学位論文要旨



No 119848
著者(漢字) 加星(岸),光子
著者(英字)
著者(カナ) カボシ(キシ),ミツコ
標題(和) タバコモザイクウイルス移行タンパク質と共抽出される細胞壁タンパク質の解析
標題(洋) Analysis of cell wall proteins co-extracted with tobacco mosaic virus movement protein
報告番号 119848
報告番号 甲19848
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第552号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 和田,元
 東京大学 助教授 箸本,春樹
 東京大学 助教授 豊島,陽子
内容要旨 要旨を表示する

 植物では、原形質連絡によって多くの細胞の細胞質と小胞体がつながれ、相互の情報伝達や栄養物質の輸送が可能になっている。原形質連絡は隣接する細胞の細胞質がつながり、小胞体から派生するデスモチューブルが細胞壁を貫通する直径50 nmほどの構造である。原形質連絡はタンパク質などの高分子を通過させ、細胞間の情報伝達の一端を担っている。原形質連絡を構成する分子の解析は、細胞が小さく多くの原形質連絡が分布する幼植物や、均一な材料の調製が容易な培養細胞が主に用いられてきた。また、原形質連絡を通過する分子の研究は、実験操作の容易であるタバコの葉が中心に用いられてきた。一方で、近年、細胞間を移行して機能する転写因子が発見されてきている。このような転写因子のmRNAが発現する細胞と転写因子が細胞間移行して分布する細胞の範囲は、厳密に制御されていることが明らかになっている。そのため、原形質連絡を介した高分子の移行は発生段階、組織、細胞の種類によって異なっていると考えられ、原形質連絡を構成する分子も異なると予想される。

 原形質連絡は植物ウイルスが隣接する細胞へ移動し、感染を広げる通り道としても利用される。植物ウイルスは葉の細胞へ侵入して増殖し、隣接細胞への移行を繰り返して維管束へ到達し、植物体全体へ感染を広げる。ウイルスのコードするタンパク質はごく少数であるが、感染過程において植物が元来もつ多くの機構を利用している。タバコモザイクウイルスの移行タンパク質(MP)は原形質連絡に局在し、ウイルスゲノムRNAの隣接細胞への移行を助ける。MPの原形質連絡への蓄積は、葉の成長に伴って増加する。

 MPの原形質連絡への蓄積と葉の成長との関連についての解析から、タバコにおいては、葉の成長に伴い分布する原形質連絡の構造が変化することが明らかになっている。栄養を他の組織から受け取るシンク葉では一つの小胞体由来のデスモチューブルが貫通する、単純型原形質連絡が多数見られる(図1)。しかし、成長しソース葉になるにつれて単純型原形質連絡は減少し、分枝型原形質連絡が出現してくる。また、シンク葉からソース葉への成長に伴い、原形質連絡を自由に通過できる分子の大きさが減少するが、選択的に通過するタンパク質の存在も知られている。単純型原形質連絡から分枝型原形質連絡への変化は、葉のシンク-ソース器官への発達や細胞間情報伝達の様式の変化と関連すると考えられる。分枝型原形質連絡は、単純型原形質連絡が複数融合する、あるいは単純型原形質連絡が単独で発達して形成されると考えられている。しかし、どのような分子が関与して分枝型原形質連絡が形成されてくるかは解析されていなかった。

 私は、分枝型原形質連絡の構成・形成に関わる因子の解明を目的に研究を始めた。MPは分枝型原形質連絡にのみ蓄積する。そこでMPを分枝型原形質連絡の指標として用いることにした。MPは細胞壁から、8M LiCl処理により選択的に抽出されることを見出した。さらに、8M LiCl処理により分枝型原形質連絡内部の構成要素が抽出されることを明らかにした。

 8M LiCl処理で抽出される成分には分枝型原形質連絡の構成要素が含まれると予想された。8M LiCl抽出液に含まれるタンパク質を精製し、いくつかの植物由来のタンパク質を検出した。成長段階の異なる葉の間でこれらのタンパク質の蓄積を比較し、分枝型原形質連絡との関与が期待されるタンパク質を選択した。これらのタンパク質の部分アミノ酸配列をもとに、相当するタンパク質を推定した。このうち、植物に普遍的に存在するgermin like protein (GLP)ファミリーに高い相同性を持つ24Kタンパク質と芳香族アミノ酸に富むaromatic amino acid rich glycoprotein(AroGP)に相同性をもつ42Kタンパク質について解析を行なった。

 24Kタンパク質はMPとともに抽出されるタンパク質のうち最も量が多いタンパク質であった。また、SDS-PAGE、ブロット後にも他のタンパク質のバンドに含まれることから、粘着性を持つと考えられた。24Kタンパク質のN末端アミノ酸配列を元にcDNAをクローニングした。得られた配列はGLPファミリーのタンパク質で保存性の高い配列を持ち、全長に渡り他のGLPタンパク質と相同性が観られ、GLPであると考えられた。このタンパク質、24KGLPのmRNAは茎での発現も僅かに確認されたが、葉で高い発現がみられた。特に、葉の成長の活発な部位で発現し、成長が終わると発現は大幅に低下した。24KGLPに対する抗体を作成し、蓄積・局在を解析した。GLPは1つの植物種の中でもファミリーを形成するため、得られた抗体は他のGLPも認識すると考えられる。蛍光標識抗体を用いた解析から、GLPは若い葉では隣接する葉肉細胞によって形成される細胞間隙に局在し、成長した葉では細胞壁接着が分離していく領域を中心に局在することが明らかになった(図2)。また、免疫電顕法により、GLPは細胞壁分岐部の電子密度の高い領域を中心に分布することが明らかになった。この領域は特定のペクチンに富むと考えられている。成長した葉ではさらに細胞壁接着部の細胞間隙側にも分布した。細胞壁接着部は細胞間隙に面した領域よりもGLPの分布は少ない。しかし、その中の分枝型原形質連絡に一部ではあるが局在が観られた。細胞壁分岐部の分離と分枝型原形質連絡の形成にはどちらも局所的な細胞壁接着の分解が想定される。両過程への24KGLPの関与が示唆された。

 42Kタンパク質のN末端アミノ酸配列を元にcDNAをクローニングした。得られた配列はトマトAroGP1と全長に渡り高い相同性を持ち、N末端アミノ酸配列はトマトAroGP1の成熟タンパク質の開始位置と一致したことから、このタンパク質はAroGPであると考えられた。AroGPはトマトにおいて、ペクチン分解酵素polygalacturonaseの調節を行なうβ-subunit(PGβS)であると考えられている。この42Kタンパク質、42KAroGPのmRNAは根・茎・葉のいずれの組織でも発現が確認された。しかし、成長を終え老化を始めた葉での発現は低下していた。42KAroGPに対する抗体を作成し、蓄積局在を解析した。成長中の葉では前駆体と考えられる高分子量のタンパク質と約42Kのタンパク質が検出された。一方、老化し始めた葉では高分子量のタンパク質は検出されず、約42Kのタンパク質のみが検出された。また、細胞壁を多く含む画分には約42Kのタンパク質のみが検出された。これらのことから、AroGPはプロセッシングを受けた安定なタンパク質として細胞壁に分布すると考えられた。免疫電顕法により、若い葉と成長中の葉でAroGPの分布を観察した。若い葉では細胞間隙周辺に分布し、細胞壁の細胞質側近傍と細胞壁分岐部に分布した。成長中の葉では細胞質側の細胞壁だけでなく細胞壁内や外側への局在も観られた。また、一部の単純型原形質連絡の近傍にも局在が観られた。また、機能を推測するため、42KAroGPのmRNA発現をウイルス誘導性ジーンサイレンシングによりNicotiana benthamianaにおいて抑制した。42KAroGPの遺伝子配列の一部をコードするウイルスLgJ42Kを感染させると、接種葉で壊死が生じた。これはトマトAroGPであるPGβSのアンチセンス遺伝子を形質転換した植物で見られる現象と類似しており、42KAroGPは機能の面においてもPGβSと相同であることが示唆された。さらに、発達の初期から42KAroGP mRNAの発現が抑制された葉では、細胞壁接着の分離が進まず細胞間隙が減少していた。このことから、42KAroGPがPGβS としてpolygalacturonaseの活性を調節し、細胞間隙形成時の細胞壁接着の分離に関与すると示唆された。

 本研究において、まず8M LiCl処理によって分枝型原形質連絡の構成要素が抽出されることを明らかにした。このとき抽出されるタンパク質から見出されたGLPは、葉の生長時に主に細胞壁分岐部に局在し、分枝型原形質連絡にも分布が観られた。24KGLPの生化学的な機能はアミノ酸配列の情報のみからでは不明だが、粘着性を持つことから糖質やタンパク質のつなぎとめや保護を行なう可能性が考えられる。42KAroGPは局在と遺伝子発現抑制から、細胞間隙形成時にpolygalacturonaseの活性を調節することで、細胞壁接着の分離に関わることが示唆された。

 葉では細胞間隙の形成により効率的なガス交換が可能になり、光合成能の上昇につながる。細胞間隙の発達はシンク-ソース器官への発達に不可欠であると考えられる。また、原形質連絡の分枝化はシンク-ソース器官への発達に伴う細胞間の物質輸送の変化と関連付けられていた。原形質連絡の分枝化も細胞間隙形成も局所的な細胞壁接着の分解を伴い、同時期に生じる現象であるだけに、本研究は両過程に同じ機構が関与する可能性を強く示唆した。現在までの葉の細胞間隙の形成に関わる分子の知見は限られており、本研究で見出された2つのタンパク質は有力な手掛かりになると考えられる。

図1 原形質連絡の構造模式図

A:単純型原形質連絡

B:AからCに推移中の原形質連絡

C:分枝型原形質連絡

図2 GLPの局在

抗GLP抗体を用いた蛍光抗体法

A 若い葉の茎部の横断切断

B 成長した葉の頂端部の横断切断

図3 葉肉細胞の細胞間隙の模式図

A 若い葉

B 成長した葉

I:細胞間隙

審査要旨 要旨を表示する

 植物細胞は細胞壁によってお互いが隔てられているが、細胞質と変形した小胞体が細胞壁を貫通した、原形質連絡とよばれている構造によって連絡しあっている。原形質連絡を介した細胞間情報伝達は、選択的・能動的な分子の輸送も可能であり、各器官の発達・植物体の維持に重要な役割を担うと考えられている。原形質連絡の存在は100年以上前から知られていたが、微細な構造や性質についてはこの20年ほどの間に徐々に明らかになってきたところである。原形質連絡の構造・性質は細胞の種類や発達段階によって変化する。葉は発達するにつれ、栄養を他器官から受け取るシンク器官から、栄養を作り出して他器官へ与えるソース器官に変化する。この変化に伴い複雑な構造を持つ分枝型原形質連絡が観られるようになり、透過する分子の選択性が上昇する。多くの植物ウイルスは原形質連絡を介して感染を広げるが、タバコモザイクウイルスの移行タンパク質(MP)は分枝型原形質連絡にのみ局在する。分枝型原形質連絡はソース葉の細胞間情報伝達やウイルスの細胞間移行に重要な役割を果たすと考えられるが、構成する分子に関する知見はほとんどなかった。加星(岸)氏は、分枝型原形質連絡に着目し、その構成要素の抽出を行い、抽出されるタンパク質について分子生物学的・細胞生物学的解析を行なった。

 第一章では、MPを選択的に抽出する方法を探索し、その効果の検討を行なった。8M LiClにより原形質連絡を含む細胞壁画分からMPが選択的に抽出されることを見出した。また、MPが抽出されない7M LiCl処理後と、8M LiCl処理後の細胞壁画分を透過型電子顕微鏡観察により比較し、分枝型原形質連絡の構成要素が抽出されていることを示した。分枝型原形質連絡は葉の生長とともに増加する。葉の生長段階をおって抽出液のタンパク質組成を比較し、MPと同様に増加するタンパク質を選択した。この中に分枝型原形質連絡と関連のあるタンパク質があると考えられた。

 第二章では、MPと共に抽出されるタンパク質の解析を行なった。抽出液に含まれるタンパク質のアミノ酸配列分析とその配列に基づく相同性検索を行い、9個のタンパク質が推定された。MPと共抽出されるタンパク質のうち最も量が多く、他のタンパク質に粘着性を示す24Kタンパク質についてさらに解析を加えた。24Kタンパク質は、葉の生長とともにMP抽出液中の存在量が増加する。24Kタンパク質はgermin like protein(GLP)ファミリーに属する24KGLPと推定された。GLPファミリーのタンパク質は植物に普遍的に存在し、多くが糖鎖を持ち細胞壁に分布することが知られていたが、共通の機能は不明であった。24KGLP mRNAの発現解析から、葉の生長の活発な部位で発現することが明らかになった。GLPに対する抗体を用いた顕微鏡解析から、GLPは葉で安定して存在していること、葉肉細胞の細胞間隙に面した細胞壁分岐部を中心に分布することが明らかになった。また、免疫電顕法による解析から、GLPは細胞壁分岐部の電子密度の高い領域を中心とした細胞間隙に面した細胞壁に分布すること、一部の分枝型原形質連絡に分布することが明らかになった。細胞壁分岐部の分解による細胞壁接着部の減少と、分枝型原形質連絡の形成は同時期に起こるという観察がなされていたが、両者にGLPが関与することが示唆された。

 第三章では、MPと共抽出される42Kタンパク質の解析を行なった。42Kタンパク質はAromatic amino acid rich glycoprotein (AroGP)である42KAroGPと推定された。AroGPはトマト果実においてペクチン分解酵素polygalacturonaseの活性を調節する?-subunitとして発見されたタンパク質である。その遺伝子は、シロイヌナズナ、トマトに3個ずつ存在する。AroGPは前駆体タンパク質がプロセシングされた成熟タンパク質として機能する。42KAroGP mRNAの発現解析から、葉の生長時に発現し生長が終わると発現が減少することが確認された。AroGPを認識する抗体を用い、蓄積・局在を解析した。老化中の葉からは前駆体タンパク質は検出されず、成熟タンパク質のみが粗細胞壁画分に検出された。免疫電顕法により、AroGPは若い葉では細胞間隙周辺に分布し、細胞壁近傍と細胞壁分岐部に近い細胞壁内に局在した。また、成長中の葉では細胞間隙に面した細胞壁、細胞壁内、細胞壁接着部の内部などに点在した。単純型原形質連絡近傍にも局在が観られた。Nicotiana benthamianaにおいて、ウイルス誘導性ジーンサイレンシングによる42KAroGP mRNAの発現抑制が行なわれた。42KAroGPのcDNA配列の一部を導入したウイルスを接種した植物では接種葉を中心に壊死が生じることから、42KAroGPはトマトAroGPと同様にpolygalacturonase β-subunitとして機能すると推測された。また、発達の初期から42KAroGP mRNAの発現が抑制された葉では、細胞壁接着部の分離が進まず細胞間隙の減少が観られた。局在と遺伝子抑制の解析結果から、42KAroGPが細胞間隙形成時に細胞壁接着の分解を調節することが

示唆された。

 以上、本論文は、これまでほとんど解析されていなかったソース葉における原形質連絡構成要素の抽出方法を確立し、その解析に道筋をつけた。また、関連するタンパク質の解析を行い、ソース葉への発達に不可欠な細胞間隙形成に関与する因子の発見にも至った。これは、葉のシンク-ソース器官への発達時に見られる細胞壁を中心とした形態変化を解明する上で重要な貢献をなすと考えられる。

 従って、本審査委員会は博士(学術)の学位にふさわしいものと認定する。

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