学位論文要旨



No 119842
著者(漢字) 水野,直子
著者(英字)
著者(カナ) ミズノ,ナオコ
標題(和) 微小管とダイニン複合体の相互作用についての構造的考察
標題(洋) Study on the structural aspect of the dynein-microtuble interaction
報告番号 119842
報告番号 甲19842
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第546号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 助教授 安田,賢二
 東京大学 助教授 栗栖,源嗣
 東京大学 助教授 上村,慎治
内容要旨 要旨を表示する

(背景)

 分子モーターは体のすべての動きに関わる非常に重要なタンパク質である。分子モーターには、微小管上を動くダイニン、キネシン系と、アクチン上を動くミオシン系の3つがあるが。これらが複雑にコーディネートすることで、細胞内の物質輸送や、細胞小器官の位置決定が成されている。ダイニンは微小管のマイナス端、キネシンはプラス端に動くことによって、さまざまな物質輸送を担っている。

 ダイニンは、AAA(ATPases Associated with various cellular Activities)タンパク質であり、キネシン、ミオシンとは全く異なるカテゴリーに属する。ここで興味深い疑問として、なぜキネシンとダイニンという異なるグループ、異なる構造を持つモーターが、同じ微小管上を動くことができるのか、という疑問がある。モーターは、それのみでは運動活性はみられず、運動をするためには、足場となる微小管が必要である。微小管との相互作用によって、"活性化"され、ATP加水分解能が上がり、移動することができる。分子モーターが、ATP加水分解による化学エネルギーを、運動という物理エネルギーに変換する仕組みの本質を知るには、微小管−モーターの相互作用について、知見を得て、さらに比較することが必須である。

 これまで、キネシンに関しては多くの研究がされてきた。キネシンは、モーター部位の分子量が約40kと比較的小さいので、遺伝子操作を行い、タンパク質を得るのが容易だった為である。それに対してダイニンに関しては、発見が30年近く早いにも関わらず、分子としての挙動は、ほとんどわかっていなかった。その理由として、分子量が、コンプレックスにして2000k、モーター活性のある重鎖で500kと非常に巨大であり、複雑であるため、a)機能部位の特定が困難なことと、さらに、b)その分子量の大きさから、遺伝子操作やタンパク質としての扱いが困難である、ということがあげられる。近年、アミノ酸配列から、ダイニンがAAAタンパクである事が明らかになった。それにより、ダイニンの構造や機能部位が明かされつつあり、微小管結合部位の決定がされた(図1)。しかし、微小管がダイニンとどの様に結合し、ATP分解能を活性化するかはわかっていない。

 私は、ダイニンの微小管結合部位であるストークヘッドに注目し、その微小管との相互作用の詳細を知ること、さらにキネシンとの比較により、分子モーターの運動活性獲得の機構を解明することを目的とし実験を行い、以下に示す結果を得た。

(結果)

 まず、ダイニンストークヘッド(DSH)を、大腸菌内で発現、精製をおこなった(図1)。DSHは、モータードメインとコイルドコイルを通じてつながっており、構造が非常に複雑になっている。複数の可能性を考慮し、コンストラクトを組み立てたことにより、世界中でコンペティティブな試みが行われている中で初めて、タンパク質として安定なDSHの精製に成功した。

 DSHを用いて、微小管との結合実験を行い、DSH-微小管複合体の生化学的なキャラクタリゼーションを行った。その結果、DSHは、微小管の構成単位であるチューブリンダイマーに対し、飽和で1等量結合することがわかった。これは、キネシンの飽和結合と同じであった。

 さらに、DSH-微小管複合体のクライオ電子顕微鏡像を得た(図2a)。これをフーリエ解析(図2b)、コンピューター解析し、三次元再構成像を得た結果(図2c)、やはり、α、βチューブリンダイマーの周期、8ナノメートル周期で微小管と結合することがわかった。この結果は、ダイニンの運動測定から得られた8ナノメートルというステップサイズを構造から支持するものである。興味深いことに、このときの結合面がチューブリンモノマーのちょうど間にあたる部分にあり、あたかもキネシンと同じ所に結合しているように見えた。さらに、この結合位置は、DSHよりもアミノ酸配列にして、N末、C末両端が約60残基長いDSH−SLにおいても同じことを確かめた。また、軸糸外腕22Sダイニンの微小管に対する結合位置がDSHのものと同じであることが、コンピューター画像解析の手法を工夫することにより、確かめられた。

そこで、DSHとキネシンが競合して結合しているかの検証実験を試みた。キネシンは、チューブリンダイマー間ではなく、ダイマー内のチューブリン間に結合することが知られている。DSH−微小管複合体においては、現在得られている15Åの分解能ではα、βチューブリンの区別を付けることが不可能なため、3次元再構成像からダイマー間、またはダイマー内、どちらのチューブリン間にDSHが結合しているかはわからない(図3、A、B)。DSHがキネシンと同じ面に結合しているように見えても、DSHがダイマー間に結合している場合は、キネシンとDSHは微小管上の結合サイトを共有しない(図3、B)。まず、生化学的なアプローチとして、距離0で完全に相互作用している分子間を架橋するEDCをもちいて、DSH、キネシンの競合実験を行った。その結果、DSHはキネシンとサイトを取り合う形で阻害しあっていることが分かった。さらに、キネシン−微小管複合体、DSH−微小管の複合体の3次元再構成データから、8ナノメートル周期由来のものを取り出し、その密度分布を比較した。(図3、C、D。CはDSH−、Dはキネシン−微小管複合体密度分布を示す。それぞれの図の左側に見える高いピーク位置が、DSH、キネシンとなっている。)。微小管中の8ナノメートルの周期シグナルは非常に低いため、再構成像でみる限りはシグナルによる違い、すなわちα、βチューブリンの区別はつかないが、このように8ナノメートルのシグナルだけに注目することにより、縞が見えるようになり、キネシンがダイマー内のチューブリン間に結合することを考慮すると、図3C、Dの白丸で示した緑色の密度を持つ部分はαチューブリン、赤丸で示した黄緑色の密度を持つ部分はβチューブリンを示していることがわかった。DSH−微小管複合体を、キネシン−微小管複合体と縞がそろうように並べると、DSHの位置がキネシンと同じところにくることがわかり、DSHとキネシンは微小管中の同じ位置、すなわちダイマー内の2個のチューブリンの間に結合することが明らかになった。

(結論)

 この一連の研究によりはじめて明らかになったのは、1.ダイニンストークの生化学的な性質 2.ダイニンストーク−微小管の相互作用 3.ダイニンストークとキネシンは、結合サイトを共有する ということであった。

これらの結果から、私はダイニン、キネシンという2つのモータータンパク質が運動能を獲得するためには、DSH、キネシンが相互作用を起こすチューブリン表面の特定部位が必要なのではないか、ということを提唱した。また、微小管と相互作用するMAPsと呼ばれるタンパク質らは、これまで、DSH相互作用サイトと異なる部位に結合することが報告されている。そこで、さらに、微小管のプロトフィラメントの片側はMAPsが認識、分子モーターの移動を制御し、もう片側によって分子モーターの運動活性がアクティベート、移動が可能になるのではないか、というモデルを立てた(図4)。

図1

図2

図3

図4

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、ランダムな核生成のもとで結晶がどのように成長するかをモデル化した離散KPZ(Kardar-Parisi-Zhang)モデルにおける界面の形状に関する理論物理学的な方法による解析が与えられている。結晶成長模型は、統計力学の重要な課題,の一つで、平衡、非平衡現象の重要なプロトタイプを与え、詳しい研究が進んでいる.また、特に一次元系では界面の形状に関する性質が厳密に解かれる場合が発見され、数理物理の観点からも注目されている.この分野での先駆的な研究として、C.A.TracyandH.Widom,M.PrahoferandH.Spohn,J.BaikandE,M,Rains,Johansson,等の研究があり、形状の高さやそこでの一箇所でのゆらぎに関する研究が行われ、さらにいくつかの特別な場合での多点分布関数も調べられて来ている.申請者は、一次元模型において界面の凹凸のゆらぎに関する多点分布関数を行列式の積の形で表現する方法を用い、系が自由境界を持つ場合や半無限の場合、あるいは系の端点で核生成率が異なる場合などについて、多点分布関数を厳密な結果を得ている。ここで用いられる関数形は、ランダム行列理論でのGOE,GUE,GSEのそれぞれのタイプの固有値分布で現れるものと数学的に同等な形をしており、それらとの関連についても深い考察を与えている。さらに、今回得られた分布関数のいくつかは、対応するランダム行列がこれまで知られておらず、その方面での新しい知見をひらくものと考えられる.特に、位置の変化に伴って分布の形態が変化する移行形態を調べ、界面の位置によるゆらぎの分布の普遍性の変化を表す具体的な表式を求めることに成功している.

 本論文は7章からなる.第1章は、イントロダクションであり、本論文で扱われている物理の背景、研究の動機、論文全体の概要が述べられている。第2章では本論文で扱うモデルとそれが示す物理的現象の説明がなされている.また、本論文で重要な役割をする界面の凹凸のゆらぎに関する多点分布関数を行列式の積の形で表現する方法と、そのランダム行列理論との関係を説明している。第3章では、本論文で重要な役割をする多点分布関数を行列式表現に関する詳しい性質を議論し、特に空間が半無限の場合にこれまで求められていなかった具体的な、Fredholm行列式の導出に成功している.第4章では無限系PNG模型における高さゆらぎの多点分布関数のスケーリング極限を考察し、端点での核生成率によってゆらぎの性質が定性的に変わることを、明らかにしている.特に、ゆらぎの性質が変わるGOE2点、あるいはF0点と呼ばれる点での多点分布関数のスケーリング極限を具体的なFredholm行列式で表すことに成功している。ここで明らかにされた、任意の端点での核生成率のもとでの多点分布関数のスケーリング極限はこれまでにない新しい成果である.第5章では、第4章で得たGOE2点の周りでのゆらぎの多点分布関数のFredholm行列式が、決定論的源泉をもつランダム行列で表されることを発見し、対応するランダム行列理論との関係を明らかするなど、ゆらぎの分布のタイプの変化を厳密に調べ新しい知見を得ている。第6章では、系が半無源である場合に原点の特別な核生成率がある場合について解析している。これらの場合はこれまで解析されていない新しい対象であり、多様なランダム行列に対応していることが発見され、今後の新しい研究の発展の方向を与えるものになっている。第7章では論文の結論が述べられている。

 この論文で扱われている分野は非常に活発に研究されており、研究者たちが新しい成果を競い合っているところである斌申請者はその中で注目される論文を発表し続けている。特に、行列式の積の形で表せる分布関数に関しては、これまで個別の問題に即して考えられて来たが、今回の研究では広く一般の場合を研究することにより、一般的に行列式の積の形で表せる分布関数という新しい研究の方向性に道をひらいたといえる.これらの成果を審査委員会として高く評価した.

 なお、本論文第3、4、5、6章は笹本智弘氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を進めたもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 論文は意欲的かつ丁寧に書かれており、本研究テーマに関する詳しい背景説明と申請者の独創的な成果を含んでおり、理学学士の学位論文として合格と認められる。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク