学位論文要旨



No 119764
著者(漢字) 高嶋,晋一郎
著者(英字)
著者(カナ) タカシマ,シンイチロウ
標題(和) 部分溶融体のダイナミクスに関する実験的研究
標題(洋) Experimental study on the Dynamics of the Partially Molten System
報告番号 119764
報告番号 甲19764
学位授与日 2004.11.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4599号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳥海,充弘
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 佐野,修
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 助教授 岩森,光
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 部分溶融体は固体とそれが融解してできた液体の混合体である。この物質状態は地球内部でその活動が活発な場所に現れる。現在では、中央海嶺直下、火山体下部、コア・マントル境界のD"層、内核・外核境界に存在し、地球形成初期では、地球はマントル規模で部分溶融していたと考えられている。部分溶融体は物性の大きく異なる固体と液体の混合体であるので、これが示す物性は極めて複雑である。また一方で、このような物質状態は外からの刺激に対して安定には存在し得ず、時間が経つと両者は分離する。例えば地球のような重力が働く場では、固液間に密度差があるので、両者は分離する。重力以外にも、外からの応力や固液間化学反応でも分離してしまう。この固液分離過程は地球内部での物質分化や熱輸送を効率的に進める過程である。

 固液分離過程に関する研究はこれまで数多くなされてきたが、その研究はどれもメルトフラクションの小さな領域(このとき部分溶融体は基本的に固体として振る舞う)のみを扱い議論されてきた。しかし、固液分離が進めば部分溶融体の中には高いメルトフラクションの状態を経験するものが現れる。この状態での部分溶融体の挙動は極めて複雑であるが、このときの部分溶融体の構造安定性に関しては、十分に研究されてこなかった。本研究では、部分溶融体のアナログ物質を用いた室内実験的手法でこの問題を扱った。

 本研究は2つの部分に分けられる。部分溶融体の構造安定を制御する要因を見つけるためのレオロジー測定と、重力が効く場での部分溶融体の構造安定・不安定を調べるための研究である。

実験手法

・アナログ部分溶融体のレオロジー測定

 部分溶融体のアナログ物質として、非常に柔らかいゲルと粘性流体の混合体を用いる。両者の密度はそろえる。これを共軸円筒型の装置に詰める。内側の筒を回転させて試料を変形させ、流動状態を観察する。

・重力場での固液分離

 直方体の容器(容器A)にゲルと粘性流体を詰める。両者の密度は同じにする。別の直方体の容器(容器B)にゲル+粘性流体より大きな密度の粘性流体を詰める。容器Aの上に容器Bを載せる。容器Bの底にはシャッターがあり、それを開けることにより、重い液体が下の混合体の中に浸透していく。このときの重い液体のパターンとゲルの動きを観察する。

結果

・アナログ部分溶融体のレオロジー測定

 この混合体には降伏応力があること、降伏応力が固体割合と共に増加することがわかった。降伏応力を超える応力が加わると、混合体は流動する。この状態では、流動の進行と共に固体相の速度分布が変化することがわかった。応力が大きい内筒付近で固体相の速度は増加し、応力の小さい外筒付近でその速度は減少する。得られた速度分布をもとに粘性率分布を調べた。粘性率分布も流動の進行と共に変化し、粘性率分布の不均質が成長することがわかった。内筒付近で粘性率は減少し、外筒付近で逆に増加する。この粘性率分布、速度勾配分布をもとに、混合体でのエネルギーの散逸率を調べた。流動が進むと、系は散逸率が小さくなる状態に進化することがわかった。流動に伴うこの内部構造進化は内部構造変形とレオロジーのカップリングが生み出したと考えられる。これらの結果は、混合体の構造安定を制御する要因は降伏応力であり、流動が起きると混合体では固液分離が進行することを示唆している。

・重力場での固液分離

 重い液体浸透の初期、重い液体はゲル粒子間を浸透流という形で移動していく。重い液体の浸透を受けたゲルは、密度差のために上に動く。このとき固体相の流動は起こらない。浸透が進むと一部のゲルが下向きに動き始める。このゲルが動き始めた領域では、ゲルの動く速度が増し、流動が進む。それと共に重い液体もその領域に集まり始める。最終的に、固体の流動が起きる領域の下は、その上の領域よりも重い液体の分布が不均質になる。重い液体の密度・粘性率・固体割合を変えたパラメータスタディの結果、ゲルの流動を決める要因は降伏応力であることがわかった。また、流動後に形成される不均質の波長が、重い液体が浸透した層のうちで流動をしている領域(流動層と定義する)の厚さと良い相関があることがわかった。この系で得られる、流動層の厚さと不均質の波長の間に成り立つ関係を、液体系のRayleigh-Taylor instabilityと比較すると、固液混合系での不均質形成は液体系のRayleigh-Taylor instabilityで近似できることがわかった。不均質の波長は、重い液体が浸透流として移動する速度と混合体がダイアピルとして移動する速度の競合で決まることがわかった。

議論

 2つの実験いずれにも共通していることは、固液混合体の構造の安定性を支配する要因が降伏応力であることである。この降伏応力がマントル部分溶融体でどのくらいになるかをスケーリングによって推定した。その結果、固体割合で50%から75%の間では、10^3Paから10^6Pa程度であることがわかった。一方マントル部分溶融体に働く応力は平均で10^5Paである(局所的にはモット大きい値をとる)ので、現実の部分溶融体でも上記のような大きな固体割合で流動化が起きることを示している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は地球内部に普遍的に存在する部分溶融状態のレオロジー、及びそこで進行する固液分離過程を取り扱ったものである.部分溶融状態での固液分離過程は地球の化学的・熱的進化を大規模かつ効率的に制御している過程であり、地球の進化を考える上で鍵となっている.これまで、数値シミュレーション、高圧実験、岩石学、及び地震学的手法等を用いて研究がなされてきたが、その性質には未解明の部分が残されている.特に固体的性質から液体的性質ヘ移行する中程度の液体割合の領域での物性の挙動の理解が遅れている.本研究はアナログ実験によって、中程度液体割合を持つ部分溶融体の応力下と重力下での挙動を調べたものである。

 本論文は6章から構成される。第1章・第2章は導入部で、部分溶融体・固液複合体に関する過去研究の成果、これまでに提唱されている固液分離過程等を述べ、本研究の目的をまとめている。第3章では、アナログ実験の重要性・アナログ物質の作成方法・実験手法を述べている。本研究では極めて柔らかな有機ゲルと粘性流体の混合物を地球内部の部分溶融体のアナログと見なし、実験を行っている。第4章は実験結果が述べられている。第5章では、実験結果に基づいて地球内部の部分溶融体の性質が議論されている。第6章は結論部である。

 第4章の実験結果は2つの節から成り、前半は応力下での挙動、後半では重力の効果を調べたものである。応力下における挙動を調べる実験(レオロジー測定)では、中程度液体割合の固液複合体に回転応力を加え、液体割合25~45%の領域で固体相同士の不完全な連結に起因する降伏強度の存在が確認され、その大きさが測定された。また、降伏強度を超える応力下では、流動の進行と共に固体相と液体相の分離が進むことを検出した。固液分離過程にとって降伏強度を越える応力場の存在が必要な条件であることが明確にされた.

重力下における挙動を調べる実験(重力不安定実験)では固液複合体の上層により密度の高い粘性流体を設置し、その流体力学的挙動を計測した.系の初期の液体割合は60~70%の範囲で成された。固液複合体の流動が起きる前は、液体のグレインスケールでの浸透流という様式で重力方向の固液分離が進む。流動が起きると、遷移状態を経て固体相と液体相が一体となって動くチャンネル流として重力方向の固液分離が進むことが明らかになった。このチャンネル流が形成されると、重力と直交する方向に固液分離が進むことが明らかになった。また、チャンネル流の波長形成過程は粘性流体のRayleigh-Taylor不安定で近似できることも明らかになった。レオロジー測定と重力不安定実験を通じて、固液複合体の降伏強度が固液分離を制御する要因の一つであることを解明したことが重要な成果である。

 第5章は、過去研究との比較、実験結果に基づいた部分溶融体の降伏強度と地球内部での固液分離過程の考察を行っている。考察の一つはプルーム内部での固液分離の可能性である。大陸洪水玄武岩はプルーム起源と考えられており、短期間での大量マグマ噴出が特徴である。実験結果の示唆から、プルーム内部でのチャンネル流形成時間が見積もられ、直径数100kmのプルーム内部でも効率的に固液分離が進み、大陸洪水玄武岩の特徴を説明しうることが述べられている。これらに加えて、「チャンネル流形成で生まれる固液分離構造が階層性を持つ」という作業仮説が実験結果に基づいて提案されている。

 以上述べてきたように、本研究はこれまで殆ど取り上げられなかった、中程度液体割合の部分溶融体の性質や、そこで進む固液分離過程を扱い、部分溶融体に対する新しい知見・モデルを提示している。従来物理過程の追跡には困難が多かった系を柔らかな有機ゲルをアナログ物質として利用した実験により、その本質的性質の抽出に成功している.これは今後の部分溶融体のダイナミクスを考える上で多くの示唆を与えるものである。従って、審査委員全員は、論文提出者が博士(理学)の学位を受ける者として十分な技量を持つものと判定した。

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