学位論文要旨



No 119814
著者(漢字) 石川,ひろの
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ヒロノ
標題(和) 老年病科外来における医師-高齢患者-付添間コミュニケーション : 患者中心的診療と患者アウトカムへの影響
標題(洋) Physician-elderly patient-companion communication in geriatric encounters : Influence on patient-centered consultation and patient outcomes
報告番号 119814
報告番号 甲19814
学位授与日 2005.03.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2382号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 助教授 大島,巌
 東京大学 講師 神崎,恒一
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 急速な高齢化が進む中、65歳以上の高齢者は、現在わが国の人口の19%をしめており、他の年齢集団に比較して保健医療サービスの頻繁な利用者になっている。一方で、診療場面における医師との関係、コミュニケーションに関して、患者が高齢である場合に特有の問題が指摘されてきている。たとえば、患者の視聴覚、認知能力などの衰えがコミュニケーションをより困難にしていること、また、伝統的な医師・患者の役割観から医師との関係において受身になりがちであることなどである。とりわけ、しばしば家族などの第三者に伴われて受診することから、そのような付添の診察への同席が、診察におけるコミュニケーションをさらに複雑なものにしている可能性も指摘されており、研究者の関心を集めている。しかし、欧米においてさえ、これまで医療場面におけるコミュニケーションの研究は、主に患者-医師の二者関係にのみ焦点を当てており、付き添いを含む三者間のコミュニケーションはあまり検討されてこなかった。

 そこで本研究では、高齢患者を対象とし、1)医師-患者-付添の三者間診療の特徴および診察でのコミュニケーションにおける付添の役割を記述すること、2)付添の存在と診察でのコミュニケーションへの参加が患者による診察の患者中心性の評価に与える影響を検討すること、3)患者中心的な診療が患者アウトカムに与える影響を検討すること、を目的とした。

【方法】

 対象:東大病院老年病科外来を担当する医師9人の受け持ち患者から1)65歳以上の、2)再診患者で、3) 調査の主旨を理解した上で調査への同意を判断できる者、4)患者の病状から調査への協力は困難と担当医が判断した場合を除く、という基準で、外来予約リストをもとに、付添と受診するであろう患者は全員、それ以外は2,3人おき程度に選定した。調査への協力の同意が得られた場合、診察の前後で調査票記入を依頼し、診察中の会話の録音を行った。分析対象数は、質問紙の回答および診察の録音が得られた145名(付添あり63人、付添なし82人)である。

 測度:(1)健康状態:SF-8に基づく8項目を用い、合計得点を算出した。また、各4項目ずつを用いて身体的健康、精神的健康のサブスケールも作成した。(2)コミュニケーション・プロセス:Roter Interaction Analysis System(RIAS)を用いて分析した。ただし、RIASはもともと医師-患者の二者間コミュニケーションの分析を想定して作られているため、主に付添のコミュニケーションを分析するための追加カテゴリを作成し、RIASと共に使用した。(3)患者による診察の患者中心性の評価:Stewartら(2000)が、患者中心的診療の主な構成概念(疾病と病体験の両方を探る、全体としてのその人を理解する、病気の管理について共通の認識をもつ)に基づいて作成したスケールを邦訳して使用した。12項目について4件法でたずね、合計得点を算出した。(4)服薬アドヒアランス:4週後の電話調査で、患者本人に「服薬遵守の困難感」「飲み忘れ」「飲み間違い」「自己判断での調節」の有無を尋ね、4項目の合計を尺度得点とした。(5)身体的・精神的健康状態の改善:同じく4週後の電話調査で、診察前に尋ねた健康状態の尺度8項目について再度回答を得て、身体的健康、精神的健康のサブスケールごとに4週後の値から診察前の値を引いた値を改善の度合いとした。

 分析:サンプリングの方法上、複数の患者が同じ医師に受診していることから、コミュニケーションの指標、患者による診察の患者中心性の評価、患者アウトカムの関連を検討する際には、同一医師に受診した患者間での相関を考慮するため、Generalized Estimating Equations(GEE)を用いた。分析には、SPSS11.5及びstata8.0を用いた。

【結果】

1)診察全体に占める医師、患者それぞれの発話割合をみると、三者間診療では、医師の発話割合は二者間診療の54.1%に対して48.7%、患者の発話割合も45.9%に対して29.1%と低くなっていた。カテゴリーごとに見ると、二者間診療と比較して三者間診療では、医師の促し、肯定的応答の発話割合が少なくなっていた(順にp=.038, p=.024)。また、患者では特に質問と肯定的応答の占める割合が少なくなっていた(順にp=.030, p=.067)。

 三者間診療において、付添の発話は平均で診察全体の22.2%を占めており、最大で54%を占める診療がある一方、付添が同席しながら全く発話をしなかった診療も3診療あった。三者間診療で、付添の各カテゴリーの使用割合を患者のものと比較してみると、医学的情報提供の割合が少なく(p<.001)、逆に質問の割合が多い(p=.032)という違いが見られた。付添に特有のコミュニケーションとして、患者・医師への通訳、患者の発話の促し・支持、患者の同意の確認など、患者のコミュニケーションをサポートする発話が付添の発話中8.4%を占めていた一方、患者への非同意・批判・説得、自分自身の健康問題の相談なども見られた。

2)患者による診察の患者中心性の評価は、付添の有無そのものによっては異ならなかった。一方、三者間診療の群について、付添および患者の診療でのコミュニケーションへの参加度との関連を見ると、付添の発話割合は、患者による診察の患者中心性の評価と負の関連が示され(p<.001)、診察時間が短い場合には特にその関連が強いという診察時間との有意な交互作用が見られた(p=.045)。逆に、患者の発話割合が多いほど、患者は診察を患者中心的と評価しており(p=.001)、その関連は診察時間が短い場合に特に強かった(p=.043)。

3)付添の有無に関わらず、診察が患者中心的であったと評価していた患者ほど、服薬アドヒアランスが高く(p=.015)、4週後の身体的健康(p=.013)および精神的健康(p=.002)の改善がよいという関連が示された。また、服薬アドヒアランスは、付添とともに受診した患者で有意に高かった(p<.001)。

【考察】

1)二者間診療と三者間診療を比較すると、診察全体に占める患者の発話割合は、二者間診療での半分弱から三者間診療では3分の1以下へと減少していたが、それほど顕著ではないものの、医師の発話割合にも統計的に有意な減少が見られていた。特に、三者間診療では、医師のコミュニケーションうち促しや肯定的応答などの発話が減少していることから、付添は、患者に代わって情報提供、質問などをするだけでなく、患者の発話の支持・促しなど、本来医師がすべきコミュニケーションをも一部代行している可能性が示唆された。

2)付添の同席そのものは、患者による診察の患者中心性の評価に関連がなかったが、患者・付添のコミュニケーションへの参加度(発話割合)との関係をみると、付添の発話割合が低いほど、患者自身の発話割合が高いほど評価が高くなっており、この関係は特に短い診察で顕著なことが明らかになった。ここから、患者にとって、診察が患者中心的であったという感覚を得るためには、少なくともある程度自分自身で医師に話すことが重要と考えられる。特に、診療時間が短い(コミュニケーションの絶対量が少ない)場合、付添が過度に代弁、参加することは、患者中心的な診察の達成を妨げてしまう可能性があり、注意が必要と思われる。

3)診察が患者中心的であったと評価していた患者ほど、服薬アドヒアランスが高く、4週後の身体的・精神的健康の改善が見られたことから、診察を通して自分の病体験が話し合われ、医師との間に共通の認識を得た、また医師に全人的に理解されたと感じることは、患者の健康アウトカムとの関係でも重要であることが示唆された。

 また、服薬アドヒアランスは、付添とともに受診した患者で有意に高かったことから、家族などが診察に同席することによって、患者の服薬アドヒアランスが向上する可能性が示された。家庭でのケアを支える家族が診療場面に同席し、患者の病状、治療計画などを共有することは、医療機関と家庭におけるケアの連携を円滑にし、家庭におけるケア機能の強化につながる可能性がある。一方で、付添の過度の参加による弊害も今回示唆されたことから、診療でのコミュニケーションにおける付添の役割とその影響について今後さらに検討を重ねていく必要がある。

図1 分析の枠組み

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、保健医療サービスの頻繁な利用者である高齢患者を対象とし、診療場面でしばしば見られる家族などの付添の同席が、診察におけるコミュニケーションおよび患者による診察の患者中心性の評価に与える影響を検討すること、また、患者中心的な診療が患者アウトカムに与える影響を検討することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.三者間診療では、診察全体に占める医師の発話割合は二者間診療の54.1%に対して48.7%、患者の発話割合も45.9%に対して29.1%と低くなっていた。三者間診療において、付添の発話は平均で診察全体の22.2%を占めており、最大で54%を占める診療がある一方、付添が同席しながら全く発話をしなかった診療も3診療あった。付添の発話の種類を患者のものと比較してみると、医学的情報提供の割合が少なく、逆に質問の割合が多いという違いが見られた。付添に特有のコミュニケーションとして、患者・医師への通訳、患者の発話の促し・支持、患者の同意の確認など、患者のコミュニケーションをサポートする発話が付添の発話中8.4%を占めていた一方、患者への非同意・批判・説得、自分自身の健康問題の相談なども見られることが明らかになった。

2.患者による診察の患者中心性の評価は、付添の有無そのものによっては異ならなかった。一方、三者間診療の群について、付添および患者の診療でのコミュニケーションへの参加度との関連を見ると、付添の発話割合は、患者による診察の患者中心性の評価と負の関連が示され、診察時間が短い場合には特にその関連が強いという診察時間との有意な交互作用が見られた。逆に、患者の発話割合が多いほど、患者は診察を患者中心的と評価しており、その関連は診察時間が短い場合に特に強かった。

3.付添の有無に関わらず、診察が患者中心的であったと評価していた患者ほど、服薬アドヒアランスが高く、4週後の身体的健康および精神的健康の改善がよいという関連が示された。また、服薬アドヒアランスは、付添とともに受診した患者で有意に高かった。

以上、本論文は、これまで医療場面におけるコミュニケーションの研究でほとんど検討されてこなかった、付添を含む三者間のコミュニケーションについて詳細に分析し、患者中心的診療の重要性を実証的に明らかにした。本研究は、日本の医療場面における医師-患者-家族関係のあり方に重要な示唆を与えると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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