学位論文要旨



No 119813
著者(漢字) 木下,弘貴
著者(英字)
著者(カナ) キノシタ,ヒロキ
標題(和) 複数医療機関受診者における重複投薬の現状ならびに薬剤費や医薬分業との関連
標題(洋)
報告番号 119813
報告番号 甲19813
学位授与日 2005.03.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2381号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 講師 河,正子
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 複数医療機関受診者における薬剤の相互作用や重複投薬の発生は、薬物治療の安全性および医療経済的観点の双方から重要な問題である。近年、厚生労働省の主導のもとに強力に推し進められている医薬分業政策も、その基本的な意義の1つは、薬剤の相互作用や重複投薬の防止にある。

 本研究は、1企業の健康保険組合のレセプトデータをもとに、次の3つの事項を検討することを目的とした。

 1)複数医療機関受診者における薬剤の相互作用や重複投薬の発生の現状を知る。

 2)薬剤の相互作用・重複投薬の発生と医薬分業との関連をみる。

 3)重複投薬が薬剤費に与える影響について分析する。

2.対象・方法

 東京都内に本社を有するA社健康保険組合の組合員本人および家族を対象として、2002年4月に複数の医療機関の外来を受診し、複数の医療機関または薬局から内服薬を投薬されている被保険者につき、処方期間の重なる同効薬の投薬や薬剤の併用禁忌の有無について分析を行った。本論文においては、別々の医療機関から処方期間が1日以上重なって同効薬が処方され投薬されているケースを、処方期間内同効薬投薬と呼ぶことにした。尚、投薬とは医療機関や薬局において薬剤を患者に提供することを意味し、必ずしも患者がその薬剤を服用することを意味するものではない。

 同社の健康保険組合が保管しているレセプトデータから、患者属性、処方薬、その用法・用量に関する情報を収集し、薬剤間の併用禁忌、処方期間内同効薬投薬の発生をチェックした。レセプトデータおよび併用禁忌、処方期間内同効薬投薬に関する情報を、薬剤を1単位とするデータとして出力した。このデータを、処方ごと、患者ごとのデータに集計し直した。また、処方ごとのデータから、処方期間が重なっているものについて、2つの処方の組み合わせを1単位とするデータを作成した。

 分析は、処方期間内同効薬投薬の有無と、年齢、被保険者本人・家族の別、すべての投薬を院外薬局で受けているか院内で1件でも投薬を受けているか、対象月に受けた処方件数との関連について、単変量および多変量ロジスティック回帰分析を用いて解析した。また、複数医療機関から発行された処方せん間において薬剤の併用禁忌が発生しているケースの頻度を調べた。

 処方の組み合わせのデータに関して、いずれの投薬も薬局で受けているケースに限って、処方期間内同効薬投薬の発生の有無と、投薬を同一薬局で受けたか別々の薬局で受けたかとの関連をみた。同じく処方の組み合わせのデータから、処方期間内同効薬投薬が発生している主な疾患および診療科の組み合わせ、複数医療機関の受診状況について、年齢階層別(0-19歳、20-59歳、60歳以上)に検討した。

 薬剤を単位とするデータから、処方期間内同効薬投薬が起こった薬剤の薬効分類(薬効大分類と薬効中分類)を分析した。

 医療経済的観点から、同効薬の処方期間の重なる部分の薬剤費について、薬価の高い方および低い方の合計金額を算出した。

3.結果

 1)基礎的事項

 A社健康保険組合の2002年4月1日現在の組合員数は、本人、家族合わせて36,483人であった。平均年齢は33.4歳(SD17.5歳、範囲0-102歳)であった。2002年4月中に複数の医療機関により内服薬を含む処方を受けた人は1,311人であった。この1,311人のうち、本人・家族の別が不明の者が4人いたが、この後の分析は、この4人を除いた1,307人について行った。そのうち、処方期間内同効薬投薬を受けた人は159人であった。

 2)複数医療機関により発行された処方せん間での薬剤の併用禁忌

 今回のデータからは、複数医療機関から発行された処方せんに記載された薬剤間での併用禁忌は1件もみられなかった。

 3)処方期間内同効薬投薬の要因に関する単変量解析の結果(患者を単位とした分析)

 複数医療機関から内服薬を含む処方を受けた人のうち、処方期間内同効薬投薬を受けた人の割合は、0歳代から50歳代まで連続的に小さくなる傾向がみられるが、60歳以上では、50歳代に比べて大きくなる傾向がみられた(マンテル検定:p<0.001)。被保険者本人よりも家族の方が(p<0.05)、対象月の処方件数が多い方が(マンテル検定:p<0.001)、処方期間内同効薬投薬が起こりやすくなっていた。すべての調剤を院外の薬局で受けた人の方が、処方期間内同効薬投薬を受けにくい傾向がみられた(p<0.1)。

 4)処方期間内同効薬投薬の要因に関する多変量解析の結果(患者を単位とした分析)

 処方期間内同効薬投薬の有無を従属変数、被保険者本人・家族の別、年齢カテゴリー(0-19歳、20-59歳、60歳以上)、医薬分業の状況、処方件数を独立変数としたロジスティック回帰分析を行った結果、年齢カテゴリーと処方件数のそれぞれについて、処方期間内同効薬投薬の有無と有意な関連がみられた。20-59歳の人と60歳以上の人は、0-19歳の人に比べて処方期間内同効薬投薬を受けにくくなっていた(20-59歳:p<0.05、60歳以上:p<0.001)。対象月の処方件数が多かった人の方が、処方期間内同効薬投薬を受けやすくなっていた(p<0.001)。医薬分業の状況に関しては、すべての投薬を院外薬局で受けている人の方が、1件でも院内で投薬を受けている人に比べて、処方期間内同効薬投薬が起きにくい傾向がみられた(p<0.1)。

 5)処方期間内同効薬投薬と「かかりつけ薬局」との関連

 (処方の組み合わせを単位とした分析)

 全年齢層と0-19歳、20-59歳に関しては、同じ薬局で投薬を受けた場合の方が、違う薬局で投薬を受けた場合よりも、処方期間内同効薬投薬が起こりにくくなっていた(p<0.001)。60歳以上の層に関しては、有意な差はみられなかった。

 6)処方期間内同効薬投薬のあった処方の疾患の組み合わせ

 (処方の組み合わせを単位とした分析)

 0-19歳と20-59歳では、急性上気道感染症と急性上気道感染症、急性上気道感染症と急性気管支炎の組み合わせで、処方期間内同効薬投薬が最も多く発生していた。60歳以上では、疾患の組み合わせの上位2つは、骨粗しょう症と骨粗しょう症、本態性高血圧症と本態性高血圧症であった。

 7)処方期間内同効薬投薬のあった診療科の組み合わせ

 (処方の組み合わせを単位とした分析)

 0-19歳では、小児科と小児科、小児科と耳鼻咽喉科、小児科と内科の順で、20-59歳では、内科と内科、内科と耳鼻咽喉科の順で、60歳以上では、内科と内科、内科と整形外科、整形外科と整形外科の順で処方期間内同効薬投薬が多く発生していた。

 8)処方期間内同効薬投薬に関わる複数医療機関の受診パターン

 (処方の組み合わせを単位とした分析)

 0-19歳と60歳以上では、ほぼ同じ疾患で受診していた(重複受診)ケースが処方期間内同効薬投薬全体のそれぞれ65.5%、64.1%あったが、20-59歳ではこのようなケースは52.9%であった。0-19歳と20-59歳では、違う疾患に対して同効薬が処方、投薬されていたケースがそれぞれ24.1%、19.6%あったが、60歳以上では1件もなかった。

 9)処方期間内同効薬投薬のあった薬剤の薬効分類(薬剤を単位とした分析)

 0-19歳では、アレルギー用薬、呼吸器官用薬、抗生物質製剤の順で、20-59歳では、中枢神経系用薬、アレルギー用薬、抗生物質製剤の順で、60歳以上では、ビタミン剤、消化器官用薬、循環器官用薬、中枢神経系用薬の順で処方期間内同効薬投薬が多かった。

 10)同効薬の処方期間が重複していた部分の薬剤費(薬剤を単位とした分析)

 重複していた同効薬の薬価の高い方の薬剤費の合計は155,271円(複数医療機関から内服薬を含む処方を受けた人に対して投薬された薬剤費総額12,144,510円の1.28%)で、薬価の低い方の薬剤費の合計は85,438円(同0.70%)であった。

4.考察

 本研究の結果から、複数医療機関の外来を受診した人が、処方期間が重なって同効薬を処方、投薬されるケースは、小児と高齢者に多いことがわかった。小児および高齢者は、いずれも薬剤の投与には慎重を期する必要があり、重複投薬による健康被害発生のリスクに対して十分注意する必要があろう。

 医薬分業によって、同効薬の重複を削減できる可能性があることが示唆された。医薬分業が急速に進展するのに伴い、分業による社会的コストの増大などの問題が生じているが、本研究の結果は、医薬分業が医療の質の向上および薬剤費の削減に一定の効果があることを示唆するものであった。

 本研究のデータからは、複数医療機関が発行した処方せんに記載された薬剤間での併用禁忌はみられなかった。薬剤の併用禁忌は重大な健康被害をもたらす恐れがあり、今後はより大きなデータで、発現の有無に関してさらに確認していく必要があるであろう。

 医療経済の観点からは、内服薬の処方期間内同効薬投薬を完全になくすことができれば、わが国の入院外薬剤費のうち70~130億円程度を削減できる可能性がある。

5.結論

 本研究の結果から、処方期間内同効薬投薬は小児と高齢者に多いことがわかった。また、1ヶ月に受け取る処方件数が多い人ほど、処方期間内同効薬投薬を受けやすい傾向がみられた。処方期間内同効薬投薬を防ぐのに、医薬分業が一定の役割を果たしうることも示唆された。内服薬の処方期間内同効薬投薬を完全になくすことができれば、年間70~130億円程度の入院外薬剤費が削減できる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は複数医療機関受診者における重複投薬や薬剤の併用禁忌の発生の現状と医薬分業や薬剤費との関連について、1企業の健康保険組合のレセプトデータ1ヶ月分を解析し、以下の結果を得ている。

1.A社健康保険組合の2002年4月1日時点の組合員数36,438人中、2002年4月中に複数の医療機関より内服薬を含む処方を受けた人は1,311人であった。このうち処方期間内同効薬投薬(別々の医療機関から処方期間が1日以上重なって同効薬が投薬されたケース)を受けた人は159人であった。

2.本研究のデータからは、複数医療機関から発行された処方せん間での薬剤の併用禁忌は1件もみられなかった。

3.処方期間内同効薬投薬発生の要因に関する単変量解析の結果、複数医療機関から内服薬を含む処方を受けた人のうち、処方期間内同効薬投薬を受けた人の割合は、0歳代から50歳代まで連続的に小さくなる傾向がみられるが、60歳以上では、50歳代に比べて大きくなる傾向がみられた(マンテル検定:p<0.001)。また、被保険者本人よりも家族の方が(p<0.05)、対象月の処方件数が多い方が(マンテル検定:p<0.001)、処方期間内同効薬投薬が起こりやすくなっていた。すべての調剤を院外の薬局で受けた人の方が、処方期間内同効薬投薬を受けにくい傾向がみられた(p<0.1)。

4.処方期間内同効薬投薬の有無を従属変数、被保険者本人・家族の別、年齢カテゴリー(0-19歳、20-59歳、60歳以上)、医薬分業の状況、処方件数を独立変数としたロジスティック回帰分析を行った結果、年齢カテゴリーと処方件数のそれぞれについて、処方期間内同効薬投薬の有無と有意な関連がみられた。20-59歳の人と60歳以上の人は、0-19歳の人に比べて処方期間内同効薬投薬を受けにくくなっていた(20-59歳:p<0.05、60歳以上:p<0.001)。対象月の処方件数が多かった人の方が、処方期間内同効薬投薬を受けやすくなっていた(p<0.001)。医薬分業の状況に関しては、すべての投薬を院外薬局で受けている人の方が、1件でも院内で投薬を受けている人に比べて、処方期間内同効薬投薬が起きにくい傾向がみられた(p<0.1)。

5.全年齢層と0-19歳、20-59歳に関しては、同じ薬局で投薬を受けた場合の方が、違う薬局で投薬を受けた場合よりも、処方期間内同効薬投薬が起こりにくくなっていた(p<0.001)。60歳以上の層に関しては、有意な差はみられなかった。

6.疾患の組み合わせに関しては、0-19歳と20-59歳では、急性上気道感染症と急性上気道感染症、急性上気道感染症と急性気管支炎の組み合わせで、処方期間内同効薬投薬が最も多く発生していた。60歳以上では、疾患の組み合わせの上位2つは、骨粗しょう症と骨粗しょう症、本態性高血圧症と本態性高血圧症であった。

7.診療科の組み合わせに関しては、0-19歳では、小児科と小児科、小児科と耳鼻咽喉科、小児科と内科の順で、20-59歳では、内科と内科、内科と耳鼻咽喉科の順で、60歳以上では、内科と内科、内科と整形外科、整形外科と整形外科の順で処方期間内同効薬投薬が多く発生していた。

8.0-19歳と60歳以上では、ほぼ同じ疾患で受診していた(重複受診)ケースが処方期間内同効薬投薬全体のそれぞれ65.5%、64.1%あったが、20-59歳ではこのようなケースは52.9%であった。0-19歳と20-59歳では、違う疾患に対して同効薬が処方、投薬されていたケースがそれぞれ24.1%、19.6%あったが、60歳以上では1件もなかった。

9.薬効分類に関しては、0-19歳では、アレルギー用薬、呼吸器官用薬、抗生物質製剤の順で、20-59歳では、中枢神経系用薬、アレルギー用薬、抗生物質製剤の順で、60歳以上では、ビタミン剤、消化器官用薬、循環器官用薬、中枢神経系用薬の順で処方期間内同効薬投薬が多かった。

10.重複していた同効薬の薬価の高い方の薬剤費の合計は155,271円(複数医療機関から内服薬を含む処方を受けた人に対して投薬された薬剤費総額12,144,510円の1.28%)で、薬価の低い方の薬剤費の合計は85,438円(同0.70%)であった。

 以上、本研究は、薬物治療の安全性および医療経済的観点の双方から重要な問題とされながら、これまで実証データに基づいた研究がほとんどなされてこなかった複数医療機関受診者における重複投薬や薬剤の併用禁忌の現状や医薬分業ならびに薬剤費との関連を明らかにした点で政策的にも大きな意義があり、学位の授与に値するものと考えられる。

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