学位論文要旨



No 119758
著者(漢字) 鷲見,尚己
著者(英字)
著者(カナ) スミ,ナオミ
標題(和) 高齢患者に対する専門的退院支援スクリーニング票の開発と妥当性の検証
標題(洋)
報告番号 119758
報告番号 甲19758
学位授与日 2004.11.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2374号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 小林,廉毅
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 近年、高齢者の増加とそれに伴う医療費の高騰などの理由から、在院日数の短縮の流れが強まっており、2000年の介護保険制度導入に伴って高齢患者の在宅療養への早期移行が推進されている。その結果、退院後も医療ニーズの高い患者、継続看護や介護を必要とする要介護状態の患者が増加しており、病院は、適切な入院期間で医療サービスを提供するとともに、退院後も患者・家族が安心して療養できる環境を確保するために「退院支援」を適切に実施する必要があると考える。Naylor(1996)らは、退院に向けて医療・保健・福祉にわたる多面的な支援が必要な高齢患者に対する「退院計画(以下、退院支援)」は、在院日数短縮や医療コスト、再入院予防の面で効果的であると指摘している。欧米の多くの病院は、病院経営と在宅ケアマネジメントの観点から、退院支援を入院直後から積極的に実施しているが、わが国では退院支援への認識は高まりつつあるも、標準化された方策はまだない。多面的ニーズを抱える高齢患者が増加する現在、退院後の療養生活におけるQOL向上の側面からも、病院における退院支援への取り組みは非常に重要である。

 そこで本研究では、「専門的退院支援を必要とする高齢患者を把握するためのスクリーニング票」を開発し、妥当性を検証することを目的とする。ここで指す「専門的退院支援」とは、「院内で退院支援を専門的に行う部署およびそのスタッフによる、退院後の療養環境の確保・調整を目的とした地域サービスとの連携、転院・入所先の確保、情報提供を含めた相談業務、教育などの活動である」と定義し、従来、病棟看護師が個別に実施している退院支援とは区別する。なお、本研究は2段階に分けて行った。研究Iは「高齢患者に対する専門的退院支援スクリーニング票の開発」、研究IIは「高齢患者に対する専門的退院支援スクリーニング票の妥当性の検証」である。

研究I:高齢患者に対する専門的退院支援スクリーニング票の開発

I.方法

1.対象

 A大学病院老年病科病棟に2000年1月から2001年3月までに入院した65歳以上の全患者270名である。本研究を実施するにあたり、対象の診療科長、看護師長および退院支援専門部署の部会の同意を得て実施した。

2.調査内容および分析

1)Blaylock(1999)らが入院時スクリーニング基準に設定している、「身体機能」「精神機能」「家族構成や介護問題を含めた社会的問題」等を入院時点に把握し、χ2検定により専門的退院支援が必要な患者要因を抽出した。

2)抽出された専門的退院支援の実施と関連する患者要因を用いてロジスティック回帰分析を実施した。その結果に基づきスクリーニング項目の選定と項目の配点に重みを付け、「専門的退院支援スクリーニング票(以下、スクリーニング票)」を作成した。また、CHI-squared Automatic Interaction Detector(以下、CHAID)による分析から、患者要因と専門的退院支援との関連を検討した。

3)全対象患者のスコアリングとROC曲線を用いて「専門的退院支援の必要性:専門的退院支援あり、または専門的退院支援なし、かつ自宅外退院」を予測因子に設定しカットオフ値を検討した。

4)退院時状況(「専門的退院支援の有無」、「退院先」、「在院日数」)からカットオフ値を決定し、予測妥当性を検証した。

II.結果

1.スクリーニング項目の選定

 χ2検定の結果と先行研究での示唆を踏まえ、「退院後も継続する医療処置の有無(以下、医療処置)」「退院先希望」「ADLの自立度(移動・排泄)」「認知障害の有無」「家族構成」「家族介護問題」「介護保険認定状況」の7項目とした。

2.スクリーニング項目の配点とCHAIDの分析

 ロジスティック回帰の分析結果から、専門的退院支援の実施との関連が強い「医療処置」「自宅外退院希望」「家族介護問題」は、他項目より重みを付けた配点をした(スコア合計0-26点)。CHAIDによる分析では、「家族介護問題」「医療処置」「ADLの自立度」が専門的退院支援の実施と強く関連していた。

3.感度・特異度、カットオフ値の設定、退院時比較

 270名中、専門的退院支援の必要性ありは42名(専門的退院支援あり:40名、専門的退院支援なし、かつ自宅外退院:2名)である。スコア10点では、感度85.7%、特異度88.6%、陽性反応的中度58.1%である。10点以上には62名が該当し、専門的退院支援を受けた40名中35名、自宅以外へ退院した患者18名中15名が含まれていた(p<.001)。在院日数の長期化も認められた(10点以上患者:36.7±30.2 vs 10点未満患者:26.2±18.9 日)(p<.05)。よって、カットオフ値は10点が妥当と推察される。

III.考察

 本スクリーニング票は、専門的退院支援の必要性に対し、感度、特異度ともに85%以上であり、判定能力は評価できる。また、スコア10点以上の患者(以下、ハイリスク患者)は「実際に専門的退院支援を受けた」、もしくは「自宅外退院した」、「在院日数が長くなった」患者が有意に多い。これらの患者は「専門的退院支援の必要性の高い患者」であると考えられ、予測妥当性については評価できる。そこで、研究IIでは、複数の診療科の高齢患者を対象として、妥当性を検証する。

研究II:高齢患者に対する専門的退院支援スクリーニング票の妥当性の検証

I.方法

1.対象

 A大学病院の神経内科、糖尿病・代謝内科、アレルギー・リウマチ内科、老年病科、脳神経外科に2002年9-10月の2ヶ月間に入院した65歳以上の全患者108名中、承諾が得られた107名を対象とした。上記の5科は、A大学病院で専門的退院支援の実施率が高いことから本調査の対象科として選択した。

2.倫理的配慮

 事前にA大学医学部倫理委員会で承認を得た。研究者から入院時に全対象者に対し、書面と口頭で研究内容およびプライバシーの厳守等について十分説明し、同意書が得られた対象者のみに調査を実施した。

3.調査項目と分析

1)研究Iで開発したスクリーニング票を用いて全対象者のスクリーニングの実施(研究者)。判定結果は、病棟スタッフには通知せず研究者のみが把握した。対象者への専門的退院支援の実施は、従来の方法で実施した。

2)「専門的退院支援の必要性」に対するスクリーニング票の感度・特異度。

3)予測妥当性の検討:専門的退院支援実施の有無、在院日数、退院先の比較。

4)併存妥当性:ADL(移動・排泄)スコアとBarthel Index scoreとの相関。

5)スクリーニング判定結果と退院時、退院後患者調査:退院時点の不安、退院時期の認識、日本語版Client Satisfaction Questionnaire(CSQ-8)によるサービス満足度。退院1ヵ月後の、再入院/緊急受診の有無、新規の地域資源利用の有無、退院後の高齢患者の問題把握を目的にMistiaen(1999)らが開発したProblem After Discharge Questionnaire(PADQ)の調査項目を参考に、日常生活援助の必要性、欲しかった情報、身体的精神的問題の発生の有無を把握した。

II.結果

1.感度、特異度:107名中、27名(25.2%)が10点以上の患者に判別された。「専門的退院支援の必要性」ありは20名、スコア10点における感度は85.0%、特異度88.5%、陽性反応的中度63.0%であった。

2.予測妥当性:スクリーニングの結果、ハイリスク患者はローリスク患者に比べ専門的退院支援を受けた患者が多く(p<.001)、自宅外退院患者が有意に多かった(p<.001)。また、在院日数もハイリスク患者で有意に長期化していた(64.7±50.8vs33.3±29.1;p<.001)。

3.併存妥当性:スクリーニング票におけるADLスコアとBarthel Index Scoreには、高い相関が認められた(移動0.93;p<.001、排泄0.89;p<.001) 。

4.退院時、退院1ヵ月後調査:ハイリスク患者の方が、サービス満足度が低く(p<.05)、退院後に身体的(p<.01)、精神的問題(p<.001)の発生が多かった。

III.考察

 複数の診療科における高齢患者に対して、本スクリーニング票を用いてスクリーニングした結果、ハイリスクと判定された患者は、「入院期間の長期化」、「自宅外退院」、「実際に専門的退院支援を受けていた」の割合が有意に多く、予測妥当性において評価できると考えられる。「専門的退院支援の必要性」に対する感度、特異度ともに80%以上、陽性反応的中度63.0%であり、スクリーニングの判別能力も高いと評価できる。また、病棟看護師からは、入院時点で簡便に使用できると評価され、その有効性と利用可能性が高いと考えられる。

IV.結論

今回開発した高齢患者に対する「専門的退院支援スクリーニング票」は、専門的退院支援の実施、自宅外退院や長期入院などの専門的退院支援が必要な患者を判別することができると考える。また、スクリーニングという客観的指標に基づき、入院時点で簡便に専門的退院支援を検討できる点で利用可能性が高いと言える。対象者数および対象施設などの限界を有するものの、今までに高齢患者の専門的退院支援スクリーニングに関する報告はなく、今後の退院支援の方策の標準化と臨床的活用への意義が大きいと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、高齢患者に対する専門部署による専門的退院支援の必要性を判別するために、入院時に実施する専門的退院支援スクリーニング票を開発し、その妥当性を検証したものである。第一段階は、スクリーニング票の開発であり、A大学病院老年病科に入院した65歳以上の高齢患者(n=270)を対象に、専門的退院支援と関連する患者要因を抽出し、その関連の強さを基準に項目の配点に重みを付けた入院時スクリーニング票を作成した。第二段階は、スクリーニング票の妥当性の検証であり、同病院の複数科(内科系4科、外科系1科)に入院した65歳以上(n=107)の高齢患者を対象に、開発したスクリーニング票を用いてその妥当性を検討し、以下の結果を得ている。

1.高齢患者に対する専門的退院支援スクリーニング票の開発について

 専門的退院支援の実施と患者要因との関連、および先行研究の示唆を踏まえ「退院後も継続する医療処置の有無」「自宅外退院先希望」「ADLの自立度(移動・排泄)」「認知障害の有無」「家族構成」「家族介護問題」「介護保険認定状況」の7項目をスクリーニング項目に設定した。これらの患者要因を用いてロジスティック回帰分析を実施し、専門的退院支援の実施との関連の強さを基準にスクリーニング項目の配点に重みを付け、「専門的退院支援スクリーニング票(以下、スクリーニング票)」を作成した(0-26点)。さらに、CHI-squared Automatic Interaction Detector(以下、CHAID)による患者要因と「専門的退院支援の必要性(『専門的退院支援の実施』、または『専門的退院支援なし、かつ自宅外退院』)」との関連を検討した結果、「家族介護問題」「継続する医療処置」「ADLの自立度」との強い関連が認められ、スクリーニング項目の配点の重み付けには一定の妥当性があると考えられた。

 スクリーニング票のカットオフ値は、「専門的退院支援の必要性」を予測因子に設定し、ROC曲線を用いて検討した。270名をスコアリングした結果、専門的退院支援の必要性がある患者は42名(専門的退院支援あり:40名、専門的退院支援なし、かつ自宅外退院:2名)であり、カットオフ値10点の場合、感度85.7%、特異度88.6%、陽性反応的中度58.1%であった。また、10点以上には62名が該当し、専門的退院支援を受けた40名中35名、自宅以外へ退院した患者18名中15名が含まれ、在院日数の長期化も認められた(10点以上患者:36.7±30.2 vs 10点未満患者:26.2±18.9 日)。以上より、カットオフ値は10点が妥当と推察された。

2.高齢患者に対する専門的退院支援スクリーニング票の妥当性について

 開発したスクリーニング票を複数の診療科に入院した高齢患者107名に使用した結果、「専門的退院支援の必要性」に対する感度は85.0%、特異度88.5%、陽性反応的中度63.0%であり、本スクリーニング票の開発段階における結果とほぼ同等(感度85.7%、特異度88.6%、陽性反応的中度58.1%)であった。また、陽性反応的中度が上昇している点は評価に値すると考えられた。

 入院時のスクリーニングにより、スコア10点以上の患者群は、スコア10点未満の患者群に比べ、退院時点において「専門的退院支援を受けた」「自宅外退院」「在院日数の長期化」という特徴が認められたことから、開発したスクリーニング票の予測妥当性については評価できると考えられた。また、スクリーニング票におけるADLスコアとBarthel Index Scoreの間には高い相関があり、併存妥当性も認められた。退院時および退院1ヵ月後の調査より、スコア10点以上の患者群は、退院後に身体的、精神的問題の発生が多いなどの特徴が認められ、専門的退院支援の必要性が高い患者であったと推察された。また、本スクリーニング票は、入院時点で比較的容易に把握できる内容で構成されており、簡便性と利用可能性が認められた。

 以上、本論文は、日本における専門的退院支援の必要性が高まっている近年、特に専門的退院支援の必要性が高い高齢患者を対象に、専門的退院支援の必要性を判別する入院時スクリーニング票を開発し、その妥当性を検証した。これまで、日本においてスクリーニング票の妥当性を検証した報告がない中で、専門的退院支援と患者・家族・社会的要因との関連からスクリーニング項目を検討し、スコアリングにより専門的退院支援の必要性が判別可能なスクリーニング票を開発し、その妥当性を検証した点で独創的である。また、専門的退院支援において入院時スクリーニングという新しい退院支援の方策を検討したことは、院内連携や地域連携の促進を図る退院支援システムの構築と、さらには対象者への継続ケアの保証と療養生活のQOL向上に寄与するという点で、臨床的および看護実践上の有用性をも兼ね備えており、学位の授与に値するものと判断される。

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