No | 119801 | |
著者(漢字) | 二階堂,洋史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ニカイドウ,ヒロフミ | |
標題(和) | ラットくも膜下出血モデルにおけるHeat Shock Protein 72の誘導と脳血管攣縮における治療的役割 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119801 | |
報告番号 | 甲19801 | |
学位授与日 | 2005.02.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2378号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 脳神経医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [目的]遅発性脳血管攣縮は、くも膜下出血(SAH)後3日目から9日目に生じる持続的血管狭窄である。SAHとなった患者の27〜38%に虚血症状が出現する病態と一般に言われている。近年、手術や術後の医療管理が進歩したとはいえ、脳血管攣縮によって26〜38%の患者が厳しい後遺症を残したり死に至っている。薬理学的、生理学的見地からすると攣縮状態が1〜2週間も続くとは考えにくく、SAH後の遅発性脳血管攣縮の病態における分子機構はいまだ解明されていない。今日では、多岐にわたる因子が複雑に関与している説が最も有力である。遅発性脳血管攣縮に対してさまざまな新たな治療法が試みられているが、有効な治療法は確立されていないのが現状である。しかし注目すべきことに、脳血管攣縮はSAH後14日目以降となると自然に解除されていくという特徴がある。脳血管攣縮に対する研究はその発生機序に焦点が置かれており、自然解除の機構に関しての研究はほとんどされていない。そこで我々は、遅発性脳血管攣縮の自然解除の機構を明らかにすることにより、脳血管攣縮治療に対する新しい戦略を試みた。今回我々はラットSAH後脳血管攣縮モデルを確立し、脳底動脈におけるmRNAの発現プロファイルを比較検討した。脳血管攣縮関連遺伝子の探索を行った結果、Heat shock protein 72(HSP72)が脳底動脈において脳血管攣縮の程度に相関し誘導されていた。本研究ではHSP72における遅発性脳血管攣縮の治療的役割を中心に報告する。 [本文]今回我々は自家動脈血を1回大槽内に注入し、ラットSAH後脳血管攣縮モデルを確立した。コントロールとして生食の大槽内投与モデルおよび無治療モデルを作成した。脳血管撮影においてラット脳血管攣縮はSAH後1日目から出現し、2日目に最大の血管狭窄となり、その後次第に狭窄は寛解し7日目には脳血管攣縮は改善した。0.3 ml SAHでは最も強く脳血管攣縮が生じる2日目に脳底動脈が14%狭窄したが、0.5 ml SAHでは24%狭窄となり、0.3 ml SAHと0.5 ml SAHを比較すると脳血管攣縮の出現時間や消退時間は同じで、攣縮の程度のみに相違を認めた。今回のラットモデルにおいて、脳血管攣縮の程度は、投与した自家動脈血の容量に依存していると推測された。 Fluorescent Differential Display(FDD)法によりその遺伝子発現プロファイルを比較検討し、脳血管攣縮関連遺伝子について検索し、解析を行った。脳血管攣縮が最も強く生じる2日目を中心に1日目から3日目の脳底動脈におけるmRNAの発現プロファイルを比較検討した。primer数を100組使用し解析した結果、総数12023 bandsのうちSAH後脳血管攣縮に特異的に発現が変化した遺伝子は約9%(1061 bands)認めた。この発現変化した遺伝子1061 bands のうちup-regulationした遺伝子は90.4%、 down-regulationした遺伝子は9.59%認めた。この遺伝子のシークエンスを行い、ホモロジー検索を行った所、110の既知遺伝子を見つけた。このうちup-regulationしていた遺伝子は100genes (90.9%)、down-regulationしていた遺伝子は10 genes(9.09%)であった。これらの遺伝子群のうち我々は脳血管攣縮の時期に一致してup-regulationしたHSP72に注目し解析を行った。 0.5 ml SAH後、脳底動脈におけるHSP72の誘導をRT-PCRにて評価した。Day 2においてHSP72 mRNAが無治療ラットに比較し8.0倍のup-regulationを認めた。また、同様に生食大槽内投与に比較し1.9倍のup-regulationを認めた。SAH後HSP73の誘導は生食大槽内投与に比較し変化を認めなかった。Real-time RT-PCRでは、Day 2においてHSP72 mRNAは生食大槽内投与に比較し1.8倍強く誘導されていた。HSP72のみ認識する特異的な抗体を使用したWestern blotでは、Day 2においてHSP72 proteinが生食大槽内投与に比較し2.7倍のup-regulationを認めた。 脳底動脈におけるHSP72誘導の分子機構を評価するため、antisense HSP72 oligodeoxynucleotide(ODN)をラット大槽内に投与し、HSP72誘導を選択的に抑制し脳血管攣縮の変化を評価した。RT-PCRでは、antisense HSP72 ODN大槽内投与によって0.3 ml SAH後Day 2におけるHSP72 mRNAの誘導を顕著に抑制し、HSP72mRNAの発現を57.6%低下した。Real-time RT-PCRでは、antisense HSP72 ODN大槽内投与によって0.3 ml SAH後Day 2におけるHSP72 mRNAの誘導を0.74倍に抑制した。antisense HSP72 ODN大槽内投与による遺伝子発現抑制効果は、タンパクレベルの発現も抑制すると考えられる。Western blotで評価を行った所、antisense HSP72 ODN大槽内投与によって、0.3 ml SAH後Day 2におけるHSP72 タンパクの発現が54.1%低下した。脳血管撮影では、antisense HSP72 ODN大槽内投与により0.3 ml SAH後、脳血管攣縮がより増加し、血管の狭窄が強くなっていた。Day 1から5にかけて顕著に攣縮の悪化をきたし、特にDay 2と3において統計学的な有意差を認めた。一方、sense HSP72 ODN大槽内投与では、SAH後の脳血管攣縮とほぼ同等なパターンを呈しており変化を認めなかった。Day 3以降antisense HSP72 ODN大槽内投与によるSAH後脳血管攣縮の悪化はしだいに改善し、Day 6から7になるとsense HSP72 ODN大槽内投与後またはSAH後の脳血管攣縮とほぼ同等なパターンとなった。antisense HSP72 ODNの大槽内局所投与によりSAH後、脳底動脈におけるHSP72の発現が抑制され、脳血管撮影では脳血管攣縮が悪化した。以上の結果から少なくともHSP72には、遅発性脳血管攣縮に対して防御的作用を持つことが示唆された。 胃粘膜などの組織においてHSP72を誘導させる消化性潰瘍治療薬、geranylgeranylacetone(GGA)をラットに1回経口投与することにより、脳および脳底動脈にHSP72が有意に誘導させることができた。SAH後HSP72は脳底動脈に誘導されることを示したが、次にGGAを加えHSP72誘導をより増強させた場合、遅延性脳血管攣縮はどのように変化するか検討した。SAH後GGAを12時間ごとに経口投与したところ、RT-PCRではSAH後 1日目よりHSP72 mRNAの誘導が強く認められ、2日目では有意に発現が誘導された。Western blotでは、SAH後2日目から3日目にかけてHSP72タンパクが有意に誘導されていた。脳血管撮影において、SAH後GGA経口投与によりHSP72誘導を増強させた所、1日目から脳血管攣縮の程度が寛解し2日目の最大攣縮期に血管の狭窄が減弱していた。脳血管撮影ではSAH後1日目から3日目かけて有意に攣縮の寛解をきたしていた。以上の所見より、SAH後GGA経口投与によりラット脳底動脈にHSP72を誘導させることにより、脳血管攣縮は顕著に改善し、その結果HSP72は脳血管攣縮に対して拮抗的に作用していると考えられた。GGAによるHSP72の誘導によって脳血管攣縮を防御および寛解させることが出来た。 GGAによるHSP72の誘導のメカニズムは、PKCおよびHSF1を介して行われると報告されている。今回の研究でも、GGAの同様の機序によりSAH後GGAの経口投与によりラット脳や脳底動脈にHSP72誘導を増強させたと思われる。HSP72には、内皮細胞障害、アポトーシス、フリーラジカルに対する防御作用、起炎物質産生の抑制作用と同様に、細胞障害によって引き起こされた血管平滑筋細胞の増殖や壊死に対して細胞保護作用を認める。このような細胞障害は遅延性脳血管攣縮で報告されている諸説の病態と同様の現象であり、HSP72は、SAH後遅延性脳血管攣縮の病態で見られる細胞障害に対して防御的かつ生体保護的に作用していると推測された。 [結語]HSP72は脳血管攣縮における抗攣縮分子であることが明らかとなった。HSP72は脳血管攣縮病態における新たな創薬ターゲットであり、GGAはHSP72誘導を介して抗攣縮効果を示した。 今後の研究では、GGAの防御的作用が選択的にHSP72誘導によって引き起こされているか証明して行く必要がある。 | |
審査要旨 | 本研究において、くも膜下出血(SAH)後の遅発性脳血管攣縮の病態における分子機構はいまだ解明されていないため、脳血管攣縮関連遺伝子の探索を行い、Heat shock protein 72(HSP72)が脳血管攣縮の程度に相関し誘導されることを見いだした。さらにHSP72における遅発性脳血管攣縮の治療的役割を中心に研究を行った。今回の研究により、下記の結果を得ている。 1.ラット自家動脈血SAHモデルを確立し、Fluorescent Differential Display(FDD)法によりその遺伝子発現プロファイルを比較検討し、脳血管攣縮関連遺伝子について検索し、解析を行った。脳血管攣縮が最も強く生じる1日目(Day 1)からDay 3の脳底動脈におけるmRNAの発現プロファイルを比較検討した。primer数を100組使用し解析した結果、総数12023 bandsのうち1061 bandsに遺伝子発現の変化を認めた。これらの塩基配列を解析した結果、脳血管攣縮と相関が強く示唆された既知の遺伝子が110 genes見つかった。そのうちup regulationしていた遺伝子は100 genes (90.9%)、down regulationしていた遺伝子は10 genes (9.09%)であった。今回heat shock protein 72 (HSP72)に注目し、その分子機構の解析を行った。 2.脳血管撮影においてラット脳血管攣縮はSAH後 Day 1から出現し、Day 2に最大の血管狭窄となり、その後次第に狭窄は寛解しDay 7には改善した。RT-PCR、Real-time RT-PCRおよびWestern blotにおいて脳底動脈にHSP72の誘導がDay 1からDay 2にかけて強く認められた。 3.HSP72の分子機構を検討するためにantisense HSP72 oligodeoxynucleotide(ODN)、 sense HSP72 ODNをラット大槽内に投与し、脳血管攣縮における役割を解析した。RT-PCR、Real-time RT-PCRおよびWestern blotにおいて、antisense HSP72 ODN投与により、SAH後Day 1〜2に発現したHSP72誘導は抑制されていた。脳血管撮影ではantisense HSP72 ODN投与により、Day 1からDay 5にかけて脳血管攣縮が顕著に悪化し、統計学的にはDay 2とDay 3に有意差を認めた。以上の結果からantisense HSP72 ODN投与によるHSP72発現誘導の特異的抑制によりSAH後脳血管攣縮を増加させた。 4.HSP72を誘導させる消化性潰瘍治療薬、geranylgeranylacetone(GGA)をラットに経口投与したところ、RT-PCRにおいて脳底動脈にHSP72の誘導が確認された。今回、SAH後GGAを投与したところ、RT-PCR、およびWestern blotにおいて、脳底動脈にHSP72の誘導が増強された。さらに脳血管撮影においては脳血管攣縮がDay 1からDay 3にかけて寛解された。以上の結果からGGA経口投与はHSP72誘導増強を介して脳血管攣縮を改善させた。 以上、本論文はラットSAH後の遅発性脳血管攣縮モデルにおいて、HSP72の分子機構の解析から、HSP72は脳血管攣縮に対して拮抗的に作用しており、HSP72の誘導が脳血管攣縮治療の一手段となることが示唆された。SAH後の遅発性脳血管攣縮の病態における分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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