学位論文要旨



No 119768
著者(漢字) 日下,浩二
著者(英字)
著者(カナ) クサカ,コウジ
標題(和) 肝切除における肝線維化、肝機能評価のための客観的な肝硬度の測定
標題(洋)
報告番号 119768
報告番号 甲19768
学位授与日 2004.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2375号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 講師 佐野,圭二
 東京大学 講師 尹,浩信
内容要旨 要旨を表示する

 安全な肝切除を行うためには、特に肝硬変の患者において、肝機能の正確な評価が必須であり、これに従った適切かつ安全な肝切除量の決定が重要である。これまで多くの肝予備能検査が使われてきたが、手術のリスクを予測する標準化された方法は未だ確立されていない。我々は物体に接触した時の共振周波数の変化として、物体の硬度を定量できる新しい触覚センサーを開発した。本研究の目的はこの触覚センサーを使った肝硬度の定量により肝線維化の程度が評価可能であるか、またその肝硬度が一般的な肝予備能の評価の指標に相関するかどうかを検討することであった。

 肝硬度は東京大学肝胆膵外科において肝切除を施行された、年齢が31才から82才までの52人の患者において術中に測定された。触覚センサーは固有の共振周波数で振動し、物体に接触すると、対象物の音響インピーダンスにより、共振周波数が変化する。この周波数の変化量は物体の硬さに依存し、周波数の変化量(〓f)は周波数カウンターで計測される。周波数の変化量(〓f)と物体の硬さとの関係を濃度を変えた豚皮のゼラチンを使って調べた。52個の切除された肝の非癌部をホルマリン固定後、組織標本を作成し、hematoxylin eosin染色標本の病理組織像により肝線維化の程度を5個のカテゴリーに分けた( 1)no fibrosis 2)mild fibrosis 3)moderate fibrosis 4)severe fibrosis 5)liver cirrhosis)。 また、組織標本にAzan-Mallory染色を行い、自動画像解析ソフトを用い、視野全体における青色に染色された面積比を求め、肝線維化率(%)とした。肝機能の指標として、ICG15分値(ICG R15)、 ChE、 Alb、 PT、 T.Bil、 ALT、 PLT、 TP、γ-GTPが測定された。結果は平均±標準偏差として表わされた。切除組織の肝線維化の程度の5群間比較はKruskal-Wallis testに続きBonferroni testによってなされた。また、肝硬度と肝線維化率の相関はPearsonの相関分析を使い、肝硬度と肝機能との間の関係は、SAS統計ソフトで単変量解析と多変量解析にて分析した。

 〓fと物体の硬さとの間に有意な正の相関関係が認められた。(r=0.928、P<0.0001)この結果から硬度は次式により計算された。〓f(Hz)=461.5 log(stiffness(g/cm))-1298 5群の肝硬度の平均値は線維化の程度につれて増加し、その平均値はno fibrosisが1.58±0.40g/cm、mild fibrosisが1.63±0.61g/cm、moderate fibrosisが2.14±1.86g/cm、severe fibrosisが4.57±1.23g/cm、liver cirrhosisが5.06±2.66g/cmであり、5群間に有意差を認めた(P<0.0001)。肝硬度は肝線維化率(r=0.887、P<0.0001)とICG R15(r=0.631、P<0.0001)と T.Bil(r=0.296、P<0.05)の間に有意な正の相関関係が認められ、PLT(r=-0.48、P<0.001)、Alb(r=-0.452、P<0.001)、ChE(r=-0.411、P<0.01)、PT(r=-0.336、P<0.05)との間に有意な負の相関関係を認めた。肝硬度と各肝機能指標との関係の多変量解析の結果はICG R15とPLTが肝硬度と有意に相関する独立した因子であった。

 術中に測定された肝硬度値とICG R15との関係式から予測された肝硬度値が著しく解離するものが存在した。3例において、肝硬度値がICG R15値から予測されたものよりずっと大きいために、手術術式は予定より縮小され、そのうち、2例は術後に黄疸と腹水を認めた。肝硬度値がICG R15値から予測されたものよりずっと小さい2症例において、手術術式は予定より拡大された。これらの症例の術後経過に問題はなかった。

 肝切除術後の肝不全を回避するためには、術前に肝予備能を的確に評価し、肝切除量を決定することが必須である。肝予備能の評価として、欧米諸国では、Child-Pugh分類が広く用いられ、本邦では、さまざまな肝予備能評価が試みられているが、ICGR15を基盤としていることが一般的である。しかしながら、この術前のICGR15と他の肝機能検査値や肝の病理組織学的所見が解離したり、予測された術後経過と一致しない症例も経験される。

 肝硬度測定法として山中らの肝臓に小さなバルーン付の19G針を挿入してバルーン圧を測定する方法が報告されたが、この方法では肝臓への針の刺入やバルーンの圧入に伴う危険性が懸念される。また、西崎らのHarpenden skinfold caliperを使う測定法があるが、肝硬度の測定可能な部位が限定され、また、肝の形状により誤差が生じる。本研究で使われた触覚センサーはゼラチンを使った実験により物体の硬度を正確に測定できることが証明された。そして、触覚センサーで得られた肝硬度は肝線維化率と有意な正の強い相関があり、肝硬度の定量により肝線維化が評価可能なことが示された。また、その肝硬度は、単変量、多変量解析ともにICG R15値と強い有意な相関があった。測定された肝硬度とICG R15との関係式より予測された肝硬度とが著しく解離した5人の患者において、術中の肝硬度評価により術式が変更された。2症例は術式が拡大され、3症例は縮小された。縮小された3症例のうち、2症例は術後に一過性の黄疸と腹水を認めた。一方、肝硬度をもとに肝切除量が増やされた2症例において術後経過は順調であった。これらの患者の術後経過はICG R15値の評価よりも肝硬度値の評価に一致していることが証明された。

 ICG R15値は肝細胞の色素摂取能や有効肝血流量によって影響をうけ、著しい肥満、るいそう、腹水、浮腫、心拍出量、黄疸、薬剤などの因子がICG R15値の誤った評価につながる可能性がある。このような症例においてこの触覚センサーを使った肝硬度の評価は有用と考えられる。本研究の結果から触覚センサーによる肝硬度とICG R15の間の強い相関と5症例の結果は肝予備能を評価する信頼できる方法としての本法の有効性を強く支持した。さらに、肝硬度と肝予備能との関連は単変量解析、多変量解析でみられた肝硬度とPLTとの間の相関により支持される。 PLTは肝病変の進行に伴って有意な減少を示し、また血小板減少症は脾機能亢進や肝機能の増悪と関連があると報告されている。これらの結果から、ここで述べてきた触覚センサーは肝臓外科医が客観的に肝硬度、そして肝予備能を評価するために、有用な装置であると考えられ、適切な手術術式を決定するために重要な情報を提供することが可能である。

 本測定法の欠点はセンサーを肝表面に直接接触させる必要があることだが、腹腔鏡下での超音波による肝腫瘍の検索手技の普及により、この触覚センサーの併用が増加するであろう。そして、その触覚センサーは腹腔鏡下においても利用可能であり、もし、腹腔鏡下で測定された肝硬度がICG R15から推測された肝硬度より著しく硬い時、その患者は肝切除が縮小されるか、また肝切除の適応はないと判断されるだろう。術中肝硬度測定を今後さらに症例を積み重ねることにより、その有用性を検討していきたいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、安全な肝切除術に必須な正確な肝機能評価の確立のために、物体の硬度を定量できる硬さ触覚センサーを使って、肝硬度と肝線維化率や肝機能指標との関係を比較検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.周波数の変化量と物体の硬さとの間に有意な正の相関関係が認められ、触覚センサーが物体の硬度を正確に測定できる事が示された。

2.切除肝の非癌部のhematoxylin eosin染色標本の病理組織像により肝線維化の程度を5個のカテゴリーに分けると、5群の肝硬度の平均値は線維化の程度につれて増加し、5群間に有意差を認めた。肝硬度は肝線維化率と有意な正の相関関係が認められ、肝硬度の定量により肝線維化が評価可能な事が示された。

3.肝硬度はICG R15と T.Bilの間に有意な正の相関関係が認められ、PLT、Alb、ChE、PTとの間に有意な負の相関関係を認められた。肝硬度と各肝機能指標との関係の多変量解析の結果はICG R15とPLTが肝硬度と有意に相関する独立した因子である事が示された。

4.測定された肝硬度とICG R15との関係式より予測された肝硬度とが著しく解離した5人の患者において、術中の肝硬度評価により術式が変更された。

 これらの患者の術後経過はICG R15値の評価よりも肝硬度値の評価に一致していることが証明された。

 以上、本論文は触覚センサーによる肝硬度測定は肝線維化の評価に有用であり、肝予備能を評価する新しい信頼できる方法としての本法の有効性を示した。本研究は最も適切な肝切除術式の決定に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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