学位論文要旨



No 119833
著者(漢字) 原,美永子
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ミナコ
標題(和) 重金属の統合型リスク評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 119833
報告番号 甲19833
学位授与日 2005.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5940号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 渡邉,正
 東京大学 助教授 松野,泰也
 国連大学 教授 安井,至
内容要旨 要旨を表示する

 近年,環境問題に対する関心はますます高まりを見せている。産業活動のみならず,民生活動においてもさまざまな環境負荷の低減が求められており,世界各国で研究開発が進められている。上述した消費型環境問題には,化石燃料等の資源枯渇,二酸化炭素の放出,有害化学物質の排出,固形廃棄物の増加,埋立地の不足等,多種多様な問題が混在しており,これらの環境負荷の低減が求められている。しかし,環境負荷低減のために取った様々な対策が環境保全にどの程度貢献しているのかについては明確でない場合が多い。ある面から見れば効果的な環境負荷の低減対策も,視点を変えると逆に環境負荷を増加させている場合があり,一方向だけからの環境影響評価は事態を見誤る恐れがある。

 特に,人間健康および生態への影響への関心は高く,日本では公害対策の思想からゼロエミッションや有害リスクゼロ指向がいまだに根強く残っている。米国ではEPAおよびWHOによる詳細リスク評価を基本としたリスク・ベネフィット発想の対策がなされている。一方,欧州諸国では予防原則を主体とした対策がなされ,有害物質の削減・代替を目的とした法整備が進んでいる。しかし,これらの環境負荷低減のための対策の中には,ある種の環境負荷を低減することはできるが,他の環境負荷を増大させるものもある。従って,環境負荷低減の対策を評価する場合には,対象となる製品あるいはサービスのライフサイクル全体を考慮した上で,対策により影響を受けるライフステージでの環境負荷の変化すべてを考慮する必要がある。今後の環境負荷低減対策には,このようなライフサイクル思考(Life Cycle Thinking)による影響評価を判断材料とした意思決定が必要であると考えられる。製品,サービスの環境影響評価の手法として開発されたLCAは,現在ではその応用範囲を拡大し,農林業・水産業分野や一つの都市に関する評価例なども数多く発表されている。また,LCAにおけるインパクト評価も国内外で研究が進められ,Eco Indicator95/99,EPS2000,Ecopoint97などの欧州諸国で比較的早くに開発された手法だけでなく,日本国内で開発中である被害算定型環境影響評価手法のLIME,また政策目標を用いて環境影響を評価するJEPIXなどが用いられ始めている。新しいインパクト評価の手法論として,物質の有害性を考慮した研究例も数多く発表されているが,方法は多種多様でありいずれか一つの方法で合意がなされているといった状態ではない。本研究では,科学的に環境問題を評価できる範囲として,製品のライフサイクルにおける人体影響を何らかの指標,できればDALY(Disability Adjusted Life Year),さもなくば何らかの体内濃度によって表現する手法の開発と,時間消費法におけるカテゴリ間の重み付け係数を決定することで各カテゴリの詳細データが存在する場合の環境影響評価を行うことを目的とした。

 本論文の構成は,有害重金属を含有する民生品である,鉛はんだ基板を含む電気製品および水銀蛍光灯の廃棄ステージにおける環境影響のシミュレーション計算,基板・はんだおよび六価クロムめっきを施した電器部品からの溶出実験,そして「時間消費法」の手法開発とその評価例に関する研究に大別される。

 第一章では,本研究の背景および目的を述べ,研究全体の概要を述べた。

 第二章では,LCA(Life Cycle Assessment)の主要項目について説明を行い,現存するLCIA手法について解説・比較した。これに基づき,LCIA(Life Cycle Ipmact Assessment)構築に必要なカテゴリや分類化,特性化について言及した。

 第三章では,鉛はんだの廃棄ステージにおける鉛の大気排出およびそれに伴う人体健康影響,また鉛の環境排出総量,エネルギー消費,ならびに廃棄物発生量を設定したシナリオごとに推算した。近年,OECD諸国を中心として有害性とリスク削減を環境設定の条件を満たすための有害物質の削減・代替を具体案とした環境問題の影響に対する予防原則とリスク削減が優先課題として挙げられている。しかしながらこれらの根拠となった報告書では,対象となる物質そのものの物性としての有害性(hazard)や偶発的な事故が規制の直接的な理由であり,実際の製品に含有されるこれらの物質の人体・生態への影響については定量的に述べられていない。鉛に関しては,わが国の電気機器業界でも,RoHS発効可能性が非常に高くなってきたことに対応して鉛フリーはんだの技術開発が進められ,大手企業においては既に代 替が完了している。鉛フリーはんだには銀,ビスマスのような貴金属や銅のようにリサイクル忌避物質が使われる場合が多く,資源枯渇という観点からも問題があると考えられる。これらの背景から,また物質としてのフロー追跡の容易性により,検討する有害物質の具体例として重金属を選択することにした。この推算の結果,はんだの鉛代替によって低減される人体環境影響はバックグラウンド値に比較して無視できる程度に小さいこと,また鉛はんだを含む製品の処理における環境影響を全体的に低減させるためには,資源回収が有効であることが確認された。

 第四章では,リスク試算の精度を上げる目的で,最終処分場や不法投棄地における湖沼・降雨・海水への溶出を模した実験を行った。プリント配線板,各種はんだおよび各種クロムめっき部品を試料とした溶出実験を行い,最終処分場に埋立て処分された重金属含有製品の環境への影響について評価した。実験の結果,それぞれの重金属の溶出量は溶媒によって大きく異なることから,処分場の立地および処理形態によって影響に差が生じること,また直接埋立ては必ずしも最適な処理方法ではないことを提言した。

第五章では,LCIA手法の一つである「時間消費法」を用いて,各種データ区分に関する重み付け係数を決定し,「時間消費法」に関するデータ蓄積および検討課題の抽出を行った。ヨーロッパ諸国を中心に,LCIA(Life Cycle Impact Assessment)の需要が高まりを占めており,LCIA手法の開発が進められてきた。日本では,企業による環境報告書の作成が広がりつつある中,自社製品およびサービスに対するLCA分析の実施に伴い,日本独自のLCIA手法の開発が進められている。しかしながら,欧州,日本国内のどちらにおいても,使用するLCIA手法は統一されていない。これは,先述したように,LCIAは未だその手法が研究段階にあるというのが主な理由である。LCIAを実施するにあたって,日本におけるインパクトの重み付け係数決定事例が少ないことや,例えば淡水消費などのデータ区分に関する重み付けがないことから,新たに重み付け係数を決定し,これを用いることを試みた。算出した重み付け係数および「時間消費法」以外の重み付け係数を用いて容器間比較のためのLCIAを算出し,重み付け係数の違い等が容器間比較に与える影響を検討し,他の手法による評価結果と比較した。時間消費法では,他の手法と比較して異なる点も存在したが,同様の傾向を示す結果となったことから,本手法による評価に対する妥当性を確認することができた。

 第六章では,使用済み水銀蛍光灯の処理について,リサイクル率を向上させた場合を仮定し現状との環境影響を比較した。比較対象として,廃棄ステージにおける水銀の大気と水質への排出およびそれに伴う人体影響,水銀の環境排出総量,エネルギー消費,ならびに廃棄物発生量を設定した。ヨーロッパ議会によって採択されたWEEE指令議案およびRoHS指令議案に伴い,産業界における指定有害物質(水銀,鉛,六価クロム,カドミウムおよび2種類の臭素系難燃剤)の使用が2006年7月1日から禁止される。OECDによる水銀使用禁止に伴う問題の一つは,職業暴露や事故による暴露のみに注目した点である。2001年2月,欧州委員会は「今後の化学品政策の戦略」を発表し,2003年5月7日に新化学品規制案(REACH: Registration, Evaluation and Authorization of Chemicals)が公表された。この草案では,製造業者および輸入業者は,一定の有害化学物質について暴露データを提出しなければならない。仮にこのREACH草案が採択された場合には,製品に含まれる化学品の排出分析および暴露評価がより重要となるであろう。エネルギー消費の観点から,水銀は未だに蛍光灯に使用されている。加えて,白熱灯の代替品として,高品質の電球型蛍光灯が開発されている。照明器具における水銀の代替は,使用段階におけるエネルギー効率の低下を招き得る。使用済み水銀蛍光灯の資源回収は可能な解決策の一つではあるが,直接埋め立てと比較した場合にはより多くのエネルギーを必要とする。環境への排出による人体健康影響は,天然放出に対しては無視できる程度の大きさであった。また,リサイクル率を向上させると水銀排出量は低減するが,エネルギー消費は増加することが確認された。

 第七章では,本研究で得られた成果を総括し,今後の課題ならびに展望について述べた。

 以上のように,環境影響評価システムを構築し,本システムによって鉛はんだ,水銀蛍光灯のように有害重金属を含有する製品の廃棄ステージにおける環境影響が評価できることを確認した。本研究で得られた知見は,人間生活および産業活動によって生じる環境負荷低減のための一助になると考える。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、産業活動のみならず民生活動においても環境負荷の低減が求められ、様々な研究開発が進められている。しかし、環境負荷低減のために取った様々な対策が環境保全にどの程度貢献しているのかについては明確でない場合が多い。本研究では、製品のライフサイクルにおける人体影響を適切な指標によって表現する手法の開発、および自由度の高い評価法である時間消費法において設定されたシナリオ中の検討要素の重み付け係数の決定により、多面的に環境影響評価を行うことを目的としている。本論文は、有害重金属含有民生品である鉛はんだ基板を含む電気製品および水銀蛍光灯を対象とした、廃棄ステージにおける環境影響のシミュレーション計算、基板・はんだおよび六価クロムめっきを施した電器部品からの重金属溶出実験、および「時間消費法」の手法開発とその評価例に関する研究の部分から成り、全七章から構成される。

 第一章は序論であり、本研究の背景および目的、および研究全体の概要を述べている。

 第二章では、LCA(Life Cycle Assessment)の主要項目について説明を行い、現存するLCIA手法について解説・比較している。これに基づき、LCIA(Life Cycle Impact Assessment)構築に必要なカテゴリや分類化、特性化について言及している。

 第三章では、鉛はんだの廃棄ステージにおける鉛の大気排出、およびそれに伴う人体健康への影響を、鉛の環境排出総量、エネルギー消費、ならびに廃棄物発生量を設定したシナリオごとに推算した結果を述べている。推算の結果、はんだの鉛を銀、ビスマス、銅で代替することによって低減される人体環境影響はバックグラウンド値に比較して無視できる程度に小さいこと、また鉛はんだを含む製品の処理における環境影響を全体的に低減させるためには、資源回収が有効であることが明らかとなった。

 第四章では、リスク試算の精度を上げる目的で、最終処分場や不法投棄地における湖沼・降雨・海水への溶出を模した実験を行った結果を述べている。プリント配線板、各種はんだおよび各種クロムめっき部品を試料とした溶出実験を行い、最終処分場に埋立て処分された重金属含有製品の環境への影響について評価している。実験の結果、それぞれの重金属の溶出量は溶媒によって大きく異なることから、処分場の立地および処理形態によって影響に差が生じること、また直接埋立ては必ずしも最適な処理方法ではないことを提言している。

 第五章では、LCIA手法の一つである「時間消費法」を用いて、各種データ区分に関する重み付け係数を決定し、「時間消費法」に関するデータ蓄積および検討課題の抽出を行っている。算出した重み付け係数、および「時間消費法」以外の重み付け係数を用いて比較のための環境影響を算出し、重み付け係数の違いが与える影響を検討し、他の手法による評価結果と比較している。その結果、日本における環境負荷を考える際には、固形廃棄物の環境影響を加味したLCIA重み付けが重要であることが示唆され、本手法の妥当性が確認されている。

 第六章では、使用済み水銀蛍光灯の処理について、リサイクル率を向上させた場合を仮定し現状との環境影響を比較している。使用済み水銀蛍光灯の回収は直接埋め立てより多くのエネルギーを必要とするが、回収を行うことによってのみ環境放出される水銀量を減少させることが可能であること、さらに廃棄物量の減容には焼却の効果は小さく回収が効果的であることを明らかとしている。この推算により、廃棄製品等から放出される有害金属の大気中濃度および廃棄ステージにおけるエネルギー消費量の予測が可能であることを明らかにしている。

 第七章では、本研究で得られた成果を総括し、今後の課題ならびに展望について述べている。

 以上、本論文は、多様な検討項目の重み付けを含めた環境影響評価システムを構築し、それにより鉛はんだ、水銀蛍光灯など有害重金属を含有する製品の廃棄ステージにおける環境影響を定量的に評価できることを明らかにしたものである。本研究で得られた知見は、人間生活および産業活動によって生じる環境負荷の低減のための指針を与えるものであり、環境化学での今後の進展に大きく貢献するものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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