学位論文要旨



No 119830
著者(漢字) 大崎,淳史
著者(英字)
著者(カナ) オオサキ,アツシ
標題(和) 場所の知覚・形成からみた室空間の立体規模デザインに関する研究
標題(洋)
報告番号 119830
報告番号 甲19830
学位授与日 2005.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5937号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は、住宅内部の室空間を対象として、空間の<平面+高さ=>立体規模がどのような空間知覚を生み出すのか、さらにどのような生活空間の形成を導きうるのかについて明らかにすることである。

 関連する研究としては、居住者の視点で検討するという観点から、空間に対する心理印象を求めたものがある。しかし、研究の内容は「空間からどのような心理影響を受けたか」といういわば意識の受動的側面に焦点をあてた検討が多かった。「空間から人間へ」という一方向的なはたらきかけに関わる検討はこれまで一様の成果を得たが、一方で「さらに人間から空間へ」という双方向性を示すはたらきかけについても検討する必要があった。そこで本研究では「室内をどのような生活空間にしたいか」あるいは「空間にどのようなはたらきかけをしているか」といった意識の能動的側面に着目し、検討しようと考えた。

 検討をすすめるにあたって「場所」という概念を定義した。「場所」は目に見えて居るところを指すのみならず、意識として関心が向けられた空間をも含んでいる。意識を含め「場所」の知覚・形成の対象を三次元のものとして分析することで、室空間の高さがもつ意味を同時に捉えようとする狙いがある。

 本研究では、大別して3点の検討課題を設定した(第1章)。まず課題1として、室空間の立体規模と場所の知覚との関わりを求めること(第2章)。課題2として、設えがある室空間を対象とした場合の場所の知覚を明らかにすること(第3章)。課題3として、従来よりも天井の高い空間を取り入れた住宅を対象に、場所の形成様態を明らかにすること(第4章)である。全体の構成は、課題1の結果を、課題2、課題3で検証する構成とし、最後をまとめとした(第5章)。

 課題1(実験1)の検討目的をつぎに示す。1)平面、高さを実験要因とする空間を提示して、被験者に「どのような空間として使いたいか」を記述してもらう。作り上げた場所のイメージを分析することによって、空間の高さがもつ意味を読みとる。2)既往研究と比較検討を行う。人間の心理的空間は身体を中心に三次元に広がっており、身体との位置関係によっていくつかの層に分節することができる。それぞれの分節空間が実験1でどのように意味付けされるのかを明らかにする。

 実験は、床面積、天井高が可変の実大空間を使って30人の被験者に一人ずつ空間を体験してもらい、一定時間のあいだで設問に記述回答する、という手法をとった。

■記述内容を分析した結果、つぎのことがわかった。

・床面形2250×2250および床面形2700×2700の場合、個人による「占有」のイメージが生まれやすく、床面形3600×3600および床面形4500×4500の場合、「共有」のイメージが現れやすくなる。

・姿勢の展開については、天井高3600の場合、他と比較して「立ち居」が増える傾向が見られる。

・場所の広がり方は、モノの配置および行為内容を読みとって4種のパターンに類型化できる。つまり「まとめる」、「分割する」、「平面に拡張」、「立体に拡張」の4種である。「まとめる」イメージは、平面が小さい場合ほど多くなる。「分割する」イメージは、天井高2250、2550の場合に多く、天井高3600のケースではかなり減少する傾向がある。「平面に拡張」、「立体に拡張」といったイメージは、とくに天井高3600の場合に増える。

■空間の位相を求めるため、空間とイメージ現出頻度の集計表をつくり、主成分分析にかけた。そして以下について明らかにした。

・空間の容積、壁面形状比に関わらず、「落ち着き」や「緊張が解けた」場所のイメージが全体を大きく支配している。場所の広がり方として「分割する」タイプが相関関係にある。

・イメージを構成する成分として、第一に「動き-落ち着き」、「場所の拡張-場所の分割」の関係を表す成分が含まれ、第二に「人間集合-個人」、「緊張が解けた-緊張感がある」の関係を示す成分が含まれる。

・容積の大きい空間に対しては「動き」のある場所のイメージも現出する。場所の広がり方として「平面に拡張」が相関関係にある。平面が狭く、天井が高い空間に対しては「緊張感のある」場所のイメージも現出するといえる。場所の広がり方として「まとめる」が相関関係にある。

■既往研究における空間の印象評価<ゆったり>,<圧迫感>との比較検討および空間の指示代名詞領域「コレ・ソレ・アレ」距離帯との比較検討をおこなった。その結果、<ゆったりとした>空間、<圧迫感を受ける>空間の意味を知ることができた。「コレ・ソレ・アレ」距離帯の意味を知ることができた。

 実験1で扱った実大モデルの空間は、無窓・白色の抽象空間だった。そこで、現実に近い設定の住宅空間モデルに対象を移し、実験1の結果を検証する必要がある。検討課題2に移る。

 課題2(実験2)の検討目的をつぎに示す。1)実験2の検討内容が実験1の内容を支持するか検証する。実験1では特に、場所イメージの知覚は床面積だけでなく、天井高によっても大きく異なることがわかった。実験2の検討においても同様に天井高とイメージ知覚の関係を明らかにする。2)室空間の設え、空間構成が場所イメージの知覚にどのような影響を与えるか明らかにする。

 実験の方法は、基本的に実験1と同様である。実験対象はモデル住宅における20の室空間とした。20名の被験者の協力を得た。

■実験1の分析をふまえ、空間とイメージ現出頻度の集計表をつくり、主成分分析を行った。そしてイメージ要素をもとに空間の位相を求めた。以下にまとめを述べる。

・場所イメージを構成する成分には、第一に「高揚-落ち着き」、「場所平面拡張-場所まとめ」を表す成分が含まれる、第二に「緊張感-のんびり」、「場所立体拡張-場所分割」を示す成分が含まれることがわかった。

・ 空間の容積、壁面形状比に関わらず、「落ち着き」や「のんびりとした」場所のイメージが全体を広く支配している。場所の広がりについては「まとめる」ケースが大多数を占めていた。

・ 対象空間の中で容積が大きい空間の場合、「落ち着き」や「のんびりとした」場所イメージ以外に、「高揚した」場所イメージも現出する。場所の広がり方としては「平面に拡張」が相関。また、天井が高く、壁面形状比が大きな値の空間は「緊張した」場所のイメージも現出する。場所の広がり方としては「立体に拡張」が相関する。

■実験1および実験2で得た場所イメージを「雰囲気」、「占有か共有か」、「姿勢」、「場所の広がり方」などさまざまな視点から比較考察を行った。実験2で得た検討内容は、全体的に実験1の結果を支持する内容だった。

 実験1、実験2の検討内容は、場所の<想定>に関する検討だった。この検討はあくまで<知覚>の範疇を出ない論考だった。そこで検討課題3(調査)では、現実の場所の<形成>について検討した。

 次に示す目的のもと、高階高住宅のケースでの空間認識や場所の形成について明らかにした。1)天井の高い室空間、天井の低い室空間での空間認識、場所の形成を明らかにすること、2)これまでの検討内容に、実証的な考察を加えることである。

 調査対象は、集合住宅における高階高の住戸。一般に普及する住宅よりも比較的天井の高い空間を取り入れている。事例は集合住宅5住棟とした。これらは一部で1.5層、高階高、準高階高住宅等を構成する住棟である。

 検討内容は以下のようにまとめられる。

■室内の大きさに関わる認識についてつぎのことがわかった。

・居住者の多くがリビング空間の高さが以前よりも高いことを把握し、それが体感空間の大きさにも結びついていることを指摘した。1.5層住宅の場合には高さが影響することをより強調するような意見もみられた。

・居住者の多くはリビング空間を、天井が高く、気持ちが良い空間と位置づけている。さらに、体感できるものとしての空間の高さに、ある種の機能をも見いだした場合もある。また、室空間の壁、天井以外の構成要素として、外部空間に面する開口部や家具、モノ、人などの比較対象が体感空間の大きさに影響を与えることがわかった。

■パブリックスペースの高さと場所形成の関わりを見るため、実測した家具配置およびインタビューで得た「家具配置、装飾で工夫した点、したい点」をもとにパブリックスペースにおける場所のつくられ方を分類した。類型の内容は大きく2種類に分けることができる。

1)大きな余白スペースを取り囲んで一つの場所をつくった例、

2)場所を二つ以上に分節した例(他20事例)である。

 類型1の事例は1.5層住宅がもっとも多く(計5事例)、次いで高階高住宅が多かった(計2事例)。傾向として天井の高い1.5層や高階高住宅に類型1の場所タイプが多く見られた。

■パブリックスペースの高さの活用意識、実践を見るため、インタビューで得た「家具配置、装飾で工夫した点、したい点」をもとに内容を分類した。内容を大きく5項目に分類した。(a) 収納棚の設置、(b) 家具の配置、(c) 装飾品の配置、(d) 照明の設置および位置調節、(e) 器具の設置である。

 収納棚の設置に関わる内容は、背の低い収納棚を設置した例と天井まである収納棚を設置した例の2通りに分かれ、1.5層住宅の場合は背の低い収納棚を、準高階高住宅の場合は天井まである収納棚を設置したか設置したいと考える傾向がある。家具の配置に関しては背の低いものを置く傾向がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、住宅内部の室空間を対象として、空間の3次元的立体規模がどのような空間知覚を生み出すのか、さらにどのような生活空間の形成を導きうるのかについて明らかにすることを目的としている。

 空間と人間心理の関係を求める研究態度として、空間から受ける心理的影響という、空間から人間への一方向的受動的はたらきかけを探るだけでなく、本研究では「室内をどのような生活空間にしたいか」あるいは「空間にどのようなはたらきかけをしているか」といった意識の能動的側面に着目し、人間から空間へという双方向性を示すはたらきかけについても検討しようとしている。

 ここでは「場所」という概念を意識として関心が向けられた空間をも含むものとして定義し、意識を含め「場所」の知覚・形成の対象を3次元のものとして分析することで、室空間の高さがもつ意味を捉えようとしている。

 本研究は2つの実験と1つの実態調査からなる。実験1は室空間の立体規模と場所の知覚との関わりを求めること(第2章)。実験2は設えがある室空間を対象とした場合の場所の知覚を明らかにすること(第3章)。実態調査は従来よりも天井の高い空間を取り入れた住宅を対象に、場所の形成様態を明らかにすること(第4章)である。全体の構成は、実験1の結果を、実験2と実態調査で検証する構成とし、最後をまとめとした(第5章)。

 実験1は、床面積、天井高が可変の実大空間(無窓・白色の抽象空間)において、30人の被験者が一人ずつ一定時間空間を体験し、「どのような空間として使いたいか」を記述するものである。作り上げた場所のイメージの分析から空間の高さがもつ意味を読みとることを目的とし、床面形2700×2700以下の場合は個人による「占有」のイメージが、床面形3600×3600以上の場合は「共有」のイメージが現れやすくなること、天井高3600の場合は他と比較して「立ち居」が増えること、場所の広がり方は「まとめる」、「分割する」、「平面に拡張」、「立体に拡張」の4種にわけられ、「まとめる」は平面が小さい場合ほど多く、「分割する」は天井高2550以下の場合に多く、天井高3600ではかなり減少し、「平面に拡張」、「立体に拡張」は天井高3600の場合に増えることを明らかにした。

 さらに主成分分析により空間の位相を求め、「落ち着き」や「緊張が解けた」場所イメージが全体を大きく支配し場所の広がり方として「分割する」が相関関係にあること、イメージ構成成分として、第1に「動き-落ち着き」、「場所の拡張-場所の分割」、第2に「人間集合-個人」、「緊張が解けた-緊張感がある」の関係を示す成分が含まれること、大容積空間に対しては「動き」のある場所イメージも現出し、場所の広がり方として「平面に拡張」が相関関係にあり、平面が狭く天井が高い空間に対しては「緊張感のある」場所イメージも現出し、場所の広がり方として「まとめる」が相関関係にあることを明らかにした。

 実験2は、モデル住宅における20の室空間を対象として、被験者20名により、天井高、室空間の設え、空間構成が場所イメージの知覚にどのような影響を与えるかを明らかにし、実験1の結果を検証した。場所イメージを構成する成分には、第1に「高揚-落ち着き」、「場所平面拡張-場所まとめ」、第2に「緊張感-のんびり」、「場所立体拡張-場所分割」を示す成分が含まれること、「落ち着き」や「のんびりとした」場所のイメージが全体を広く支配し、場所の広がりについては「まとめる」ケースが大多数を占めていたこと、大容積空間の場合「落ち着き」や「のんびりとした」場所イメージ以外に「高揚した」場所イメージも現出し、場所の広がり方としては「平面に拡張」が相関すること、天井が高く壁面形状比が大きな値の空間は「緊張した」場所のイメージも現出し、場所の広がり方としては「立体に拡張」が相関することを明らかにした。

 実態調査ではこれまでの検討内容に実証的な考察を加えるため、実際に人々が居住する、1.5層、高階高、準高階高住宅を構成する集合住宅5住棟において、天井の高い室空間、天井の低い室空間での空間認識、場所の形成について調査し、居住者の多くがリビング空間の高さが以前よりも高いことを把握しそれが体感空間の大きさにも結びついていることを指摘したこと、居住者の多くはリビング空間を天井が高く気持ちが良い空間と位置づけ、体感できるものとしての空間の高さにある種の機能をも見いだした場合もあること、開口部や家具、モノ、人などの比較対象が体感空間の大きさに影響を与えることを明らかにした。場所のつくられ方は、大きな余白スペースを取り囲んで1つの場所をつくる例と、場所を2つ以上に分節した例に分けられ、前者は1.5層住宅がもっとも多かった。高さの活用意識・実践として1.5層住宅の場合は背の低い収納棚を、準高階高住宅の場合は天井まである収納棚を設置したか設置したいと考える傾向があることも明らかにした。

 そして2実験と調査を総括し、天井高の変化を中心として室空間の立体規模により「占有」か「共有」か、姿勢、場所の広がりに対する可能性が変化する状況をまとめ、場所形成による天井高などの立体規模の意味をまとめた。

 以上のように本論文では、3種の実験・調査により、空間から人間が知覚することと空間にどのように働きかけ、場所を形成しようとするかを分析することにより、住宅スケールの室空間の3次元的規模、特に天井高が人間の場所の知覚・形成に与える意味を明らかにすることができた。また従来の受動的に空間が人間に与える影響を求める方法に加え、人間の空間への能動的働きかけを探る方法の可能性も明らかにできた。

 室空間を3次元的にとらえ、天井高と人間との相互関係を探求する研究は少なく、天井高の人間にとっての意味の一面が明らかにされたことの意義は大きい。以上のように本論文は建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク