学位論文要旨



No 119757
著者(漢字) 立石,陽子
著者(英字)
著者(カナ) タテイシ,ヨウコ
標題(和) イノシトール(1,4,5)三リン酸受容体のクラスター形成機序の解析
標題(洋) The Mechanism of Cluster Formation of the Inositol 1,4,5-Trisphosphate Receptor
報告番号 119757
報告番号 甲19757
学位授与日 2004.11.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2373号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 郭,伸
内容要旨 要旨を表示する

要旨

 カルシウムはセカンドメッセンジャーとして様々な機能を持つ。多くの細胞外刺激はG蛋白質共役型またはチロシンキナーゼ共役型受容体を介して細胞内のホスホリパーゼCに伝えられ、イノシトール(1,4,5)三リン酸(IP3)が産生される。このIP3は細胞内のカルシウム貯蔵庫である小胞体上のカルシウムチャネルIP3受容体を活性化し、カルシウム放出を引き起こす。IP3受容体からのカルシウム放出には様々なパターンがあり細胞内カルシウム・シグナルにおいて非常に重要な役割を担っていることが知られているが、このパターン形成の仕組みはまだ完全には解明されていない。数理理論によるカルシウム・パターン形成機序の解析では、IP3受容体の分布もカルシウム・パターン形成における重要な要因と報告されている。特に、十数から数十のIP3受容体がクラスター状に配置されていると仮定するとこの複雑なカルシウム・パターンの形成機序がうまく説明できるという。

 実際の細胞においてもIP3受容体が細胞内外の環境に応じてその局在を変化させることが報告されている。そのうちの一つとして、IP3受容体が細胞外刺激に伴う細胞内カルシウム濃度([Ca2+]C)上昇時にクラスターを形成することが報告されているが詳細は不明である。しかしこのクラスター形成は細胞外刺激依存的に引き起こされることから、細胞内シグナリングにおいて重要な役割を果たしている可能性が高い。

 今回私は、GFPを融合させたIP3受容体type 1(GFP-IP3R1)およびその変異体を用いて、IP3受容体のクラスター形成機序の解析を行った。

 GFP-IP3RとRFPを融合させた小胞体のマーカー蛋白質DsRed2-KDELをCOS-7細胞に発現させATP(Gq蛋白質共役型受容体のアゴニスト)刺激時の同時イメージングを行ったところ、IP3受容体のクラスターは刺激開始後1分程から現れ始め、刺激中は次第に大きなり、ATP除去後には速やかに消失することが観察された。更に、GFP-IP3Rと[Ca2+]Cの同時イメージングを行ったところ、[Ca2+]C上昇のピークは刺激後15秒以内であるのに対して、IP3Rのクラスターの数は多くの場合刺激後90秒以上にピークを迎えた。また、小胞体内のカルシウムを涸渇させた条件下で刺激をすると、カルシウム上昇を伴わなくてもクラスター形成が引き起こされた。これらの結果から、以前の報告ではカルシウム依存的とされていたIP3受容体のクラスター形成はカルシウムから二次的に引き起こされていることが推測された。そこで[Ca2+]C上昇時に活性化されるいくつかの分子の阻害剤の効果を調べたところ、ホスホリパーゼC阻害剤のみがIP3受容体のクラスター形成を阻害した。更に、GFPを融合させたpleckstrin-homology domain(GFP-PHD)によって細胞内IP3濃度変化を観察したところ、確かにIP3受容体のクラスター数の変化はGFP-PHDにより示された細胞内IP3濃度変化と類似していることが分かった。しかしながらIP3受容体のクラスター形成に必要な細胞内IP3濃度は、カルシウム放出を引き起こすIP3濃度よりもはるかに高濃度であることが推測された。

 IP3受容体の構造と機能についてはIP3受容体の特に、type 1(IP3R1)についてよく研究されており、様々な性質を持つ変異体が知られている。例えばIP3結合能を欠損した変異体(GFP-IP3R1-D610、GFP-IP3R1-ES、GFP-IP3R1-K508A)、IP3結合能を持つがチャネルの開口状態への構造変化ができない変異体(IP3R1-D223、IP3R1-C2613S)チャネルのポア部分の1アミノ酸を変えた為に開口状態への構造変化はできるがカルシウム放出ができない変異体(IP3R1-D2550A)といったものがある。これらを用いてクラスター形成に必要なIP3受容体の性質を調べた。その結果、IP3結合能を欠いたIP3受容体(GFP-IP3R1-D610、GFP-IP3R1-ES、GFP-IP3R1-K508A)は[Ca2+]C上昇下でもクラスターを形成しないことが観察された。このことはIP3結合がIP3受容体のクラスター形成に不可欠であることを強く示唆している。更に、IP3結合能は有するがカルシウム放出能を持たない変異型IP3受容体(GFP-IP3R1-D223およびIP3R1-C2613S)も[Ca2+]C上昇かつIP3存在下でもクラスターを形成しないことが分かった。しかしながら、IP3結合とそれに伴う構造変化は起こるがカルシウム放出を起こさない変異型IP3受容体(IP3R1-D2550A)はクラスターを形成した。以上の結果から、IP3受容体のクラスター形成はIP3結合とそれに伴う構造変化によって引き起こされるが、カルシウム放出は必要ないことが分かった。

 以上の結果から、IP3受容体は細胞外刺激に伴って細胞内IP3濃度が著しく上昇した際、受容体自体の開口状態への構造変化に伴い可逆的にクラスターを形成することが分かった。

 このようにIP3受容体の分布は細胞内カルシウム・シグナルにおいて重要な要因であると考えられているが、細胞外刺激に応じてその分布をダイナミックに変化させていることが分かった。このことはIP3受容体のクラスター形成が複雑なカルシウム・シグナルのパターン形成において重要な役割を果たしている可能性が高い。この機能を知るには更なる研究が必要であるが、このクラスター形成には非常に高濃度の(通常のカルシウム放出を起こすよりもはるかに多い)IP3が必要であること、IP3受容体が互いに距離をとって分布することはカルシウムによるIP3受容体の活性促進およびカルシウム・シグナルの細胞全体への拡大を阻害することなどから、IP3受容体に対する負のフィードバック機構、すなわち、カルシウムの過剰放出の抑制機構であることが可能性の一つとして考えられる。

 以上のようにIP3受容体のクラスター形成はカルシウム・シグナルにおいて重要な役割を担っている可能性が高く、また細胞内チャネルの細胞内動態という比較的新しい分野を進めて行く上でも今後の研究が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は細胞内カルシウム・シグナリングにおいて重要であると考えられるイノシトール1,4,5-三リン酸受容体(以下、IP3R)の細胞内動態、特に細胞外刺激時に観察されるクラスター形成の機序について解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.従来報告されていた、タイプ2およびタイプ3のIP3Rばかりではなく、強制発現させたIP3Rタイプ1(以下IP3R1)も細胞外刺激に伴い小胞体上で再分布し、クラスターを形成することが観察された。同様の現象はGFPを付加したIP3R1(以下、GFP-IP3R1)においてもGFP付加の影響もなく観察され、これを用いてIP3Rのクラスター形成機序の解析が可能であることが分かった。

2.従来、IP3受容体のクラスター形成は細胞内カルシウム濃度([Ca2+]C)上昇時に観察されていたことから、カルシウム依存的な過程と考えられていた。しかしながら、GFP-IP3R1および蛍光カルシウム指示薬fura-2を用いて[Ca2+]Cとの同時イメージングを行った結果、IP3受容体のクラスター形成は[Ca2+]C上昇に遅れて起こることが観察された。このことから、IP3受容体のクラスター形成は[Ca2+]C上昇によって二次的に引き起こされている可能性が考えられた。

2.COS-7細胞において約90秒の間隔で10 μM ATP(Gq共役型受容体アゴニスト)で刺激を行うと、2回目の刺激時には多くの場合小胞体のカルシウム涸渇により[Ca2+]C上昇が起こらない。この系を用いてGFP-IP3R1とfura2の同時イメージングを行ったところ、2回目の刺激時にカルシウム上昇が起こらないにも関わらず、クラスターが形成された。このことから、[Ca2+]CがIP3Rのクラスター形成を直接引き起こしているのではないことが分かった。

3.[Ca2+]C上昇時に活性があがることが知られている細胞内分子を標的とする様々な阻害剤を用いたところ、ホスホリパーゼC阻害剤およびGenisteinのみがIP3Rのクラスター形成を阻害した。GenisteinはG蛋白質(Gq)を阻害する事が報告されている事から、これらの薬剤はおそらくホスファチジルイノシトール4,5-ニリン酸の加水分解すなわちIP3およびジアシルグリセロールの産生を阻害したと考えられた。しかしながら、ジアシルグリセロールの重要な標的であるプロテインキナーゼCの阻害剤および賦活剤の効果は認められなかった為、IP3産生がクラスター形成に関与している可能性が示唆された。

4.GFPを付加したpleckstrin-homology domain(GFP-PHD)を用いて、COS-7細胞を10 μM ATPで刺激した際の細胞内IP3濃度変化を調べたところ、細胞内IP3濃度のピークはIP3Rのクラスター形成同様、[Ca2+]Cのピークに遅れることが分かった。

5.IP3R1側のクラスター形成において重要な役割を果たす部位を同定するため、様々な変異型IP3R1においてクラスター形成実験を行ったところ、IP3結合領域を欠失する変異体や、アミノ酸変異によりIP3結合能を持たない変異体はクラスターを全く形成しなかった。更に、IP3結合能はあるものの、カルシウム放出能を持たない変異体もクラスターを形成しなかった。しかしながら、チャネルのポア領域にアミノ酸変異を持ち、IP3結合能およびカルシウム放出能を持たないが開口状態への構造変化はできる変異体はクラスターを形成した事から、IP3Rのクラスター形成はIP3結合とそれに伴う開口状態への構造変化が必要であるがカルシウム放出自体は必要がない事が示唆された。

以上、本論文はGFP-IP3R1を用いてIP3Rのクラスター形成が、IP3結合とそれにともなう構造変化によって引き起こされる事を明らかにした。本研究は細胞内チャネルのリアルタイム・イメージングという新しい分野の研究であり、その結果、チャネル自体の構造変化依存的に可逆的に細胞内分布パターンが変化するという、細胞内チャネルの再分布機序に関する新しい知見が得られたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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