学位論文要旨



No 119787
著者(漢字) 宮田,幸子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタ,サチコ
標題(和) 家計の投資の意思決定に関する計量経済分析 : 社会的学習・リスク態度・クレジットのアクセスの効果インドネシアの事例
標題(洋) Econometric Investigation of Household Investment Decisions in Rural Indonesia : Social Learning, Risk Attitude, and Credit Accessibility
報告番号 119787
報告番号 甲19787
学位授与日 2005.01.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第535号
研究科 総合文化研究科
専攻 国際社会科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳田,辰雄
 東京大学 教授 中西,徹
 東京大学 教授 後藤,則行
 東京大学 教授 松原,隆一郎
 東京大学 助教授 澤田,康幸
内容要旨 要旨を表示する

目的

 本論文の目的は、インドネシアの農村データをもとに、新技術導入のための投資決定要因を考察することにある。特に「リスクに対する態度(リスク選好)」「資金の調達能力」「社会的学習」という三点に注目する。これらの要素が農村の人々の投資決定にいかに、またどの程度影響を与えているのかという新技術投資への意思決定構造をインドネシアにおける養殖網のケースに基づきながら、理論的・実証的に明らかにするものである。さらに、計量モデルでは説明が困難な新技術導入に関する社会的学習の構造について、サグリン地域におけるフィールド調査によって解明し、この構造も同様に人々の投資決定に関わっていることを示す。

研究の貢献

 本論文の貢献は、以下のとおりである。第一に、技術導入のミクロ構造を、上で述べたの三つの主な要因から検証することができた点である。これまでの先行研究においては、これらの三要因のうち二つについて投資の決定を研究したものは存在するが、統一したモデルの枠組みに基づいて全ての要因を説明した研究はほとんど見られない。第二に、筆者がインドネシアの農村に滞在し、一次資料となる400世帯の家計の16年間に渡る詳細な情報を収集し、独自のデータベースを作成した点である。このような詳細なデータは、少なくともインドネシアにおいては存在しない。第三に収集したデータを用いて、これまでの既存研究においては統一的に検証されてこなかった技術への投資決定の三要素全ての妥当性について、計量経済モデルを用いた厳密な検証を行った。分析の結果、資金制約とリスク回避度が特に重要な要因であることが判明した。さらにこのデータは、意思決定から派生する様々な問題(以下2、3章で実証するようにリスク回避、貸し借り行動等)についての実証研究をも可能とした。

 第四に、モデルでは説明しきれない社会的学習の詳細な構造について、フィールド調査により解明した点である。分析結果から、既存の人類学的研究から知られている、薄く緩やかな親族関係を持つというインドネシアの社会構造が、調査地域には当てはまらないことが判明した。この知見は、従来のミクロ経済モデルを検証するという本論文の枠を超えるものであるが、今後の研究課題として注目すべき点である。

 本研究では新技術導入の事例として、インドネシアの西ジャワに位置するサグリンにおいて1985年に実施されたダム開発プロジェクトにおいて、移転を余儀なくされた農民に、新しい経済活動として紹介された養殖事業を取り上げる。以下、各章別に内容をまとめる。

背景及びデータ

 内生的経済成長理論などマクロ経済学の様々な議論が明らかにしてきたように、発展途上国の持続的経済発展を達成するには、人々がより高度な技術を素早く取り入れるような学習効率の向上を図ることが不可欠となる。特に農業生産の比重が高い途上国において、新しい農業技術の習得度が成長の大きな要因になる。しかしながら、家計レベルにおける農業技術の習得に関する研究は理論的なものにとどまり、特に長期に渡る技術導入の経済主体の習熟度に関する実証分析は、データがほとんど存在しないため、十分に行われてこなかった。

 既存研究の多くは技術導入の要因について誘導形の計量経済学モデルで明らかにしたものであり、技術導入の構造について必ずしも明らかにしているとはいえない。特に、上に述べたようなリスク選好・信用供与・社会的な学習効果などが新技術の導入に与える影響を統合された枠組みに基づいて慎重に検証した研究は皆無といってよい。また、多くの研究は一時点でのミクロデータに基づいており、長期にわたる新技術導入のプロセスについて議論していない。以上の背景より、本論文では、インドネシアにおいて回顧調査を行うことにより、既存研究におけるギャップを埋めることを目的としている。

 本論文では、各家計の新技術の導入に関する投資行動の決定要因を検証するために、インドネシアのジャワ島西部のサグリン地域における養殖事業の新技術導入のフィールド調査によるデータ収集を行った。

 サグリンの農民は1985年に実施されたダム開発プロジェクトのために移住を迫られ、農業を続けることが困難になった。その中で養殖事業の新たな技術の習得に着手した者がいた。このため、養殖の投資行動の回顧データが初期のころから収集可能であり、このようなデータが長期の投資行動の分析を可能にした。

論文の構成

 本論文は5章で構成され、各章の内容は以下の通りである。

 第1章では、研究背景として研究対象のインドネシアの貧困状況、サグリン地域における調査の背景及びその実施方法と収集データの特徴を示す。最初にサグリン・ダム開発プロジェクト実施後の周辺農村の環境の変化について解説する。さらに国際機関・研究所等によって奨励された養殖の新技術導入の経緯をまとめる。特に農村がそれらの養殖事業を受け入れた背景には、社会・文化・地理的特性が大きく関わっていることに注目し考察する。次にインドネシア、特にジャワ島西部に広く分布するスンダ民族の行動について、家族形態や民族の文化的特徴に依拠し「社会的学習」の観点から考察する。その結果、養殖事業が早くから普及した地域では、インドネシアやスンダ族の伝統的農村社会や人々の以下のような特徴が根強く残っていることが判明した。

1)家族の意思決定が二世代に渡り重要な影響を与えている。

2)村の政治的話し合いの場が多く設けられ、決定は全員一致を基本とすることから、情報交換が他民族より頻繁で濃密である。

3)相互扶助の精神が浸透しているため、養殖の及びその技術に関する知識を独占することなく村人で共有し、その結果村人全体の養殖に関する学習が順調に進んでいる。

 第2章では、Binswanger(1980)が開発した手法に従って、投資意思決定の実験を行うことにより、人々のリスク回避度を計測している。リスクに対する態度の計測は以下のように行われる。まず、家計には五種類の投資の選択肢が与えられる。各々の選択肢から得られる収益は異なるリスク回避的な尺度を持ち、四種類の投資準備金に対して各々投資選択を行ってもらう。実験の結果、家計は期待収益が増加すればするほど、リスク回避的な行動をとる傾向にあることが判明した。

 次に、リスクに対する態度の決定要因について、順序プロビットモデルを使って検証した。その結果、親あるいは子供と同居する家計が核家族の家計よりリスク選好的であることが明らかとなった。また、家庭の教育のレベル、富のレベルが高いほど、部分相対的なリスク回避度が減少することが明らかとなった。

 第3章では家計の資金の借り入れ行動を調べ、各家計の養殖事業に対する投資行動を詳細に分析した。そもそもこの養殖事業は、魚を養殖する網、稚魚や飼料、魚の保全を確保する等のために、相当な資金を必要とする。そのため、家計の資金の調達能力は、投資を決定する際の必要不可欠な要因である。したがって本章では事業資金がどこで入手可能であったか、そして家計が資金借り入れをする際の阻害要因は何かを解明する。二項プロビットモデルにより、各家計の資金調達能力及び借り入れ履歴を家計の属性などの情報から推定した結果、借り入れ履歴のある家計ほど、より資金調達に対する能力が高いことを示すことができた。この結果は、フィリピンやタイにおける先行研究とも一致している。また調査結果から、高等教育を受けている家計、政府関係者のいる家計ほど資金調達能力が高いことも説明している。

 第4章では、第2章で計測した各家計のリスクに対する態度と、第3章で検証した家計の借り入れ行動に関する事実を踏まえて、養殖事業への投資の決定に関する計量モデルを構築し前述の三つの仮説要因「リスクに対する態度」「資金の調達能力」「社会的学習」の検証し、それらの要因の相関をパネルデータによって分析した。要因の一つである社会的学習の効果に関して定量的に検証するために、社会的学習の程度を「家計が直接知っている成功した養殖事業主の人数」と定義した。また、その成功した事業主とどの程度近い関係(親戚・近所等)にあるかについても考慮する。この結果、「資金の調達能力」と「リスクに対する態度」が養殖投資に対する最も重要な要因であることが判明した。さらに教育レベルも投資決定に有意に影響することが明らかとなった。本研究の結果として、参加者が投資の意思決定を自主的にできる開発プロジェクトでは、資金調達を容易にする補完的なサービスを提供することによって、さらなるプロジェクトの成功へとつながることを示した。

 第5章では、定量的に把握できない社会的学習の効果を、養殖事業に関する情報の波及プロセスを定性的な情報をもとに検証した。すなわち、他人の養殖の経験について誰から、どのように情報を得たか等について、養殖を行っている親族や、同時期に養殖を始めたグループを対象に、追調査によって調べた。結果は、前述の計量経済分析の結果を概ね肯定し、以下が検証された。

1)養殖事業が始まって間もない導入の初期には、家族や親族等の血縁関係が情報波及ネットワークの強い役割を果たす。高齢世代がノウハウを伝授するのみならず、若年世代の資金繰りを手助けする例も多く見られた。

2)さらに、養殖を導入した初期段階では血縁関係のみならず、養殖事業の仕入れ等を行う仲介業者も生産者を市場へ繋げる重要な役割を果たしている。

まとめ

 本論文において、フィールド調査に基づいて構築した理論的な仮説、「リスクに対する態度」「資金の調達能力」「社会的学習」について、厳密な計量分析を行った結果、これらの仮説が重要な要因であることが判明した。本研究は、新技術導入の要因を16年のデータを用いて明らかにしたことにより、既存のデータでは難しかった要因の変遷を明らかにすることができた。本研究ではさらに詳細なるフィールド調査による事実との一貫性を検証している。このような研究方法とそれを通じて得られた知見は、新技術導入の要因について理解を深め、今後の研究に新しい示唆を与えるといえよう。

参考文献Binswanger, Hans(1980),"Attitudes towards Risk: Experimental Measurement in Rural India,"American Journal of Agricultural Economics 62(3), 395-407.
審査要旨 要旨を表示する

 宮田氏より提出された博士論文は、英語で"Econometric Investigation of Household Investment Decisions in Rural Indonesia: Social Learning, Risk Attitude, and Credit Accessibility、"と題され、日本語で「家計の投資の意思決定に関する計量経済分析:社会的学習・リスクに対する態度・クレジットのアクセスの効果-インドネシアの事例-」と題されている。

 この論文は、より高度な技術を取り入れる際の発展途上国における家計の投資行動を解明しようとしている。農業や水産業が経済において高い比率を占める途上国では、個人あるいは家計が新技術をどれだけ効率よく学習でき、使い方を身につけるか、さらにその結果、農業における技術革新がどれだけ迅速に普及するかが、国の成長進歩の度合いに大きな影響を与える。しかしながら、途上国における家計行動の観点からの新技術導入についての詳細な研究はない。

 本論文では新技術導入の事例として、インドネシアの西ジャワに位置するサグリンで1985年に実施されたダム開発プロジェクトにおいて、移転を余儀なくされた農民(農業人口)に紹介された養殖事業を取り上げ、支援機関による養殖事業の推進に、個々の家計がどのように対応したかが分析されている。本論文では人々が、新しい養殖ビジネスを始めるかどうかを決定する要因を特定し、各要因の相対的重要性を検証した。このために、ミクロ開発経済学における先行論文に基づいて、家計が主に新しい技術を導入して事業を始めるに際して、重要な影響を与えると考えたいくつかの要因を仮定した。それらは、リスクに対する選好、クレジット(信用)へのアクセスと他人からの学習効果の三つである。これまでの先行論文において、これらの要因のうち、一つか二つについて、投資の決定を論文したものは存在するが、統一されたフレームワークに基づいて三つ全ての要因を盛り込み、さらにミクロデータを用いた理論の検証を行った論文はほとんど見られない。宮田氏は、独自に収集したパネルデータを用いて計量経済モデルにより厳密な検証を行っている。合計3回、のべ5ヶ月にわたる期間サグリンの周辺農村に滞在し、フィールド調査を行なうことによって、400世帯を対象に面接方式によるアンケート調査によって家計のパネルデータを完成させている。

 論文は、1章序,Introduction、2章インドネシア農村における家計のリスクに対する態度の推計、Household's Risk Attitudes in Indonesian Villages,3章家計の借り入れ行動、Credit Accessibility of Households-Are Credit Constraints holding the Poorest back、4章、家計投資の決定行動の計量経済分析-社会的学習、リスクに対する態度、クレジットへのアクセス,Econometric Investigation of Household Investment Decisions: Social Learning,Risk Attitude,and Credit Accessibility,5章養殖投資の決定要因に関するグループ面接調査による定性的知見,Decision Factors influencing Aquaculture Adoption,Qualitative Findings from the Group and Key Informant Interviews,と6章結論,Conclusion から構成されている。

 第1章では、インドネシアの貧困状況、プロジェクトの背景および現地調査の方法と収集したデータの特徴についてまとめている。調査対象の地域が、貧困発生率において平均より少し高いことを明らかにした後に、養殖事業が受け入れられた背景を、西ジャワ地域の社会、文化、地理的特性等の観点から説明している。

 最初の調査を1998年に行い、2000年に再調査を行なっている。バンドン市にあるパジャジャラン大学の学生ら等様々な協力を得、準備も含めて2ヶ月以上滞在して得られたデータは、様々な分析を可能にする家計レベルのデータで、ほかに例を見ない詳細な家計の家族構成、社会・経済・農業活動等の情報を含んだパネルデータである。ただし、このデータは過去に関する情報は回答者の記憶に頼っており、無差別に抽出された家計のデータではない。それゆえに、特定の家計を調査せざるを得なかったなど、いくつかの限界があり、分析結果の解釈には注意が払われる必要がある。

 第2章では、人々のリスクに対する態度を計測できる投資実験ゲームを設計し、そのゲームを人々に実施した後に、家計のリスクに対する態度を評価し、家計の特徴との関係についてみている。リスクに対する態度を検証するにあたって、農村家計がどの程度リスク回避的(あるいはリスク愛好的)であるかを明らかにし、彼らのリスクに対する態度が、どれほど富、教育のレベル、家族のサイズ等の家計の特徴によって説明できるかを厳密に調べている。

 実験ゲームの結果は、相対的なリスク回避度の仮説を支持するもので、家計は新しい見込みに比例して、リスク回避的であることが明らかとなった。開発経済学におけるミクロ経済分析は、1990年代、途上国の農民が直面する生産リスクなどが、家計の厚生水準にどのような影響を与えるかを明らかにしてきた。リスク回避的な家計は、多大なリスクを伴う新しいビジネスを開始することに、リスク選好的な家計よりも消極的であるため、まずどのような家計がリスク回避的であり、またなぜそうなのかについて理解を深める必要がある。

 第3章では流動性制約に直面した、あるいは直面していない両家計の借り入れ行動を詳細に調査している。この養殖事業は、魚を養殖する網、稚魚や飼料、(盗難などからの)魚の保全を確保するために、相当な資金を必要としていた。したがって、家計の借入れ可能性は、投資を決定する際に重要な要因であった。

 論文では二項プロビットモデルを用いて、各家計のクレジットへのアクセス度に関して借り入れ履歴や家計の属性などの情報を利用して推定している。実証の結果は、借り入れ履歴のある家計が、よりクレジットへのアクセスがあることを示唆している。貸し手は、過去に借入れがあり、その返済を完全に終了した履歴を持つ家計に貸すことをより好むようである。また、調査結果は、高等教育を受けている、あるいは政府で働く者がいる家計がクレジットへのアクセス度の可能性がより高いことを解明した。家計の仕事の安定性はまた、クレジットへのアクセス度を改善する重要な要因でもある。

 三つ目の要因である他人からの学習効果を量的に計測するため、本論文ではある家計が成功した養殖事業主の人数をどれくらい知っている(認識しているる)かによって決まると仮定した。さらに、その成功した事業主とどのような関係にあるか、ということも考慮に入れている。

 この点に関しては、審査委員から狭いインドネシアの農村ではある1時点では情報が共有されている可能性が高いのではないかという指摘があったが、分析に利用されたデータでは、時系列的な成功人数が個々の家計で異なっている。

 第4章では、インドネシア農村におけるリスクに対する態度と、借り入れ行動について検証した後、家計の養殖事業への投資の決定行動について、どの要因が最も重要な決定要因であったかを検証するため、16年間400世帯のパネルデータを用いて分析している。結果は、クレジットへのアクセスとリスクに対する態度が最も重要な養殖投資への阻害要因であることが判明した。他人からの学習効果、家計の教育レベルなども有意に投資決定に影響することが明らかとなった。本論文の結果は、参加者の投資決定を含むような開発プロジェクトは、クレジットへのアクセスを推進する補完的なサービスを提供することによってさらに大きな成功へとつながることを示唆している。当初の分析では、他人からの学習効果を量的に評価したが、それだけでは情報波及のプロセスがどのように行われたかの全体像を把握することは容易ではない。

 そこで、他人の養殖の経験についてどのように実際に情報を得たのか、またその情報が養殖を採用する決定にいかに影響したかについての質的な情報を、追調査によって詳細に調べている。いくつかの養殖事業を活発に行っている家族や親族のグループと、同時期に養殖事業を始めた(例えば1985年から1988年の初期、1989年から1992年の中期など)グループを対象に、面接調査を行った。主な結果は、(1)特に事業が紹介された初期に、家族や親族が情報波及ネットワークの強い役割を果たすことが明らかとなった。親の世代が使った同じ養殖の施設を用いて、また経験者からの直接の指導を通して、若い世代が経験を積んだ世代から、蓄積した知識や技術を効率的に学ぶことが出来る。さらに、年配世代がノウハウを伝授するだけでなく、若い世代の資金繰りを手助けする現象も多く見られた。(2)初期には、家族・親族だけでなく仲介業者(Middleman)も、生産から市場へ生産者を繋げる重要な役割を果たしていたことが明らかとなった。この仲介業者の役割の重要性は、農村における家計の投資行動においても、最近特に注目が高まっている。

 第5章では、他人の養殖の経験について、誰から、どのように情報を得たか等の質的な情報を、養殖事業を活発に行っている家族や親族らと、同時期に養殖事業を始めたグループを対象に、追調査を行っている。

 最後に、本論文の最大の問題点は、各章が独立した論文として執筆されており、論文全体の一貫性に疑問が残ることを指摘しておく。とくに、2章の新古典派理論から導き出される家計行動の一連の仮説は、必ずしも3章の独自に収集されたデータから得られた結論と一致しているわけではない。特に、審査員から指摘されたように、大家族制が、インドネシアの家計投資行動に大きな影響を与えているとすれば、新古典派モデルの発展途上国における家計の投資行動への応用は、より慎重に行われる必要があることを示唆しているものと理解することも可能である。しかしながら、この問題点を斟酌しても、本論文は、著者による長年の研究の集大成であることに変わりなく、面接調査によって400ものパネルデータを作成し、プロビット分析を利用して、インドネシアの人々の家計行動を定性的に分析した意義は大きい。

 したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するのにふさわしいものと認定する。

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