学位論文要旨



No 119857
著者(漢字) 堀,孝一
著者(英字)
著者(カナ) ホリ,コウイチ
標題(和) 植物ウイルスベクターによるRNAi誘導系の構築と逆遺伝学的機能解析への利用
標題(洋)
報告番号 119857
報告番号 甲19857
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第561号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 佐藤,直樹
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 和田,元
内容要旨 要旨を表示する

 植物体に外来遺伝子を導入することは遺伝子の機能解析のための重要な手法である。その手法としてアグロバクテリウムを利用して導入する方法や、パーティクルガンによる直接導入法が広く用いられている。しかし、これらの方法で得られる組換え植物の作製は多くの時間と労力が必要である。新たな植物体に外来遺伝子を導入する別の手法として、植物ウイルスベクターを利用する手法がある。植物ウイルスを利用すると短時間にベクターを構築でき、導入が容易である。

 私は修士課程においてトマトモザイクウイルス(ToMV)を母体とするウイルスベクターTocJ を作成した。TocJ はタバコをはじめとしたナス科において外来遺伝子を発現し、植物体全身に移行することができた。

 遺伝子導入は外来タンパク質の発現のほか、機能破壊にも利用することが可能である。遺伝子の機能破壊は機能の解析に有効な手法のひとつであるが、植物では相同組換えを利用した遺伝子ノックアウトの系は確立されていない。その中で最近、植物においてもRNA interference(RNAi) により遺伝子の機能破壊を試みることがおこなわれつつある。RNAi とは内在性遺伝子と外来性遺伝子同士の相同性に依存して双方の発現が抑制される現象である。植物ウイルスベクターのメリットは短期間に遺伝子を導入しその効果を検討できることであり、植物ウイルスベクターによるRNAi の誘導により、内在性遺伝子の発現を抑制することができれば、遺伝子の機能解析のツールとして非常に有効なものになると思われる。しかしながら現在まだ応用例は少なく一般的なツールとしては用いられるにいたっていない。

 本研究ではTocJ で蓄積した情報をもとに、まずはタバコにおいて、植物ウイルスベクターを用いたRNAi の誘導系を確立した。その系を用いてγチューブリンの機能解析を行った。次にシロイヌナズナにおけるRNAi 誘導の技術開発を行い、RNA 依存性RNA ポリメラーゼ(RDR)とウイルス抵抗性の関連の解析、Nonsense mediated mRNA decay(NMD)の機能解析に応用した。

1.植物ウイルスベクターTocJ によるRNAi の誘導と改良

 植物ウイルスベクターによるRNAi 誘導系を構築するために、TocJ を用いたタバコでのRNAi の誘導をフィトエンデサチュラーゼ(PDS) mRNA を標的として検討を行った。しかしながら、RNAi の誘導は確認されたが、同時に強い病徴も引き起こし、形態などの表現型を観察するツールとしては適していないことが明らかとなった。そこで弱毒ウイルスL11A をベクターの母体とすることによって病徴の軽減を試みた。作成した弱毒ウイルスベクターLcJ にPDS mRNA の一部を組み込み、RNAi の誘導を試みた結果、LcJ/PDS は顕著な病徴をしめさずRNAi を誘導することができた。

 LcJ ベクターを用いたRNAi 誘導の応用としてγ-チューブリンの解析を試みた。γ-チューブリンは生命活動に必須であり、従来の手法では機能破壊株を得ることが難しい。一方ウイルスベクターによるRNAi 誘導は成長後にmRNA 発現抑制を行うためγ-チューブリンにおいても発現抑制による表現型が観察できることが期待された。その結果γ-チューブリンmRNA のRNAi を誘導した植物体は萎縮(図1)やトライコームの形態異常、孔辺細胞の分裂異常などの表現型を示し、γチューブリンが細胞伸張に関わる可能性を示唆した。以上によりウイルスベクターは生命活動に必須な遺伝子においても機能解析に利用できることが示された。

2.シロイヌナズナに感染するウイルスベクターの構築と利用

 ナス科の植物はタバコ、トマトを初めとして農業上重要な作物であり、モデル植物として歴史が古く、多くの重要な研究がなされている。しかしゲノムサイズが大きいことなどから大規模な遺伝子情報解析は現在はじまったばかりである。

 一方シロイヌナズナは全ゲノム配列が決定され、豊富なEST 情報を有し、イネとならび高等植物の重要なモデルとなっている。またシロイヌナズナは多くの変異体も単離されており、ウイルスベクターによる発現やRNAi と組み合わせることでより有効に遺伝子機能解析を進めることができると考えられる。2章ではLcJ によるRNAi 誘導系によって得られた情報の蓄積を元に、シロイヌナズナにおけるRNAi 誘導系の構築、検討を行った。その結果、YogW と名づけたTMV-Cg とTMV ワサビ系統を組み合わせたウイルスベクターがシロイヌナズナにおいて有効にRNAi を誘導できることが示された。

 このYogW を用いて植物内在性のRDR がウイルス抵抗性やRNAi に関与しているかどうか、それぞれのRDR のノックダウン変異体を用いて解析を試みた。GFP を発現するYogW/GFP を用いてウイルスの感染率、細胞間移行能力、全身移行その結果、単一のRDR のみではウイルス増殖に大きな影響は及ぼしていないことが明らかとなった。しかしながら、各RDR 変異株でYogW によりPDS mRNA のRNAi を誘導し比較した結果、rdr6 変異株ではPDS mRNA の蓄積量の減少は観察されたにもかかわらず退色の表現型は極めてごくわずかしか観察されなかった(図2)。このことにより、RDR6 は成長点近辺においてウイルスを防いでいる可能性を示唆した。

 このようにウイルスベクターはシロイヌナズナの既存の変異体と組み合わせることで有効に機能解析に利用できることが示された。

3.植物ウイルスベクターを利用したNonsense mediated mRNA decay(NMD) の解析

 NMD はナンセンス変異(premature termination codon :PTC) が存在するmRNA が生体内で分解される現象で、mRNA 上の変異や異常なスプライシング産物を監視していると考えられている。植物においてもNMD 様の現象は報告されているが、植物におけるNMD の存在、機構や役割はまだ未解明であった。しかしサーベイランス複合体を形成し、NMD の中で重要な因子であるUPF1,UPF2,UPF3 に非常に高い相同性を持つタンパク質の存在がシロイヌナズナのゲノム情報上推定されている。またナンセンス変異が存在するmRNA が急速に分解される現象が報告されている事から、植物においてもNMD 機構が存在し機能していると思われる。

 本研究は、ここまでに構築したウイルスベクターを利用して、植物のNMD 現象とそれと関連が予測される因子の存在を実証し、その機能を解析することを試みた。

 NMD の一因子と考えられるAtUPF3 のGFP 融合タンパク質をウイルスベクターTogJ を利用してBY-2 プロトプラストに発現させ局在を解析した。その結果、細胞質および核に存在し、特に核内に球状の構造物を形成することを確認した。このことからAtUPF3 も他の真核生物と同様、核内でmRNA の複合体に結合することが期待される

 さらにNMD を解析するにあたって、NMD の標的遺伝子をデータベースより予測した。このNMD 標的遺伝子候補がNMD 様の分解をうけるかどうかatupf3-1 変異株を入手し検討した。その結果、実験を行った6つのNMD 標的遺伝子候補のうち5つはオルタナティブスプライシングによりナンセンス変異を持つmRNA(PTC+ mRNA) を生じ、ナンセンス変異を持たないバリアント(PTC-mRNA)と比較してすみやかに分解されていることが明らかとなった。

 NMD の標的mRNA が明らかとなったので、ウイルスベクターによるAtUPF1,AtUPF2,AtUPF3 のRNAi の誘導によるNMD 機構の抑制を試みた。その結果、転写阻害剤cordycepin 添加後のPTC+/PTC-mRNA 比の減少が有意に抑制され(図3)、AtUPF1、AtUPF2 もAtUPF3 と同様にNMD に関与していることを示唆することができた。

・考察

 各種ウイルスベクターを構築し、タバコにおいてγチューブリン、シロイヌナズナにおいてRDR およびNMD の逆遺伝学的解析に利用することを試みた。その結果、それぞれ新規な知見を得ることができた。ウイルスベクターによるRNAi は一過的であり、完全には標的遺伝子を抑制しないという特徴を持つ。よって生命維持に重要な遺伝子においても発現抑制による表現型を解析することができた。また既存の変異体と組み合わせた解析も可能であり、遺伝子導入が容易であるため、ハイスループットに多数の候補遺伝子をスクリーニングできる可能性も示された。よって従来の手法に並び、逆遺伝学的な機能解析に利用できる事が示された。今後は本研究で行ったような標的となる遺伝子があらかじめ決まっている逆遺伝学的な解析のみならず、外来遺伝子の組み込みから遺伝子導入、その解析までが短期間であることを利用して、ウイルスベクターを用いて作製したライブラリーの中から目標の表現型を探索することで、未知の標的遺伝子を明らかにする利用法も考えられる。今後ウイルスベクターがより多くの遺伝子機能解析に利用されることが期待される。

図1γ-チューブリンのRNAi の誘導による茎の伸長異常(右)矢印は感染葉から5、6枚上葉の位置を示す

図2野生型とrdr6異変体でのRNAiの誘導性の比較

発達初期にRNAiが誘導されると退色(白い部分)が現れる。

図3AtUPF1,2,3のRNAiの誘導によるNMD標的遺伝子の分解の抑制

審査要旨 要旨を表示する

 植物ウイルスをベクターとして用いる試みは、植物RNAウイルスの遺伝子操作系が確立した1980年代から検討が行われ、現在も様々なウイルスベクターの検討が続けられている。その技術はRNA interference (RNAi)と呼ばれる生物防御応答を利用した遺伝子機能破壊の技術と結びつき、植物ウイルスを用いたRNAi誘導の概念が登場した。植物ウイルスを用いたRNAi誘導は短時間にベクターを構築でき、導入が容易である。よって、新たな機能解析ツールとして期待されているが、その応用例は少なく一般的なツールとしては用いられるにいたっていない。

 そのような背景の中、堀氏はトマトモザイクウイルス(ToMV)を母体とするウイルスベクターを用いて、RNAiの誘導による遺伝子機能破壊の系を構築し、応用を試みた。

 本論文では1章において植物ウイルスベクターTocJを弱毒型ベクターLcJに改良することで、RNAi誘導後、表現型を観察する際の問題点であった病原性を軽減させることに成功した。

 そして構築したLcJベクターをγ-チューブリンの解析に利用した。その結果γ-チューブリン配列の一部を組み込んだウイルスベクターを感染した植物体は、γ-チューブリンの蓄積量の減少によると思われる萎縮やトライコームの形態異常などの表現型を示し、γ-チューブリンが細胞伸張に関わる可能性が示唆された。

この結果より、従来の手法では機能破壊株を作製できなかった遺伝子においても、ウイルスベクターにより発現抑制をおこない機能解析を試みることができる可能性が示された。 本論文2章においては重要なモデル植物シロイヌナズナにRNAiを誘導することができるベクターの構築と応用を試みた。シロイヌナズナは全ゲノム配列が決定され、豊富なEST情報を有し、多くの変異体も単離されている。ウイルスベクターによるRNAi誘導と組み合わせることでより幅の広い遺伝子機能解析を行える可能性を期待した。構築したウイルスベクターYogWはシロイヌナズナに全身感染し,RNAiを誘導することを確認した。

 このベクターを用いてRNA依存性RNAポリメラーゼ(RDR)がウイルス抵抗性やRNAiに関与しているかどうか解析を試みた。複数のRDRのノックダウン変異体とウイルスベクターを組み合わせて解析することによりを試みた。その結果、単一のRDRのみでは植物体全身でのウイルス増殖に大きな影響は及ぼしていないが、RDR6は成長点近辺においてウイルスを防いでいる可能性を示唆した。

 この結果よりウイルスベクターと既存の変異体を組み合わせて利用することで新たな解析を行うことができる可能性を示した。

 3章においては、ここまでに作製したウイルスベクターを用いNMD (nonsense-mediated mRNA decay)の解析を試みた。

 NMDはナンセンス変異(premature termination codon :PTC)が存在するmRNAが生体内で分解される現象である。多くの研究は酵母、動物で行われ、植物においては、植物におけるNMDの機構や役割はまだ未解明であった。しかしNMDの中で重要な因子であるUPF1、UPF2、UPF3に非常に高い相同性を持つタンパク質の存在がシロイヌナズナのゲノム情報上推定されている。

 そこでウイルスベクターを利用して、植物のNMD現象とそれと関連が予測される因子の存在を実証し、その機能を解析することを試みた。ウイルスベクターTogJを利用してUPF3の局在を解析し、他の真核生物と同様、核内でmRNAの複合体に結合する可能性を示唆した。さらにNMDの標的となるmRNAを発現する遺伝子を初めて明らかにし、ウイルスベクターによるAtUPF1,AtUPF2,AtUPF3 に対するRNAi誘導によってそれぞれの遺伝子がNMDに関与していることを示唆した。

 以上の結果は、植物におけるNMD機構の存在と発生過程への関与を世界にさきがけて明らかとした。またウイルスベクターの解析による迅速性を示すものともなった。

 以上の結果はポストゲノミクス解析における遺伝子機能解析の重要性が高い現状において、本論文はウイルスベクターの広範囲な利用法を検討したものであり、植物分野における遺伝子機能解析の進展に貢献することが期待されるものである。

 したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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