学位論文要旨



No 119756
著者(漢字) 井原,亜紀史
著者(英字)
著者(カナ) イハラ,アキフミ
標題(和) のぞみ探査機搭載高エネルギー粒子検出器による磁気フラックスロープの大規模構造の研究
標題(洋) Global Structure of Magnetic Flux Ropes Based on Energetic Particle Measurements onboard NOZOMI
報告番号 119756
報告番号 甲19756
学位授与日 2004.11.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4596号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 早川,基
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 東京大学 教授 星野,真弘
 東京大学 助教授 齋藤,義文
 東京大学 主任研究員 島津,浩哲
内容要旨 要旨を表示する

 太陽フレアやコロナ質量放出現象に伴って惑星間空間ではmagnetic cloudが観測される。Magnetic cloudは地球で起こる磁気嵐の原因の1つとして挙げられており、従来からその空間構造を解明する試みがなされてきた。しかし、そのほとんどは衛星の1点観測から類推するものであり、magnetic cloudの大規模な空間構造については明らかにされていない。私はのぞみ探査機が観測した、太陽フレアに起因する高エネルギー粒子、惑星間空間磁場、及びACE衛星が観測した磁場のデータやWIND 衛星やULYSSES 衛星が観測した電波のデータを解析し、magnetic cloudの空間構造について研究を行った。その結果、経度方向120度に広がった大規模なロープ状のmagnetic cloudがその根元を太陽表面に接続したまま、惑星間空間を伝播している様子が明らになった。

 Magnetic cloudの磁力線の構造を研究するには磁場だけでなく、太陽起源の高エネルギー粒子を計測することが効果的である。我々はのぞみ探査機搭載高エネルギー粒子検出器Electron and Ion Spectrometer(EIS)を開発した。打ち上げ前に様々な地上試験を行い、性能評価、エネルギー補正を行った。また打ち上げ時の振動や音響に耐えうるEIS 用部品の開発を行った。

 太陽面爆発現象(太陽フレア)に伴って惑星間空間では高エネルギー粒子が検出される。私はのぞみ探査機搭載EISが1999年11月から2002年4月までの間に惑星間空間で観測した太陽フレアに伴う高エネルギー粒子のデータを統計的に解析した。その結果、太陽から1〜1.5天文単位離れたのぞみ探査機から見て、太陽の裏側で発生した太陽フレアであっても、のぞみ探査機に高エネルギー粒子が飛来しているという事実をつきとめた。これは太陽フレアに起因する高エネルギー粒子が磁力線を横方向に伝播し惑星間空間を広範囲に伝播していることを示唆する結果となった。

Electron and Ion Spectrometer(EIS)の開発

 のぞみ探査機に搭載した高エネルギー粒子検出器EISは数十keV〜数MeVの粒子線を弁別測定する装置であり、電子及び陽子を観測対象とするΔE-E検出部と重イオンを観測対象とするTOF-E検出部で構成されている(図1)。15Gを超える打ち上げ時の振動レベルや140dB を超える音響環境に無事に耐え抜き、宇宙空間で粒子の弁別やそのエネルギー測定を正確に行えるように、我々は打ち上げ前に様々な地上試験を行った。TOF-E検出部はTOF×E法という粒子弁別法を採用しているが、それに用いる2次電子放出用の炭素膜が60nmと非常に薄い。この薄膜の防音・振動対策や粒子の弁別能力の向上、各種パラメータの決定について力を入れて地上実験を行った。

 本研究ではmagnetic cloudと同時にEISが観測した100keV以上の電子のpitch angle異方性を利用し、magnetic cloudの空間構造を明らかにした。

のぞみが観測した太陽起源高エネルギー粒子の統計解析

 のぞみ探査機搭載EISが1999年11月から2002年4月までの間に惑星間空間で観測した太陽フレアに伴う高エネルギー粒子のデータ(図2)を統計的に解析した。その結果、太陽の裏側で発生した太陽フレアであっても、太陽の前面向かって高エネルギー粒子が飛来しているという事実をつきとめた。これは太陽フレアに起因する高エネルギー粒子が磁力線を横方向に伝播し惑星間空間を広範囲に伝播していることを示唆している。

Magnetic cloudの大規模構造(望み探査機及びACE衛星を用いた2点観測結果)

 2000年7月12日にコロナ質量放出現象を伴う太陽フレアが発生した。その2日後に太陽から1天文単位離れたのぞみ探査機及びACE衛星はmagnetic cloudを観測した(図3)。

 この日、別の太陽フレアが同じ活動領域で発生し、EISはそのフレアによって加速された高エネルギー電子(>100keV)を観測した。観測された電子のpitch angle分布からmagnetic cloudがその根元を太陽表面に接続している様子が明らかになった。また、のぞみ及びACE衛星が観測したmagnetic cloudの磁場をmodel fitした結果、ロープ構造をした大規模なmagnetic cloudが惑星間空間を伝播している様子が明らかになった(図4)。このように惑星間空間を経度方向(太陽からみて120度の範囲に)に広く分布したmagnetic cloudを観測から確かめた例は過去に無く、観測史上初で初めてである。

図1. Electron and Ion Spectrometer(EIS)の概略図

図2. EISが1999年11月から2002円4月までに惑星間空間で観測した電子及び陽子のフラックス

図3. のぞみが観測したmagnetic cloud及びWIND衛星、ULYSSES衛星が観測した電波(7/14/2000)

図4. 2点観測の結果から示される惑星間空間に広く分布するmagnetic cloudの大規模なロープ構造

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章よりなり、第1章は太陽表面における現象であるフレア、CME(Coronal Mass Ejection)、Magnetic Cloudに関する概説ならびに過去の観測例について、第2章は「のぞみ」衛星搭載高エネルギー粒子検出器(EIS)の構成及びその性能、地上での校正試験データについて、第3章はEISによってなされた太陽活動極大期における、惑星間空間での高エネルギー粒子観測全体についての特徴、特にIII型Radio Burstと高エネルギー粒子との関連について、第4章は複数衛星の観測による太陽から放出されたCMEの空間的規模の実証及び高エネルギー粒子を用いたCMEの空間的構造の新しい推定方法とその推定結果について、第5章では4章までで得られた結果についてのまとめが夫々述べられている。

 太陽表面からの構成物質の放出であるCMEは放出直後は太陽表面近傍の光学観測から緯度・経度方向に大きな広がりを持っている事が知られているが、その後の惑星間空間でのCMEの空間構造の規模については十分な観測データがなく、よく解っていない。また、CMEとともに惑星間空間に放出された磁力線が太陽表面とどの程度の時間繋がったままで居るのかなども理解されていない。

 CMEの構造を決めることは、数AUにわたるような大規模構造となるため、現在まで断片的な観測はあるものの、全体像をとらえることはできなかった。本論文第4章において申請者は、「のぞみ」が地球とは120度程度経度方向に異なる位置にいたときに「のぞみ」と地球近傍のACE衛星とで観測された磁場構造及び高エネルギー粒子、地球近傍のWIND衛星等による波動観測から「のぞみ」とACEの両衛星が同一のCMEに伴う磁場構造及び高エネルギー粒子を観測している例を2例示し、これにより、惑星間空間におけるCMEが経度方向に大きな構造を持ちうる事を示した。また、夫々の例についてCMEに伴う太陽からの高エネルギー粒子をトレーサーとすることにより、CMEが持つ磁場の空間構造情報を高エネルギー粒子データの伝搬時間から再構築する新しい手法を開発し、これにより初めて惑星間空間の衛星による直接観測によってCMEの構造を推定すると同時にCME のサイズを直接決定することにも成功した。さらに、惑星間空間に1 AU以上にもわたって広がっているCMEを形成している磁場が、発生から2日以上の長期にわたって太陽表面と接続していることを、CME発生の2日後に同地点でおきたフレアから放出された高エネルギー粒子をトレーサーとすることで、初めて観測的に直接証明することに成功した。これにより惑星間空間におけるCME観測に対して高エネルギー粒子をトレーサーとする新たな観測手法を確立した。

 なお、本論文第2章は、道家忠義、長谷部信行、菊池順、小林正規、前澤洌、永田勝明、坂口貴男、篠智彰、高島健、照日繁、柳町朋樹、Berend Wilken(物故)との共同研究であるが、TOF-E型検出器の重要な部分である薄膜カーボンフォイルに関して論文提出者が主体となって設計、開発、実験を行い、また粒子の検出効率の校正実験も論文提出者が主体となり行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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