学位論文要旨



No 119762
著者(漢字) 金,宇征
著者(英字)
著者(カナ) キム,ウジョン
標題(和) ASTRO-F搭載近赤外線カメラの光学性能評価及びSPITZERとASTRO-Fによる系外銀河ディープサーベイ
標題(洋) Optical performance evaluation of Near InfraRed camera (NIR) on board ASTRO-F and Deep Extragalactic Survey with SPITZER and ASTRO-F
報告番号 119762
報告番号 甲19762
学位授与日 2004.11.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4597号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 土居,守
 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 助教授 小林,尚人
 東京大学 教授 小林,行泰
 国立天文台 教授 有本,信雄
内容要旨 要旨を表示する

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部にて2005年打ち上げを目標に開発されている日本初の赤外線天文衛星ASTRO-Fは中間-遠赤外線 (10~170μm) サーベイ観測及び2~26μm波長帯でのディープなポインティング観測を主な目的としている。本研究はASTRO-F搭載観測機器の一つであるIRC(InfraRed Camera)の近赤外線チャンネル(NIR)に対する極低温環境下での単体光学性能評価を主な目的としている。

 NIRは512×412素子の宇宙仕様としては大規模アレイ検出器を採用することにより、10'×9.5'という広視野を3枚の撮像フィルターにより撮像観測するとともに2種類の分光素子を利用したスリット及びスリットレス分光観測をも可能にした。赤外線観測機器は自らが放つ熱雑音を抑えるため極低温(~6 K)で運用されるため打ち上げ前の地上性能測定もすべて極低温環境下で行った。日本初の宇宙仕様二次元近赤外線カメラとなるNIRは撮像10項目、分光3項目に対して性能評価を行った結果、 撮像モードの横倍率及びDistortionは使用どおりの結果を得ることが出来た(1:1.017 と1%)。軸上色収差、Point Spread Function, Encircled Energyに関しては仕様より劣化している結果が得られた(それぞれ88μm が 300μm、~1pixelが>1pixel、80%EE半径~1pixelが>1pixel) がこのような劣化は望遠鏡装着時には結像性能に影響を及ぼさない事を確認した。また、ビームスプリッター内の二回反射によるゴースト像(正像に対して1%のエネルギー比)の発生及び撮像視野が仕様に対し若干狭くなる事が(10'×10'が10'×9.5')確認されたが観測機器としての性能には問題無いレベルであった。 感度特性に関してはN2バンドの短波長側で透過率の劣化が見られたもののN3とN4バンドは予想通りの感度特性を示した。 プリズムとグリズムによる分光モードは波長対イメージ位置、線分散、相対波長感度特性に関して定量的な測定を行った。 以上のような光学調整、性能評価をえて最終的にNIRは単体としては回折限界の性能をもつ観測機器として仕上がった。

 NIRを含む3つのチャンネルで構成されているIRCは2~26μm波長帯に対し波長の切れなく7点の観測データを得ることが出来る。このようなIRCの特徴を最大に生した観測計画の有効性を見出すため、我々はすばる望遠鏡によるR-band及び、Kp-bandの観測データにアメリカの赤外線天文衛星であるSPITZER/IRACの4バンド及びMIPS24μm観測データ計7波長での観測データを用いこれらのデータから暫定的ではあるが、赤方偏移(z)2.3~2.4に位置する塵に埋もれた星生成銀河(Dusty Starburst Galaxy:以後DSG)を4天体抽出した。これらはすべて24μm(120μJy/3σ)で受かっていることから7.7μmPAH(Polycyclic Aromatic Hydrocarbon)の放射による可能性が高いこと、また同じz=2.3~2.4に位置するDSGsと活動銀河核(AGN)が8μmまでは似たようなSpectral Energy Distributionを持つことから現在のサンプルに欠落している8~24μm間を含むASTRO-F/IRCによるデータ取得が重要であることを示した。

 ASTRO-Fによるディープサーベイは星生成史の解明に重要な結果をもたらすことが大いに期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなる。第1章は、イントロダクションであり、宇宙航空研究開発機構(JAXA)によって2005年打ち上げを目標に開発されている日本初の赤外線天文衛星ASTRO-Fについての概要と期待される性能および成果が記されている。第2章は論文提出者が性能評価を行った赤外線カメラIRCの設計や構造について書かれている。第3章は本研究の主題である、IRCの近赤外線チャンネルの性能評価について、具体的に方法や結果が記述されている。第4章は論文全体のまとめである。また附録として米国の赤外線天文衛星SPITZERや日本のすばる望遠鏡を用いた遠方の銀河の赤外線観測の例を記している。

 さて天体からの電磁波は、天体の種類や現象によって重要な波長帯は異なるが、その中にあって赤外線の波長帯は比較的低温の天体や塵に覆われた天体、あるいは恒星等の光が宇宙膨張による赤方偏移で赤外線領域に入ってくる遠方の天体の観測などにおいてたいへん重要である。しかしながら地上からは地球大気のため、限定された波長域(『大気の窓』)でしか観測できず、また観測できる場合にも、大気の放射等によって雑音が増し、感度の高い観測を行うことが難しい。一方地球大気の外に衛星望遠鏡を打ち上げれば、望遠鏡が比較的小型であっても、天文学の最新かつ重要な成果を出すことが可能である。

 ASTRO-Fは、このような背景のもとでJAXA宇宙科学研究本部で開発されてきた日本最初の赤外線衛星であり、口径68.5cmの冷却型望遠鏡を有する。ASTRO-Fは観測装置としては遠赤外線観測装置FISと中間・近赤外線観測装置IRCを搭載する。IRCは近赤外線カメラNIR、中間赤外線装置MIR-SおよびMIR-Lに分けられる。論文提出者はNIRおよびMIR-Sの性能評価を行ったが、これらの装置の覆う波長帯は、例えば遠方の銀河、特に大量の塵を含む爆発的星生成中の銀河や活動銀河核を研究する上でたいへん重要となる。

 世界的にみると現在ではNASAが2003年夏に打ち上げた口径85cmのSPITZER宇宙望遠鏡が唯一赤外線での暗い天体の観測を行っており、様々な観測結果が発表されつつある。論文提出者は第一章で、SPITZER望遠鏡で観測された赤外線源をすばる望遠鏡の近赤外線カメラCISCO等で追加観測を行った結果などから、一連の興味深い遠方銀河の正体を解明していく上でSPITZER望遠鏡では観測できない8μmと24μmの間の波長域が鍵となりうることを指摘している。この波長域はASTRO-FのIRCで観測できる波長帯であり、本論文におけるIRCの性能評価の重要性を天文学的見地から裏付けている。

 論文提出者はIRCのNIRおよびMIR-Sの光学部分の性能評価を中心的に行ったが、本論文はそのうちの日本初の宇宙仕様二次元近赤外線カメラNIRにおける極低温(約10K)環境下での性能評価の記述が中心となっている。NIRでは撮像で10項目、分光で3項目の評価を行った。

 撮像性能の評価においては先ずハルトマンテストと呼ばれる手法を用いて、バンドごとの焦点位置を測定し、設計では予定していなかった色収差が生じていることを見つけ、原因を極低温でのGeとSiの屈折率が約1/1000だけ予想と異なっているためであると推定した。幸い望遠鏡と組み合わせた時には光学性能の劣化はほとんど見られない範囲に収まるよう調整できることが分かった。調整後ピンホール等を用い点源の撮像性能を視野全体で調べる検査を行い、様々な視野における像が仕様の範囲に収まることを確認した。カメラの横倍率や歪曲についても仕様を満たしていることを示した。またビームスプリッターにより本来の像と別の位置に0.7%程度の割合の虚像(ゴースト)が生じていることを見つけ、位置や量を定量化した。またバンドにより、視野が5-7%、当初設計より狭くなることも示したが、赤外線カメラとしては十分広視野であり問題ないと判定した。また波長感度特性や絶対感度についても評価を行った。さらに分光素子(プリズムおよびグリズム)についても評価をおこなった。こうした一連の評価と調整の段階を経て最終的にNIRは宇宙に打ち上げるのにふさわしい高い性能をもつことを示した。

 本論文の主要部分はNIRの光学性能評価であり、特に近赤外線チャンネルの評価について詳細な記述を行っている。項目は多岐に渡り、また低温の装置故の困難も存在したが、工夫によって必要な項目をすべて行っており、ASTRO-Fの総合性能評価の重要な部分を担っている。ASTRO-Fの赤外線天文学における役割と今後の赤外線天文学の発展に鑑みる時、本論文で評価された総合性能は世界的にみて極めて重要な情報であり、ASTRO-F打ち上げ後すぐ重要な観測が行えるよう、打ち上げ前に世界に向けて公表されるべきものである。

 なお、本論文の中心である第3章は、松原英雄氏、和田武彦氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および評価を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。また論文提出者はASTRO-Fを用いて遠方銀河の研究を進める準備として既存の観測装置を用いての観測研究を進めている。これらは論文提出者が単に観測装置開発者としてではなく、天文学の研究者としての素養が十分であることを示すものである。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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