学位論文要旨



No 119809
著者(漢字) 長田,幸仁
著者(英字)
著者(カナ) オサダ,ユキヒト
標題(和) 曳航ブイに搭載したGPS音響結合方式の海底精密測位システムの開発と深海底における測位試験
標題(洋) Development of a GPS/Acoustic seafloor positioning system on a towed buoy and its trial observations on the deep seafloor
報告番号 119809
報告番号 甲19809
学位授与日 2005.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4607号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平田,直
 東京大学 教授 浅田,昭
 東京大学 教授 徳山,英一
 東京大学 教授 金沢,敏彦
 東京大学 助教授 篠原,雅尚
 東北大学 教授 藤本,博己
内容要旨 要旨を表示する

 日本周辺は、太平洋プレートなどの沈み込みにより海域で大地震が発生しているが、震源域近傍の海底で地殻変動を観測したデータはほとんどない。最近、陸上のGPS観測や自然地震観測の結果に基づいて海底のプレート境界のすべり分布を推定する試みが行われている。たとえば陸上のGPS観測の結果から日本海溝における海洋プレートの沈み込みに伴うすべり欠損の分布を推定した研究などがあるが、観測点が陸上に限られているため、陸上から離れた場所では解析の信頼性が低い。このように陸上に限られている地殻変動観測を海域に展開することは重要な問題である。本研究では、海底で地殻変動観測を行うための海底精密測位システムの開発とその装置を用いた測位の精度評価を行う。

 陸上から200-300km離れた海底で地殻変動観測を行う手法としてGPS 音響結合方式の海底精密測位がある。この手法は、陸上のGPS基準局を用いてキネマティックGPS(KGPS)を用いた海上の測位と海上海底間の音響測距を結合して、海底の精密な位置を求め、繰り返し観測により海底の水平変動の検出を目指すものである。このような研究は米国および日本で進められているが、これまで用いられている観測システムでは水深2000-3000mという比較的陸に近い海底でしか観測ができない。水深6000-7000mという日本周辺の海溝域で地殻変動を行うためには、深海底用の測位システムが不可欠である。このほかにも技術的課題として、海溝軸が陸から200km も離れているために必要となる長基線のKGPS測位や、調査船の発する海中音響雑音に妨げられることなく海上測位と海中測位を結合するシステムの開発、海中における音速変化の補正などの課題がある。

 日本周辺の海溝域のほぼ任意の場所で海底地殻変動観測を可能にするために、大水深(9000m)用の超深海音響測距装置を米国のスクリプス海洋研究所および東北大学と共同開発した。音波の周波数を8〜12kHzと比較的低くし、200dB re. 1μPa @ 1m nominalという高い音圧で送信することにより、理論上14kmの距離で精密測距ができる装置ができた。14km以上の長距離測距ができれば、水深9000mの海底でも精密測位が可能になる。8〜12kHzの音波を用いてステップスイープと呼ばれる周波数変調方式の音響信号(20ms長)を送信し、受信波形との相関処理を行うことにより、1cmよりよい測距分解能を得ている。海底に設置する精密音響トランスポンダー(海底局)の電子部および電池はチタン合金製の耐圧容器に収納し、実際に水深9000mの海底に設置することも可能にした。電池の容量は5年以上の観測に耐える設計になっている。後述のハワイ島沖や三陸沖の試験観測で、実際に15.5kmを超える距離で精密測距ができることが確認されている。

 陸上から200km以上離れた海上で精密測位を行うためにKGPSを用いている。KGPS解析ソフトとしてNASAのジェット推進研究所が作成したGIPSY-OASISIIを用いて、長基線キネマティックGPS測位の精度を評価する実験を行った。後述するように海上で試験観測を行ったが、絶対的な精度評価を行うことは難しいため陸上でも実験を行った。基線長を仙台-鹿島間の240kmにとり、VLBIパラボナアンテナの外周部にGPSアンテナを取り付けて、そのアンテナを精密な回転台として用いた。このデータを三浦・他(2002)が解析し、理論値と比較しKGPSによる水平位置の精度は、0.03mであったと報告している。これにより長基線のKGPS 測位における絶対値の評価をすることができた。

 調査船の発する海中音響雑音に妨げられることなく、海上測位と海中測位を結合するために、2m四方の曳航ブイに搭載した海底測位システムを開発した。ブイの上部には3台のGPSアンテナを取り付け、最下部に音響送受波器を取り付け、GPS受信機や音響測距装置をステンレス製の箱に収納し、電源は船からケーブルで供給するシステムとした。3台のGPSアンテナと音響送受波器の相対位置は、観測の前と後で、光学測量により精密に決定できる。このブイを船から数10m離して曳航することにより、船などからでる音響ノイズ対策が実現するとともに、船を選ばずに観測することが可能になった。

 ブイを船で曳航することにより、任意の場所で測位観測を行うことが可能になり、海中の音速構造の変化を補正する効果的な観測方法が可能になった。海底に3台の海底局を設置し、各海底局の位置を求めたあとで、海底局アレイの中心付近で測位観測を継続するという方法である。海底局アレイとの音響測距により音響送受波器の位置を求め、KGPS測位から求めた音響送受波器の位置と比較することにより、海底局アレイの位置を精密に求める。繰り返し観測により、海底局アレイの水平変位を検出できる。この方法の利点は、海中の音速変化が大きい表層で波線が狭い範囲に集中するため、音速変化の影響が小さくなるということである。

 開発した測位システムについて、その要素技術の評価を行うために、2つの試験観測を行った。2001年7月に行われた東京大学海洋研究所の淡青丸航海では、開発した曳航ブイシステムを用いて海底精密測位実験を行った。海域は陸から約300km離れた三陸沖日本海溝の海側であり、水深は約5500m である。海底精密測位観測は現在でも水深3000mを超える海底では行われていないので、画期的な実験であった。海底局は3台設置したが、1台に問題があったため回収し、海底局アレイを用いた測位観測はできなかった。しかし、曳航ブイを用いて2台の海底局の位置決定と長基線KGPS測位の精度評価を行った。長基線KGPSの精度評価については、曳航ブイの各アンテナについて異なる基線(基線長は約270kmと約350km)においてKGPSのエポック毎の差を比較した。その結果、緯度・経度については1σ で3cm 以内であることが確認できた。VLBIアンテナを用いて行った陸上の実験により、長基線のKGPS 測位について絶対値の信頼性が確認されており、長基線KGPSの水平成分は3cm程度の測位精度が期待できる。

 次に各海底局の周りにブイを曳航して測位観測を行い、その位置を求めた。曳航ブイに搭載した測位システムがほぼ予想通り働くことが確認できた。船の音響雑音は数10m離れても音響計測の障害になるという問題はあったが、音響送受波器に音響雑音遮蔽の笠を被せることで解決できることが分かった。この観測における走時残差は1σで15cmというやや大きな結果となったが、移動中に海洋物理観測を行うことで改善できる。

 上記の三陸沖航海で果たせなかった海底局アレイを用いた海底精密測位は、2000年11月に行ったハワイ島沖の試験観測で実施できた。この観測は、スクリプス海洋研究所との共同研究として、米国のRoger Revelle号を用いて行った。この船は、2-3mの範囲で船位を制御しながら精密音響測距ができる高性能な船であり、ブイは用いずに船底から音響送受波器を下ろして測位観測を行った。ハワイ島南西沖にスクリプス海洋研究所が設置した音響測距装置2台と、本研究で開発した超深海音響測距装置1台による海底局アレイを用いた。海底局の水深は2500〜4500mであり、陸上のGPS基準局からの基線長は約50kmである。

 各海底局の周りで測位観測を行い、海底局の位置を求めた。その結果走時残差は、1σで6-7cmであった。1σの走時残差から各海底局の推定位置の誤差を評価すると30-40cmという結果が得られた。次に3台の中心に移動し、約16時間、海底局アレイの測位を行った。音速構造の時間変化を観測するために、その間連続的にCTD観測を行った。音速構造の時間変化は表層500mが特に大きいことが分かった。KGPS測位と各海底局との音響測距の結果を比較することにより、音速構造の日変化により音響測距に振幅で約0.6mの影響があることが分かった。しかし音速構造の日変化のみならず短周期の変動も3台の海底局との測距に共通しており、海底局アレイの測位にはほとんど影響を与えていない。1回毎の音響測距から得られる海底局アレイの測位の1σは、8〜10cmとなった。この結果から16時間の観測から求められた測位残差の平均値の計測誤差を推定し、1σで約2cmという結果を得た。

 本研究の成果は次のようにまとめる事ができる。水深9000mまで、陸から300kmまでの海底で海底精密測位が可能な観測システムを開発した。曳航ブイに搭載したシステムを採用することで、船を選ばず、日本周辺のほとんどの海溝域周辺で海底測位観測ができる実用的な海底精密測位システムを開発することができた。三陸沖日本海溝の海側およびハワイ島沖の試験観測により、4つの重要な要素技術の性能評価をすることができた。ハワイ島沖の16時間の観測による海底局アレイの測位の推定計測誤差が約2cmであるが、200-300kmの長基線におけるKGPS測位の再現性が約3cmであるので、数cmで海底の水平変動を検出できる測位システムができたといえる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなり、第1章は海底における地殻変動観測装置の開発研究の背景、第2章は本研究で開発したGPS音響結合方式の海底精密測位システムについての記載、第3章はハワイ島南東沖における試験観測、第4章は曳航ブイを用いた日本海溝における海底精密測位実験、第5章では、開発されたシステムの測定精度についての議論を行い、第6章で全体をまとめている。

 日本周辺は、海洋プレートの沈み込みにより海域で大地震が発生しているため、海底のプレート境界の結合状態を理解することが重要である。近年、陸上のGPS観測や自然地震観測の結果に基づいて、プレート境界の結合状態を推定する試みが行われているが、震源域近傍の海底で地殻変動を観測したデータはほとんどない。このため、地殻変動観測を海域に展開することは重要であり、海底での観測を可能にするシステムの開発が必要であった。

GPS音響結合方式の海底精密測位システムの開発

 本研究によって、GPS音響結合方式の海底精密測位システムを開発した。このシステムでは、陸上のGPS基準局を用いたキネマティックGPS(KGPS)で海上局の測位を行い、海上局と海底局間を音響測距して海底の精密な位置を求め、繰り返し観測により海底の水平変動を検出する。

 これまでに米国および日本で開発されたGPS音響結合方式の海底精密測位観測システムでは、陸に近く、水深が2000-3000m程度の近い浅い海底で、優れた音響性能を持つ調査船によってしか観測を行うことができなかった。そこで、本論文の研究では、(1)大深度(6000-7000m)の日本周辺の海溝域で地殻変動を行うことのできる超深海底用の測距システム、(2)陸から200km程度離れている海溝軸近傍で測定できる、長基線の測位システム、(3)調査船の発する海中音響雑音に妨げられることなく海上測位と海中測位を結合することのできるシステム、(4)海中における音速変化の影響を除去できるシステムを開発して、それらを統合して、日本周辺の大深度の海底での地殻変動を観測できるシステムを開発することを目指した。

 このために、以下の開発が行われた。(1)水深9000mの深海底に設置することを可能とするため海底局の電子部および電池をチタン合金製の耐圧容器に収納した。長距離音響測位を実現するために、音波の周波数を比較的低くし、高い音圧で送信出来るようにした。(2)陸上から200km以上離れた海上で精密測位を行うためにKGPSを用いた。(3)調査船の発する海中音響雑音の影響を減らすため、2m四方の曳航ブイに搭載した測位システムを開発した。(4)海中の音速構造が変化する影響を補正するために、海底に3台の海底局を設置し、海底局アレイの中心付近で測位観測を行う方法を採用した。

試験観測によるシステムの性能評価

 開発した測位システムについて、その要素技術の評価を行うために、2つの試験観測(ハワイ島沖のRoger Revelle号研究航海観測、2000年;三陸沖の東京大学海洋研究所淡青丸航海観測、2001年)を実施した。

 ハワイ島沖研究航海観測(海底局水深2500〜4500m、陸上のGPS基準局からの基線長約50km)では、16時間の海底局(3台)アレイ中心の測位観測から、計測誤差が約2cmと推定された。音速構造の時間変化は表層500mで大きいが、海底局アレイの測位にはほとんど影響を与えていないことが分かった。

 三陸沖で行われた航海観測(海底局水深約5500m、陸上のGPS基準局からの基線長約300km)で、曳航ブイシステムを用いた海底測位実験を行った。15.5kmを超える距離で精密測距ができることが確認された。長基線(270km、350km)KGPSによる水平位置の短期再現性が、標準偏差2-3cmであることがわかった。

 以上の研究によって、陸から300km、水深9000mの海底で、海底精密測位(誤差数cm)が可能な観測システムが開発された。日本周辺のほとんどの海溝域で海底測位観測ができる実用的なシステムで、これまでは水深3000mを超える海底では精密測位が行われていないので、画期的なシステムである。この成果は、地球物理学の研究に新たな知見を与えた。

 なお、本論文の第3章「ハワイ島南東沖における試験観測」は、藤本博巳、三浦哲、Aaron Sweeney、金沢敏彦、酒井慎一、 John Hildebrand、Dave Chadwell、第4章の「曳航ブイを用いた日本海溝における海底精密測位実験」の一部は、藤本博巳、三浦哲、酒井慎一、中尾茂、金沢敏彦との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、解析および論証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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