学位論文要旨



No 119763
著者(漢字) 木村,淳
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ジュン
標題(和) 氷衛星の内部構造進化と応力史についての研究
標題(洋) Tectonic History of the Icy Satellites : Discussions on the Internal Evolution and its Surface Manifestation
報告番号 119763
報告番号 甲19763
学位授与日 2004.11.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4598号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 本田,了
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 教授 佐々木,晶
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 助教授 阿部,豊
内容要旨 要旨を表示する

 氷を主成分の1つに持ち,木星型惑星の衛星の大部分を占める氷衛星は,表面に様々な地殻変動の痕跡を残しているものが多く,幅広い外見的多様性を示す.この多様性が氷という身近で単純な物質で作り出されていることに注目し,氷衛星での様々な活動に対する氷(H2O)の役割を考えることが,地殻変動の要因や進化を論じる上で最も重要となる.本研究では氷衛星における地殻変動の原因を解明すべく,応力源として液体H2O の固化とそれに伴う体積変化に注目し,氷地殻に生じる造構応力の定量的評価を行った.本研究では多くの氷衛星を,内部で低圧相の氷だけが出現するケースと,サイズが大きく高圧相の氷も出現するケースの2つに分類し,そのサンプルとして衛星エウロパとガニメデをモデルとした計算を行った.

 氷衛星の表面に見られる地殻変動の痕跡の例として,帯状の地形や亀裂の存在が主に挙げられる.その地形学的特徴から,これらの地形は引張応力を受けた表面が開裂し,表面拡大を伴って形成したと考えられている(図1).一方で,表面積の増加を補償するような表面収束域はほとんど確認されていないことから,表面拡大地形の存在は,内部の体積変化が起こったことを示唆している.

 過去の研究では,地殻変動の応力源としていくつかのプロセスが議論されてきた.第一に,木星との潮汐相互作用による変形で生じる応力[Greenberg et al. 1998, Harada 2004]と,第二に氷地殻内で生じる固相対流運動による応力である[Squyres and Croft, 1985, McKinnon, 1998].これらはいずれも,最大でも約0.1MPa程度と見積もられた.また衛星内部の体積変化という点に注目すると,内部分化や温度変化による熱膨張で有意な応力が生じるとも考えられる.しかしこれらは衛星史の初期にのみ発生,卓越するイベントと考えられ,エウロパの表面年齢が数千万から一億年であることを鑑みると,現在我々が目にする表面地形の形成には寄与しないと言える.地殻に発生した応力に対し地殻変動の可否を論じる際には,氷の引張応力に対する強度との比較が1つの指標となる.この強度は実験によって約1~10 MPaとされることから[Hobbs, 1974, Arakawa and Maeno, 1997],予想される応力では地殻変動が生じないことになり,この応力不足の問題は未解決のまま残されてきた.

 これを解決するために,本研究では別の応力源として,氷衛星内部の液体H2O の固化とそれに伴う体積変化に注目した.エウロパ程度のサイズを持つ氷衛星では,集積直後にH2O が岩石から分離し液体層を形成すると考えられている[Lunine and Stevenson, 1982; Kuramoto and Matsui, 1994].この液体層が衛星の冷却とともに固化し低圧氷に相変化する際に,約10%の体積増加をもたらす.このプロセスはこれまで地殻変動の要因として重要視されながらも,その具体的な見積もりはほとんど行われてこなかった.

 氷衛星における液体H2O の固化は,その現象のタイムスケールが非常に長いため,応力の評価を行う際には氷の粘弾性的な挙動を考慮する必要がある.本研究では発生する応力の蓄積と緩和の競合を考え,表面における造構応力の定量的評価とその時間変化を調べた.また,造構応力の見積もりにおいては液体H2O の固化速度は重要なファクターとなるので,これを内部熱史の計算から制約し,応力の計算にカップリングさせた.

 造構応力の計算においては,まず一次元球対称の殻問題を考える.単位時間あたりの液体H2O の固化によって内部に生じる過剰圧を求め,それを境界条件として地殻の造構応力場が計算される.これに対応原理を適用して応力場の時間発展の式を導き,氷地殻での応力状態を見積もった.計算に際しては,氷の融点粘性率(氷地殻の熱輸送効率,すなわち液体層の固化速度を支配),および表面での粘性率(応力の緩和速度を支配)に不確定性が大きいため,本研究ではこの2つをパラメタとし,依存性を調べた.

 まず熱史計算の結果によると,エウロパでは最近20億年間において液体層がゆっくりと固化するステージが見られ,現在も液体層を保持する状態が得られた(図2).これは液体層が固化すると液体層の温度差が大きくなり,かつコアが液体層を直接暖めているので,液体層内の対流がコアの熱を効率よく運び,氷地殻の成長を妨げているためと考えられる.これは氷の粘性率が持つ不確定性に関わらず,同様の傾向が得られる.ここで,エウロパの表面年齢はクレータ年代学から数千万年から数億年とされるため,応力の評価においては熱史初期の液体層固化ステージは現在の地形形成には寄与しないとし,棄却した.

 これを踏まえて氷地殻の造構応力を見積もると,表面で生じる引張応力が氷の強度を上回るケースが存在し,応力源として充分な寄与を果たすことが分かった(図3).本プロセスはエウロパにおける地殻変動の有効な応力源となり得ることが明らかとなった.

 一方で衛星ガニメデでは,コア表面において高圧相の氷の層が出現する.内部液体層はこの高圧氷層と氷地殻との同時成長によって急速に固化が進み.最終的に数億年で完全に固化してしまう(図4).これは,高圧氷層があるためにコアからの熱が液体層に十分に輸送されないことが主な原因と考えられる.このようなガニメデの熱史に対しては,氷地殻では圧縮性の応力が発達する(図5).液体H2O から高圧氷へと相変化する際には体積の減少を伴うため,ガニメデの地殻応力史は体積増加を伴う氷地殻の成長との競合によって支配される.ガニメデでは氷地殻に比べて高圧氷層の成長の方が早いため,衛星全体として体積が減少することになる.これに対し,ガニメデでは圧縮力を起源とする地形は見つかっていないことを鑑みると,内部液体層の固化ステージは現在目にする地形の形成には寄与していないか,もしくは圧縮性の地形は実際に存在しているものの,画像解像度が原因で識別されていない可能性が考えられる.

 以上,本研究では液体H2O層の固化と体積変化がもたらす造構応力の定量評価を行い,エウロパにおいては地殻変動の発生に充分有効なプロセスであることを明らかにした.液体層の固化による応力は等方的な性質を持っている.一方で一部の地形は,潮汐変形による応力の表面パターンに一致するという特徴を持っている.このことから,液体層の固化により生じた体積変化は,応力を氷の強度まで引き上げる"ベースアップ"効果を担い,一方でより短周期の変形である潮汐変形や地殻内対流は,実際の地形の形状や方向性を決定づける"トリガー"としての役割を持つと推測される.

 2011年より開始が予定されているJupiter Icy Moons Orbiter ミッションでは,木星系衛星表面の高解像度マッピングや,地殻透過レーダーによる氷地殻厚さ測定などが行われる予定である.これによって,エウロパやガニメデにおける表面拡大地形の全球分布が判明し,さらに詳細な地形学的特徴が捉えられれば,本研究のモデルをより定量的に評価することが可能となる.

図1.(a)ガリレオ探査機が撮影した,エウロパに見られる典型的な表面拡大地形.多数の暗灰色の帯状地形が表面を切っている[Tufts et al., 2000].(b)帯状地形を除去すると周辺の地形が明瞭に復元されることから,帯状地形の存在は表面積の増加を示唆している[Sullivan et al., 1998 より].

図2:融点粘性率が1015Pas の場合の,エウロパ氷地殻・内部液体層境界面の位置変化.

図3:エウロパ内部液体層の固化が図2のように進行する場合の,表面における引張応力の時間変化.氷地殻の融点粘性率は1015Pas.曲線は,上から表面粘性率が1027~1023Pasの場合.

図4:融点粘性率が1015Pasの場合の,エウロパ氷地殻・内部液体層境界面の位置変化.

図5:液体層の固化が図4のように進行する場合の,表面における引張応力の時間変化.氷地殻の融点粘性率は1015[Pas].曲線は,上から表面粘性率が1027~1023の場合.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,太陽系の外惑星系に特徴的に存在する氷衛星に見られる地殻変動の痕跡がどのように形成されたのかという問題について,熱史に従った内部構造進化とそれに伴う地殻応力史を理論的アプローチによって解明したものである.

 ボイジャーやガリレオ探査機による外惑星系の調査によって,氷衛星には地殻変動の痕跡が多数発見された.代表的な氷衛星である木星の衛星エウロパやガニメデに対しては,近年の調査によって詳細な地形学的特徴が明らかとなり,主に亀裂や断層などの伸張応力に伴い形成した地形が表面を覆っていることが分かった.氷衛星における地殻変動の発生源は長年にわたり大きな未解決の問題であり,様々な応力源が議論されてきたが,個々にはいずれも不十分とされてきた.本論文は応力源として液体層の固化現象に着目し,内部熱史の進化と関連づけた地殻応力計算の数値シミュレーションを行うことによって,この現象が氷衛星の地殻変動に重要な役割を果たすことを初めて見出したものである.

 本論文は全8章から構成されている.第1章は序論であり,研究の背景や氷衛星での地殻変動とその応力源に関するこれまでの理論的研究の問題点をまとめたものである.また氷衛星を特徴づけるH2O 氷の物理的特性を概説し,内部液体層の固化に着目した本研究の位置づけと意義を述べている.

 第2章では,本研究で氷衛星の代表例として扱う木星の衛星エウロパとガニメデに関する観測的事実を概説している.これらは内部構造進化や応力史の数値計算に対する制約条件として用いられる.

 第3章では,内部液体層の固化に伴う氷地殻応力の計算手法について説明している.氷地殻は球対称な均質構造を持つとして取り扱い,内部の熱的条件の変化に伴う氷地殻厚さの変化量が与えられた場合の氷地殻応力が解析的に導かれる.H2Oの相変化には体積変化が伴うため,内部には過剰圧が発生して氷地殻に応力が発生する.相境界面における圧力平衡を考えることによって内部過剰圧と氷地殻応力場が定式化される.さらに粘弾性体の解を導き,氷地殻厚さの変化量を逐次的に与えることによって,氷地殻応力の時間発展計算を可能にしている.これにより,内部熱史と応力史をカップリングさせた手法が確立されている.

 第4章では,氷衛星の内部熱史および構造進化に関して本研究で用いたモデルが説明されている.エウロパやガニメデサイズの氷衛星は衛星形成時に岩石成分と氷成分の重力分離が起こり,岩石質のコアを液体水の層が覆う構造が達成されたと考えられている.本研究ではこれを初期条件とし,液体層の固化現象や内部の温度構造の変化を追跡している.

 第5章では,数値計算の結果を示したものである.第一に氷衛星内部の熱的進化に関して氷の融点粘性率の不確定性を鑑みた計算が行われている.その結果.エウロパの液体層は固化が比較的ゆっくり進行し,現在も液体層が保持される.これは固化で生じる氷Iの融解曲線が負の勾配を持つ特性や,氷地殻に働く潮汐発熱の効果によるものである.一方ガニメデでは,液体層の固化が氷地殻と高圧氷層の同時成長によって進行し,数億年で完全に消滅する結果となった.これは岩石コアを覆う高圧氷層がコアからの熱の緩衝材として働くためである.またこの結果から氷地殻の応力史が見積もられる.エウロパにおいては液体層の固化に伴い大きな体積増加が生じ,表面で発生する引っ張り応力は従来考えられていたどの応力源よりも大きく,氷の強度を上回るケースも存在し,従って,液体層の固化がエウロパの地殻変動に対して極めて重要な寄与を果たすことが明らかになった.一方ガニメデは,相変化によって体積減少を伴う高圧氷層の成長が大きいため,表面では大きな圧縮応力が発生することが明らかとなった.このことから,ガニメデ表面で見られる伸張性地形は液体層の固化現象とは別のプロセスによって形成したことが示唆される.

 第6章では結果に対する議論として,本研究で扱った応力源がエウロパの地殻変動に与える役割や,ガニメデの地殻変動に関して残された問題点が整理されている.

 第7章では,本研究で考慮しなかったが影響を与え得る様々な要素に関する議論や,他の主要な氷衛星に対する示唆,将来の方向性が議論されている.

 第8章では本論文の結論がまとめられている.

 この論文は,氷衛星における地殻変動の原因としてこれまで具体的に扱われることのなかった液体層の固化現象に着目し,内部構造進化とカップリングさせた地殻応力計算モデルを定量的に構築した画期的なものである.また氷衛星の熱史と地殻応力史の両者に関して一貫した結果を得たことは特筆すべき点であり,これまでにない新たな成果として高く評価される.従来外惑星系の研究は観測量が少なく,定性的な議論が多い中で定量的な応力値,粘性率,形成年代を与えた本研究は,今後の氷衛星探査へ具体的な指針を与えた.その結果は氷衛星の進化という重要な問題に対して新しい知見・展望をもたらしたものであり,博士取得を目的とする研究として十分であると審査委員会一同が確認した.

 なお,本論文は東京大学地震研究所の栗田敬教授との共同研究であるが,論文提出者が主体となってモデル構築・実験・解析を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.従って,博士(理学)を授与できると認める.

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