No | 119858 | |
著者(漢字) | 吉田,祐子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシダ,ユウコ | |
標題(和) | マウスの走トレーニングがモノカルボン酸輸送担体及び乳酸の代謝に及ぼす影響 | |
標題(洋) | Effects of running training on MCT protein and lactate metabolism in mice | |
報告番号 | 119858 | |
報告番号 | 甲19858 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第562号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章 序論 近年、乳酸は老廃物ではなく、代謝過程で産生される酸化基質の1つであることが明らかになってきている。そこで、運動時やトレーニング効果の評価に使われている血中乳酸濃度の変化は、産生された乳酸の量の変化だけを意味するのではなく、酸化された乳酸の量も考慮することが妥当であると考えられる。乳酸の産生量や酸化量には、筋肉中から血液中への放出量、血液中から筋肉中への取り込み量が関係し、その放出や取り込みにおける細胞膜の通過は、モノカルボン酸輸送担体(Monocarboxylate transporter;MCT)を介して行われる。現在までにMCTには、14種類のアイソフォームがあると報告されているが、その中でも特に、MCT1とMCT4が骨格筋に多く含まれ、乳酸の代謝に重要な役割を果たしている。またMCT1とMCT4のタンパク質量は、運動トレーニングで増加し、一方、除神経などの筋活動の低下によって減少することが今までに報告されている。このように、運動強度はMCT1とMCT4の変化の程度を調節する1つの因子と考えられるが、異なるトレーニング強度やトレーニング期間によって、MCTタンパク質量や乳酸の代謝の適応が異なることを比較検討した研究は今までにない。 そこで本研究では、トレーニングによるMCTタンパク質量と乳酸の代謝との関係を解明することを目的とし、特にトレーニング形態及び期間の違いに注目して検討を行った。本研究では、運動を行わせやすいICRマウスを用いて実験を行った。 第2章 自発的な走運動時の運動量がMCTに及ぼす影響 本研究では、運動量に注目し、運動量の違いがMCT1及びMCT4のタンパク質発現に及ぼす影響について検討した。5週齢のマウスに、自発的に走運動ができる回転ケージ自由運動(以下、自由運動)を、それぞれ1、3、6週間行わせた。各トレーニング期間終了時に、高強度運動テスト(40 m/min×2 min)を実施し、運動直後の血中乳酸濃度及びMCTタンパク質量を測定した。その結果、1週間及び3週間自由運動を実施したマウスで、高強度運動テスト直後の血中乳酸濃度と運動量との間に、有意な負の相関関係が認められた。また、運動量とMCT1との間には、トレーニング期間によって総走行距離と異なる関係が認められた。自由運動1日では、どのマウスでもほぼ同程度のMCTタンパク質量で、運動量との間に相関関係は認められなかった。しかしトレーニング期間が1週間になると、MCT1と総運動量との間に負の相関が認められ、3週間では有意な正の相関が認められた。また6週間実施したマウスでは、コントロール群と比較してMCT1が有意に増加するものの、運動量との間には相関関係は認められなかった。これらのことから、自由運動3週間と6週間の間で運動によるMCT1の増加がプラトーになる総走行距離があると考えられ、それを超えると、総走行距離が増加してもMCT1タンパク質量にそれ以上の変化は起こらないことが明らかとなった。 第3章 トレーニング形態及び期間の違いがMCTに及ぼす影響 本研究では、トレッドミルを用いて、異なるトレーニング強度やトレーニング期間が、MCT1及びMCT4タンパク質量に及ぼす影響について比較検討を行った。マウス(5週齢)を用いてそれぞれ異なるトレーニング形態で、1、3、6週間のトレーニングを実施した。トレーニング形態には、強度が低い自由運動トレーニング(前章と同様)、中強度の持久的トレーニング(25 m/min×60 min)、強度が高いスプリントトレーニング(50 m/min×10 sec×5セット)を設定した。各トレーニング終了後に、高強度運動テスト(前章と同様)または持久運動テスト(3週間のみ;25 m/min×60 min)を行った。その結果、血中乳酸濃度は全てのトレーニング期間で、3つのトレーニング群はコントロール群と比べて低い傾向にあった。特に、1、6週間の自由運動群と、3、6週間のスプリントトレーニング群、全ての期間の持久的トレーニング群で、それぞれコントロール群と比べて有意な低下が認められた。一方、持久的トレーニング群におけるMCT1は、トレーニング1週目から増加傾向にあり、トレーニング3、6週間ではコントロール群と比べて有意に増加した。スプリントトレーニング群では、トレーニング3週間でMCT1及びMCT4が共にコントロール群と比べて有意な増加を示した。さらに、自由運動群ではトレーニング6週間でMCT1がコントロール群と比較して、有意な増加が認められた。以上のことから、それぞれのトレーニング形態によりトレーニング効果が現れる時期が異なることが示唆され、血中乳酸濃度はトレーニング1週間からトレーニング効果が現れる一方で、MCTタンパク質量の適応には3週間以上の期間を必要とすることが示唆された。しかしGLUT4タンパク質量は、トレーニング1週間から増加が認められ、MCTよりも早く適応が生じることが明らかとなった。さらに、MCT1の増加にはトレーニング強度よりもトレーニング時の運動量が、MCT4タンパク質量の増加にはトレーニング時の運動量よりもトレーニング強度が、それぞれ重要な因子の1つになっていることが示された。 第4章 MCTとその他の代謝因子との関係 本研究では、運動トレーニング時の代謝に関わるMCTや乳酸以外の因子の変化にも注目し、それらの自由運動時の適応変化と自由運動量やMCT1タンパク質量の変化との関係について検討した。特に、様々なエネルギー基質の酸化を行っているミトコンドリアに着目し、ミトコンドリアのMCT1及びチトクロームc酸化酵素(Cytochrome oxidase;COx)タンパク質量、クエン酸合成酵素(Citrate Synthase;CS)活性についても検討した。前章までと同様に、5週齢のマウスを用いて自由運動を1、3、6週間実施した。各トレーニング期間終了時に高強度運動テストを実施した。さらに、脂質代謝が高まり持久能力を亢進させるといわれているカフェイン(5 mg/mL)を自由運動時に4時間、自由摂取させた実験群についても、MCTタンパク質量及び乳酸の代謝の適応変化を比較検討した。その結果、MCT1が増加している条件下では、乳酸の酸化に重要なミトコンドリアのMCT1やCOxタンパク質量、CS活性も増加していることが明らかとなった。一方、トレーニング1週間と6週間のCS活性やトレーニング1週間と3週間のGLUT4タンパク質量と自由運動量との間に有意な正の相関関係があることが示された。このことから、運動量が多いマウスほど、糖代謝が高く、さらにミトコンドリアでの酸化能も高いことが明らかとなった。 さらに自由運動時のカフェイン摂取によって、自由運動におけるMCT1タンパク質量の増加が抑えられ、MCT4タンパク質量はコントロール群と比べて有意な減少が認められた。一方、GLUT4タンパク質量では、自由運動群はカフェイン摂取の有無に関わらず、コントロール群と比べてGLUT4が有意に増加したが、走行距離の増加に伴うGLUT4の増加率はカフェイン摂取群で水摂取群よりも低下した。また、走行距離と高強度運動テスト直後の血漿遊離脂肪酸濃度との間に有意な負の相関関係が認められ、MCT4タンパク質量との間には負の相関関係が認められた。以上のことから、自由運動時のカフェイン摂取により、運動量が多いほど糖代謝が抑えられ、そのことがMCT4タンパク質量を減少させた可能性が考えられる。 第5章 総合論議 本研究によって、トレーニング形態やトレーニング期間の違いによってMCT1及びMCT4タンパク質量の増加の程度が異なることが明らかとなった。さらに、本研究のスプリントトレーニングによってMCT1だけでなく、MCT4タンパク質量も増加したことは、新しい結果であった。MCT1の増加にはトレーニング時の運動量が密接な関係を示し、MCT4の増加にはトレーニング強度が重要であることが示された。さらにこれらMCTの増加が、運動後の血中乳酸濃度を低下させる1つの要因であることが示唆された。また、タンパク質量の増加だけでなく、乳酸輸送能の亢進が血中乳酸濃度の低下に関与していると考えられ、特にトレーニング初期において、MCTの増加よりも早く乳酸輸送能の亢進が生じる可能性が示唆された。また、GLUT4タンパク質量の検討から、様々なトレーニングの実施が、まずトレーニング時の糖代謝に変化を及ぼし、そのことがMCTと乳酸の代謝に影響を及ぼす可能性が考えられた。さらに本研究において、ミトコンドリアにMCT1が存在することを示し、"Intracellular lactate shuttle"の存在を支持した。このことより、産生された乳酸を速やかにミトコンドリアに取り込むことが可能であり、エネルギー基質として乳酸を効果的に利用できると考えられる。したがって本研究より、乳酸が運動時に代謝され、糖や脂質と同様にエネルギー供給に非常に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。 以上のことから、本研究で用いたトレーニング形態(自由運動・持久的トレーニング・スプリントトレーニング)やトレーニング期間の違い、さらにトレーニング時の運動量によって、MCTタンパク質量の適応が異なることが明らかとなった。 | |
審査要旨 | 近年乳酸は糖分解の過程で一時的にできる酸化基質と解釈するのが妥当であることが明らかになってきている。こうした乳酸の代謝に際しては、細胞膜通過が必須である。ここで乳酸の細胞膜通過に関しては、単純拡散ではなく、輸送担体を介していることが明らかになってきており、1994年に乳酸の輸送担体が初めてクローニングされた。乳酸輸送担体はモノカルボン酸輸送担体(Monocarboxylate transporter;MCT)と呼ばれる。MCTには現在までに14種類のアイソフォームがあると報告されているが、特にMCT1とMCT4が骨格筋に多く含まれ、前者は骨格筋を中心とする乳酸の取り込みと酸化に、後者は骨格筋からの乳酸の放出に関係が深いことが考えられている。ただし異なるトレーニング強度やトレーニング期間によって、MCTの観点から乳酸の代謝の適応が異なることを比較検討した研究は今までにない。そこで本論文では、トレーニングによるMCTタンパク質量の変化とまたそれによる血中乳酸濃度の変化との関係を解明することを目的とし、特にトレーニング形態及び期間の違いに注目して検討を行った。 本論文では第2章から第4章で、実験結果について述べている。第2章では回転ケージ自由運動を用いて、運動量の違いがMCT1及びMCT4に及ぼす影響について検討した。5週齢のICRマウスに、自発的に走運動ができる回転ケージ自由運動を、それぞれ1、3、6週間行わせた。その結果高強度運動直後の血中乳酸濃度と運動量との間に、有意な負の相関関係が認められた。また、運動量とMCT1との間には、トレーニング期間によって異なる関係が認められた。自由運動1週間ではMCT1と総運動量との間に負の相関が認められ、逆に3週間では有意な正の相関が認められた。また6週間では、コントロール群と比較してMCT1タンパク質量が有意に増加するものの、運動量との間には相関は認められなかった。これらのことから、自発的な運動によりトレーニング初期にはMCT1が低下し、その後次第に運動量によって増加していくことが明らかになった。この増加が高強度運動直後の血中乳酸濃度がより低下することにも関係していることが明らかとなった。 第3章では異なるトレーニング強度やトレーニング期間が、MCT1及びMCT4に及ぼす影響について比較検討を行った。マウスに自由運動トレーニング、または中強度の持久的トレーニング(25 m/min×60 min)、または高強度のスプリントトレーニング(50 m/min×10 sec×5セット)を、それぞれ1,3,6週間行わせた。その結果、高強度運動直後の血中乳酸濃度は全てのトレーニング期間で、トレーニング群はコントロール群と比べて低い傾向にあった。持久的トレーニング群におけるMCT1は、トレーニング1週目から増加傾向にあり、トレーニング3、6週間ではコントロール群と比べて有意に増加した。スプリントトレーニング群では、トレーニング3週間でMCT1及びMCT4が共にコントロール群と比べて有意な増加を示した。一方グルコース輸送担体(GLUT4)はトレーニング1週から、持久的トレーニング群と自由運動群で有意な増加が認められた。そこで持久的トレーニングではMCT1が増え、スプリントトレーニングではMCT1とMCT4が増えることが明らかとなった。またそれぞれのトレーニング形態によりMCT等にトレーニング効果が現れる時期が異なることが示唆された。血中乳酸濃度はトレーニング1週間からトレーニング効果が現れる一方で、MCTの適応には3週間以上の期間を必要とすることが示唆された。 第4章では回転ケージ自由運動によるMCTや乳酸以外の因子の変化に注目した。まずMCT1が自由運動により増加している状況では、ミトコンドリアのMCT1及びチトクロームc酸化酵素(Cytochrome oxidase;COx)タンパク質量、クエン酸合成酵素(Citrate Synthase;CS)活性も増加していることが明らかとなった。そこで筋細胞全体で求めたトレーニングによるMCT1の増加は、ミトコンドリアMCT1の増加にもよっていることが示された。そこでMCT1の増加が乳酸の酸化増と関係が深いことが示唆された。 また自由運動時にカフェインを摂取させて検討すると、自由運動におけるMCT1タンパク量の増加が抑えられ、運動量とMCT1との有意な関係が認められなくなり、MCT4タンパク量は運動量との間に有意な負の相関が認められた。このことから、自由運動時のカフェイン摂取条件により、運動量とMCTとの関係が異なることがわかった。このことはカフェイン摂取による糖代謝と脂質代謝の変化が影響を与えていることが考えられる。 第5章ではこれらを受けて総合論議し、トレーニング形態やトレーニング期間の違いによってMCT1及びMCT4の増加の程度が異なることをまとめた。MCT1の増加にはトレーニング時の運動量が密接な関係を示し、MCT4の増加にはトレーニング強度が重要であることが示された。ミトコンドリアにMCT1があり、トレーニングで増加することから、乳酸をミトコンドリアに取り込み、エネルギー基質として乳酸を効果的に利用できることの重要性が考えられる。一方MCTの増加には糖代謝の活性化が関係していることが考えられた。本研究よりMCTのトレーニングによる変化の様相が明らかとなり、これによって乳酸が運動時に代謝され、運動時のエネルギー供給に非常に重要な役割を果たしていることが示唆された。 以上のように本論文では、MCTとトレーニングの観点から乳酸の代謝を検討し、多くの新しい知見を得て、また乳酸の捉え方に新たな視点を導入している。そこで審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいと認定する。 | |
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