学位論文要旨



No 119779
著者(漢字) 葛山,浩
著者(英字)
著者(カナ) カツラヤマ,ヒロシ
標題(和) パルスレーザー打ち上げ機のエネルギー変換過程と飛行性能
標題(洋)
報告番号 119779
報告番号 甲19779
学位授与日 2005.01.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5932号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 講師 寺本,進
 東京農工大学 教授 都木,恭一郎
内容要旨 要旨を表示する

 宇宙開発が始まって軌道へ達するロケットが打ち上げられるようになってから40年あまりがたち,その間多様なミッションに対応するために様々な進化を遂げてきた.しかし,現在まで打ち上げロケットの方式として用いられてきたのは常に化学推進であった.

 本研究で取り上げたパルスレーザー推進は,最近MyraboらがLightcraftと呼ばれる実験機を100m程度打ち上げる実験をおこなったことで注目を浴び,研究が盛んに行われるようになった.パルスレーザー推進では,地上または宇宙に建設されたレーザー基地からレーザーエネルギーを推進機に伝送するため,エネルギー源を自身に搭載する必要がない.また,高濃度大気領域においては,大気を吸い込んでこれを推進剤として用いる事ができるので,推進剤搭載量を減らしてペイロード比を大きくする事ができる.さらに一度レーザー基地を建設してしまえば,機体の製作費は構造が簡潔なため安く,必要なコストは主に電気代となるため,多くの回数に分けてものを打ち上げれば,化学推進よりもコストが安くすむ可能性がある.しかし,パルスレーザー推進機の推進性能はまだ十分にわかっておらず,特に超音速飛行時の推進性能は実験的及び解析的にも明らかにされていないため,パルスレーザー打ち上げ機の実現可能性を議論するためにはまずこれを明らかにする必要がある.

 本研究ではパルスレーザー単段打ち上げ機の実現可能性を検証するために,CFDにより超音速飛行時のラムジェットモードの推進性能を明らかにした.またパルスジェットモードおよびロケットモードの推進性能もモデル化して,パルスジェット→ラムジェット→ロケットとモードを切り替えてGEOへの単段打ち上げをおこなうパルスレーザー打ち上げ機の飛行解析を行い,十分なペイロードを軌道に運べるのか検証した.さらに打ち上げに必要な最小レーザーパワー及び単位レーザーパワー当たりに打ち上げ可能な最大ペイロード重量を明らかにした.

 まず第1章では,レーザー支持爆轟波(LSD)を介したパルスレーザーのエネルギー変換過程を明らかにするため,化学反応平衡計算とChapman-Jouguget条件を組み込んだ平面LSD波モデルを構築し,10Jオーダーでの典型的なCO2レーザーパルス形状および一点集系での空気中を伝播するLSD波を解き,レーザーエネルギーの爆風波エネルギーへの変換効率を求めた.このモデルでは二次元的な周囲への爆風波伝播を無視しているため,爆風波変換効率は実験値比べて半分程度の値となるが,爆風波変換効率の集光系やレーザーパルス形状の依存性は再現できる.また, 100Jオーダーでの典型的なCO2レーザーパルス形状およびLightcraft型ノズルで使われる円環状集光でのLSD波伝播を解き,点状集光の場合と爆風波変換効率を比較した.結果として,爆風波効率を上げるためには,LSD波面でLSD閾値付近のレーザーパワー強度をできるだけ長く維持できるようなレーザーパルス形状および集光系が最適であるとわかった.

 次に第3章では,CFDモデルの説明を行い,続く第4章ではCFDコードの検証もかねて,円錐ノズルパルスジェットの吸気排気過程の計算を行い,実験で得られた運動量結合係数のノズル頂角依存性をCFDによって再現することができた.計算によって得られた推力の時間履歴と圧力等高線の変化から,ノズルから排出された衝撃波の背後に回りこむ空気の流れが,ノズル頂角によって大きく変化し,その後の吸気過程での運動量結合係数の回復に差を生じていることが明らかとなった.この結果,パルスジェットの高性能化のためには,小さなノズル頂角,すなわち大きなアスペクト比(ノズル長さと出口直径の比)が望ましいことが理論的にも裏付けられた.一方,レーザーのパルス幅が長くなると,LSD波がノズルからはみ出すことになり,結果として運動量結合係数が低下する恐れがあることが指摘された.またLightcraft型のパルスジェットモードついても計算を行い,爆風波伝播および推力履歴を調べた.さらにレーザーエネルギーに対する運動量結合係数の変化を調べ,実験値の変化傾向および値を本計算コードが再現できることが確認できた.

 第5章では,Lightcraft型ラムジェットモードの数値解析を行い,超音速飛行時に正味の推力を出すことが可能であることをはじめて明らかにした.また,高度が上がると取り込み空気流量および爆風波変換効率が減少するため推力は減少するが,パルスジェットモードと同じで運動量結合係数は入力エネルギーに依存しないことがわかった.つまり運動量結合係数は大気密度と飛行マッハ数だけに依存するといえため,様々な飛行高度およびマッハ数においてラムジェットモードを計算し,得られた運動量結合係数を用いて大気密度と飛行マッハ数の関数としての運動量結合係数を提案した.

 第6章では,ロケットモードの推進性能をモデル化するために,平面LSD波モデルを用いて,水素の爆風波変換効率およびその雰囲気圧依存性を求めた.この爆風波変換効率を相似解を用いて得られたロケットモードの推力モデルに適応し,これをより確かなものにした.

 第7章では,パルスレーザー推進に最適と考えられる地上から一気に増速し垂直に打ち上げるGEOへの飛行軌道を提案し,これまでの章で構築した各モードでの運動量結合係数を用いて単段打ち上げの解析を行った.結果として10~50%のペイロード比が達成可能であり,またレーザーパワーを上げるほどペイロード比は増えることがわかった.これはパルスレーザー推進機では自身にエネルギー源を搭載する必要がないからである.また,パワーが大きいほどラムジェットモードで飛行できる時間が長くなることもこの要因である.このためレーザーパワーを上げるとさらに実現性が増す.しかし,初期コストを考慮すると,レーザー基地建設費を抑えることが重要となる.このため,レーザーパワーの視点から実現可能性を検討したところ,ラムジェットモードを利用して打ち上げ可能な最小レーザーパワーは機体初期重量あたり1.47MW/kgであることがわかった.また,1MWあたり最大のペイロード重量を搭載可能な最適レーザーパワーは機体初期重量あたり2.5MW/kgであり,その時レーザーパワー1MWあたり0.1kg/MWのペイロード重量をGEOに運ぶことができると明らかになった.さらに,この値を用いて100tonの打ち上げを仮定して,簡単なコスト見積もりを行い,コストが従来型の化学ロケットに比べて大幅に低減する可能性があることを示唆した.

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)葛山浩提出の論文は「パルスレーザー打ち上げ機のエネルギー変換過程と飛行性能」と題し,8章から成っている.

 パルスレーザー推進は,最近Myraboらがライトクラフトと呼ばれる実験機を高度100m程度まで打ち上げることに成功したことで注目を浴び,研究が盛んに行われるようになった.地上または軌道上に建設されたレーザー基地からレーザービームを用いて推進機にエネルギーを供給するため,エネルギー源を自身に搭載する必要がなく,また大気中においては,大気を吸い込んでこれを推進剤として用いる事ができるので,搭載推進剤量を減らしてペイロード比を大きくする事ができる.さらに主たるコストであるレーザー基地建設費を,ペイロードを多数回に分けて打ち上げて償還することにより,現在の打ち上げコストに比べて大幅なコストの低減が期待できる.しかし,パルスレーザー推進機の推進性能はまだ十分にわかっておらず,特に超音速飛行時の推進性能は実験的にも解析的にも明らかにされていないため,パルスレーザー打ち上げ機の実現可能性を議論するためにはまずこれを明らかにする必要がある.

 本研究ではパルスレーザー単段打ち上げ機の実現可能性を検証するために,CFDにより超音速飛行時の推進性能を初めて明らかにしている.また,これらの推進性能をモデル化して,パルスジェットモードからラムジェットモード,そしてロケットモードと飛行モードを切り替えながら地球静止軌道へ単段で打ち上がるパルスレーザー打ち上げ機の飛行解析を行い,十分なペイロードを軌道に運ぶことができるか検証している.さらに単位レーザーパワーあたりに打ち上げ可能な最大ペイロード重量を明らかにしている.

 第1章は序論であり,研究の背景,パルスレーザー推進機の作動原理を説明し,最近のパルスレーザー推進の研究動向,過去の打ち上げシステムの提案,およびパルスレーザーの種類について概観し,本研究の目的と意義を明確にしている.

 第2章では,レーザー支持爆轟波(LSD)を介したレーザーエネルギー変換過程を明らかにするため,化学反応平衡計算とChapman-Jouguget条件を組み込んだ平面LSD波モデルを構築し,エネルギー量が10J/pulse程度の典型的な炭酸ガスレーザーのパルス履歴を用い,点状集光系によって空気中に生じるLSD波を解いて,レーザーから爆風波へのエネルギー変換効率(爆風波効率)を求めている.また,爆風波効率の集光系やレーザーパルス履歴への依存性を調べるため, 100J/pulse程度の典型的な炭酸ガスレーザーのパルス履歴およびライトクラフト型ノズルで使われる円環状集光系でのLSD波伝播も解き,これを点状集光系の場合の爆風波効率と比較した.結果として,高い爆風波効率を得るには,LSD波面でLSD閾値付近のレーザー強度をできるだけ長く維持できるようなレーザーパルス履歴および集光系が適していることを明らかにしている.

 第3章では,推進性能を解析的に求めるための物理モデルおよびCFD手法を説明している.

 第4章ではCFDコードの検証も兼ねてパルスジェットモードの推進性能を計算している.その結果,実験で得られた円錐ノズルパルスジェットの運動量結合係数のノズル頂角依存性を本CFDコードによって定量的に再現できることを確認している.また,計算によって得られた推力の時間履歴と圧力等高線の変化から,ノズル頂角によって,ノズル出口で衝撃波の背後に回りこむ空気の流れが大きく変化し,結果として運動量結合係数に大きな差が生じていることを明らかにしている.さらに,パルスジェットモードの高性能化には,小さなノズル頂角,すなわち大きなノズルアスペクト比が望ましいことを理論的に裏付けている.一方,レーザーのパルス幅が長くなるとLSD波がノズルからはみ出してしまい,運動量結合係数が低下することも指摘している.またライトクラフト型のパルスジェットモードについても計算を行い,ノズル内の複雑な爆風波伝播過程を明らかにすると共に.実験で得られたレーザーエネルギーに対する運動量結合係数の依存性も,本CFDコードで定量的に再現できることを確認している.

 第5章では,ラムジェットモードのCFD解析を行い,超音速飛行時にも正味の推力を出すことが可能であることを,世界で初めて明らかにしている.また,高度が上がるにつれて取り込み空気流量および爆風波効率が減少するため推力は減少するが,パルスジェットモードと同様に運動量結合係数はレーザーエネルギーに依存しないことを示している.つまり運動量結合係数は大気密度と飛行マッハ数だけに依存するため,様々な飛行高度およびマッハ数において運動量結合係数を計算し,大気密度と飛行マッハ数の関数として表すことを提案している.

 第6章では,ロケットモードの推進性能をモデル化するために,爆風波の相似解を用いた非定常推力発生モデルを用いている.ロケットモードで推進剤として用いられる水素雰囲気中での爆風波効率を求めるために,第2章で述べた平面LSD波モデルを用い,推進性能評価をより確かなものにしている.

 第7章では,パルスレーザー推進の特徴を生かし,かつレーザー基地建設費を抑えるのに最適と考えられる,地上から地球静止軌道へのほぼ垂直的な打ち上げ軌道を提案し,これまでの章で求めた各飛行モードでの運動量結合係数を用いて飛行解析を行っている.結果として0.1~0.5のペイロード比が達成可能であり,また時間平均レーザーパワーを上げるほどペイロード比は増えることを明らかにし,これはパワーが大きいほどラムジェットモードで飛行できる時間が長くなるためと述べている.しかし,打ち上げコストを考えるとレーザー基地建設費を抑えることが重要となるため,レーザーパワー最小の視点から検討している.結果として,単位レーザーパワーあたりの最大ペイロード重量は0.1kg/MWであり,そのときの最適レーザーパワーは機体初期重量あたり2.5MW/kgであると示している.さらに,この値を用いて100tonのペイロードの打ち上げを仮定して,簡単なコスト見積もりを行い,打ち上げコストが現在のコストに比べて大幅に低減される可能性があることを示唆している.

 第8章は結論であり,本研究で得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文は,パルスレーザー推進機の推進性能を解析的に明らかにし,得られた飛行性能を用いて地球静止軌道への打ち上げ飛行解析を行なって,正味のペイロード重量を運ぶことができるという実現可能性を示すと共に,打ち上げコストを最小とするレーザーパワーの最適値が存在することを明らかにしており,航空宇宙工学上貢献するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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