No | 119817 | |
著者(漢字) | 畠山,真一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハタケヤマ,シンイチ | |
標題(和) | 条件的前提と様相従属 | |
標題(洋) | Conditional Presuppositions and Model Subordination | |
報告番号 | 119817 | |
報告番号 | 甲19817 | |
学位授与日 | 2005.03.10 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第540号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 言語情報科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は,前提という古くから議論されてきた現象に対して形式的な取り扱いを与えることを目的とした研究である.前提には,単純前提と条件的前提の2種類があることが知られており,前提理論は,文が担う前提が,上の2種類の内のどちらであるかを正しく予測することが求められる.この用件を満たす前提理論としては,Heim(1983)を代表とする充足理論(van Eijck,1996;Kadmon,2001)に,選択的含意(preferential entailement)という概念を持ちこんだBeaver(1999,2001)が代表的である.本論文は,Beaver(1999,2001)と同じく充足理論における「充足」という概念を利用し,さらに,前提と様相従属の類似性という観点から,より良い前提理論の構築を目指したものである. 第1章では,前提には単純前提と条件的前提の2つ種類があることを確認している. 続く,第2章では,先行研究において前提がどのように扱われてきているかを概観している.特に,「前提の照応理論」と「充足理論」の2つの現代的な前提理論が詳しく吟味され,これらの理論の持つ問題点が明らかにされている.前提の照応理論に関しては,条件的前提を扱うことができないという問題点が,充足理論に関しては,ある種の反事実条件文を用いて,「前提は,局所的文脈において充足されねばらない」という基本的仮定が強すぎるという問題点が指摘されている. 第3章では,本論文で提案される理論が依拠しているフレームワークであるFrank(1996)によるAnnotated DRT(ADRT)を導入している.ADRTは,様相従属という現象を文脈指示子の束縛関係によって分析するという特質を持っており,前提を様相従属の観点から分析するという本論文の立場に合致している. 第4章で,本論文で提案される前提理論である「前提領域の照応理論」が提示されている.この理論の特質の一つは,前提を一種の様相命題と見なし,その量化の領域,すなわち,その前提が充足される文脈は照応的に先行文脈に依存すると仮定し,形式化が行なわれているという点である.言い換えれば,前提は,常に先行文脈に様相従属する命題と捉えられている.このように,先行文脈への照応的依存という仮定を取ることにより,充足理論において問題となっていた仮定である「前提は,局所的文脈において充足されねばらない」を弱めることが可能となり,充足理論が持つ重大な問題が回避されている.本理論のもう一つの特質は,従来の前提理論と異なり,「先行文脈において前提は充足されねばならない」という充足条件が違反された場合,単純前提を生み出す「部分的調整」と条件的前提を生み出す「全体的調整」の2種類の操作により,その違反を回避するという手法が取られている.2種類の調整を考えることにより,「条件的前提を扱えない」という前提の照応理論の問題点が克服されている. 第5章では,残された課題について議論されており.特に,テンスを考慮しなければ,充分な予測力を持つ前提理論を構築することができないことが指摘されている. | |
審査要旨 | 本論文は、前提という古くから議論されてきた現象に対して形式的な取り扱いを与えることを目的とした研究である。前提には、単純前提と条件的前提の2種類があることが知られており、前提理論は、文が担う前提が、その2種類のうちのどちらであるかを正しく予測することが求められる。この用件を満たす前提理論としては、Heim(1983)を代表とする充足理論(van Eijck, 1996; Kadmon, 2001)に、選択的含意(preferential entailment)という概念を持ちこんだBeaver(1999, 2001)が代表的である。本論文は、Beaver(1999, 2001)と同じく充足理論における「充足」という概念を利用し、さらに、前提と様相従属の類似性という観点から、より良い前提理論の構築を目指したものである。 第1章では、前提には単純前提と条件的前提の2つ種類があることを確認している。続く第2章では、先行研究において、前提がどのように扱われてきているかを概観している。特に、「前提の照応理論」と「充足理論」の2つの現代的な前提理論が詳しく吟味され、これらの理論の持つ問題点が明らかにされている。前提の照応理論に関しては、条件的前提を扱うことができないという問題点が指摘され、充足理論に関しては、反事実条件文の場合、「前提は、局所的文脈において充足されねばらない」という基本的仮定が強すぎるという問題点が指摘されている。 第3章では、本論文で提案される理論が依拠しているフレームワークであるFrank(1996)によるAnnotated DRT(ADRT)を導入している。ADRTは、様相従属という現象を文脈指示子の束縛関係によって分析するという特質を持っており、前提を様相従属の観点から分析するという本論文の立場に合致している。 第4章で、本論文で提案される前提理論である「前提領域の照応理論」が提示されている。この理論の特質の一つは、前提を一種の様相命題と見なし、その量化の領域、すなわち、その前提が充足される文脈は照応的に先行文脈に依存すると仮定し、形式化が行なわれているという点である。言い換えれば、前提は、常に先行文脈に様相従属する命題と捉えられている。このように、先行文脈への照応的依存という仮定を取ることにより、充足理論において問題となっていた「前提は、局所的文脈において充足されねばらない」という仮定を弱めることが可能となり、充足理論が持つ重大な問題が回避されている。本理論のもう一つの特質は、「先行文脈において前提は充足されなければならない」という充足条件が満たされない場合、単純前提を生み出す「部分的調整」と、条件的前提を生み出す「全体的調整」の2種類の操作により、充足条件を満たすため新規の手法が取られている点である。2種類の調整を考えることにより、「条件的前提を扱えない」という前提の照応理論の問題点が克服されている。 第5章では、今後の課題について議論されており、特に、テンスを視野に入れることにより、さらに予測力を持つ前提理論を構築する展望が述べられている。 本論文が評価される点は、文脈によって、文が単純前提を担う場合と、条件的前提を担う場合とを、正しく予測するモデルを構築したことにある。第5章で記述されている通り、文のテンスによっては前提を正しく予測できない場合もあること、さらには、条件文の前件と後件の間に直感的に感じられる因果関係を、モデルが反映していないとの指摘もあったが、本論文はそれらを含むさらなる拡張へと続く、理論的、形式的な基盤を十分に提供している。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。 | |
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