学位論文要旨



No 119826
著者(漢字) 小川,慎一
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,シンイチ
標題(和) 日本企業の小集団活動における計画と実行の統合
標題(洋)
報告番号 119826
報告番号 甲19826
学位授与日 2005.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会学)
学位記番号 博人社第474号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,三和夫
 東京大学 教授 稲上,毅
 東京大学 教授 吉野,耕作
 清泉女子大学 教授 庄司,興吉
 社会科学研究所 教授 佐藤,博樹
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は,小集団活動が日本で誕生し,普及した要因を探ることにある.小集団活動は,日本で誕生し日本企業(主に製造業の技能者)を中心に普及してきた,問題解決活動である.本論文では小集団活動を,つぎの6つの要件を満たす活動として定義する.(1)定常的業務とは別個に,(2)定常的業務の直接的・間接的改善を目的とし,(3)同じ職場の人々から構成される,(4)少人数のグループによる,(5)継続的な,(6)問題解決活動,である.

 小集団活動は1970年代から80年代にかけて注目を集めた.技能者による問題解決活動は海外で見られなかったからである.当時の欧米諸国では労働疎外が社会問題となっていた.ひとつには,それを克服する手段として注目された.また当時の日本は経済状態が好調だったし,日本製品の国際競争力も高かった.小集団活動は品質改善や生産性向上の観点からも注目された.

 欧米ではF.W.テイラーの提唱した計画と実行の分離の原則に基づき,技能者の労務管理がおこなわれてきた.技能者を製造作業に専念させ,彼らに計画立案や改善に関わる業務をさせてはならない,とする原則である.作業の効率性向上を目的とした原則だったが,労働疎外をもたらす要因であるとして批判されてきた.

 計画と実行の分離の対概念が計画と実行の統合である.小集団活動における技能者の問題解決活動は,計画と実行の統合の具体例である.なぜ日本の小集団活動で計画と実行の統合が可能になったのか,なぜ日本で長い期間にわたり小集団活動が受容されてきたのか,それを検討することが本論文の課題である.

 小集団活動は品質管理の普及過程で誕生した.小集団活動では品質管理に由来する簡便法が使用されている.しかし技能者が実施する問題解決活動が,技術者の実施する品質管理活動と同じであるとは考えられない.何種類かの簡便法から構成される,いわば簡便法のパッケージ化が,小集団活動における計画と実行の統合を可能にしたのではないか.この仮説を検証するため,品質管理が戦後に日本に導入されてから,小集団活動が誕生し受容されるまでの過程を追った.小集団活動や品質管理の普及機関である日科技連の活動が,おもな対象事例である.

 品質管理の当初の担い手は技術者であった.日科技連が彼らを対象とした初期の品質管理教育の難易度は高かった.企業で品質管理の適用を試みる1950年代前半の技術者たちは,製造現場で実際に作業を担う技能者たちの協力や理解を得なければならなかった.しかし技能者たちは品質管理の統計的手法の効果について疑心暗鬼であり,技術者は彼らの協力を得ることが困難だった.技能者は自分たちに経験やカンこそが,製造品質を向上させる最良の方法であると信じていた.技術的知識はその目的には役に立たないと考えていた.

 技術者のほうは,統計的手法は科学的であるがゆえに,品質管理に絶対的な効果があると信じていた.当時の技術者は技術的知識には詳しいが,製造現場の状況には疎かった.ぎゃくに技能者は製造現場の状況に明るかったが,技術的知識はほとんど持ち合わせていなかった.業務や知識について技術者と技能者の領域は,完全に区切られていた.

 ある企業の技術者は,統計的な簡便法を用いて,それで測定される品質状態の分布を,技能者の「カン」によって測定された品質状態の分布を照合した.技能者の「カン」によって測定した分布は,簡便法によって示された分布と重複していた.しかし技能者によって測定された品質の分布幅は,簡便法によるそれよりも大きかった.技能者のカンと品質管理とを簡便法で媒介することによって,技能者は品質管理の効果を認めるようになった.

 1950年代半ばに監督者を対象としたラジオ通信講座を,日科技連は開始する.このカリキュラムは,技術者を対象とした品質管理講習よりも難易度が易しくなっていた.日科技連はQCサークル事業を1962年に始まる.これが日本の小集団活動の誕生である.従来の品質管理専門誌にくわえ,技能者を対象とする雑誌が刊行された.技能者から品質管理専門誌は難解であるとの意見が出されたからである.QCサークルの初期の目的は,監督者をリーダーとして技能者が何人か集まって,品質管理の勉強をしてもらうことであった.

 初期のQCサークルはそれほど普及が進まなかった.QCサークルの普及が進むようになるのは,1960年代後半以降である.当時は貿易の自由化で,日本市場の輸入障壁の撤廃が進められていた.日本企業は国際競争力の強化を迫られていた.小集団活動もそのための経営強化策として企業が導入を進めた.また同時期にはQC7つ道具の考案のような,簡便法のパッケージ化がなされている.技能者が自分たちで問題発見し問題解決する手段が,簡便法のパッケージ化によって可能になった.これが小集団活動における計画と実行の統合を可能にした要因である.

 ただ簡便法のパッケージ化は,ある前提条件が整わなければ技能者に受容されなかっただろう.技能者による問題解決活動は,技術者の領域への一部乗り入れである.技術者の業務や知識を技能者が受け入れるためには,技能者がそれらに信頼を置くことが前提条件である.1950年代前半までの技能者は,技術者の業務や知識が製造作業にとって役に立たないと信じていた.また,技術者と技能者とのコミュニケーションは,両者の領域が画されていることによって成立していた.互いの領域に関する情報を交換するという意味では,コミュニケーションが円滑だったとはいえない.

 小集団活動の普及以前に見られた計画と実行の分離こそが,簡便法のパッケージ化が受容されるための前提条件である.東芝府中工場の事例にそくして検討された.東芝は日本で早くから品質管理と関わりのあった企業である.同工場での品質管理の本格的な導入は,日科技連がその普及事業を開始したときとほぼ同じである.

 同工場でも1950年代半ばまで技術者と技能者の領域は画されていた.技能者は設計図面を遵守せずに製造作業をしていた.設計技術者はそれを見積もって設計していた.品質管理活動を拡大していくなかで,この問題が析出された.これを契機として設計技術者は製造のしやすさを考慮して設計するようになる.技能者は製造現場にかんするデータを技術者に提供するとともに,設計図面を遵守して製造作業をおこなうようになった.

 1950年代後半に品質管理教育は一般技能者まで対象を拡げる.しかし彼らへの教育は設計図面や作業方法の遵守,データや計測の尊重を徹底する内容であった.当時は彼らに問題解決を期待していなかった.経験や「カン」を完全に払拭し,計画と実行の分離にしたがって作業に従事することが,一般技能者には求められていた.計画と実行の分離によって涵養された設計図面や作業方法の遵守,データや計測の尊重は,小集団活動にも継承された.小集団活動の問題解決活動は,作業方法の遵守を前提とし,データに基づく思考を重視している.また,簡便法のパッケージ化そのものに,計画と実行の分離が含まれている.問題解決手法の選択と求められる問題解決水準が,すでに与えられている.

 小集団活動は長い期間にわたって日本企業に受容されてきた.小集団活動は1980年代半ばの全盛期を過ぎると,活動を強化する企業・事業所と,活動の停止や停滞に見舞われる企業とに二極分化した.また小集団活動の誕生以来何度か,新たな簡便法のパッケージや問題解決手順のパッケージが考案されてきた.これらは小集団活動の性格が変化してきたことを示唆している.経営ニーズに適応するよう変化してきたことが,小集団活動が日本で長く受容されてきた要因である.

 東芝柳町工場の小集団活動では1970年代,定常的業務の直接的改善を目的とする活動は少なかった.それが小集団活動に強く求められるようになるのは,1970年代後半以降である.また,改善成果を定常的業務に定着させるよう強く求められるのは,1990年代になってからである.具体的には,作業標準書・作業指示書の作成や改訂,チェックシートの作成,歯止めの考案を指す.小集団活動は定常的業務との結びつきを強めてきた.

 問題解決手法の面でも小集団活動は変化してきた.同工場における1970年代の小集団活動では,問題解決手法はあまり用いられていなかった.問題解決手法の使用が一般的になるのは,1980年代になってからである.全体的な傾向として,小集団活動で使用される手法の種類は増加していった.またサークル間で,使用手法の種類数のばらつきが小さくなっていく.問題解決手法の面だけでなく,問題解決手順の標準化が進んだためである.定常的業務への直接的改善や,改善成果の定常的業務への定着も,問題解決手順の標準化によるものである.

 簡便法のパッケージ化だけで,日本で小集団活動が誕生し普及した要因を説明できるわけではない.ほかの要因として普及機関や技術者の役割,経済環境の変化,日本における監督者と一般技能者のキャリアの連続性,日本の技能者のゆるやかな職務区分,工職身分格差撤廃,事務系・技術系従業員と技能系従業員の処遇体系の一本化を考慮する必要がある.

審査要旨 要旨を表示する

 生産工程における品質管理にかかわる問題領域は、従来社会学において著しく研究が手薄な領域であった。すなわち、経営管理を扱う経営社会学、労務管理や労使関係を扱う労働社会学の狭間にあって、品質管理に関する本格的な記述、分析の空白が久しく続いてきた。とりわけ、1970年代、80年代のQCサークルブームに象徴される日本型生産システム論に触発された議論には、学術的な手続や問題設定が不明瞭なままサクセスストーリーの提示に傾く場合が少なくなかった。

 本論文は、日本企業の小集団活動の丹念な記述、分析を行うことによってこのような研究の空隙を埋めようとする試みである。1章では小集団活動による品質管理が日本の生産工程で受容され、定着、展開する過程の解明という課題が設定される。2章で小集団活動に関する研究の背景が述べられる。3章で小集団活動の実施状況がマクロ統計データを用いて検討される。4章で日科技連を事例に小集団活動が普及した要因が検討される。5章で東芝府中工場を事例に計画と実行の統合がすすむ過程が検討される。6章で東芝柳町工場を事例に計画と実行の統合の変化が検討される。7章で日本で小集団活動が受容された要因がまとめて考察される。8章で結論とその含意が述べられる。

 本論文の新味は、テイラーリズムに関するブレイバーマンの研究以降提起された、「計画と実行の分離」をめぐる労働過程論と関連づけて、個別事例の丹念な記述、分析がすすめられている点にもとめられる。すなわち、著者は、企業内小集団活動として展開された戦後日本の品質管理はある種の計画と実行の統合であったという仮説に立脚し、そのような統合がいかにして可能であったのかという問いを提出する。著者は日本企業の好況による影響などの要因による説明の可能性をマクロデータを用いて慎重に退けつつ、技術者と技能者のあいだの相互作用抜きには、品質管理は小集団活動として展開しえないという見方を示す。ところが、伝統的に生産工程において技術者と技能者のコミュニケーションが希薄であったことがつとに知られている。では、いかにして日本の生産工程において技術者と技能者は品質管理に関して相互作用しえたのか。そこで、著者が注目する要因が、技術者のなじんだ統計的品質管理手法を技能者に理解可能なかたちに変形し、技術者に対する技能者の信頼を取り付ける工夫である。そのような工夫として、著者は簡便法のパッケージ化を取り上げ、その形成、定着、展開、適応過程を記述、分析する。

 本論文は、簡便法のパッケージを構成する諸要素(特性要因図、パレート図、ヒストグラム、チェックシート、散布図、管理図、層別)に分解して、パッケージの形成、定着、展開、適応を、個別職場の社会的文脈の異同を慎重に吟味しつつ追跡する周到さを備えている。労働過程の質の変容にかかわる論点の一般化をめぐって議論すべき余地を今後に残してはいるものの、簡便法のパッケージ化による品質管理の受容と定着という著者の基本的主張に沿って、従来の経営社会学からも労働社会学からも研究の盲点となってきた社会過程としての品質管理運動の動態を明らかにした貢献は大きく、十分に高い学術的価値を備えているものと判断することができる。よって、本審査委員会は、本論文が博士(社会学)の学位を授与するにふさわしい水準に達していると判断する。

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