学位論文要旨



No 119819
著者(漢字) 立,正伸
著者(英字)
著者(カナ) タチ,マサノブ
標題(和) 疲労に至る筋収縮中の筋循環と神経・筋活動の関係
標題(洋) Relationship between skeletal muscle circulation and neuronmuscular activity during fatiguing muscle contractions
報告番号 119819
報告番号 甲19819
学位授与日 2005.03.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第542号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 金久,博昭
 東京大学 教授 小林,寛道
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 助教授 深代,千之
 東京大学 助教授 八田,秀雄
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 筋疲労に大きく影響する因子として知られているものに、活動筋での血液循環(筋への血液供給や筋の酸素消費)の低下がある [Sjogaard et al. 1988、Bystrom et al. 1991、Hogan et al. 1996]。 一方、筋収縮性の低下は、運動単位の動員や発火頻度の増加といった神経-活動の変化を引き起こす。したがって、持久的な力発揮と筋疲労との関係を論ずる場合には、活動筋での血液循環、およびそれと神経-筋活動との相互関係を検証する必要がある。さらに、関節を介して力発揮を行う場合、力発揮には生理学的および解剖学的特性が異なる協動筋が動員され、活動筋での血液循環および神経-筋活動はその複雑さを増す。そのため、複数の筋が協働して活動する持久的力発揮においては、血液循環および神経-筋活動を力発揮に貢献するそれぞれの筋において個別に測定し、その関係を検討する必要がある。

 本研究は、筋疲労を伴う持久的力発揮における運動中の活動筋での血液循環(筋循環)と神経-筋活動との関係について、1)活動筋への血流の差異が筋循環および神経-筋活動に与える影響、2)単一筋における筋循環と神経-筋活動の関係、および3)協働筋間における筋循環および神経-筋活動の差異、の3つの視点から検討することを目的とした。以前より、個々の筋の神経-筋活動は、表面筋電図を用いて測定されてきた。一方、近年の近赤外分光法の進歩は、筋収縮中の筋組織内における酸素利用動態の測定を可能にしている。近赤外分光法によって測定される筋組織内の酸素利用動態は、筋への血液供給と筋での酸素消費のバランスを反映することから、活動筋での血液循環を表す指標として有用である。そこで本研究では、筋疲労に至る静的筋収縮において、活動筋の酸素利用動態を近赤外分光法により、神経-筋活動を表面筋電図法により分析した。

研究1:活動筋への血流の差異が筋の酸素利用動態および神経-筋活動に与える影響

 姿勢の差異および阻血によって前脛骨筋への酸素供給を変化させたときの活動筋の酸素利用動態と神経・筋活動を明らかにすることを目的とした。

 仰臥位で足関節を90度に固定し、下腿を垂直に下ろした姿勢(足垂下)と下腿を水平にした状態で台に載せた姿勢(足挙上)において、50%MVCでの等尺性足関節背屈運動を、3秒収縮-2秒弛緩で疲労困憊に至るまで行った。運動中には前脛骨筋から表面筋電図(EMG)を導出し、同時に近赤外線分光装置により組織酸素飽和度指標(StO2)および総ヘモグロビン量(血液量)を測定した。さらに、本研究では、通常の血流時(FREE)に加え、活動筋への血流を遮断した状態(OCCL)での測定も実施した。姿勢変化による影響に関する実験の結果、疲労困憊に至るまでの運動時間は足挙上(261.7±57.9秒)において足垂下(430.8±63.5秒)より有意に短くなった。筋内の血液量は足垂下より足挙上で大きく増加したが、その差は安静時での両者の血液量の差を上回らず、運動時のStO2 は足垂下より足挙上の方が低い値となった。また、足挙上では筋電図積分値(iEMG)増加およびMPF 低下が足垂下より早期にみられた。これらの結果は、足挙上の方が足垂下より血流が少なく、酸素供給がより不足していたため、筋収縮性の低下が急速に生じたことを意味している。すなわち酸素供給の差異が活動筋の筋疲労の進行を異なったものとし、これが筋持久力における両姿勢間の違いを生む要因となっていたことが示唆された。

 また、阻血下では両姿勢での運動時間に差はなく、FREE(430.8±63.5秒)よりOCCL(154.2±7.7秒)では運動継続時間が有意に短くなった。運動時のStO2はFREEよりOCCLの方が有意に低い値となり、阻血により酸素供給がOCCLではFREEより不足していたことが確かめられた。また、iEMG増加およびMPF低下は、OCCLにおいてFREEより早い時点で発現し、このことよりOCCLで早期に筋疲労が起きていたことが示された。しかし、疲労困憊時のiEMGはOCCL ではFREE より低くなる傾向があった。この要因として、代謝産物蓄積にともなうgroup III、IV線維活動のα運動神経の抑制や、group Ia線維からα運動神経への興奮性入力の低下等「Bigland-Ritchie et al. 1986 、Garland & McComas 1990、Bongiovanni 1990]が起きている可能性が考察された。すなわち、OCCLにおける運動の持続時間低下には、酸素供給の差異による影響以外に、代謝産物の蓄積に由来する求心性神経活動も関与することが示唆された。

研究2:単一筋における筋の酸素利用動態と神経-筋活動の関係

 疲労困憊に至る足背屈運動において、主動筋として関節トルク発揮に大きく貢献する前脛骨筋の筋循環と神経-筋活動との関係を明らかにすることを目的とした。

 漸増負荷(1収縮毎に1%MVCの増加)の静的足背屈運動を4秒収縮-2秒弛緩で疲労困憊に至るまで繰り返した。この運動中、前脛骨筋からEMGを導出すると同時に、近赤外線分光装置により、StO2を測定した。その結果、StO2は運動初期に増加したが、時間経過と共に減少し、運動終盤ではほとんど変化を示さなくなった。筋電図積分値は運動開始後から運動強度の増加に伴い直線的に増加し、運動後半でその増加率は大きくなった。また、筋電図のパワースペクトルの平均周波数(MPF)はiEMGの急増とほぼ同時点から低下した。すなわち、運動中、StO2の低下率が頭打ちになるに伴いiEMGの増加率が大きくなり、MPF の低下が生じた。このことは、ある時点以降、運動強度の漸増に筋の酸素消費が追従していかず、設定された強度での筋活動の遂行に貢献する有酸素性代謝由来のエネルギー供給が不足すること、そして、その結果として生起する筋収縮性の低下を補償するために、運動単位の動員や発火頻度の増加がより顕著に生じたことを示すものと考えられた。

研究3:協働筋間における筋酸素利用動態および神経-筋活動の差異

 疲労困憊に至る足底屈運動において、協働筋であるヒラメ筋(Sol)、腓腹筋内側頭(MG)および腓腹筋外側頭(LG)、それぞれの筋循環および神経-筋活動の差異を明らかにすることを目的とした。

 漸増負荷(1収縮毎に1%MVCの増加)の静的足底屈運動を4秒収縮-2秒弛緩で疲労困憊に至るまで繰り返した。運動中にはSol、MGおよびLGからEMGを導出し、同時に近赤外線分光装置によりSolおよびMGまたはMGおよびLGのStO2 を測定した。その結果、MGとSolの iEMGは、運動中ほぼ同様な変化を示し、運動の継続に伴い直線的な増加を示した。一方、 LGのiEMGは運動前半においてMGと比較して低い傾向にあった。MPFは3筋のなかで、MGでのみ運動終盤に有意な低下を示した。StO2は、MGの方がSolより急激に低下し、疲労困憊時には有意に低い値となった。また、運動終盤でMGのStO2は頭打ちになる傾向がみられた。さらに、筋内でのStO2 には両腓腹筋間でも差が存在し、LGではMGよりもStO2の低下が始まる時点が遅く、またその低下の度合いは小さい傾向にあった。このような結果は、Solに比べMGへの酸素供給が不十分であったこと、MGの酸素消費が頭打ちになっていったことを示すものであり、その要因として、筋線維組成における両筋間の差[Johnson et al. 1973]が推察された。一方、StO2およびMPFの変化にMGとSolで違いが存在したにもかかわらず、iEMGの変化が両筋でほぼ同様という結果は、MGにおける筋収縮性の低下を補償するために、Solにおいて運動単位の動員および発火頻度の増加が生じた可能性を示すものと考えられた。さらに、本研究の結果は、生理学的特性の類似する腓腹筋間(MGおよびLG)においてさえ、持久的運動中の血液循環と神経-筋活動には違いが存在することを示しており、その原因として、運動中の筋活動様式が筋間で異なることが考えられた。

まとめ

 本研究では、近赤外分光法と表面筋電図を用いることにより、疲労に至る静的筋収縮中の個々の筋における血液循環と神経-筋活動との関係について、活動筋への血流の差異が筋循環および神経-筋活動に与える影響(研究1)、単一筋における筋循環と神経-筋活動の関係(研究2)、および、協働筋間における筋循環および神経-筋活動の差異(研究3)、の3つの視点から検討した。その結果、血流の制限による活動筋への酸素供給の差異は筋疲労の進行に違いを生じさせ、それが筋持久力を決定する因子となっていることが示唆された(研究1)。また、漸増負荷の持久的力発揮においては、運動の後半に生じた活動筋の酸素利用動態の変化が神経-筋活動のそれと関連していることが示唆された(研究2)。さらに、複数の筋が協働して力発揮を行う場合には、協働筋間では酸素利用動態に差異が存在し、これは主に筋の生理学的特性(筋線維組成)が起因していると考えられた。しかし、生理学的特性が類似している筋間であっても、持久的力発揮の際には血液循環と神経-筋活動との関係に差異の生じる可能性が示唆された(研究3)。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「Relationship between skeletal muscle circulation and neuromuscular activity during fatiguing muscle contractions:疲労に至る筋収縮中の筋循環と神経-筋活動の関係」は、筋疲労を伴う持久的力発揮における運動中の活動筋での血液循環(筋循環)と神経-筋活動との関係について、1)活動筋への血流の差異が筋循環および神経-筋活動に与える影響、2)単一筋における筋循環と神経-筋活動の関係、および3)協働筋間における筋循環および神経-筋活動の差異、の3つの視点から検討することを目的として行われた研究の成果をまとめたものである。筋疲労に大きく影響する因子として知られているものに、活動筋での血液循環(筋への血液供給や筋の酸素消費)の低下がある。一方、筋収縮性の低下は、運動単位の動員や発火頻度の増加といった神経-筋活動の変化を引き起こす。したがって、持久的な力発揮と筋疲労との関係を論ずる場合には、活動筋での血液循環、およびそれと神経-筋活動との相互関係を検証する必要がある。さらに、関節を介して力発揮を行う場合、力発揮には生理学的および解剖学的特性が異なる協動筋が動員され、活動筋での血液循環および神経-筋活動はその複雑さを増す。そのため、複数の筋が協働して活動する持久的力発揮における血液循環と神経-筋活動との相互関係を明らかにするためには、力発揮に貢献する筋において個別に血液循環および神経-筋活動のそれぞれを測定する必要がある。本論文は、筋疲労に至る静的筋収縮において、個々の活動筋の酸素利用動態を近赤外分光法により、神経-筋活動を表面筋電図法によりそれぞれ分析し、筋循環と神経-筋活動との関係を明らかにしたものである。その研究成果は、身体運動科学における研究の新しい方向を示すものとして注目されるものであり、主な内容は以下のようにまとめられる。

研究1: 活動筋への血流の差異が筋の酸素利用動態および神経-筋活動に与える影響

 姿勢の差異および阻血によって前脛骨筋への酸素供給を変化させた時の活動筋の酸素利用動態と神経-筋活動を明らかにすることを目的とした。仰臥位で足関節を90度に固定し、下腿を垂直に下ろした姿勢(足垂下)と下腿を水平にした状態で台に載せた姿勢(足挙上)において、50%MVCでの等尺性足関節背屈運動を、3秒収縮-2秒弛緩で疲労困憊に至るまで行った際の前脛骨筋の表面筋電図(EMG)、組織酸素飽和度指標(StO2)および総ヘモグロビン量(血液量)を測定した。さらに、通常の血流時に加え、活動筋への血流を遮断した状態での測定も実施した。その結果、血流が制限された状態では,活動筋内の酸素飽和度(StO2)および血液量は低下し、それに伴い筋電図積分値(iEMG)の増加率および筋電図のパワースペクトルにおける平均周波数(MPF)の低下率は大きくなった。これらの結果から、血流の制限による活動筋への酸素供給の差異は筋疲労の進行に違いを生じさせ、それが筋持久力を決定する因子となっていることが示唆された。

研究2: 単一筋における筋の酸素利用動態と神経-筋活動の関係

 疲労困憊に至る足背屈運動において、主動筋として関節トルク発揮に大きく貢献する前脛骨筋の筋循環と神経-筋活動との関係を明らかにすることを目的とした。漸増負荷(1収縮毎に1%MVCの増加)の静的足背屈運動を4秒収縮-2秒弛緩で疲労困憊に至るまで繰り返した際の前脛骨筋のEMGおよびStO2を測定した。その結果、StO2は運動初期に増加したが、時間経過と共に減少し、運動終盤ではほとんど変化を示さなくなった。筋電図積分値は運動開始後から運動強度の増加に伴い直線的に増加し、運動後半でその増加率は大きくなった。また、筋電図のパワースペクトルの平均周波数(MPF)はiEMGの急増とほぼ同時点から低下した。すなわち、運動中、StO2の低下率が頭打ちになるに伴いiEMGの増加率が大きくなり、MPFの低下が生じた。このことは、ある時点以降、運動強度の漸増に筋の酸素消費が追従していかず、設定された強度での筋活動の遂行に貢献する有酸素性代謝由来のエネルギー供給が不足すること、そして、その結果として生起する筋収縮性の低下を補償するために、運動単位の動員や発火頻度の増加がより顕著に生じることを示すものと考えられた。

研究3 :協働筋間における筋酸素利用動態および神経-筋活動の差異

 協働筋間における筋の酸素利用動態および神経-筋活動の差異を検討するため、漸増負荷の足底屈運動において,下腿三頭筋各筋の酸素利用動態および筋電図を測定した.その結果,腓腹筋内側頭(MG)とヒラメ筋(Sol)を比較すると,筋電図積分値は、運動中ほぼ同様な変化を示し、運動の継続に伴い直線的な増加を示したが,MPFは、MGでのみ運動終盤に有意な低下を示した。また, StO2は、MGの方がSolより急激に低下し、疲労困憊時にはその低下が頭打ちになる傾向がみられた。さらに、StO2には両腓腹筋間でも差が存在し、外側頭では内側頭よりもStO2の低下が始まる時点が遅い傾向にあった。これらの結果から、漸増負荷の足底屈運動において、1)協働筋間では酸素利用動態に差異が存在し、これは主に筋の生理学的特性(筋線維組成)が起因していること、2)協働筋間では疲労が進行している筋の収縮性低下を補償するような神経-筋活動が起きていること、および3)生理学的特性が類似している筋間であっても、持久的力発揮の際には血液循環と神経-筋活動との関係に差異の生じる可能性があることが示唆された。

 以上のように、立 正伸氏の論文は、筋疲労と密接な関連を持つ活動筋内の循環と神経-筋活動に焦点を当て、疲労に至る持久的力発揮において両者の関係を経時的かつ非侵襲的に検討し、筋疲労の進行に伴う両者の関係を明確にしたものであり、身体運動科学の分野における意義は非常に大きい。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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