学位論文要旨



No 119783
著者(漢字) 土屋,兼一
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,ケンイチ
標題(和) CANGAROO-II望遠鏡による銀河中心の超高エネルギーガンマ線観測
標題(洋) Very High Energy Gamma-ray Observations of the Galactic Center with the CANGAROO-II telescope
報告番号 119783
報告番号 甲19783
学位授与日 2005.01.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4603号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福島,正己
 東京大学 教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 牧島,一夫
 高エネルギー加速器研究機構 教授 永江,知文
 東京大学 助教授 田中,培生
内容要旨 要旨を表示する

 天体からの超高エネルギーガンマ線観測の目的は、宇宙線の加速現場の発見と加速機構の解明である。星間磁場により、電荷を持った宇宙線の加速された場所の特定は困難であるのに対し、宇宙線との相互作用によって生成されたガンマ線は、磁場の影響を受けず直接地球に届く。また、ガンマ線のスペクトルは、宇宙線の最大加速エネルギーやべき乗のスペクトルを反映しているため加速機構を知る重要な手がかりとなる。

 CANGAROOグループは超新星残骸SN1006の観測により、電子の逆コンプトン散乱によるTeVガンマ線を発見した。X線観測衛星ASCAで観測されていたシンクロトロン放射とあわせて超新星残骸における衝撃波での電子宇宙線の存在を示した。一方、CANGAROO-II望遠鏡による超新星残骸RXJ1713.7-3946の観測では中性パイオンの崩壊によるガンマ線を発見し、陽子宇宙線の加速の証拠を得た。

 銀河中心は巨大ブラックホール(Sgr A*)、進化した星のクラスター、若い星の星団、分子雲、そして超新星残骸(Sgr A East)からなる非常に複雑な領域である。電波からガンマ線まで広く観測が行われ、電波、サブミリ波でのフレア(時間変動)やX線での超新星残骸の観測がなされている。ガンマ線観測衛星CGROに搭載されたEGRET検出器は銀河中心から1.5度以内に100MeVから10GeVのガンマ線を発見した。スペクトルは他の天体に比べて非常にハードなべきを持ち、宇宙線を加速する高エネルギーの活動性を示唆している。しかし、その放射機構はいまだ未解決であり、分解能が特に低エネルギーでは6度@100MeVと悪いため、未同定な天体とされている(3EG J1746-2851)。仮にTeV領域までスペクトルが伸びていた場合、放射機構解明に重要な手がかりを与えることになる。

 CANGAR00-II望遠鏡はオーストラリアにある口径10mの大型反射鏡と552本の光電子増倍管からなるカメラを備えた解像型大気チェレンコフ望遠鏡である。天体からの超高エネルギーガンマ線は、地球に入射すると大気上層で空気シャワーを生成し、チェレンコフ効果で微弱な青い光を放出する。この光を反射鏡で集光して焦点面で結像させ、シャワーイメージを捉える。我々の望遠鏡は南半球にあるため、銀河中心をほぼ天頂で観測可能となり、べき-2.5のスペクトルを持つ天体の場合、そのエネルギー閾値は400GeVまで下がる。

 我々はCANGAROO-II望遠鏡を用いて2年間にわたって銀河中心の観測を行った。宇宙線シャワーレートの変動を用いて雲の通過による悪条件のデータを取り除き、解析に用いた観測時間は2001年、2002年あわせてONソース(銀河中心)66時間、OFFソース(バックグラウンド)57時間となった。はじめに、データのキャリブレーション、チェレンコフ光の到達時間情報とイメージのクラスタリングによる夜光のカット、イメージをゆがめているチャンネルの除去を行った。チェレンコフ光は大気に入射する1次宇宙線によっても放出され、ガンマ線観測における大きな雑音となるため、ガンマ線と宇宙線のシャワーを識別するイメージング法により雑音を取り除かなければならない。我々は2次元Likelihood法を用いたイメージング解析を行った。モンテカルロシミュレーションと実データを用いてガンマ線と宇宙線のチェレンコフ光イメージのパラメータ分布を求め、確率密度関数に置き換え、分布の差異を数値化してバックグラウンドとなる宇宙線イベントを排除する。

 データ解析の結果、我々は、銀河中心からの250GeV以上のガンマ線を検出することに世界で初めて成功した。図1に得られたアルファ分布(イメージオリエンテーションアングル)を示す。アルファ15度以内のONとOFFの差がガンマ線の信号を表す。2001年、2002年、2年分の合計によるアルファ15度以内の超過イベントはそれぞれ、797±103(7.7σ)、862±138(6.3σ)、1663±171(9.8σ)となる。図2に示すように2次元有意度分布からガンマ線の放射源が統計の範囲内で銀河中心にあることが確認された。これはEGRETの未同定天体3EG J1746-2851とも誤差の範囲内で一致している。図3に微分フラックスを示す。得られた微分FLUXは、べき-4.3±0.5と急な傾きをもつことがわかった。

 我々は得られた微分フラックスと多波長スペクトルから放射機構について3つの視点で考察を行った。

1)中性パイオンの崩壊によるガンマ線

EGRETの100MeVから10GeVのデータとCANGAROOで得られた250GeV以上のデータから高エネルギー陽子宇宙線のべきを仮定し、中性パイオンの崩壊によるガンマ線を計算した(図4)。宇宙線の最大加速エネルギーは1~3TeV、宇宙線の全エネルギーは星間物質を1000個/cm3と仮定すると1050ergとなる。もし、超新星爆発の典型的なエネルギーの10%が宇宙線に用いられる場合、銀河中心領域の星間物質が100~1000個/cm3と仮定すると超新星爆発1~10個に相当するエネルギーとなる。

2)Sgr A*およびSgr A Eastからの逆コンプトン散乱によるガンマ線

Sgr A*やSgr A Eastの電波のデータをシンクロトロン放射と考えると、同じ高エネルギー電子によって宇宙背景放射(CMB)や赤外線をたたき上げた逆コンプトン散乱が予想される。われわれはCANGAROOで得られた250GeV以上のガンマ線を説明する放射モデルを試した。これにより放射領域の磁場、電子の最大加速エネルギーが求まる。またシンクロトロンの放射領域と逆コンプトン散乱の放射領域が異なる場合のモデルを考えた。その結果、赤外線をターゲットとした逆コンプトン散乱で説明できるパラメータは存在することがわかった。しかし、いくつかのパラメータは不自然な値にフィットされる。また、陽子宇宙線が同時に加速されている場合、陽子宇宙線起源のガンマ線が電子起源のガンマ線を卓越するため、電子起源のガシマ線とするのは困難である。

3)Cold Dark Matterからのガンマ線

 最近のN体数値シミュレーションにより、Cold Dark Matter(CDM)の銀河ハロー分布は、銀河中心領域で非常に密度の高いカスプ状の構造を持つことが予想されている。これによりCDMの対消滅によるガンマ線が示唆される。ガンマ線のエネルギーはCDMの質量を反映し、チェレンコフ望遠鏡で観測可能なエネルギー領域と一致している。われわれはNavaro-Frenk-Whiteによる密度分布を仮定して銀河中心と地球近傍のCDM密度に制限を与えた。fragmentationによる連続のガンマ線χχ→qq→Xγと対消滅によるχχ→γγのラインガンマ線において、400GeVから40TeV、500GeVから3TeVの範囲でそれぞれCDMの密度に上限値を与えた(5000GeV/cm3)。仮にCDMがカスプの構造をもつと仮定すると地球近傍のCDM密度に4GeV/cm3の上限値を与えることとなる。予測されている0.3GeV/cm3と比較するとまだ一桁大きな制限であるが、他の直接探索と比較しても厳しい制限である。

 以上の考察の結果、CANGAROO-II望遠鏡により検出された250GeV以上のガンマ線は、銀河中心に存在する超新星残骸の陽子宇宙線起源であることが示唆される。

図1Likelihood解析で得られたアルファ分布。a)2001年データb)2002年データc)2001年、2002年あわせた結果をそれぞれあらわす。

図2 銀河中心領域の2次元有意度分布。IRASによる12μmもあわせてPLOTしている。

図3 CANGAROO-II望遠鏡で得られた微分フラックス。べき乗のスペクトルを仮定するとべき-4.3±0.5となる。

図4 EGRETとCANGAROO-IIのデータから得られた中性パイオンの崩壊によるガンマ線。字宙線の最大加速エネルギーが1~3TeV、宇宙線の全エネルギーは星間物質1000個/cm3を仮定すると1050ergとなる。

審査要旨 要旨を表示する

豪州ウーメラで運用されているCANGAROO望遠鏡は、高エネルギー宇宙ガンマ線が大気中で作る空気シャワー粒子を、チェレンコフ光で撮像観測するIACT(Imaging Air Cherenkov Telescope)である。チェレンコフ光は光電子増倍管(PMT)モザイクからなるカメラで撮像し、シャワー像の幾何学的特徴からガンマ線に起因するシャワーであることを同定する。ガンマ線のエネルギーは、チェレンコフ光の総量から求める。陽子・原子核宇宙線による多数の背景雑音シャワーの下で、ガンマ線起源の空気シャワーを確実に同定する為に、標的方向(On-source)と背景方向(Off-source)の測定を交互に行い、その差し引きから統計的にガンマ線流量を計算する。本論文は、口径10mのIACT であるCANGAROO-II望遠鏡を用いて、電波・X線・GeVガンマ線などで活発な活動が報告されている銀河中心領域でTeVガンマ線を探査したものである。

本論文は全9章からなる。第1章では、銀河中心からのTeVガンマ線観測の目的を述べる。第2章は、銀河中心の天体要素(大質量ブラックホール候補Sgr A*、超新星残骸Sgr A Eastなど)と既存の多波長観測データとの関連を概観する。またフェルミの宇宙線加速理論を紹介して、陽子あるいは電子宇宙線によるTeVガンマ線の発生機構について述べる。第3章は、空気シャワーの物理とIACTによる宇宙ガンマ線測定の方法を紹介する。第4章は望遠鏡ハードウェアを記述する。第5章は、観測記録である。

第6章はデータ解析について述べる。時間情報やPMTのクラスタリングに関わるカット、雑音量の大きいPMTや電子回路の雑音を抑えるカット、シャワー像の幾何学的特徴に関わるカット(モンテカルロ計算と最尤法を使用)を順次適用して純正な空気シャワー事象を選別した後、α分布(想定されたガンマ線源に対するシャワー像長軸方向の偏向分布)上でOn-source からOff-sourceの差し引きを行って、ガンマ線流量を導出する。OnとOffで異なる背景夜光レベルの下で差し引きを行うために、OnとOffの規格化定数はエネルギー領域毎に異なった値を採用している。第7章では、解析方法の妥当性を検討し、系統誤差を評価している。主要な観測結果は第8章にまとめられている。ガンマ線観測の有意度は全エネルギー領域で9.8σ, 0.6 TeVにおける流量は(4.7±1.8)×10-11cm-2s-1TeV-1、 冪スペクトラムの指数は-4.3±0.5である。

第9章では観測されたTeVガンマ線の起源を考察する。電子線の逆コンプトン散乱による起源は、Sgr A*あるいはSgr A Eastのいずれの場合においても、多波長データを統一的に再現するのが困難であること、一方、宇宙線陽子と星間物質の反応から発生した中性π中間子を起源とする場合は、本論文の観測と衛星によるGeV領域の観測を正しく再現できることが述べられている。また、観測されたガンマ線流量から、地球近辺の冷たい暗黒物質の密度が4 GeV cm−3以下であるとの上限値を得た。第10章で、銀河中心からのTeVガンマ線の観測を結論している。

銀河中心部からのTeVガンマ線観測は、本論文による報告が世界最初であり、学術的な価値は高い。また本論文の内容は既に共著で印刷公表されているが、論文提出者は筆頭著者であり、その貢献は十分に顕著であると認められる。

以上をもって、土屋兼一君に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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