No | 119847 | |
著者(漢字) | 門田,宏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カドタ,ヒロシ | |
標題(和) | ヒトの同期動作における時空間パターンの形成 | |
標題(洋) | Spatiotemporal pattern formation in synchronized human movements | |
報告番号 | 119847 | |
報告番号 | 甲19847 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第551号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Chapter 1: 緒言 巧みな身体運動を構成する重要な要素の一つであるタイミング動作に着目し,研究を行った.タイミング動作は自分の動作を外界の状況にあわせて特定の時刻に出力を行う動作であり,その動作は自己と外界の協同作用によって形成されている.たとえば,周期的に提示される音刺激を聞きながら,その音と音の合間に動作を行う(シンコペーション)音刺激同期動作というタイミング動作においては,動作速度が速くなるにしたがって動作が音と同期してしまうという相転移現象が知られている. この現象は,ハーケンによって構築されたシナジェティクスという協同作用の法則にあてはまっている.この法則は外界を含めた様々な要素間の相互作用の中から全体としての巨視的な秩序の振る舞いが生まれてくるというものである. このように,周期的な動作においては理論と実験の両側面から協同作用による秩序形成の原理に基づく身体運動パターンの形成過程が研究されている.身体運動全体のパターン(秩序)を表す変数を秩序パラメータ,その秩序の振る舞いを制御する変数を制御パラメータと呼ぶ.周期的な動作の場合,一般に制御パラメータは周波数(刺激間隔,動作速度)である.そして運動がどのような振る舞いをしていくかは,現在の状態,成分間に存在する結合,制御パラメータ,偶然的な事象によって決まる. そこで本論文では,まずタイミング同期動作の状態を調べるためにタイミング誤差がどのような時系列パターンを形成しているのか(Chapter 2),そして外乱に対してどのような過程を経て再び同期状態に戻るのか(Chapter 3)という観点から検討を行った.さらにタイミング誤差を構成する重要な要素の一つである感覚フィードバックについて検討を行った(Chapter 4).さらに,タイミング動作を形成するその他の要素として,キネマティクス(Chapter 5)および力(Chapter 6)についてそれぞれ時系列パターンおよび脳活動から検討を行った. Chapter 2: 研究1 まず,タイミング同期動作においてタイミング誤差がどのような時系列パターンを形成しているかを検討した.またその時系列パターンが制御パラメータ (動作速度) によってどのように変化するのかを検討した.被験者は一定間隔の音刺激に対してタイミングを合わせて繰り返し電鍵を叩いた.音刺激間隔(動作速度)は1, 1.5, 2, 2.5, 3, 3.5, 4 Hzの7種類である.その結果,動作速度が遅い時(1と1.5 Hz)のタイミング誤差の時系列パターンは短期相関を示したが,動作速度が速くなる(2-4 Hz)と1/f型の自己相似パターンが見られ,長期相関を持つことが明らかになった.このことから動作速度の変化に伴いタイミング動作を行っている運動システムの状態が変わっていることが示唆される. Chapter 3: 研究2 さらに,タイミング同期動作の安定性・柔軟性を検討するために連続刺激音の途中に一過性に間隔の短くなる外乱を与えその反応を検討した.まず始めに外乱に対する知覚について検討を行った.刺激間隔は300, 500, 1000 msの3種類であった.外乱として短くなる長さは刺激間隔300, 500msの条件では20, 40, 60, 80, 100 ms,刺激間隔1000msの条件ではこれらに加えてさらに120, 140, 160, 180, 200msを用いた.外乱知覚の可否を回答させた結果,外乱の長さを刺激間隔でノーマライズすると異なる刺激間隔でも同じ正答率が示された. 次に動作中に同様に外乱を与え,元の状態へ戻る過程を検討した.用いた周期は1, 1.5, 2, 2.5, 3, 3.5, 4 Hzの7種類であった.その結果,外乱が与えられた後,元の状態に戻るまでのタップ回数は1.5 Hzの動作が最も少なく全体としてはV字型を示した.これら時系列解析および外乱に対する修正の結果から動作速度が1.5-2 Hz前後でタイミング動作の振る舞いが変わり,動作速度が速くなるにつれて前の誤差の影響を強く受けることが明らかになった. Chapter 4: 研究3 次に,タイミング誤差のパターンを形成している要素の一つと考えられる感覚フィードバック(触覚/運動感覚および聴覚)の影響について遅延聴覚フィードバック課題を用いて検討を行った.この課題は被験者がボタンを押してから一定時間たった後,ブザー音が自分の動作のフィードバック情報として与えられるものである.被験者は刺激音が鳴る時刻に対してボタンを押す時刻を合わせる同期課題(T)と,ブザー音の時刻を合わせる同期課題(A)を行った.動作周期は400, 1000msの2種類,遅延時間は動作周期の0, 10, 20, 30, 40, 50%の6種類とした.その結果,同期失敗試行の割合は,A課題の方がどちらの動作速度においてもT課題よりも多いものの,T課題内では速い動作(400ms)の方が遅い動作(1000ms)よりも失敗試行の割合が多く,逆にA課題内では遅い動作の方が速い動作よりも多かった.このことから速い動作では遅い動作に比べて触覚-聴覚情報のカップリングが強くなり,同期手掛りとして聴覚フィードバックの影響を強く受けることが示唆された. Chapter 5: 研究4 タイミング同期動作においては時間要素のみが注目されがちであるが,実際には適切な筋出力や体の動きがあって初めて適切な動作として成り立つ.そこでタイミング動作の空間パターンとしてキネマティクスに焦点を当て,キネマティクスと動作速度の関係,およびキネマティクスとタイミングの関係について検討を行った.被験者は周期音に合わせて人差し指のMP関節を屈曲して加速度計を叩くタッピング動作を行った.動作速度は0.75, 1, 2, 3, 4 Hz の5種類であった.ゴニオメーターによりMP関節の動きを計測した.ピーク速度の10, 50, 100%の速度到達時刻と指が加速度計を叩いた時刻の指の角度を求め,それぞれの角度の系列データについて時系列解析を行った.その結果,0.75, 1, 2Hz の動作速度では全時刻の指角度の時系列相関は等しかったのに対して,3, 4Hzの動作では叩いた時刻の指角度の相関が他の時刻より高くなっていた.このことからタイミングをとる手がかり情報が生成される動作終了時刻のキネマティクスは,動作中にはない何らかの機能的な意義をもっていると考えられる.また,タイミング誤差とキネマティクスとの相互相関の値は小さかった. Chapter 6: 研究5 Chapter 5の研究から示唆されるように,タイミング動作においてタイミング要素とキネマティクスや力などの筋出力(動作)要素は基本的には分離していると考えられる.しかし実際の多くの身体運動にはタイミングと力の両方の要素が含まれており,両者の同時制御が必要である.そこで,これらの制御に関わる脳部位についてfMRIを用いて検討を行った.オシロスコープ上にターゲットとカーソルを提示し,被験者は握力発揮を行うことによってカーソルを動かし,ターゲットに合わせた.課題は上下に動くターゲットが水平線上に来る時刻に合わせて力を発揮するタイミング課題,水平線上に停止しているターゲットまで力のカーソルを到達させる力調節課題,それら2つを合わせたタイミング+力調節課題の3条件を用いた.その結果,左の後頭頂葉,右の紡錘状回と小脳が全ての課題で共通して活動した.これらの部位はそれぞれ空間的調整,ターゲットに対する注意,及び運動出力の調節に関わると考えられる.さらに,タイミング+力調節を行う課題ではタイミング課題よりも両側性に後頭頂葉と小脳の活動が見られた.これらの部位は特に視覚指標に合わせてタイミングと力の両方を調節するという複雑な制御に関与している部位だと考えられる. Chapter 7: 総括論議 以上の研究から,タイミング誤差は1.5-2Hzの前後で時系列パターンと外乱に対する応答に変化が見られ,動作速度が速くなると,前の動作の影響を引きずるようになり,聴覚フィードバックへの依存度が大きくなること,キネマティクスの時系列パターンは3Hz以上で動作終了時の角度において時系列相関が高くなること,視覚指標に対してタイミングと力を合わせる複雑な調節には小脳と後頭頂葉が関与していることが明らかとなった. タイミング同期動作において動作の時系列パターンが変化する動作速度はタイミング誤差では1.5-2Hzであったのに対して,キネマティクスでは2-3Hzであった.また,タイミング誤差とキネマティクスの相互相関の値が小さかったことから,タイミングとキネマティクスは独立していると考えられ,今回の論文におけるタイミング同期動作では筋骨格系の影響が少なく上位中枢の関与が示唆される. また,上記の通りタイミングとキネマティクスでは動作の時空間パターンが変化する動作速度は異なったが,動作速度の増大に伴い前の動作の影響を強く受けるようになったという点は共通していた.つまりタイミング動作は動作速度の増大に伴い前の動作に拘束されたパターンを形成することが明らかになった. | |
審査要旨 | 本論文は,巧みな身体運動を構成する重要な要素の一つであるタイミング動作に関する研究を,第1章に先行研究のレビュー,第2章から6章に研究結果を,第7章に総括論議を加えてまとめたものである. タイミング動作は自分の動作を外界の状況にあわせて特定の時刻に出力を行う動作であり,その動作は自己と外界の協同作用によって形成されている.本論文では,まずタイミング同期動作の状態を調べるためにタイミング誤差がどのような時系列パターンを形成しているのか(Chapter 2),そして外乱に対してどのような過程を経て再び同期状態に戻るのか(Chapter 3)という観点から検討を行い,次いでタイミング誤差を構成する重要な要素の一つである感覚フィードバックについて検討を行っている(Chapter 4).さらにまた,タイミング動作を形成する付加的要素として,キネマティクス(Chapter 5)および力(Chapter 6)についてそれぞれ時系列パターンおよび脳活動から検討を行っている. 研究1(Chapter 2)では,まず,タイミング同期動作においてタイミング誤差がどのような時系列パターンを形成し,またその時系列パターンが動作速度という制御パラメータ によってどのように変化するのかを検討した.被験者に,1〜4 Hzの7種類の一定時間間隔の音刺激にタイミングを合わせて繰り返し電鍵を叩かせた結果,動作速度が遅い時(1と1.5 Hz)のタイミング誤差の時系列パターンは短期相関を示したが,動作速度が速くなる(2-4 Hz)と1/f型の長期相関を示すようになることが明らかになった.このことから動作速度の変化に伴いタイミング動作を実行する運動システムの状態が変わることが示唆される. 研究2(Chapter 3)では,連続刺激音の途中に一過性に刺激間隔の短くなる外乱を与え,タイミング同期動作の安定性・柔軟性を検討した.その結果,外乱の有無の検出は,刺激間隔に対する外乱の大きさの比率を手がかりに行われることが明らかとなった.また,外乱から元の状態へ戻るまでのタップ回数と動作周波数の関係は,1.5 Hzを最小値とするV字型を示した.これらの結果から動作速度が1.5-2 Hz前後でタイミング動作の振る舞いが変わり,動作速度が速くなるにつれて外乱による誤差の影響を強く受けることが明らかになった. 研究3(Chapter 4)では,タイミング誤差を規定する要素の一つと考えられる感覚フィードバックの影響について,遅延聴覚フィードバック課題を用いて検討を行った.被験者は同期刺激音が鳴る時刻に対して,ボタンを押す時刻を合わせる触覚/運動感覚同期課題(T)と,被験者がボタンを押してから一定時間遅れて与えられるブザー音の時刻を合わせる聴覚同期課題(A)を行った.その結果,速い動作では遅い動作に比べて同期手掛りとしての聴覚フィードバックへのカップリングが強くなることが明らかとなった. 研究4(Chapter 5)では,タイミング動作のキネマティクスについて検討を行った.ゴニオメーターにより動作中の種々の時刻におけるMP関節の角度を求め,それぞれの角度の系列データについて時系列解析を行った.動作速度が3Hz以上に速くなると,最終点到達時刻の指角度の長期相関が他の時刻より高くなっていた.このことからタイミングをとる手がかり情報が生成される動作終了時刻のキネマティクスは,動作中にはない何らかの機能的な意義をもっていると考えられる.また,タイミング誤差と指角度やタッピング強度には相関関係がみられなかったことから,タイミング要素とキネマティクスや力などの筋出力(動作)要素は基本的には分離していることが示唆された. 研究5(Chapter 6)では,実際の多くの身体運動ではタイミングと力の両方の同時制御が必要であることを考慮し,これらの制御に関わる脳部位についてfMRIを用いて検討を行った.被験者はオシロスコープ上の種々の位置を種々の速度で移動するターゲットにタイミングを合わせて,握力に連動するカーソルを操作し,ターゲットをキャッチする課題を行った.その結果,頭頂葉,小脳に課題特異的な活動が見られた.これらの部位は特に視覚指標に合わせてタイミングと力の両方を調節するという複雑な制御に関与している部位だと考えられる. 以上の研究から,タイミング誤差は1.5-2Hzの前後で時系列パターンと外乱に対する応答に変化が見られ,動作速度が速くなると,前の動作の影響を引きずるようになり,聴覚フィードバックへの依存度が大きくなること,キネマティクスの時系列パターンは3Hz以上で動作終了時の角度において時系列相関が高くなること,視覚指標に対してタイミングと力を合わせる複雑な調節には小脳と後頭頂葉が関与していることが明らかとなった. このように,ヒトのタイミング同期動作は,動作速度の増大に伴い前の動作の影響を強く受け,先行動作に拘束されたパターンを形成することが明らかになった. 本論文の一部はすでに,国際学術誌に公表されるなど,本論文を構成するすべての研究のオリジナリティーは極めて高いものであり,ヒトの随意運動制御研究に対して重要な貢献をなすものである.よって,本審査委員会は,本論文は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する. | |
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