学位論文要旨



No 119849
著者(漢字) 紀,嘉浩
著者(英字)
著者(カナ) キノ,ヨシヒロ
標題(和) 筋強直性ジストロフィーに関わるRNA結合タンパク質の研究
標題(洋)
報告番号 119849
報告番号 甲19849
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第553号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 教授 跡見,順子
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

 筋強直性ジストロフィー(Dystrophia Myotonica, DM)は常染色体優性の遺伝性筋疾患で、成人の筋ジストロフィーでは最も多い。DMでは、筋強直という特有の症状を示すほか、白内障、インスリン耐性、精神遅滞、内分泌異常など、筋以外の臓器でも症状を呈する点が特徴的である。DMの原因遺伝子は2つ特定されており、それぞれの変異により1型(DM1)、2型(DM2)に分類される。DM1では、DM protein kinase(DMPK)遺伝子の3'非翻訳領域のCTGリピート配列の伸長が、DM2ではZNF9遺伝子イントロン1のCCTGリピート配列の伸長が、それぞれの患者において確認されている。現在、DM発症機構の仮説として有力視されているのは、RNAとして転写されたリピート配列が細胞に何らかの悪影響を及ぼす可能性である。伸長したCUG/CCUGリピートRNAが、特定のタンパク質を異常に捕捉するか活性化するなどして、細胞機能に影響を与えると考えられる。これをRNA機能獲得(RNA gain-of-function)仮説という。

 本研究では、DM発症機構を探るため、CUG/CCUGリピートに結合するタンパク質の性状・機能を解析することを目的とする。私は、修士課程での研究から、RNA結合タンパク質MBNL1がCUG/CCUGリピートに結合することを明らかにした。MBNL1はショウジョウバエの眼と筋肉の分化に関わるタンパク質muscleblindのオルソログである。さらに、最近、MBNL1ノックアウトマウスがDMの一部の症状を再現することが報告されており、このタンパク質の機能障害がDM発症の要因の一つであることが強く示唆される。MBNL1はRNA結合タンパク質であるので、MBNL1の標的RNAの特定が重要であると考えられる。また、RNAにどういう影響を及ぼすかという機能的側面の解明も目標とする。

結果と考察

1. MBNL1のRNA結合特異性の解析

 MBNL1のRNA結合配列特異性を明らかにするために、yeast 3-hybrid systemを用いて多種のRNA配列とMBNL1の結合を比較検討した。その結果、MBNL1はCCUG、CUGだけでなく、CAAG、CUUG、CCG、CAGなどのリピート配列と結合性を示し、一方、CGGG、CGG、CUGGなどGリッチなリピート配列には結合性を示さなかった。ここから、MBNL1の認識配列はCHHGまたはCHGリピート(HはG以外の塩基)であると推測した。

 次に、MBNL1の組換えタンパク質を用いて、RNA結合特異性をさらに検討した。ゲルシフト法においても、酵母の系と同様に、MBNL1のCHHGリピートへの結合が確認された。また、CUGおよびCCUGリピートともに長さ依存的な結合の促進が明らかとなった。

 CHHGリピート配列は、ミスマッチを含む二本鎖ヘアピン構造をとると予測される。また、MBNL1はCUGおよびCAGリピートに対しては結合性を示したが、これら両者からなるミスマッチのないCUG・CAGリピートのヘアピンRNAには結合性を示さなかった。このことは、ミスマッチの部分の存在がMBNL1のRNA認識に重要であることを示唆する。さらに、CCUG15のプローブ内に少なくとも二箇所の結合部位が存在することから、MBNL1は数リピート分のステム‐ミスマッチの二本鎖RNA構造を認識していることが推測される。

 以上の結果から次の図式が考えられる。DMでは、伸長したCUG/CCUGリピートRNAがミスマッチを含む二本鎖ヘアピン構造をとり、MBNL1はこの構造を配列特異的に認識する。さらに、伸長している配列であることから多数のMBNL1結合部位を有する。このため、リピートRNAに多数のMBNL1タンパク質が捕捉されることになり、その結果としてMBNL1の機能不全が起こる。

2. MBNLファミリーの機能ドメイン解析

 MBNL1は4つのC3Hタイプのジンクフィンガーを持ち、2つはN末端側、もう二つは中央部に存在する。また、多くのスプライスバリアントを持ち、C末端側のエクソン構成は変化に富んでいる。これらの領域のうち、RNAとの結合および細胞内局在に寄与する領域を、欠失または点変異体を用いて検討した。その結果、4つのジンクフィンガーとそれらの間の領域、すなわちN末端領域がRNA結合に十分であり、C末端側は必要でないことがわかった。この結果から、現在9種類知られるMBNL1のスプライスバリアントのうち、CUG/CCUGリピートの影響を直接受けるものとそうでないものがあることが示唆された。

 さらに、MBNL1の細胞内局在を検討した。多くのスプライスバリアントでは、核または細胞質に局在し、細胞質顆粒の形成も見られた。一方、C末端領域に特定のエクソンを持つスプライスバリアントでは核にのみ局在した。このことから、少なくとも一部のスプライスバリアントではC末端領域が細胞内局在に影響を及ぼすことが示唆された。MBNL1のパラログであるMBNL2、MBNL3も多様なスプライスバリアントを持ち、MBNL1と同様のRNA結合性と細胞内局在を示した。

 C末端領域を欠失させたMBNL1変異体でも細胞質顆粒の形成は見られたが、ジンクフィンガーモチーフに点変異を導入した変異体では、これがほぼ消失した。ここから、RNA結合に必要な領域が細胞内局在にも関わることが明らかとなった。

3. 筋強直の分子機構とRNA結合タンパク質

 DM患者の細胞では、幾つかの遺伝子のスプライシング異常が報告されている。これまで、これらの異常の多くは、CELFファミリーに属するRNA結合タンパク質であるCUG-BPによって引き起こされると言われてきた。CELFファミリーはスプライシングや翻訳の制御に関わることが知られている。DMではCUG-BPの発現量が正常と比べて増大しており、CUG-BP活性の上昇がスプライシング異常を引き起こすとされている。

 スプライシング異常の見られる遺伝子の一つ、骨格筋特異的塩素チャネルCLC-1/CLCN1は、DMにおいて最も特徴的な症状である筋強直に関わると考えられている。CLC-1は筋肉での塩素イオン透過性に関わり、この機能の低下が筋強直を起こす。最近、MBNL1ノックアウトマウスにおいても、DM患者と同様のスプライシング異常が見つかった。このことは、MBNL1の機能欠損がスプライシング異常と関わることを示唆している。しかし、MBNL1の発現が塩素チャネルのスプライシングに直接影響するかは不明である。

 MBNLファミリーおよびCELFファミリーのタンパク質が、マウスの骨格筋特異的塩素チャネルClcn1のスプライシングに及ぼす影響を検証した。Clcn1にはエクソン6とエクソン7の間に選択的エクソン7Aが存在する。DMモデルマウスやMBNLノックアウトマウスでは転写産物にエクソン7Aが含まれるが、正常マウスではほとんど含まれないことが知られている。エクソン7Aが挿入された場合、機能を持ったタンパク質が発現しないことになり、筋強直に結びつく。in vivoスプライシングアッセイの結果、MBNLファミリーのタンパク質全てがエクソン7Aの挿入を抑制する活性を持ち、逆に、幾つかのCELFファミリータンパク質がエクソン7Aの挿入を促進することが明らかとなった。一方、CUG-BPの影響はほとんど確認されなかった。以下では、Clcn1制御活性を持つCELFファミリータンパク質のうち、筋肉で発現しているCELF4と、MBNLファミリーのうちMBNL1に注目して解析を行った。両者の共発現の結果から、MBNL1とCELF4は拮抗的にClcn1のスプライシングパターンを制御し得ることがわかった。また、点変異体を用いた結果から、MBNL1のスプライシング制御活性にはRNA結合能が必須であることが示唆された。次に、Clcn1の欠失変異体を作製し、スプライシングに関与する機能領域を検討した。この結果、MBNL1がのイントロン6のスプライシングを抑制することがわかった。そこから、MBNL1応答領域が、イントロン6の3'スプライス部位付近であることが示唆された。MBNLがClcn1イントロン6の3'スプライス部位を抑制し、イントロン6の5'スプライス部位とイントロン7Aの3'スプライス部位のカップリングを促進し、その結果としてエクソン7Aが挿入されなくなると考えられる。CELF4の応答領域はこれまで不明であるが、何らかの機構でスプライソソームによるエクソン7Aの認識を促進することが推測される。

 以上の結果から、MBNL1はClcn1のスプライシング制御活性を持ち、転写産物からのエクソン7Aの除外に寄与することが明らかとなった。ここから、MBNL1が機能低下することで、塩素チャネルのスプライシングに異常が生じることが裏付けられた。

審査要旨 要旨を表示する

 筋強直性ジストロフィー(Dystrophia Myotonica, DM)は常染色体優性の遺伝性筋疾患であり、筋強直という特有の症状を示すほか、白内障、インスリン耐性、精神遅滞、内分泌異常など、筋以外の臓器でも症状を呈する点が特徴的である。DMの原因遺伝子は2つ特定されており、DM protein kinase(DMPK)遺伝子の3'非翻訳領域のCTGリピート配列の伸長、または、ZNF9遺伝子イントロン1のCCTGリピート配列の伸長が確認されている。現在、DM発症機構の仮説として有力視されているのは、RNAとして転写されたリピート配列が細胞に何らかの悪影響を及ぼす可能性である。伸長したCUG/CCUGリピートRNAが、特定のタンパク質を異常に捕捉するなどして、細胞機能に影響を与えると考えられる。

 本論文では、DM発症機構を探るため、CUG/CCUGリピートに結合するタンパク質の性状・機能を解析することを目的とした。これまで、RNA結合タンパク質MBNL1がCUG/CCUGリピートに結合することが明らかにされている。さらに、MBNL1ノックアウトマウスがDMの一部の症状を再現することが報告されており、このタンパク質の機能障害がDM発症の要因の一つであることが強く示唆される。そこで、本論文ではMBNL1に注目して解析を行った。

 本論文は以下の3つの部分から構成される。

1. MBNL1のRNA結合特異性の解析

 MBNL1のRNA結合配列特異性を明らかにするために、yeast 3-hybrid systemを用いて多種のRNA配列とMBNL1の結合を比較検討した。その結果、MBNL1はCCUG、CUGだけでなく、CAAG、CUUG、CCG、CAGなどのリピート配列と結合性を示し、一方、CGGG、CGG、CUGGなどGリッチなリピート配列には結合性を示さなかった。ここから、MBNL1の認識配列はCHHGまたはCHGリピート(HはG以外の塩基)であると推測した。CHHGリピートに対する結合性は、MBNL1の組換えタンパク質を用いたゲルシフト法においても確認された。CHHGリピート配列は、ミスマッチを含む二本鎖ヘアピン構造をとると予測される。また、MBNL1はCUGおよびCAGリピートに対しては結合性を示したが、これら両者からなるミスマッチのないCUG・CAGリピートのヘアピンRNAには結合性を示さなかった。このことは、ミスマッチの部分の存在がMBNL1のRNA認識に重要であり、これまで例のないRNA結合特性を持つ可能性を示唆している。

2. MBNLファミリーの機能ドメイン解析

 MBNL1は4つのC3Hタイプのジンクフィンガーを持ち、2つはN末端側、もう二つは中央部に存在する。また、多くのスプライスバリアントを持ち、C末端側のエクソン構成は変化に富んでいる。これらの領域のうち、RNAとの結合および細胞内局在に寄与する領域を、欠失または点変異体を用いて検討した。その結果、4つのジンクフィンガーとそれらの間の領域、すなわちN末端領域がRNA結合に十分であり、C末端側は必要でないことがわかった。この結果から、現在9種類知られるMBNL1のスプライスバリアントのうち、CUG/CCUGリピートの影響を直接受けるものとそうでないものがあることが示唆された。さらに、MBNL1の細胞内局在を検討した。多くのスプライスバリアントでは、核または細胞質に局在が認められ、細胞質顆粒の形成も見られた。一方、C末端領域に特定のエクソンを持つスプライスバリアントは核にのみ局在した。このことから、少なくとも一部のスプライスバリアントではC末端領域が細胞内局在に影響を及ぼすことが示唆された。以上の結果より、MBNL1におけるドメイン構成とその機能が明らかとなった。

3. 筋強直の分子機構とRNA結合タンパク質

 DM患者の細胞では、幾つかの遺伝子のスプライシング異常が報告されている。これまで、これらの異常の多くは、CELFファミリーに属するRNA結合タンパク質であるCUG-BPによって引き起こされると言われてきた。CELFファミリーは、スプライシングや翻訳の制御に関わることが知られている。DMではCUG-BPの発現量が正常と比べて増大しており、CUG-BP活性の上昇がスプライシング異常を引き起こすとされている。

スプライシング異常の見られる遺伝子の一つ、骨格筋特異的塩素チャネルCLC-1/CLCN1は、DMにおいて最も特徴的な症状である筋強直に関わると考えられている。CLC-1は筋肉での塩素イオン透過性に関わり、この機能の低下が筋強直を起こす。最近、MBNL1ノックアウトマウスにおいても、DM患者と同様のスプライシング異常が見つかった。このことは、MBNL1の機能欠損がスプライシング異常と関係があることを示唆している。しかし、MBNL1の発現が塩素チャネルのスプライシングに直接影響するかは不明である。そこで、本論文では、MBNLファミリーおよびCELFファミリーのタンパク質が、マウスの骨格筋特異的塩素チャネルClcn1のスプライシングに及ぼす影響を検証した。

 Clcn1には、エクソン6とエクソン7の間に、選択的エクソン7Aが存在する。DMモデルマウスやMBNLノックアウトマウスでは転写産物にエクソン7Aが含まれるが、正常マウスではほとんど含まれないことが知られている。エクソン7Aが挿入された場合、機能を持ったタンパク質が発現しないことになり、筋強直に結びつく。in vivoスプライシングアッセイの結果、MBNLファミリーのタンパク質全てがエクソン7Aの挿入を抑制する活性を持ち、逆に、幾つかのCELFファミリータンパク質がエクソン7Aの挿入を促進することが明らかとなった。次に、Clcn1の欠失変異体を作製し、スプライシングに関与する機能領域を検討した。この結果、MBNL1がイントロン6のスプライシングを抑制することがわかった。MBNLがClcn1イントロン6の3'スプライス部位を抑制し、イントロン6の5'スプライス部位とイントロン7Aの3'スプライス部位のスプライシングを促進し、その結果としてエクソン7Aが挿入されなくなると考えられる。以上の結果から、MBNL1はClcn1のスプライシング制御活性を持ち、転写産物からのエクソン7Aの除外に寄与することが明らかとなった。ここから、MBNL1が機能低下することで、塩素チャネルのスプライシングに異常が生じることが裏付けられた。以上、本研究はDMの発症メカニズムの一端を明らかにしたものである。従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

UTokyo Repositoryリンク