学位論文要旨



No 119834
著者(漢字) 吉川,富夫
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,トミオ
標題(和) 米国コミュニティにおける業績測定による成長管理の研究
標題(洋) Performance-based Growth Management in US Communities
報告番号 119834
報告番号 甲19834
学位授与日 2005.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5941号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 教授 御厨,貴
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

(1)成長管理と地域経営

 米国のGrowth Managementには、コミュニティの「成長」を「管理」するという意味はなかったはずである。日本における「成長管理」は、時代と社会的背景を背負って使われてきたものであり、いま、地域経済の自律的な発展や、経営主体としての自治体への「分権」が大きな課題となっているとき、本来の意味を再認識すべきである。即ち、「成長管理」(Growth Management)は、「コミュニティの持続的は発展をめざして、自然環境の保全と地域経済の発展を、社会的公正にも配慮しながら、利害関係者の調整のもとに進めていこうという」「地域経営」のこととして広く捉えるべきである。

(2)業績基準による土地利用規制の政策革新

 米国の成長管理はコミュニティにおける土地利用規制に多くを依拠してきた。土地利用規制は、開発の直接的効果である開発のタイプや密度を事前に定めておき規制しようとする方式から、しだいに開発の最終的結果である業績/成果を制御しようとする方式に変化してきた。こうした方向を促す舞台となったのが、開発そのものを否定するのではなく、開発の時期とペースを制御しようとする「成長管理」の政策フィールドであった。

 土地利用規制における業績基準の適用は、土地利用の政策プログラムにおける実践的な革新である。業績基準は、計測可能な指標によりコミュニティ開発の目的や目標をオペレーショナルなものに変えるばかりでなく、施策や事業の達成度を測定し、開発を評価することを可能にするので、成長管理の効率性や有効性を向上させることができる。

 また、業績基準による土地利用規制は、市場機構との親和性を持っている。伝統的な計画とゾーニングにおいては、規制内容が硬直的であるばかりでなく、しばしば行政官の恣意的判断と政治的影響に左右された。これに比べて、一定の条件の下で、業績基準は、自治体と開発者の双方に、より柔軟性と確実性を提供することができるからである。

 業績基準により開発許可の基準を最終的な業績/成果に置いたことは、開発許可から最終的な業績/成果までの因果関係を説明するアカウンタビリティを、公務員やプランナーが負うことを意味する。この因果関係の説明はしばしば複雑で技術的な困難を伴うこととなる。かといって因果関係の説明の要らない伝統的な開発許可に戻れるわけでもない。重要なことは、この因果関係を説明するため、外部によるチェックポイントが複数ある(政治的民主主義と矛盾しない)システム(例えばロジックモデル)として開発し、使いこなすことである。

(3)業績測定による成長管理の経営システムの改革

 成長管理所管部局(オレゴン州における土地保全開発部(DLCD)など)における、コミュニティ型戦略計画とベンチマークス及び部局経営型戦略計画と業績測定との統合は、成長管理におけるもうひとつの大きな経営革新である。

 この統合に成功すると、コミュニティ・ベンチマークスと部局の業績指標が整合性をもち、外部アカウンタビリティと内部アカウンタビリティの双方を向上させることができる。外部アカウンタビリティは市民と政府との間のよりよい合意形成に役立つ。内部アカウンタビリティは、地方政府の財源のよりよい配分と部局の職員へのインセンティブを与える。

 また、コミュニティにおける価値の調整と統合のために、ベンチマーキングが有効に機能する場合がある(オレゴン州における「協働の磁石」)。ベンチマークスは市場における価格と同じように、情報を集約する機能を持っている。さらにこの集約された価値(業績指標)に基づき、首長選挙が行われ、議会の議決が行われるので(「ローカル・マニフェスト」と同じ)、政治的アカウンタビリティを高めることができる。

(4)業績測定のネットワーク

 ある政府が他の政府のベンチマークスを参照して、コミュニティのベンチマークスを設定すること、ある政府の部局が他の政府の部局の業績指標を参照して、業績指標を設定すること、あるいは、NPOの提案したコミュニティのベンチマークスを民間企業や政府部門が自らのベンチマークスと対比することなどにより、ベンチマークスや業績指標の横断的比較が行われることは、これらの指標の客観性を高めるように作用する。こうしたベンチマークスや業績指標のネットワーク化は、あたかも市場機構における価格のように機能し、コミュニティの目的にむけて政府や住民や企業の努力を動機づける。

(5)成長管理の制度設計からみたガバナンス構造

 米国各州の成長管理を、制度設計(「制度主体」と「政策プログラム」)からみると、ガバナンス構造の変化は、「再生化」「委譲化・分権化」「外部化・市場化」「自己組織化」という4つによって特徴づけられる。

 オレゴン州の成長管理ガバナンス構造には、メトロの成立と「地域2040」の策定などに、「移譲化・分権化」の方向をみることができる。また、オレゴン・ベンチマークスがもつ、コミュニティの価値統合機能は、「自己組織化」の手段として業績測定が機能していることを意味する。このようなガバナンス構造の変化には、オレゴン州における住民参加の伝統といった社会的共通資本が、コミュニティにおける基盤となって支えていることが大きく影響する。

 フロリダ州政府の成長管理のガバナンス構造は、議会の強いリーダーシップに支えられて州政府全体の指導原理となってきた業績ベース予算と業績測定に影響されているところが大きい。議会に対する政治的アカウンタビリティの強さは、成長管理の短期的な成果指向となって結果する。コミュニティ部(DCA)の戦略計画である長期政策計画(LRPPs)が長期的視点を導入する役割を期待されていたはずであるが、成長管理に関してその役割を果たし得ていない。フロリダ州政府の戦略計画と業績測定は、全体として、州政府自信の効率化と役割の見直しによるガバナンス構造の「再生化」に貢献している。

 フロリダ州における「新しい成長管理」にはガバナンス構造の変化が見られる。「新しい成長管理」では、成長管理検討委員会の「地域機関や地方政府への権限移譲」「開発を誘導するインセンティブの提供」の勧告を反映した政策プログラムが採用され、「移譲化・分権化」「再生化」が現れる。しかし、同じ勧告で強調された「情報の提供」と「完全な住民参加」については、ほとんど政策プログラム化されなかった。このことは、フロリダ州の成長管理のガバナンス構造では「自己組織化」が重視されていないことを意味する。

 ワシントン州の成長管理においては、キング郡ベンチマークス、シアトル市総合計画モニタリング報告の業績測定などが採用され、コミュニティ全体の健康状態を監視する役割を担ってきた。しかし、戦略計画や業績ベース予算との連携もない業績測定なので、外部アカウンタビリティも内部アカウンタビリティも弱い。ただ、シアトル市総合計画の近隣計画のようなコミュニティ基盤の計画の進捗度評価は、住民による監視機能がよく働く可能性がある。

 ワシントン州における成長管理のガバナンス構造は、元来、地域政府や地方政府への「移譲化・分権化」を基調とした成長管理の制度設計を持っていたが、この基盤の上に、開発信用移転プログラム(TDC)のような市場機構の活用、すなわち「外部化・市場化」が指向された。同時に、シアトル市の近隣計画プログラムに見られるような「自己組織化」を内在していることが特徴である。

(6)米国の成長管理と日本の地域経営

 米国における総合計画と土地利用規制は、1960年代において、環境問題やアフォーダブル住宅問題への対処の必要性から、州政府への集権化をもたらしたが、その後、30余年の成長管理の実践経験を経て、再び「移譲化・分権化」の方向を指向し始めた。ここには、多様性や自律性を求める住民と地方政府の希求が底流としてあり、また地域コミュニティを経営できる住民と地方政府の力量の高まりがある。この点でガバナンス構造変化の国際的な潮流と軌を一にしている。

 米国における成長管理は、今日まで30余年の間、分権的で自律性の高い米国社会の性格を反映して、成長管理の制度設計(制度主体と政策プログラム)は各地で様々に展開し、各地における成長管理の実践が他の地域の成長管理に影響を与えあうという「制度設計」の地域間競争の中で進化をとげてきた。

 地域間競争は、互いのコミュニティの発展をうながす大きな契機であるが、コミュニティの競争力は、地域政府のみによって形成されるわけではない。住民や企業や非営利団体そして地方政府などコミュニティの構成員が、コミュニティの一定の価値を共有しながら市場経済のなかで自由に活動できる状態がコミュニティの競争力に繋がる。今後の日本の地方分権と地域経営が参照すべき米国の成長管理の経験は、このような点にあると考える。

審査要旨 要旨を表示する

 吉川富夫氏の博士学位請求論文「米国コミュニティにおける業績測定による成長管理の研究」は、米国コミュニティにおける成長管理を舞台として、業績測定による土地利用計画の政策革新と、業績測定による成長管理所管部局の経営革新が行われてきたことに着目した研究である。成長管理という公共政策分野において、住民のニーズや政府部門の効率性・効果性に目標値を与え、その業績の可測性、業績測定が成長管理の実を上げること、さらに、業績測定がコミュニティのガバナンス構造にも影響を与えることを立論・実証したもので、今後のわが国の地方行政、とりわけ都市計画行政において非常に大きな貢献をなしうる。

 論文は、序章から第6章まで全7章から構成される。序章において、研究にあたっての問題意識と主要な分析の枠組みを提示したうえで、第1章、第2章は、成長管理と業績測定の理論的分析に充てている。ついで第3章から第5章にかけては、オレゴン州、フロリダ州、ワシントン州の州政府、地方政府、NPOなどの成長管理を実証的に分析し、アカウンタビリティの視点から各州の成長管理の特徴を評価している。最後の第6章は、理論と実証の両面から成長管理のガバナンス構造に着目し、上記3州の特徴を抽出するとともに、序章の問題意識に対する結論へと収斂させている。

 筆者の研究にあたっての問題意識とは、成長管理とは地域経営の問題であること、成長管理は業績測定を内包していたこと、業績測定はアカウンタビリティの強化を通じて政府・民間相互の信託・受託関係に変化を与えるので、コミュニティのガバナンス構造に変化を及ぼすことなどである。あわせて序章では、アカウンタビリティの四類型、業績測定の3類型などユニークな分析の枠組みを提示している。

 研究の第1の論点は、成長管理は業績測定を内包していたということである。成長管理は、開発を禁止するのではなく、開発のテンポやタイミングを制御しようとするので、土地利用規制に開発の業績基準(コミュニティに与える開発の効果)という概念を持ち込む必要があった。そしてまた、業績基準の妥当性を検証するために、業績測定(開発の効果を定期的に監視すること)を行う必要性が生まれてきた、という立論である。これまで計画手法・技術として受け取られることの多かった成長管理に、地域経営的な広い位置づけを与えた優れた研究である。

 第2の論点は、業績測定と市場経済との関係である。業績測定は、市場経済において価格をパラメータとして経済主体の行動と資源配分が最適化されることに擬制して、人為的に公的部門や公共経済に評価の仕組みを導入したのであるから、業績測定による成長管理は、市場経済と親和性が高いこととなる。例えば、アウトカム指向の業績でゾーニング規制の基準を与えようとするので、規制緩和が表面化することとなる。成長管理の目標である公共性は業績測定によるアカウンタビリティによってカバーされるという考えであるが、今日の都市計画の規制緩和論と絡んで、重要な論点を提供している。

 第3の論点は、成長管理部局の経営革新と業績測定の関係である。オレゴン州土地保全開発部などで、戦略計画の中でコミュニティ型業績測定(ベンチマークス)と部局経営型業績測定を統合し、かつ計画―予算―執行―評価というマネジメント・サイクルの中に組み込むという動きが始まり各地の政府各部局に広まってという。こうした経営革新の結果、政府部門の内部アカウンタビリティと外部アカウンタビリティの双方が飛躍的に向上するということは、外部パラメータを内部調整にフィードバックするシステム設計の新しいモデルであり、有用な事例分析である。

 第4の論点は、成長管理とガバナンスの関係である。業績測定の意義はアカウンタビリティの確保、即ち、信託者と受託者の間の情報の不完全性を緩和ないし解消し、両者の対等で自由な関係を担保することにあるので、業績測定はコミュニティのガバナンス構造に影響を与える。このような観点から、米国各地の成長管理にかかる制度主体と政策プログラムの創設を「再生化」「移譲化・分権化」「外部化・市場化」「自己組織化」の4つの方向から分類整理している。ガバナンス変化の国際的潮流と軌を一にして、成長管理においても、分権化や市場化さらには自己組織化が進んでいることを立証したことは学際的視点からみても有意義である。

 米国には元来分権的で自律性の高い地域社会があり、その中から企業も政府もNPOも生まれてきた。成長管理は、時間軸で土地利用を制御するための法令や計画として生まれたものであるが、こうした地域社会の特質を反映して成長管理は「地域経営」の性格を帯びたことや、業績測定という経営的発想に馴染みやすかったことは理解しやすいところである。日本も、市場経済の下で法令や計画などの制度資本を備えて地域経営を行うというという点では同じであるが、分権的で自律性の高い地域社会は天賦のものではない。このため、業績測定が公共部門や地域社会の管理手段となってしまう傾向がある。米国の成長管理とは地域経営の問題であるということを再認識し、米国各州の成長管理の事例や立論を見直すことで、日本の地方分権や地域経営への含意を多く引き出すことができることを示した価値ある論文である。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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