学位論文要旨



No 119811
著者(漢字) 宇留田,麗
著者(英字)
著者(カナ) ウルタ,ウララ
標題(和) 学生相談システムの構成におけるコラボレーションの意義と課題 : 統合的な学生相談サービスの実現に向けて
標題(洋)
報告番号 119811
報告番号 甲19811
学位授与日 2005.03.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第107号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,晴彦
 東京大学 教授 汐見,稔幸
 東京大学 教授 亀口,憲治
 東京大学 教授 倉光,修
 東京大学 助教授 恒吉,僚子
内容要旨 要旨を表示する

 大学進学率の増加を背景とした大学生の多様化にともない,より統合的な視点に立った学生相談サービスの構成と,そうしたサービス構成を実現するための学生相談システムの再構築が求められている。本研究は,統合的な学生相談サービスを提供する学生相談システムを構成するひとつの方法として,大学教員と臨床心理士という異職種のスタッフ間のコラボレーション(collaboration,協働)に着目し,システム作りの実践事例の記述を通して,異職種のスタッフによる学生相談システム構成の実践モデルを生成することを目的とした事例研究である。

研究の目的と方法(第1部:第1章-第2章)

 第1部では,本研究の位置づけや方法論について論じた。第1章では,まず,本研究が,異職種による統合的な臨床心理サービスの構成という問題を扱う研究として位置づけられることを示し,この問題が生じた背景について論じた。次に,本研究の領域である日本の学生相談において,システム構成の基盤となった活動理念の歴史的変遷と,学生相談システムの現状と課題を概観した。ここでは,近年の学生相談領域において,修学支援に重点を置く,より統合的な学生相談サービスの構成が求められていることが明らかとなった。また,統合的なサービスを提供するためのシステムの構築方法が重要な課題となっていることを論じた。しかし,このような状況であるにも拘らず,学生相談システムの構成方法に関する研究はほとんどないのが現状である。そこで,筆者が参加した,大学教員と臨床心理士が組織的に連携して取り組んだ学生相談システム作りの実践活動を,日本の学生相談の領域における学生相談システム作りの先駆的な事例として取り上げ,事例研究によって,システム構成の実践モデルを生成することを本研究の目的とした。また,日本の学生相談の領域において,異職種が参加してシステム構成を行うことの意義と課題を示すことも,本研究の目的とした。

 第2章では,本研究の方法について論じた。本研究は,実践活動を通してデータを収集する,実践研究というスタイルをとる。そこで,第2章では,実践研究の意義と留意点を整理し,本研究で採用する「実践的フィールドワーク」という方法の手続きを示した。

学生相談システムの構成に関するモデルの生成(第2部:第3章-第5章)

 第2部では,筆者が心理カウンセラーとして参加した,異職種のスタッフによる学生相談システムの構成という実践活動をモデル化することを試みた。

 第3章では,本研究で学生相談システムの構成が展開されたフィールドである,ある総合大学の学部の特徴を,学部の規模やカリキュラムといった修学制度に関する側面と,学生の進路や気風といった学生に関する側面から記述した。

 第4章では,相談室が設立された1997年9月から筆者が退職した2002年3月までのシステム構成の過程を,3段階に分けて記述した。各段階における(1)システム構成や活動の実践仮説と方針,(2)活動の内容,(3)活動の結果を,統計資料や事例を交えて記述した。大学教員と臨床心理士がチームを組んで学生相談活動を展開する中で,相談員たちが,「学習面と心理面の両方の側面を視野に入れた,統合的な問題理解とサービス構成が必要であること」を見出した経緯と,統合的なサービスの構成を可能にする相談システムを構築するために試行錯誤を重ねた過程を記述した。

 第5章では,システム構成に関するモデルを生成した。まず,モデルを生成するにあたって「コラボレーション」という概念に着目した経緯を説明した。次に,他の異職種間の協力に関する概念との比較によってコラボレーションの特徴を整理し,概念の定義を行った。そして,コラボレーションという概念を導入して,実践活動の過程で生じていた異職種間の関係とシステム構成の展開との関連性を分析し,異職種の参加によって学生相談システムの構成を行う方法を示すモデルとして,「コラボレーションによるシステム構成の循環的プロセスモデル」を生成した。このモデルでは,(1)「サービスの評価とニーズの把握」,(2)「新システム・新サービスの計画」,(3)「新システム・新サービスの実施」の3つの過程において,それぞれ「学生相談機関の相談員と利用者や他機関との間」,「現場の異職種の相談員間」,「現場の相談員と上位組織である運営委員会の委員との間」でコラボレーションを行い,この過程を循環的に繰り返すことにより,コミュニティのニーズに合う統合的なサービスを提供できる学生相談システムを,より効果的に構成することが可能であるということを示した。

コラボレーションによるシステム構成に向けての課題と方略(第3部:第6章-第8章)

 第2部で生成したモデルを実践するためには,コラボレーションを成立させるための課題と方略を明らかにすることが必要である。そこで,第3部では,コラボレーションによるシステム構成やサービス構成を成立させるための課題や方略を,参加者への面接調査や相談事例のデータに基づいて検討した。

 第6章では,運営委員を対象とした面接調査を行い,委員の相談活動に対する認識の変化を検討した。その結果,本事例が,現場相談員と運営委員の間にコラボレーションが成立した希少な成功例であったことを明らかにした。さらに,学生相談システムの構成のために,現場と上位システムがコラボレーションを行うことにより,現場の相談活動のみならず,参加した大学教員の専門性の向上や,大学コミュニティ全体の環境改善といった利益がもたらされることを示した。また,運営委員と現場相談員のコラボレーションを成立させるためには,「情報の共有に関する課題」と,「委員の姿勢に関する課題」があることを指摘し,課題を乗り越えるための方略を考察した。

 第7章では,大学教員と臨床心理士という異職種の相談員が,事例への援助においてコラボレーションを行うことの利点と課題について,相談事例の事例研究によって検討した。また,両者がコラボレーションによって有益な援助を構成するために必要な条件を考察した。その結果,コラボレーションによる相談活動には,「包括的・多角的な援助に関する側面」,「援助者チームとクライエントとの関係に関する側面」,のそれぞれにおいて特有の利点と課題があることを示した。さらに,これらの利点を生かして課題を克服するためには,コラボレーションを成立させるための方略や態度が援助者に求められることを示した。

 これを受けて,第8章では,相談員への面接調査によって,相談員がコラボレーションを成立させるためにどのような方略や態度を用いているのかを検討した。その結果,「継続事例への対応の統一」,「相手の一般的対応についての理解の形成」,「面接中に主導権を行使するやり方」,という3つの方略が,相談員の経験の中で自発的に開発され,行使されていることが確認された。また,それらの方略は,「自分の見方を絶対視しない」,「雰囲気を優先する」,「利用者中心の価値観」,という3つの態度を規範として用いられていることが示された。そして,これらの方略や態度の形成には,「相談室が置かれた場のニーズを認識すること」,「対人援助の専門家と非専門家のそれぞれの立場の利点や限界を適切に認識すること」,「相談員の個人的特性」が関わっていることが示唆された。

結論(第4部:第9章)

 第4部では,本研究で得られた知見を総括し,本研究で得られた知見の臨床的有効性と方法論上の限界,今後の課題について検討した。

 まず,本研究で得られた知見を総括し,次に,本研究で得られた主要な知見である,第2部で生成された学生相談システムの構成に関するモデルと,第3部で得られたコラボレーションのための方略に関する知見をまとめ,「コラボレーションによる学生相談システム構成の統合的モデル」を提案した。

 本研究の意義として,以下の4点が挙げられた。(1)本研究で生成されたモデルが,統合的な学生相談サービスを提供するための学生相談システムを構成する方法を示していること。本モデルは,「異職種の組織的なコラボレーションによって,学生相談システム全体を構成し,発展させていく」という発想を提示している点に独自性がある。また,システム理論の知見を取り入れ,自己組織化という観点からシステム構成の方法について考察している点にも今後の発展性があると考えられる。(2)「大学教員と臨床心理士のコラボレーションによる,学習面と心理面の統合的なサービス構成」という新しいサービス構成の方法を提示し,その利点と課題,有効なサービス構成を行うための方略を提案していること。(3)従来の学生相談研究ではほとんど扱われることのなかった,学生相談システムを構成する際の上位システムとのコラボレーションという視点を提示していること。(4)教育現場での対人援助活動において重要な,対人援助の非専門家とのコラボレーションを成立させる方法を提示していること。

 また,本研究の知見の応用可能性の検討,研究者と対象との関係についての検討,研究デザインの検討を通して,他のフィールドや他領域との比較によるモデルの検証修正が今後の課題であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、大学に入学する学生の多様化に伴い、学生相談へのニーズが高まるとともに、相談内容も多様化している。特に心理相談だけでなく、修学相談を含めた統合的な相談サービスが求められている。本論文は、このような社会的要請に応えるべく、異種職が組織的に連携して学生相談システムを構成した先駆的実践活動についての事例研究である。著者は、この活動に心理カウンセラーとして参加し、実践者の立場からフィールドワークを行い、質的研究法を用いて統合的な学生相談システムを構成するためのモデルを提案している。論文は、4部9章から成り、段階的にモデルを生成し、発展させていく構成となっている。

 まず第1部では、第1章で統合的相談サービスが必要となっている社会的背景と日本の学生相談活動の現状と課題が論じられている。第2章では実践的フィールドワークの方法が提示されている。次に、モデルを生成する第2部では、第3章で研究フィールドであるA大学B学部の特徴が紹介され、第4章で大学教員、学習相談員、心理カウンセラーといった異種職が協働して相談室の組織作りを行った過程が具体的に記述されている。そして、第5章では、その過程の分析を通して統合的な学生相談活動を発展させるためのモデルとして「コラボレーションによるシステム構成の循環的プロセスモデル」が生成された。

 第3部では、提案されたモデルを有効に実践するための課題と方略が検討されている。まず第6章で、運営委員(大学教員)を対象とした面接調査を行い、現場相談員と上位システムである運営委員会とのコラボレーションを成立させるための「情報の共有」と「委員の姿勢」に関する課題と方略が抽出された。また、第7章で具体的相談事例を通して、学習相談員と心理カウンセラーという異種職の相談員間の関係が検討され、さらに第8章で相談員への面接調査によってコラボレーションを成立させる方略として「継続事例への対応の統一」「相手の一般的対応についての理解の形成」「面接中に主導権を行使するやり方」が抽出された。最後に第4部では、第2部で生成されたモデルと第3部で明らかとなった方略を総合した「コラボレーションによる学生相談システム構成の統合的モデル」が提案され、その上で研究の意義が論じられている。

 本論文は、異種職が協働して学生相談活動を構成した先駆的事例についての実践的研究である点で意義がある。また、フィールドワークの手法に基づき多面的データを収集し、データ分析にはグラウンデッドセオリーアプローチを用いてカテゴリーを抽出し、それらを総合した統合モデルを提案している点で、方法論の観点からも評価できる。近年、学生相談に限らず、様々な心理援助の領域において異種職が協働して相談システムを構成することが社会的に求められている。本論文は、他の領域にも適用可能な「統合的相談システムの構成モデル」を提示しており、このような社会的要請に応えるものともなっている。よって、本論文は、博士(教育学)の学位を授与するに相応しいものと判断された。

UTokyo Repositoryリンク