学位論文要旨



No 119812
著者(漢字) 森田,将史
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,マサヒト
標題(和) 高速刺激提示法を用いた事象関連型磁気共鳴機能画像法によるサル反応抑制機能の研究
標題(洋) A rapid presentation event-related fMRI study of response inhibition in macaque monkeys
報告番号 119812
報告番号 甲19812
学位授与日 2005.03.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2380号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 百瀬,敏光
 東京大学 助教授 伊良皆,啓治
 東京大学 助教授 廣瀬,謙造
 東京大学 講師 山口,正洋
内容要旨 要旨を表示する

 高次認知機能の一種である抑制制御は前頭葉の特徴的な機能の一つである。この抑制機能の神経機構を調べるための有効な実験パラダイムとして、go/no-go課題が広く用いられてきた。これまでgo/no-go課題を用いたサルにおける電気生理学実験や破壊実験、およびヒトにおける脳機能イメージングにより、腹側前頭前野が抑制制御に関与していることが報告されてきた。これらサルおよびヒトにおける研究によって得られた知見を比較し統合することは、抑制制御の神経機構に関してより詳細な検討を行うために不可欠であると考えられるが、研究手法の違いにより、両種間の結果を直接比較することはこれまで困難であった。最近、サルを用いた麻酔下、あるいは課題遂行時の磁気共鳴機能画像法を用いた実験が報告されてきており、このサルを用いた磁気共鳴機能画像法は、サルでの電気生理学実験とヒトでの認知機能のイメージング実験の間にある溝を橋渡しすることが期待される。磁気共鳴機能画像法のなかでも、高速刺激提示法は、異なる試行を短い間隔で交互に提示することができ、試行により引き起こされた主効果や差分効果を1試行ごとに解析することが可能である。そこで、本研究では、高速刺激提示法を用いた事象関連型磁気共鳴機能画像法を、報酬対称型go/no-go課題遂行時のサルに適用し、抑制制御の一つである、反応抑制に関わる脳領域を同定することを目指した。

 2頭のマカクサル(monkey O、monkey D)を被験体として用いた。本研究で使用した報酬対称型go/no-go課題では、サルはコンピューター画面上に提示される条件刺激に従ってレバーを解放、または保持することを要求される。サルが右手でレバーを引くと試行が開始する。0.6秒から3秒のランダムな期間、注意刺激が提示された後、条件刺激(go試行では緑の四角、no-go試行では赤の四角)が300ミリ秒提示される。go試行では、条件刺激提示開始から、450ミリ秒(mokney D)または500ミリ秒(mokney O)以内にレバーを解放すると報酬が与えられる。一方、nogo試行では条件刺激提示後、1秒レバーを保持していれば報酬が与えられる。null試行では3秒間、試行間と同じ黒画面が提示される。これら3種類の試行(go試行、no-go試行、そしてnull試行)の提示順序は、最適刺激提示アルゴリズムにより決定した(図1(b))。

 サルは上記課題を1.5Tの横型磁気共鳴画像装置内で行った。課題遂行時のサルの脳機能画像(BOLD信号)は、エコープラナー法(FOV=128x128、TR=1.5秒、TE=35ミリ秒、フリップ角=70度、matrix=64x64、スライス厚=2ミリ、スライス間ギャップ=0.5ミリ、スライス数=10枚)を用いて取得した。データ解析は、SPM99を用いて行った。

 最初に、go試行時およびno-go試行時に腑活のある領域をそれぞれ調べたところ、腑活部位の多くは両試行ともに共通であった。最も腑活の高かった部位は、go試行時、no-go試行時ともに左側前肢に相当する感覚運動野であった。サルは常に右側前肢を用いてレバーを操作しているので、この腑活は、サルがレバーを解放または保持する運動に相関していると考えられる。

 次に反応抑制に関与する領域を同定するため、go試行時よりもno-go試行時のほうが腑活が大きかった部位を調べたところ、両側の腹側前頭前野(ventral prefrontal cortex; VPFC)と左側の運動前野であった(図2、corrected p<0.05)。このうち、両側VPFCの最大腑活部位のBOLD信号変化をno-go試行とgo試行とで比較したところ、no-go試行のほうが高かった(図3(a))。さらにこの腑活を定量的に比較したところ、両側のVPFCともno-go試行で有意に高かった(図3(b)、p<0.01)。

 本研究では、高速刺激提示法を用いた事象関連型磁気共鳴機能画像法を、報酬対称型go/no-go課題遂行時のサルに適用し、go試行時に比べてno-go試行時のほうが腑活が大きかった領域として両側のVPFCを同定した。この腑活はno-go試行時とgo試行時の腑活の差分として得られるものである。したがって、go試行とno-go試行の両試行に共通する認知成分、すなわち条件刺激提示による視覚刺激分析成分、条件刺激に基づく反応選択成分、レバー解放または保持による運動実行成分は除去される。また報酬対称型go/no-go課題では被験者は条件刺激と反応とを連合させることが要求される。以上より、VPFC部位での腑活は、反応抑制に相関していることが示唆される。また本研究で同定された両側VPFCにおける腑活部位は、以前電気生理学実験で報告された腹側前頭前野の中の部位を含んでおり、先行研究の結果と矛盾しない。以上の結果は、高速刺激提示法を用いた事象関連型磁気共鳴機能画像法を認知課題遂行時のサルに適応することの有用性を示すものであり、今後サルの電気生理学的手法とヒトの磁気共鳴機能画像法との間にあった溝を橋渡しする手法として期待される。

図1(a) symmetrical rewarded go/no-go課題;試行は、サルがレバーを引くと開始される。注視刺激(warning cue)提示の後、条件刺激(go cue:緑色四角、no-go cue:赤色四角)が提示される。サルは条件刺激により、レバーを解放する(go試行)または保持する(no-go試行)ことを要求される。null試行は、試行間と同じ黒画面が提示される。(b)go試行、no-go試行そしてnull試行の最適刺激提示順序。 上2列の細棒は、go試行とno-go試行の刺激提示位置を、最下列の太横棒は、null試行の提示位置を示す。

図2 no-go試行のほうがgo試行よりも腑活が高かった領域(corrected p<0.05);左:矢状断面(y=12)、水平断面(z=6)構造画像上(monkey O)に、腑活部位を表示した。右:腑活部位(赤色部位、corrected p<0.05)の3次元脳上への表示。

図3(a) 左側前頭前野と右側前頭前野の最大腑活部位における条件刺激提示後のBOLD信号変化。go試行は赤、no-go試行は青で表示、エラーバーは標準偏差を示す。(b)左側前頭前野と右側前頭前野の最大腑活部位でのno-go試行とgo試行での信号強度の比較。no-go試行時のほうが有意に高かった(p<0.01)。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は前頭葉の特徴的な機能の一つである抑制機能の神経機構を調べるため、高速刺激提示法を用いた事象関連型磁気共鳴機能画像法を、報酬対称型go/no-go課題遂行時のサルに適用し、抑制制御の一つである反応抑制に関わる脳領域を同定することを目指したものであり、下記の結果を得ている。

1.2頭のマカクサル(monkey O, monkey D)を被験体として用い、1.5Tの横型磁気共鳴画像装置内で、最適刺激提示アルゴリズムにより決定した高速刺激提示順序による報酬対称型go/no-go 課題を行わせた結果、2頭のサルとも90%以上の高い正答率で課題を行わせることができた。

2.go試行およびno-go試行の各試行時に、2頭のサルでいずれも腑活のある脳領域を調べたところ、腑活部位の多くは両試行ともに共通であった。最も腑活の高かった部位は、go試行時、no-go試行時ともに左側前肢に相当する感覚運動野であった。さらにこの領域でのBOLD信号の条件刺激提示時からの時間変化やBOLD信号強度を調べたところ、go試行とno-go試行とでは有意な違いはなかった。サルは常に右側前肢を用いてレバーを操作していることから、この腑活はサルがレバーを解放または保持する運動に相関している領域であると考えられた。

3.反応抑制に関与する領域を同定するため、2頭のサルでいずれもgo試行時よりもno-go試行時のほうが腑活の大きかった部位を調べたところ、両側の腹側前頭前野(ventral prefrontal cortex;VPFC)と左側の運動前野(ventral premotor cortex;PMv)が同定された。これらの各領域での最大腑活部位のBOLD信号の条件刺激提示時からの時間変化をno-go試行とgo試行とで比較したところ、go試行よりもno-go試行のほうが有意に高かった。さらにこのBOLD信号強度を定量的に比較したところ、いずれの領域においてもgo試行よりもno-go試行のほうが有意に高かった。

4.各サルごとに、go試行時よりもno-go試行時のほうが腑活の大きかった部位を調べたところ、いずれのサルでも両側のVPFCと左側のPMvに賦活が見られた。これらの各部位のgo試行とno-go試行の条件刺激提示後のBOLD信号の変化を調べたところ、いずれもgo試行よりもno-go試行のほうが有意に高かった。これらの賦活パターンから、VPFCとPMvの2つの領野間で反応に用いる前肢の対側に反応抑制情報の統合が起きている可能性が示された。

 以上、本論文は報酬対称型go/no-go課題遂行時のサルにおいて、事象関連型磁気共鳴機能画像法を用いた解析から、いままでの破壊実験や電気生理学実験では示すことの難しかった反応抑制機能の領野間ネットワークでの役割を明らかにした。本研究は、ヒトの認知機能を解析で用いられている高速刺激提示法による事象関連型磁気共鳴機能画像法を、高次認知課題遂行時のサルに適応することの有用性を示したものであり、今後サルの電気生理学的手法とヒトの磁気共鳴機能画像法との間にあった溝を橋渡しする手法として期待される方法論を確立した研究と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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