学位論文要旨



No 119859
著者(漢字) 長沼,佐枝
著者(英字)
著者(カナ) ナガヌマ,サエ
標題(和) 東京大都市圏における住宅地の非持続性と人口高齢化に関する地理学的研究
標題(洋)
報告番号 119859
報告番号 甲19859
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第563号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒井,良雄
 東京大学 教授 谷内,達
 東京大学 助教授 松原,宏
 東京大学 助教授 永田,淳嗣
 専修大学 助教授 江崎,雄治
内容要旨 要旨を表示する

 日本では,1950〜1960年代にかけて,地方から大都市へと大規模な人口移動が起こった.大都市では膨大な流入人口を既成の住宅地だけでは受けいれきれず,深刻な住宅不足を招いた.

 高い住宅需要が持続し,慢性的な住宅不足の状況が続けば,住宅地は開発余地を求めて拡大し続けるだろうが,住宅需要そのものの低迷に加えて,住民のライフスタイルや多世代同居に対する考え方が変化している近年の状況からみて,これまでと同様に都市が拡大しつづけると想定することには無理があるだろう.

  一方,今後都市において顕在化するとみられるのが人口高齢化である.都市における人口高齢化のメカニズムは,概念的には第一世代の地区内定住傾向の高さと,第二世代の地区外転出により説明できる.このうち第二世代の地区外転出に着目すると,その理由は地区で生活し,住み続けるために必要な住宅地の機能の問題に帰着される.仮に,住宅地が持続できる機能を保持していれば,第二世代が転出しても,新たな住民の転入が期待されるため,地区の人口高齢化に歯止めがかかる.こうしたメカニズムが存在するが故に,住宅地としての持続性に問題を持つ地区が衰退へと向かう初期段階において,見かけ上の老年人口比率の上昇,つまり人口高齢化が目に見える兆しとしてあらわれる.そこで,本研究では東京大都市圏の住宅地における人口高齢化のプロセスを追うことで,住宅地が持続できず衰退していくメカニズムを明らかにすることを目指した.

 第1章では,既存研究の整理と作業課題の設定を行った.まず高齢者の居住環境や地域差ならびに東京大都市圏における住宅地の遷移に関する研究を整理した. 欧米での高齢者の居住環境に関する研究は,都市計画に高齢者居住の視点を織り込む重要性を指摘している.欧米の地域差に関する研究は,高齢者の移動の影響を明示的に扱っている点で一定の到達点を見ている.しかし高齢者の移動率が高く,その動向が人口高齢化の決定的な要因である欧米とは異なり,基本的に高齢者が移動しない日本に欧米のモデルを適用することは難しい.その上,日本で地域差を生み出すのは,第二世代の動向である.それゆえ,彼らの居住動向に注目することが重要となる.また,日本の地域差に関する研究から,都市圏レベルでは人口高齢化の基本的なメカニズムは解明されている.しかし,住民の移動は住宅地の持つ構造的な理由に寄るところが大きく,この現象の根本的なメカニズムを理解するには,ミクロスケールで住民と住宅地の状況を分析することが不可欠である.そのため,独自にミクロデータを収集・分析する方法が必要となる.また,住宅地の遷移に関する研究では,住宅地の持続性に対して分析視点としての人口高齢化の有効性が指摘されているが,実証研究は少ない.

 第2章では,東京大都市圏における2000年と2015年の老年人口比率の分布から,人口高齢化の地域差を観察した.2015年のデータはコーホート変化率法を用いた将来人口推計によっている.この結果から,人口高齢化が進む地区が時間の経過とともに,内側と外側で入れ替わる構造になると予想された.つまり,住宅地としての成立が早い地区ほど,地区の人口高齢化が進んでいると考えられる.次に,人口高齢化の進展速度を確認したところ,将来的にインナーエリアとインナーサバーブの人口高齢化は安定し,アウターサバーブでは急速に人口高齢化が進むことがわかった.以上から,都心地区とインナーサバーブ,ならびにアウターサバーブを調査地区に設定した.

 第3章では,東京都千代田区を事例に,都心地区における人口高齢化を土地資産の利用と居住環境から説明した.多くの第二世代は,1990年前後の地価の高騰を背景に,不動産に対する資産活用者としての行動から地区外へ転出していた.また,地価の高騰は,住宅地を業務地へと変化させ,地区の居住環境を大きく変えていた.

 第一世代は高い定住意向を持つものが多いが,都心地区の居住環境からみて,彼らが単独で地区内に住み続けることは難しいので,将来的に地区外へ転出する可能性が高い.また,第二世代が戻る可能性や新たな住民が転入する可能性も低い.したがって,都心地区は,住宅地としての機能を維持できず,いっそうの人口高齢化と人口減少が起こると予想される.

 第4章では,東京都荒川区を事例に,インナ−サバーブにおいて住宅更新の困難性が人口高齢化に及ぼす影響を明らかにした.この地区で,多世代同居を行うには住宅更新が前提となるが,土地利用上の問題と土地・建物に関する非現実的な法規制が,住宅更新を事実上難しいものにしていた.そのため,第二世代は結婚・就職を機として,地区外へ転出していると考えられる.このことが,各家の更新意欲を低下させ,いっそう住宅更新が進まない状況を作り出していた.さらに,職業やライフスタイルが第一世代と異なる第二世代が近隣に住む可能性は低いとみられる.よって,インナーサバーブでは住宅地の土地・建物の現状と法規制の不整合から,空家や空地を抱える住宅地が増えると予想される.

 第5章では,東京大都市圏のアウターサバーブを対象に,住民のライフコースから人口高齢化を説明することで,住宅地としての存続が困難になるプロセスを検討した.この地区は,高度経済成長期に,地方から大都市へ移動してきた膨大な流入人口の住宅需要を満たすために開発され,大量の住宅を供給してきた歴史がある.

 アウターサバーブの住宅地は,住宅団地を中心とする,人口高齢化が早くに進む地区と緩やかに進む地区にわけられる.また,遠距離通勤など通勤圏としての条件が悪い地区ほど,人口高齢化の進展が早いと予想された.

住宅団地の入居者の年齢は特定の年代層に偏る傾向が強く,住民のライフコースはきわめて類似していた.したがって,アウターサバーブの人口高齢化は,似通ったライフコースを持つ同年代の住民が大量に入居していることが原因であり,彼らの加齢によって起こる不可避の現象であると考えられる.また,人口高齢化の地域差は,第二世代の離家にともなう時間的な揺れと,新たな入居者の有無による見かけ上のものとみられる.一部の地区では新たな入居者もあるが,彼らは地元中心の生活空間を持つため,住宅地を維持できるだけの住民の転入は見込めないだろう.したがって,アウターサバーブでは,ほぼ同時期に急速な人口高齢化が起こり,莫大な数の高齢者が出現すると予想される.すでに条件の悪い住宅地では,人口減少やバス路線の統廃合,さらに空家や空地が増加し始めている.このような住宅地では,最終的には住民がいなくなる事態も考えられ,アウターサバーブに,過疎化やゴーストタウン化した住宅地が大量に出現する可能性が危惧される.

 上記の人口高齢化のプロセスを踏まえて,住宅地の非持続性を検討する.住宅地の抱える問題の本質は,大都市圏のなかで住宅需要が低下するとみられる点にある.現時点で人口高齢化が進んでいる,あるいは進むと予測されるのは,本来住宅地としては適地ではなかった地区か,もしくは大都市圏の拡大の過程でそうなった地区である.これらの地区が,住宅地としての適性を欠いているにもかかわらず,今日まで成立し続けてきたのは,高い住宅需要に裏打ちされていたためである.ゆえに住宅地が持続できないメカニズムは,住宅需要の低下を根底において考えることが必要となる.

 都市における人口高齢化は,第二世代の動向に大きく影響される.彼らの地区外転出は,住宅地の抱える個々の問題によって構造的に生み出されたものである.この住宅地の問題は,都市構造状の位置や地区の歴史によって,様々な形で表れるが,住宅地としての競争力が低いという点で共通点を見出せる.これらの地区では,第二世代の転出だけでなく,新たな住民の転入も困難である.そのため,地区の年齢構成が非高齢者層を欠いた形になり,世代間の継承がうまく行われない状況が生じたことで,見かけ上の人口高齢化が進んでみえていたのである.

 住宅地が持続できなくなるメカニズムは,地区の年齢構成が偏ることから始まり,4つの段階を経て進むと考えられる.

第一段階.

 すでに開発を終えた住宅地では新たな住民の転入が絶えるため,第二世代の転出によって人口が減少する.

第二段階.

 住民の生活を支えていた店舗が人口減少によって経営を維持できなくなり,生活インフラの空洞化が起こる.そのことが,居住環境の悪化を招き,さらなる住民の地区外転出を推し進める.ここで住宅地から他の用途に転用が可能であれば,形を変えた都市空間として存続できる.

第三段階.

 地区人口の激減によって,公共交通などの公共生活インフラが維持できなくなる.この段階では地区に残っていた住民も地区外へ転出し,ますます人口減少が進み,住宅地に空家や空地が出現する.

第四段階.

 最終的には,空家と空地が並ぶ無人のゴーストタウンのような住宅地が形成される.

 この現象は引き起こされる要因は異なるが,山間地でみられる過疎化現象と同じプロセスを踏んでおり,大都市圏において過疎化した住宅地が大量に出現する可能性が危惧される.また,このことで大都市圏では2つの問題が生じると予測される.第1は最後まで地区内に住み続けた住民に対するエンドケアであり,第2は都市空間の維持である.特に,第2の問題に関しては,住宅地が相次いで崩壊していけば,都市空間に担い手のいない空間が出現し,維持管理がなされない混沌とした空間が形成されることになる.よって,将来的な都市空間の変容をみすえ,我々の都市空間に対する捉え方を根底から変える必要性を指摘できる.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,日本の大都市圏における住宅地の非持続性を,人口高齢化のプロセスに即して検討しようとしたものである.高度成長期の日本では,地方圏から大都市圏へ大量の人口が流入し,それに対応した住宅需要の高まりによって都市空間が外縁方向へと拡大した.しかし最近では,人口流入が沈静化し,少子化の進行もあって,住宅需要は低迷しており,新規の住宅地開発はもとより,既存住宅地の安定的な維持すらも困難になっていく事態が予想される.もちろん,現時点では,そうしたプロセスはまだ萌芽の段階であり,住宅地の衰退という現象は,目に見える形では顕在化していない.そこで,本研究では,住宅地区における高齢者比率の上昇,すなわち人口高齢化をメルクマールとして,住宅地衰退のメカニズムを分析しようとした.都市部の住宅地における人口高齢化を引き起こす第二世代の地区外転出は,住宅地機能の低下によってもたらされるため,住宅地の現実の衰退に先行して,人口高齢化がはじまると考えられるからである.なお,本研究で取り上げる事例は,東京大都市圏内の各地域に立地する住宅地である.

 第1章では,研究の背景と既存研究の整理から導かれた課題を提示し,本研究の論点を整理した.第2章では,東京大都市圏における住宅地域の拡大過程を整理し,今後の人口高齢化の空間的動向を,1km地域メッシュ単位での将来人口推計を行うことによって予測した.その結果,人口高齢化は,都心に比較的近い住宅地でまず進行するが,近い将来,都心から遠く離れたアウターサバーブが急激かつ深刻な人口高齢化に直面するであろうことが示された.

 第3章以下は独自の調査にもとづく,人口高齢化の実態分析である.第3章では,大都市圏都心地区の居住者が所有する不動産資産利用と居住動向を分析した.その結果、1990年前後の地価高騰期に進行した併用木造住宅から中層ビルへの更新の際に,高齢化した親世代が新ビル内に留まったのに対し,子世代は不動産経営上の合理性から地区外へ転出し,その結果,地区の生活基盤の弱体化を招いたことが示された.第4章のインナーサバーブの事例では,土地利用・建物に関する法規制を分析した.その結果,住宅地の現状と法規制との不整合によって,住宅の更新が困難になったために,第二世代の地区外転出が激化していることが明らかにされた.第5章のアウターサバーブの事例では,大規模な質問紙調査の結果から住民のライフコースを分析した.こうした住宅地では,個々の開発時期の如何に関わらず,入居者が,高度成長期に大都市圏に大量流入したいわゆる「拡大団塊の世代」に偏る一方,その後の全般的な住宅需給の緩和から,第二世代の流出が激しく,今後10年程度の間に人口高齢化が急速に進むと予測される.

 最後の第6章では,以上の分析で得られた知見にもとづいて、今後、大都市圏の少なからぬ地区において住宅地が維持できなくなり、都市空間の縮小という、日本ではこれまで経験されたことのない事態に直面する可能性を指摘した.

 以上のように,本研究は,現時点では顕在化していない住宅地の非持続性を人口高齢化という視点から検討し,日本の大都市圏における都市空間の縮小という新しい事態を,実態分析および推計データに基づいて,具体的に予測したという点で独創的であり,都市地理学のみならず人口学など関連分野においても大きな学術的貢献が認められる.よって,本審査委員会は,本論文の提出者である長沼佐枝は博士(学術)の学位を授与される資格があるものと認める.

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