学位論文要旨



No 119751
著者(漢字) 山田,哲
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,サトル
標題(和) 北海道における細石刃石器群の研究 : 石器群の変異性の分析と居住・移動・生業システムの解釈への展望
標題(洋)
報告番号 119751
報告番号 甲19751
学位授与日 2004.11.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第461号
研究科 人文社会系研究科
専攻 基礎文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐藤,宏之
 東京大学 教授 今村,啓爾
 東京大学 教授 大貫,静夫
 総合研究博物館 教授 西秋,良宏
 札幌大学 教授 木村,英明
内容要旨 要旨を表示する

[目的]

 本論の目的とするところは、旧石器時代終末期、概ね21,000〜10,00014CyrsBPの最終氷期極相期から晩氷期にかけての北海道で展開した細石刃石器群がいかなる居住・移動・生業システムのもとに展開された活動の痕跡なのか、という問題に対して、実際の資料の分析から解釈を行ない、展望を開くことにある。北海道における細石刃石器群研究は、ユーラシア大陸の北東部に独特の気候・自然環境を形成する東北アジアにおける細石刃石器群の展開あるいは最終氷期極相期から後氷期に至る環境変動への適応という問題に対して、良質かつ高密度な資料に基づいた分析を提供することができる。

[構成]

 前述の問題は主に第IV章において論じられているが、その前提として、第II章で当該期の環境と生業の対象となった可能性がある主要な資源についての概略をまとめ、第III章で細石刃石器群を分節化し整理した上で編年的・年代的位置づけの見通しを得る。第IV章における分析の単位となる共時性は、第III章での検討から導き出される。そして第V章でこれらをまとめて結論とし、課題を提示する。

 第IV章では、可能な限り多くの遺跡・石器集中部を対象として包括できること、実際の資料群から明瞭な論理性をもって解釈へと連結できること、を目指した。すなわち、民族誌データと理論的なアセムブリジ形成モデルをもとに、居住・移動システムと道具の組織的特徴の関係を検討した上で、多変量統計解析(因子分析)の手法を援用しつつ、細石刃石器群の組織的特徴の抽出および解釈を行なう(第IV章1節)。そして、その解釈の妥当性を検証するために、石器石材の運用に関する分析を試みる(第IV章2節)。

[結論]

 細石刃石器群の前半期では、当該集団は高い居住地移動性と低い兵站的移動性に特徴づけられる居住・移動システムを基盤としていた、かつ/または、主に同質的な資源を生業や獲得の対象としていたと考えられる(第IV章1節)。結果として、石器群にみられる道具の多様性は小さくまた多用途性・融通性は大きく、遺跡に遺される石器群の変異性は小さなものとなった(因子分析では寄与率の大きな少数の因子が検出される)。また、相対的に移動規模(年間居住地移動総距離)が小さかったかあるいは移動頻度(年間居住地移動回数)が大きかった可能性がある前半期前葉に対して、前半期後葉では移動規模が増大したかあるいは移動頻度が減少し、各地域における遺跡の石器石材の構成に遠隔地産の石材が顕著にみられる傾向がより強まる(第IV章2節)。基本的には遺跡に近在する原石材を含む多様な形質の原石材や素材を適用範囲に収める保守性の強い(ただし、均一なサイズ・形状の細石刃の連続的量産という傾向は弱い)前半期前葉の細石刃製作技術システムから、各石材産地で採取される原石材の形質に対して選択的に適用される分化した(前葉よりも均一なサイズ・形状の細石刃の連続的量産が達成されている)前半期後葉の細石刃製作技術システムへの移行(第III章8-3節)は、おそらく上述の居住・移動システムとの関係性を持つものと考えられる。前半期後葉では、特に大規模な岩体露頭近辺の原産地における大形原石材の開発が顕著になるらしいことを考慮すると、各地の原石材の形質と分布に関する知識に基づいた信頼性の強い技術システムを形成していた可能性が高い。その結果、細石刃製作技術および細石刃核の技術形態的特徴の前半期前葉における未分化・前半期後葉における分化という傾向がみられることになるのであろう(第III章8-3節)。

 編年的・年代的検討(第III章)によれば、前半期細石刃石器群はおよそ21,500〜13,50014CyrsBPと想定され、その時期は概ね最終氷期極相期である。最終氷期極相期の北海道では、草原的な要素を多分に含む亜寒帯植生の中をマンモス動物群が展開していた(第II章3-3節)。北海道や本州で確認されている化石資料を重視すれば狩猟対象獣としてまずバイソンが注意されるが、いずれにせよ、草原的傾向の開けた景観に生息する中・大型草食動物が狩猟対象の主体となっていた蓋然性は極めて高い。こうした草食動物は、一般的に群れをなして季節的な移動を行ない広い面積に及ぶ餌植物を効率的に採食する。すなわち移動性と群性の強い中・大型草食動物が多いこと、そして地形および高度とも関連して種毎の生息域に偏りがあることから、人間集団にとって粗区画的な資源環境が形成されていたと考えられる(第II章3-4節)。前半期細石刃石器群にみられる先述したような組織的特徴や居住・移動システムは、こうした最終氷期極相期の資源環境との関係の中で成立していたとみなされる。前半期前葉から後葉への移行は、食料や石材といった極相期の資源環境へ対応した進化的なプロセスとしての側面が強いと思われる。

 細石刃石器群の後半期では、当該集団は相対的に低い居住地移動性と高い兵站的移動性に特徴づけられる居住・移動システムを基盤とし、かつ生業や獲得の対象となる資源がより多様であった(多くの異質な資源が含まれていた)と考えられる(第IV章1節)。結果として、石器群にみられる道具の多様性は大きくまた多用途性・融通性は小さく、遺跡に遺される石器群の変異性は大きなものとなった(因子分析では寄与率の小さな多数の因子が検出される)。また、近在の石材を運用する傾向が明瞭に強まり、細石刃核素材を含む両面加工石器類やトゥールには遠隔の産地からもたらされたものもみられるが、それぞれの地域での石器製作作業の主要な部分は近在の石材資源の開発に支えられていた(第IV章2節)。剥片・石核類を加えた因子分析で指摘される後半期に石器製作作業とトゥールを用いた作業が近接して連関的に行なわれる傾向(第IV章1節)も、おそらくこうした居住・移動システムや石材運用シシテムと関係する。当該期では、各地域における原石材の形質や分布に対する適応性の強い(そして前半期後葉と同様かあるいはそれ以上に均一なサイズ・形状の細石刃の連続的量産が達成された)細石刃製作技術システムであった可能性が高い。その結果、細石刃製作技術および細石刃核の技術形態的特徴の特殊化や地域的偏在という傾向がみられるようになり、私たちの分類も比較的容易なものとなるのだろう(第III章8-3節)。以上のような後半期の状況は、前半期と比較して相対的に狭い地域でのロジスティック(兵站的)な戦略に支えられた資源開発を示しているとみてよい。

 編年的・年代的検討(第III章)によれば、後半期細石刃石器群は概ね13,500〜10,00014CyrsBPと想定される。後半期初期(13,500〜13,00014CyrsBP)は最寒冷の気候ではないものの晩氷期の急激な温暖化の開始との前後関係が微妙な時期であるが、後半期細石刃石器群の大部分が基本的に晩氷期に年代づけられることは間違いない。晩氷期の気候は、温暖化傾向が明瞭ながらもその終末期の寒冷化(所謂新ドリアス期)の可能性を含めて激しい寒暖の変動を示すことが一般的に知られている。現状ではおよそ11,000〜10,00014CyrsBP(新ドリアス期にほぼ相当する時期)の石器群の状況は不明瞭であるが、後半期細石刃石器群の多くがこうした温暖化傾向と激しい寒暖の変動に特徴づけられる時期と関連すると考えられる。

 当該期には、森林の拡大、草原性の中・大型動物および北方系の有蹄類の減少・絶滅、シカ属(エゾシカ)の分布域の拡大と個体数の増加という大局的な傾向が想定されるが、植生や動物群の時間的・空間的変動性が著しく増大していたことにも注意しなくてはならない(第II章3節)。先述したような後半期細石刃石器群にみられる組織的特徴や居住・移動システム、そして相対的に狭い地域でのロジスティック(兵站的)な戦略に支えられた資源開発は、こうした晩氷期の資源環境との関係の中で成立していた。その考え得る関係性として、(1)極相期に主体的であった動物群よりも細区画的な分布の傾向が強い森林性の動物群とりわけシカ属(エゾシカ)の生態への対応、(2)予測不可能かつ不可避の気候変動に基づく植生や動物群の時間的・空間的変動性の増大への対応としてのリスク低減および食餌幅の拡大、という2つの側面が重要であろう。少なくとも採食対象の主体は陸棲哺乳動物であったと推測されるが、(2)の食餌幅の拡大が極相期からの遺存種をも含めた大〜小型の哺乳動物のみならず、植物資源、水産資源、鳥類等にまでどの程度及んだのかについては定かではない。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、後期旧石器時代終末期(2.1〜1.0万年前)の北海道に展開した細石刃石器群を残した先史人の居住・移動・生業システムを、狩猟採集民研究の成果に基づいてモデル化し、統計学的手法を用いて検証した完成度の高い意欲的な研究である。

 北海道の細石刃石器群研究では、これまで多くの資料が蓄積されてきたが、北方特有の土壌擾乱現象に影響されて、文化の変遷と資料の一括性を保証する層位的出土例に乏しく、時空間の位置づけが従来困難であった。申請者は、技術形態学・型式論および年代測定値等の手法を用いて資料の有意な単位化を確定した上で、因子分析によってこの技術論的単位が同時に行動論的単位であることを明らかにし、この単位を用いて先史人の居住・移動・生業システムの歴史的変遷過程をモデル化することに成功している。

 第I章で問題の所在を設定した後、第II章以下で分析に着手する。北海道の地理的・地形的形成史を概観した後、細石刃石器群期の居住・移動・生業システムを規定した古環境と動植物・石材環境等の資源構造を記載している(第II章)。続いて、現在までに報告されているほぼ全ての資料を対象に、大別7細別14に資料群を区分し編年を行った(第III章)。道具と行動の関係に関する現生狩猟採集民研究(民族考古学)の理論モデル研究から、「道具多様性」「多用途性」「融通性」が居住・移動行動と強い関係性をもつことを見出し、資料群に見られるこれらの3側面を数値化して因子分析を行った。その結果前半期の集団は、居住地移動性が高く兵站的行動戦略を取らなかったため特定資源の開発(バイソン等の大型獣狩猟を想定)に収斂していたこと。一方後半期の集団は、居住地移動性が低くなり多角的な資源開発に有利な兵站的行動戦略へと次第に傾斜していたことを明らかにした。これは石材受給行動戦略においても検証されることから、蓋然性はきわめて高い(第IV章)。

 本論文は、北海道の細石刃石器群を行動論的に実証した初めての研究であり、論理展開と完成度の点できわめて高く評価することができる。地域ごとに叙述された居住・移動・生業システムがやや具体性に欠けることや、年代測定値に見られる間隙(1.85〜1.55万年前)の解釈が十分ではないこと等、不満を感じさせる部分もなくはないが、本論文の意義を損なうほどのものではない。

 以上より本委員会は、博士(文学)の学位を授与するにふさわしいと認めるものである。

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