学位論文要旨



No 119845
著者(漢字) 牛山,潤一
著者(英字)
著者(カナ) ウシヤマ,ジュンイチ
標題(和) 協働筋の神経筋活動レベルの決定にIa 群線維活動が担う機能的役割
標題(洋) FUNCTIONAL SIGNIFICANCE OF Ia AFFERENT INPUTS FOR THE DETERMINATION OF NEUROMUSCULAR ACTIVITY LEVELS IN HUMAN SYNERGISTIC MUSCLES
報告番号 119845
報告番号 甲19845
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第549号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 金久,博昭
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 助教授 村越,隆之
 東京大学 助教授 深代,千之
 東京大学 教授 大築,立志
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 ヒトの身体運動は多様かつ複雑であり,巧みな動作を作り出すためには,複数の筋の活動が協調される必要がある.そのような協調的な筋活動パターンは,主として中枢神経系において形成される.しかし,身体各部の感覚受容器によって検知され,求心性神経を介して上行性に伝達される感覚情報は,身体内外部の環境の変化に応じて時々刻々と筋活動パターンを変化させ,身体の動きを調整する.すなわち,末梢感覚神経系は,中枢神経系によって形成された筋活動パターンを修飾するという重要な役割を担う.なかでも筋紡錘は,唯一筋に関する固有感覚を検知可能な感覚受容器として知られ,筋紡錘と Ia 群線維によって構成される回路は,工学分野での制御におけるフィードバックループとのアナロジーから,運動制御における貢献が多くの研究において注目されてきた.

 これまで,身体運動における Ia 群線維活動の貢献は,走歩行(Stein & Capaday 1988)や起立(Nashner 1977)における伸張反射の役割や,随意筋力発揮におけるガンマ環の役割(Bongiovanni et al. 1990)が考察されてきたが,多くは単一筋についてのみ言及しているにすぎない.最も単純な身体運動である単関節運動時でさえ,協働筋間の筋活動パターンは運動課題に応じて異なる(e.g. Nardone et al. 1989; Moritani et al. 1990; Kouzaki et al. 2002).従って,筋の解剖学的特徴(単関節筋か多関節筋か)や生理学的特性(筋線維組成など)の差異に起因して,筋活動パターンの制御に果たす Ia 群線維活動の役割は協働筋間で異なるものと考えられ,これらを検討することは,運動制御のメカニズムの解明に有用な知見を提供し得るものと考えられる.

 本研究では,解剖学的特徴や生理学的特性の差異が協働筋間で顕著であり(Johnson et al. 1973),かつ走歩行・起立・跳躍といった日常的にヒトが行う運動に対して貢献度の高い下腿三頭筋を対象とし,足底屈静的随意最大収縮(MVC)における Ia 群線維の貢献(研究1),および腓腹筋からヒラメ筋へのIa 群線維の投射が下腿三頭筋の活動パターンに及ぼす影響(研究2,3)を検討することで,協働筋の神経活動レベルの決定に Ia 群線維活動が担う役割を考察することを目的とした.

【研究1】静的随意最大収縮における足底屈協働筋のガンマ環の貢献

 MVCにおいて,高閾値アルファ運動ニューロンの発火には,ガンマ線維と Ia 群線維からなる環状の回路(ガンマ環)が必要である(Hagbarth et al. 1986).一方,筋や腱へ機械的振動刺激を長時間適用することで,Ia 群線維活動は低減することが知られており(Bongiovanni et al. 1990; Kouzaki et al. 2000),この手法を用いることで随意筋力発揮へのガンマ環の貢献を調べることが可能となる.研究1では,アキレス腱へ長時間振動刺激を適用し,MVCへのガンマ環の貢献および,貢献度の協働筋間での相違を検討した.被検者は膝関節 0 度(完全伸展位),足関節底屈背屈 0 度の座位姿勢をとり,足底屈 MVC トルク測定を行った.MVC時の筋電図(EMG)を腓腹筋内側頭(MG),腓腹筋外側頭(LG),ヒラメ筋(SOL)より導出した.また,三筋のH波最大振幅(Hmax),M波最大振幅(Mmax)の計測を行い,両値の比(H/Mmax)を算出した.その後,アキレス腱へ周波数100Hzの振動刺激を30分間与えた.刺激後,再度MVCならびにH波,M波の計測を行った.結果,三筋のH/Mmaxはほぼ均一に低下した(MG, -34.0 ± 8.2%; LG, -38.6 ± 8.4%; SOL, -36.1 ± 8.1%).これは,本研究で採用した刺激法が,三筋のIa群線維活動を同程度低下させ得たことを示す.一方,MVCトルクは振動刺激後,189.3(± 5.4)Nmから158.1(± 8.3)Nmと-16.6(± 3.7)% 有意に低下したのに対し,MVC時のEMG平均振幅(mEMG)は,MG,LGのみ有意に低下し,SOLに変化はみられなかった.この結果は,振動刺激後のIa群線維活動の低下に伴い,高閾値アルファ運動ニューロンの動員が困難になり,相対的に高閾値アルファ運動ニューロンを多く有するMG,LGでその影響が顕著に現れたことを示唆する.以上より,本研究より得られた知見は,MVCにおいてガンマ環は高閾値アルファ運動ニューロンの動因に不可欠であるという Hagbarth et al.(1986)の仮説を支持し,その貢献度は SOL に比して MG,LG において高いことが示唆された.

【研究2】腓腹筋の活動がヒラメ筋運動ニューロンプールの興奮性に与える影響

 研究1では,MVC における各筋の Ia 群線維から同名筋運動ニューロンプールへの促通効果の貢献度を比較した.しかし,ヒトの腓腹筋とSOLとの間には,Ia 群線維を介した抑制性の投射が存在することが報告されており(Gritti & Schieppati 1989),研究1の結果をより詳細に議論するためには,協働筋間の相互作用についても検討する必要がある.そこで,研究2では,下腿三頭筋のうち腓腹筋のみが活動する静的随意膝屈曲運動を用い,腓腹筋の筋活動がSOLの運動ニューロンプールの興奮性に与える影響を検討した.被検者は,足関節を底屈背屈0度に固定した状態で,股関節角度 80 度,膝関節角度 50 度の座位姿勢をとった.膝屈曲 MVC の 0(安静時),10,20,30% に相当するトルク発揮中にSOLのHmaxおよびMmaxを誘発し,トルクレベルごとにH/Mmaxを算出した.その結果,トルクレベルの上昇に伴う MG,LG の筋活動レベルの増加とともに,SOL の H/Mmax は低下した(10%MVC, -39.0 ± 5.5%; 20%MVC, -71.7 ± 7.1%; 30%MVC, -75.2 ± 7.7%).この結果は,ガンマ環の賦活に伴う腓腹筋の Ia 群線維活動が,単に同名筋の活動を強化するだけでなく,SOL の運動ニューロンプールにも抑制性の影響を与えることを示すものである.以上より,たとえ SOL の筋活動を伴わない運動条件下でも,SOL の運動ニューロンプールの興奮性は腓腹筋の活動によって調整されることが示唆された.

【研究3】腓腹筋の受動的な筋線維長変化がヒラメ筋運動ニューロンプールの興奮性に与える影響

 研究2では,腓腹筋の活動に伴う Ia 群線維活動によって,SOL の運動ニューロンプールの興奮性は抑制されることが示された.しかし,運動課題が随意のものである以上,上位中枢からの指令による影響は無視できない.身体運動における協働筋間の情報伝達の意義をより詳細に議論するためには,上位中枢からの指令のない運動条件下で,腓腹筋の Ia 群線維活動が SOL の運動ニューロンプールの興奮性に及ぼす影響を検討する必要がある.そこで,研究3では,Ia 群線維が,ガンマ運動ニューロンからの入力が無くとも筋線維の長さ・速度変化によって活動すること(Proske et al. 2000)に着目し,受動的膝伸展・屈曲運動に伴う腓腹筋の筋線維長変化が SOL の運動ニューロンプールの興奮性に与える影響を検討した.被検者の姿勢は,研究 2 同様,足関節底屈背屈 0 度,股関節角度 80 度の座位であり,膝関節 10-30 度,30-50 度,50-70 度,70-90 度の 4 区間で 5 deg/sec での膝伸展および屈曲を行わせた.その間,膝関節20,40,60,80度時にSOLよりHmax,Mmaxを誘発し,H/Mmaxを算出した.同時に,超音波 B モード法により,MG の筋線維長変化を実測した.また,腓腹筋の筋線維長そのものの影響も検討するために,膝関節 20,40,60,80 度において,静止時の Hmax,Mmax ならびに筋線維長の計測も行った.結果,受動的屈曲時には,H/Mmax は MG の長さや速度の変化によらずほぼ一定の値を示した.一方,静止時ならびに受動的伸展時には,MG の筋線維長の増加に伴い H/Mmax は減少し,特に受動的伸展時においてその傾向は顕著であった.これらの結果は,1)静止時ならびに膝伸展時には,腓腹筋の筋線維の伸長に伴う Ia 群線維活動は SOL の運動ニューロンプールに抑制性の入力をもたらし,特に速度の要因が含まれる受動的伸展時にはその程度が増すこと,2)膝屈曲時には,腓腹筋の筋線維の短縮に伴って筋紡錘の感度が低下するため,SOL の運動ニューロンプールの興奮性には影響を及ぼさないこと,を示すものであり,腓腹筋の Ia 群線維からの投射により,腓腹筋のキネマティクスの変化が SOL 運動ニューロンプールの興奮性に影響することが示唆された.

【まとめ】

 本研究はヒト下腿三頭筋を対象とし,協働筋の神経筋活動レベルの決定に Ia 群線維活動が担う役割を検討した.その結果,MVC における筋活動の強化には Ia 群線維活動が不可欠であり,協働筋間でこの貢献度が異なること(研究 1),腓腹筋から SOLへの Ia 群線維の投射という下位のシステムにより,上位中枢からの運動指令によらず,協働筋の活動パターンが影響されること(研究2,3)が示唆された.

 運動に関与する複数の筋の活動パターンを調整することは,合目的的な身体運動の形成になくてはならない.本研究より得られた知見は,協働筋各筋の Ia 群線維から同名筋あるいは異名筋の運動ニューロンプールへと結ばれる末梢感覚システムが,それぞれの筋の解剖学的特徴や生理学的特性を反映した活動パターンの形成・制御に必要不可欠なものであることを示すものといえる.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「FUNCTIONAL SIGNIFICANCE OF Ia AFFERENT INPUTS FOR THE DETERMINATION OF NEUROMUSCULAR ACTIVITY LEVELS IN HUMAN SYNERGISTIC MUSCLES:協働筋間の神経筋活動レベルの決定にIa 群線維活動が担う機能的役割」は、ヒト生体における協働筋の活動パターンの制御にIa群線維活動が担う役割を明らかにすることを目的として行われた研究の成果をまとめたものである。ヒトの身体運動は多様かつ複雑であり、巧みな動作を作り出すためには、複数の筋の活動が協調される必要があり、その制御においては、中枢神経系のみならず末梢神経系も重要な役割を担う。特に筋紡錘は唯一筋に関する固有感覚を検知可能な感覚受容器として知られ、筋紡錘とIa群線維によって構成される回路の運動制御における貢献は、これまでに多くの研究において注目されてきた。しかし、身体運動における Ia 群線維活動の貢献を扱った先行研究は、ほとんどの場合に単一筋のみを対象としたものである。最も単純な身体運動である単関節運動時でさえ、協働筋間の筋活動パターンは運動課題に応じて異なることが確認されており、筋の解剖学的特徴や生理学的特性の相違に起因して、協働筋各筋の活動の制御にIa 群線維活動の果たす役割は異なるものと考えられる。本論文は、解剖学的特徴および生理学的特性の差異が協働筋間で顕著であり、かつ歩行・走行・起立・跳躍といったヒトが日常的に行う運動の遂行に対し貢献度の高い下腿三頭筋を対象に、協働筋間の神経筋活動レベルの決定にIa 群線維活動が担う機能的役割に関する研究の結果をまとめたものであり、その内容は身体運動科学における研究の新しい方向を示すもの注目される。

 本論文は3つの研究結果に基づき構成されており、その主な内容は以下のようにまとめられる。

【研究1】静的随意最大収縮における足底屈協働筋のガンマ環の貢献

 最大随意収縮(MVC)において、高閾値アルファ運動ニューロンの発火には、ガンマ線維とIa群線維からなる環状の回路(ガンマ環)が必要である。一方、筋や腱へ機械的振動刺激を長時間適用することで、Ia群線維活動は低減することが知られており、この手法を用いることで随意筋力発揮へのガンマ環の貢献を調べることが可能になる。研究1では、アキレス腱への長時間振動刺激を適用し、足底屈静的MVCにおけるガンマ環の貢献、および貢献度における協働筋間の差異を検討した。その結果、MVC 時の筋活動は、腓腹筋においては有意に低下したもののヒラメ筋では変化がみられなかった。筋線維組成における相違により、腓腹筋はヒラメ筋に比して相対的に高閾値アルファ運動ニューロンを多く有すると考えられ、本研究より得られた知見から、MVCにおいてガンマ環は高閾値アルファ運動ニューロンの動員に不可欠であること、その貢献度はヒラメ筋に比して腓腹筋において高いことが示唆された。

【研究2】腓腹筋の活動がヒラメ筋運動ニューロンプールの興奮性に与える影響

 研究1では、MVCにおける各筋のIa群線維から同名筋運動ニューロンプールへの促通効果の貢献度を比較した。しかし、ヒトの腓腹筋とヒラメ筋との間にはIa群線維を介した抑制性の投射が存在する。それゆえ、研究1の結果をより詳細に検討するためには協働筋間の相互作用についても明らかにする必要がある。研究2では、下腿三頭筋のうち腓腹筋のみが活動する静的随意膝屈曲運動により、腓腹筋の筋活動がヒラメ筋の運動ニューロンプールの興奮性に与える影響を検討した。その結果,腓腹筋の活動レベルの上昇とともにヒラメ筋 H 反射の振幅は低下し、ガンマ環の賦活に伴う腓腹筋のIa群線維活動は、単に同名筋の活動を強化するだけでなく、ヒラメ筋運動ニューロンプールにも抑制性の影響を与えることが示唆された。

【研究3】腓腹筋の受動的な筋線維長変化がヒラメ筋運動ニューロンプールの興奮性に与える影響

 研究1および研究2は、随意収縮という条件下において実施されたものである。しかし、それらの結果は、運動課題が随意のものである以上、上位中枢からの指令による影響は無視できない。そこで研究3では、Ia群線維がガンマ運動ニューロンからの入力が無くとも筋線維の長さ・速度変化によって活動することに着目し、受動的膝伸展・屈曲運動に伴う腓腹筋の筋線維長変化がヒラメ筋の運動ニューロンプールの興奮性に与える影響を検討した。その結果、ヒラメ筋 H 反射は、静止時ならびに受動的膝伸展運動時において腓腹筋の伸長とともに低下したが、受動的膝屈曲運動時における腓腹筋の短縮時には変化しなかった.このことから1)静止時ならびに膝伸展時には,腓腹筋の筋線維の伸長に伴うIa群線維活動の上昇が,ヒラメ筋の運動ニューロンプールに抑制性の入力をもたらし,特に速度の要因が含まれる受動的伸展時にはその程度が増すこと,2)膝屈曲時には,腓腹筋の筋線維の短縮に伴って筋紡錘の感度が低下するため,ヒラメ筋の運動ニューロンプールの興奮性には影響を及ぼさないことが示唆された。

 以上のように、牛山潤一氏の論文は、協働筋各筋のIa群線維から同名筋あるいは異名筋の運動ニューロンプールへと結ばれる末梢感覚システムが,それぞれの筋の解剖学的特徴・生理学的特性を反映した筋活動パターンの形成・制御に必要不可欠なものであることを明確に示すものであり、身体運動科学の分野における意義は非常に大きい。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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