学位論文要旨



No 119748
著者(漢字) 瀬戸屋,雄太郎
著者(英字)
著者(カナ) セトヤ,ユウタロウ
標題(和) 児童思春期精神科病棟入院患者のアウトカムの評価
標題(洋) Assessing Outcomes of Child and Adolescent Psychiatric Inpatients
報告番号 119748
報告番号 甲19748
学位授与日 2004.10.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2372号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 助教授 綱島,浩一
 東京大学 助教授 上別府,圭子
内容要旨 要旨を表示する

背景および目的

 近年、子どものメンタルヘルスが危機に瀕している。少年犯罪、不登校、ひきこもり、自殺または自傷行為、学校での問題行動などが増加しており、そのうちのいくらかは精神的な障害によって引き起こされている。そのような子どもへの最も集中的な治療法として、入院治療がある。しかし、そのコストは高く、日常生活から子どもを引き離してしまうものでもあるため、入院治療の有効性を検討することが重要視されている。しかし、特に日本において児童思春期精神科病棟の治療効果などアウトカムに関する研究はあまり行われていない。

 そこで本研究は、児童思春期病棟において、複数の視点(主治医、保護者及び本人)からの包括的評価を縦断的に行うことにより、(1)入院治療の有効性を検討すること、および(2)どのような要因が良いアウトカムに影響していたかを明らかにすること、を目的とする。

方法

 A県にある児童思春期精神科病棟(41床)に調査開始時点(ベースライン;2002年10月1日)に入院していた子どもを主治医、保護者および子ども自身の視点から調査票により評価を行った。調査期間中(2002年10月1日〜2003年10月31日)に入院した子どもに関しても同じ評価を行い、ベースラインのデータに含めた。子どもの退院時には、サービス満足度などの項目を追加した同様の調査票を記入してもらった。アウトカムを評価するために、本研究の対象は調査期間中に退院した患者54名(男児20名、女児34名;平均年齢=12.6、SD=2.2)とした。

 調査票は3種類作成し、それぞれベースラインおよび退院時に記入してもらった。

 主治医の調査票には、症状の重症度(CGAS)、DSM-IVによる診断、人口統計学的変数、入院目的、治療内容、臨床データ等が含まれていた。

 保護者の調査票には、子どもの症状および行動チェックリスト(CBCL)および保護者の精神的健康度(GHQ-28)を用いた。

 本人の調査票では、症状を評価するユースセルフリポート(YSR)、主観的な機能を問う項目、家族環境尺度(FES)および主観的な生活の質を問う項目を評価してもらった。退院時には、サービスの満足度(CSQ-8J)および入院治療のどの側面が役に立ったかを問う項目を加えた同様の調査票に回答してもらった。

 回収したデータより、まず、入院治療の効果評価と、どのような側面が改善しているかを明らかにするために、ベースライン時と退院時の縦断的な比較を対応のあるt検定を用いて解析した。また退院時のサービス満足度等も検討した。次に、良いアウトカムの予測因子を検討するために、CGASの改善度およびCSQ-8J得点にはどの要因が関連しているかを連続変数は相関係数、カテゴリー変数はt検定あるいは分散分析を用いて解析した。さらにCGASの改善度に関してはより明確な影響を検討するために、重回帰分析も行った。

結果

 主治医、保護者、本人のベースライン時における評価は重症である点で一致していた。また保護者の精神的な健康の悪さも明らかになった。

 ベースラインと退院時の縦断的な比較によると、主治医の評価(CGAS)と、本人の主観的な評価(YSR)は有意に改善していた。しかし保護者の評価(CBCL)では有意な差がみられなかった。本人の主観的な生活の質も改善していた。また保護者の精神的健康の一側面も改善していた。

 退院時における本人のサービス満足度は高く、入院治療の多くの側面が役に立ったと感じていた。

 主治医評価の改善度には、年齢が高いこと、男性であること、入院時の症状が重症であること、診断(摂食障害あるいは強迫性障害)が有意に関連していた。また集団精神療法の頻度も影響していた。本人のサービス満足度には、患者の主観的な改善度だけではなく、家族の要因や、生活の質も関連していた。

 限界としては回収率の低さやそれに伴う検出力の低さ、フォローアップがないことなどがあげられた。今後さらに対象者を増やした、長期的追跡研究が必要である。

結論

 縦断的な包括的評価を行うことにより、児童思春期精神科病棟の入院治療の効果が明らかになった。縦断的な比較からは、主治医による子どもの機能の評価、子どもの主観的な機能評価、子どもの生活の質、に改善が見られた。保護者による子どもの症状および行動の評価では改善が見られなかったものの、保護者自身の精神的健康度は改善していた。年齢が高いこと、男児、ベースライン時の症状が重症であること、集団精神療法の頻度が高いことは、子どもの機能の改善に良い影響を与えていた。また、摂食障害および強迫性障害の患者はより良く改善していた。患者のサービス満足度をより良くするには、症状の変化だけではなく、家族環境を整えることや、患者の生活の質の改善を図ることが重要であることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、児童思春期精神科病棟に入院した子どもを、主治医、保護者、および子ども自身の視点からベースライン時と退院時に評価し、児童思春期病棟の入院治療の有効性を明らかにしたものである。また、どのような要因が良いアウトカムに影響していたかを検討した。

 本研究では、A県にある児童思春期精神科病棟(41床)に調査開始時点(ベースライン;2002年10月1日)に入院していた子どもおよび調査期間中(2002年10月1日〜2003年10月31日)に入院してきた子ども計54名に対し評価を行った。退院時にも同様の評価を行った。評価は3者により行われた。主治医は症状の重症度(CGAS)を評価し、保護者は子どもの症状および行動チェックリスト(CBCL)および保護者の精神的健康度(GHQ-28)、本人は、症状を評価するユースセルフリポート(YSR)、主観的な機能を問う項目、家族環境尺度(FES)および主観的な生活の質を問う項目を評価した。またDSM-IVによる診断、治療内容等の臨床データも得た。退院時には治療への満足度(CSQ-8J)も本人に評価してもらった。

 回収したデータより、まず、入院治療の効果評価と、どのような側面が改善しているかを明らかにするために、ベースライン時と退院時の縦断的な比較を行った。次に、良いアウトカムの予測因子を検討するために、CGASの改善度およびCSQ-8J得点にはどの要因が関連しているかを検討した。

 主要な結果は下記の通りである。

1.主治医、保護者、本人のベースライン時における評価は重症である点で一致していた。

2.ベースラインと退院時の縦断的な比較によると、主治医の評価(CGAS)と、本人の主観的な評価(YSR)は有意に改善していた。しかし保護者の評価(CBCL)では有意な差がみられなかった。本人の主観的な生活の質も改善していた。

3.精神症状および行動面では、入院治療により、内向性の側面が特に改善していた。

4.退院時における本人のサービス満足度は高く、入院治療の多くの側面が役に立ったと感じていた。

5.主治医評価の改善度には、年齢が高いこと、男性であること、入院時の症状が重症であること、診断(摂食障害あるいは強迫性障害)が有意に関連していた。また集団精神療法の頻度も影響していた。

6.本人のサービス満足度には、患者の主観的な改善度だけではなく、家族の要因や、生活の質も関連していた。

 以上、本論文は、児童思春期精神科病棟に入院した子どもを、主治医、保護者、および子ども自身の視点からベースライン時と退院時に評価し、児童思春期病棟の入院治療の有効性を明らかにした。児童思春期病棟のアウトカム評価研究はあまり行われておらず、本研究の特徴は、本人の主観を含めた複数の視点で評価した点にある。また、本研究は入院治療のアウトカムに影響を及ぼしている要因を明らかにしており、これは実践上の有用性をも示唆するもので、学位の授与に値するものと考えられる。

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