に評価する指標として、工具先端近傍の応力場における主応力を取り上げれば良いことを提案した。また、主応力の分布、平均値、分散値を指標として取り上げ、それぞれの妥当性について説明した。

(2)延性モード加工を事前に評価する具体的方法として、工作物に対して工具の押し込んだ時の応力状態を有限要素法によって評価する方法を提案した。工具の押し込み量を決定するためには、切り込み深さと主分力との関係を利用して、所定の主分力となるように押し込み量を設定すればよいことを提案し、これを切削過程の降伏応力条件から説明した。これによって、加工方式、加工条件、工具形状を決定すれば、加工前に延性モード加工になるかどうかを評価することが可能となった。

(3)ガラスの直交微細切削加工、傾斜微細切削加工、並びにこれらに圧縮応力を付加した加工を取り上げて、提案した有限要素法による主応力解析結果と加工実験結果を比較した。その結果、解析結果と実験結果とが延性モード加工・脆性モードの判定において良好な一致を示した。この結果から提案した手法の妥当性を示した。なお、その際の破壊応力は、約4,500MPaであった。

(4)傾斜微細切削加工の実験の結果、最大5.8μmの切り込み深さで延性モード加工が実現された。これは、直交微細切削加工に比較して約8倍の深さが実現されたことになる。

(5)傾斜切削加工の3分力状態に着目して、これと等価な3分力状態を実現すれば深い切り込みが得られるという発想から、ねじり振動微細切削加工法を提案し、実際に加工システムを構築して実験を行った。その結果、最大3.46μmの切り込み深さが得られた。

(6)高速切削において切削速度、工具すくい角、工具傾斜角がガラスの延性モード加工に与える影響について考察した。その結果、幾何的に計算できる深さよりも深い溝をガラスにクラックなしで形成可能な加工条件が存在することを示した。そして、高速切削におけるせん断帯による加工メカニズムを提案し、この現象の説明を試みた。

 本論文は、6章から構成されている。

 第1章では、序論として本研究の背景、従来の研究、目的を述べた。光学機器や情報機器、さらには、医療・バイオの検査チップに代表されるように、高精度微細加工への要求はますます高まっている。その構成材料に着目すれば、光学ガラスやセラミクスに代表される脆性材料が少なくない。上記ニーズに対して、成形加工や研削・研磨加工、あるいは半導体製造プロセスが利用されているが、依然として、切削加工による超精密かつ複雑な形状創成の要求は高い。周知の通り、脆性材料の超精密切削加工を行うためには延性モード加工が利用される。しかしながら、これまで実現可能な切削深さはサブミクロンに制限され、その加工条件、加工方法を事前に決定する方法についても検討されていない。以上のことを関連研究の引用とともに述べた。

 第2章では、脆性材料の応力状態に着目した延性モード加工の評価方法を提案している。まず、亀裂先端近傍の応力場は応力δと亀裂の半長aによって決まるパラメータK(応力拡大係数)で表示できる。

K=σ√πa (2.1)

 不安定破壊を生じる際に材料が示す抵抗あるいは応力拡大係数の限界値を破壊靭性(Kc)という。切削中に応力拡大係数は破壊靭性より大きくなると脆性破壊が生じる。亀裂進展開始条件としては、次式で与えられる。

 K〓Kc (2.2)

式(2.1)、(2.2)により、パラメータである拡大係数K、初期クラックの半長a、応力σ、破壊靭性Kcを考えるとクラックの半長aと破壊靭性Kcは材質に依存するパラメータであるため、変更することは難しい。したがって、クラック進展を抑えるためには、応力σに注目して拡大係数Kを減少させる必要がある。ここでは、切削中の主応力分布(σ1)に着目し、これに基づいて破壊応力(σf=Kc/√πa)を推定することを提案する。これによって、延性モード切削加工となり得る加工条件や工具形状などをあらかじめ決定することが可能となる。ただし、応力は場として存在しているため、評価すべき領域が決定されなければならない。これをヘルツコーンの亀裂モデルを利用して決定した。また、評価指標として主応力の分布、平均値、分散値を取り上げ、それぞれの適用指針を述べた。

 第3章では、第2章で提案した手法にもとづいて延性モード加工を解析する方法を実装した。延性モード加工を事前に評価する具体的方法として、工作物に対して工具を押し込んだ時の応力状態を有限要素法によって評価する方法を提案した。ここで、応力解析では工具の押し込み量を決定しなければならない。この問題に対して、切り込み深さと主分力との関係を利用して、所定の主分力となるように押し込み量を設定すればよいことを提案し、これを切削過程の降伏応力条件から説明した。これによって、加工方式、加工条件、工具形状を決定すれば、加工前に延性モード加工になるかどうかを評価できることを示した。

 第4章では、応力状態を考慮した微細切削加工を行った。具体的には、ガラスの直交微細切削加工、これらに圧縮応力を付加した加工、並びに傾斜微細切削加工を取り上げ、提案した有限要素法による主応力解析結果と加工実験結果を比較した。その結果、解析結果と実験結果とが延性モード加工・脆性モードの判定において良好な一致することを示した。この結果から提案した手法の妥当性を示した。なお、傾斜微細切削加工実験の結果、最大5.8μmの切り込み深さで延性モード加工が実現されている。これは、直交微細切削加工に比較して約8倍の深さが実現されたことになり、飛躍的な加工効率向上が可能であることを示した。また、傾斜角が45゜以上の場合に切り込み深さが深い延性モード加工が実現されることを実験により示した。

 第5章では、第4章までの知見に基づき、高効率な延性モード微細切削加工法を実現した。具体的には、傾斜切削の3分力の特徴に着目し、これと等価な切削力状態を実現する方法として工具にねじり振動を与えた微細切削加工法を提案し、装置を設計製作した。振動切削時と非振動切削時の加工現象の比較を行った結果、わずか0.63°の振動角であっても、最大3.46μmの加工深さをクラックなく実現できることを示した。次に、塑性変形時の温度上昇による破壊靱性上昇に着目して工具の送り速度を高めた高速微細切削加工法を提案し、装置を設計製作した。加工深さに対する送り速度の効果があることを実験的に明らかにした。また、すくい角が大きく負に傾いた条件下では、加工面に特徴的な縞目模様が観察されることを示し、これをせん断帯の考え方によって説明した。

 第6章は、本研究の結論を述べた。

 以上を要するに、本論文は、脆性材料の応力状態に着目して、延性モード加工となり得る加工条件をあらかじめ評価決定できる手法を提案するとともに、その手法を用いて従来実績値の8倍の加工深さを延性モード加工で実現できることを示した論文である。得られた加工結果は延性モード加工の加工効率を飛躍的に向上できることを示しており、技術的観点から意義深い。また、提案している評価法は、脆性材料加工において、加工条件および加工形式の決定、並びに工具設計を合理的に遂行する手段を提示したことになる。したがって、本論文は学術的にも技術的にも有用な指針を与えている。

審査要旨 要旨を表示する

 光学機器や情報機器、さらには、医療・バイオの検査チップに代表されるように、高精度微細加工への要求はますます高まっている。その構成材料に着目すれば、光学ガラスやセラミクスに代表される脆性材料が少なくない。上記ニーズに対して、成形加工や研削・研磨加工、あるいは半導体製造プロセスが利用されているが、依然として、切削加工による超精密かつ複雑な形状創成の要求は高い。周知の通り、脆性材料の超精密切削加工を行うためには延性モード加工が利用される。しかしながら、これまで実現可能な切削深さはサブミクロンに制限され、その加工条件、加工方法を事前に決定する方法についても検討されていない。

 本研究は、脆性材料の応力状態に着目することによって、延性モード加工となり得る加工条件をあらかじめ評価決定できる手法を提案するとともに、最終的に高効率な延性モード加工に成功したものである。

 第1章では、序論として本研究の背景、従来の研究、目的を述べている。

 第2章では、脆性材料の応力状態に着目した延性モード加工の評価方法を提案している。具体的には、脆性材料の延性モード加工状態かどうかを事前に評価する指標として、脆性材料のクラック進展条件を導入して、工具先端近傍の応力場における主応力を取り上げれば良いことを提案している。応力は場として存在しているため、評価すべき領域が決定されなければならない。これをヘルツコーンの亀裂モデルを利用して決定している。また、評価指標として主応力の分布、平均値、分散値を取り上げ、それぞれの妥当性について説明している。

 第3章では、第2章で提案した手法にもとづいて延性モード加工を解析する方法を実装している。延性モード加工を事前に評価する具体的方法として、工作物に対して工具を押し込んだ時の応力状態を有限要素法によって評価する方法を提案している。応力解析では工具の押し込み量を決定しなければならない。この問題に対して、切り込み深さと主分力との関係を利用して、所定の主分力となるように押し込み量を設定すればよいことを提案し、これを切削過程の降伏応力条件から説明している。これによって、加工方式、加工条件、工具形状を決定すれば、加工前に延性モード加工になるかどうかを評価できることを示している。

 第4章では、応力状態を考慮した微細切削加工を行っている。具体的には、ガラスの直交微細切削加工、これらに圧縮応力を付加した加工、並びに傾斜微細切削加工を取り上げて、提案した有限要素法による主応力解析結果と加工実験結果を比較している。その結果、解析結果と実験結果とが延性モード加工・脆性モードの判定において良好な一致を示すことを明らかにしている。この結果から提案した手法の妥当性を示している。なお、傾斜微細切削加工実験の結果、最大5.8μmの切り込み深さで延性モード加工が実現されている。これは、直交微細切削加工に比較して約8倍の深さが実現されたことになり、飛躍的な加工効率向上が可能であることを示している。また、傾斜角が45゜以上の場合に切り込み深さが深い延性モード加工が実現されることを実験により示している。

 第5章では、第4章までの知見に基づき、高効率な延性モード微細切削加工法を実現している。具体的には、傾斜切削の3分力の特徴に着目し、これと等価な切削力状態を実現する方法として工具にねじり振動を与えた微細切削加工法を提案し、装置を設計製作している。振動切削時と非振動切削時の加工現象の比較を行った結果、わずか0.63゜の振動角であっても、最大3.46μmの加工深さをクラックなく実現できることを示している。次に、塑性変形時の温度上昇による破壊靱性上昇に着目して工具の送り速度を高めた高速微細切削加工法を提案し、装置を設計製作している。加工深さに対して送り速度の効果があることを実験的に明らかにしている。また、すくい角が負に大きく傾いた条件下では、加工面に特徴的な縞目模様が観察されることを発見し、これをせん断帯の考え方によって説明をしている。

 第6章では、本研究の結論が述べられている。

 以上を要するに、本論文は、脆性材料の応力状態に着目して、延性モード加工となり得る加工条件をあらかじめ評価決定できる手法を提案するとともに、その手法を用いて従来実績値の8倍の加工深さを延性モード加工で実現できることを示した論文である。得られた加工結果は延性モード加工の加工効率を飛躍的に向上できることを示しており、技術的観点から意義深い。また、提案している評価法は、脆性材料加工において、加工条件および加工形式の決定、並びに工具設計を合理的に遂行する手段を提示したことになる。したがって、本論文は学術的にも技術的にも有用な指針を与えている。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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