学位論文要旨



No 119860
著者(漢字) 安部,淳
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ジュン
標題(和) 寄生バチMelittobia australicaの示す極端な雌偏向性比 : 雄間闘争と羽化パターンの効果
標題(洋) Extremely female-biased sex ratio in a parasitoid wasp Melittobia australica : effects of lethal male combat and emergence pattern
報告番号 119860
報告番号 甲19860
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第564号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,正和
 東京大学 教授 松本,忠夫
 東京大学 助教授 伊藤,元己
 横浜国立大学 教授 松田,裕之
 九州大学 助教授 上野,高敏
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

 Melittobia australica(ヒメコバチ科)は、単独性の狩りバチやハナバチの前蛹・蛹に寄生する多寄生バチである。本属には極端な性的二型があり、矮小翅を持つ雄は分散せず、交尾は同じ寄主上で羽化した雌雄どうしで行われる。よって、局所的配偶競争(LMC)の理論 (Hamilton 1967) が適合される状況であると考えられる。LMC理論によれば、寄主に1頭の雌親のみで産卵する場合には、兄弟間の競争を避けるため、雌に偏った性比で産むと予想される。一方、複数の雌親が同一の寄主に産卵する場合には、雌親数が増加するに従いLMCの状況は崩れ、次世代ではランダム交配に近づくため、性比(雄の割合)は50%に向かって増加する。

 本種では極端に雌に偏る性比が知られている。また、雄成虫間では激しい殺し合いの闘争を行なう。よって、本研究では、まず異なる雌親数ごとの性比と雄間闘争の強さを測定し、両者の関係について考察する(第2章)。次に、この雄間闘争の効果をLMCモデルに組み込み、雌親の産卵順序によってそれぞれの雌親について最適性比を求める(第3章)。第3章で得られたモデルの結果を検討するため、順番に産卵した雌親それぞれの子供の性比と羽化パターンを測定する。また、兄弟どうしによる雄間闘争の強さについても測定し、雌親にとっての最適な産卵のパターンについて考察する(第4章)。最後に、雄間闘争により羽化する順序によって競争能力に非対称性がある状況下において、雌雄の産み方の最適なスケジュールと性比を動的ゲーム理論を用いて予想する(第5章)。

第2章 異なる雌親数ごとの性比と雄間闘争の強さの関係

 室内実験により、雌親数が変化した場合の性比の測定、及び雄成虫間の闘争実験を行なった。実験的に雌親数を1,2,4,8,16と操作してオオハキリバチの前蛹に産卵させたところ、子供の性比は雌親数によらずほぼ一定した雌偏向性比を示した。この性比パターンは単独産卵時にはLMCモデルの予想どおりであるが、複数雌における寄生でも依然として極端な雌偏向性比は、モデルの予想に従わない。自然条件下でも複数寄生は確認されており、この性比パターンは既存のLMCモデルだけでは説明することができない。

 なお、PCR検査法により、本種は宿主の性比を操ることで知られる細胞内共生細菌Wolbachiaに感染していることがわかった。しかし、抗生物質処理によりWolbachia非感染の系統を作成し、感染系統と同様な性比測定実験を行ったが、両系統間(W+系統とW−系統)で有意な性比パターンの違いは見られなかった。

 一方、当日に羽化した雄と羽化する直前の蛹末期の雄を導入する1対1の闘争実験を行なった。その結果、先に羽化した個体の方が圧倒的に勝ちやすい(遅れて羽化する相手を殺す)傾向が確認された。これらの結果により、羽化時期前後の雄は闘争に弱く殺されやすいため、複数の雌親が順番に寄主に産卵する場合、後から産卵する雌親は雄をあまり産まないのではないかと示唆された。

第3章 雌親の産卵順序による雄の競争能力の非対称性と最適性比

 雌親の産卵順序に依存した雄間の競争能力の非対称性により、本種の性比パターンを説明できるかどうかを検討するため、数理的なゲーム論モデルを作成した。Suzuki & Iwasa (1980)による2頭の雌親が順番に1頭の寄主に産卵する場合(先手と後手が生じる状況)のLMCモデルを改変して、後手雌の息子は雄間闘争により殺されやすい状況を考えた。相手の性比を確認できない場合の進化的に安定な性比(Nash解)と、後手が先手の性比を確認できる場合の進化的に安定な性比(Stackelberg解)を求めた。その結果、Nash解では予想に反し、後手雌はむしろ多くの雄を産むという結果が得られた。これは、後手雌は雄を産んでも殺されやすいが、もし生き残った場合に大きな繁殖成功を獲得できると期待されるため、少ない可能性に多くの雄を投資することのほうがむしろ有利であるためと考察された。一方、Stackelberg解では、後手の雌親は雄を産まないという結果が得られた。したがって、Melittobiaに性比を認識能力があると仮定すれば、複数産卵時においてもこれまでのLMCモデル(雄間闘争のないNash解)よりずっと雌偏向性比を示し、本種の性比パターンに雌親の産卵順序による雄の闘争能力における非対称性が影響している可能性が示唆された。

第4章 各雌親の産む性比に対する子の羽化パターン及び血縁度の異なる雄間における闘争の強さの影響

 実際に、雌親が順番に産卵する場合、第3章のStackelberg解による理論が予想するように先手と後手は異なる性比で産卵し、後手となる雌親は雄を産まないのか?このことを明らかにするため、マイクロサテライトDNAのプライマーを開発し、親子判定法を確立した。これにより、先手雌・後手雌の子の性比をそれぞれ別々に測定した結果、後手のほうが有意に高い性比(雄率)を示すものの、両者の性比とも極端な雌偏向であった(先手雌1.1%,後手雌2.7%)。この結果は、Nash解にもStackelberg解の予想にも合わない。

 子世代の羽化期間は長く、モデルの仮定に反し両者の息子は混じり合って羽化することがモデルの想定する状況との相違と考えられる。そして、両者の息子は、集中することなく比較的長い期間をかけて、少数ずつ羽化してくることがわかった。

 次に、雄間闘争の強さは相手雄との血縁度の違いによって影響を受けるのかを調べるため、血縁度の異なる2頭の雄の組み合わせを複数用意し、闘争の強さを測定した。その結果、兄弟間であっても非血縁者の雄間の闘争と同じように、羽化時期前後の雄はほとんど殺されたので、雄成虫間には血縁認識は関与していないことが明らかとなった。

 以上の結果より、第3章のモデルでは先手の息子はすべて後手の息子よりも先に羽化すると仮定していたこと、雄間の闘争能力の非対称性は母親の産卵順序のみに依存すると仮定していたことが、モデルの予測と現実との相違の原因であると考えられた。また、雌親の先手・後手に関わらず、子世代の羽化順序による雄間の闘争能力の非対称性を考慮することが重要である。兄弟であっても遅れて羽化する雄は殺されやすいため、雌親は雄間闘争を避けるように時間間隔を空けて、雄を少数ずつ散発的に産んでいることが示唆された。

第5章 最適な雌雄の生産スケジュールと性比のモデル:雄の羽化順序による競争能力の非対称性の効果

羽化順序による雄間の闘争能力の非対称性により、後から羽化する雄が殺されやすい場合、雌親にとってどのような雌雄の産み方(性比と産み分けのスケジュール)が適応的なのか、時系列を考慮した数値シミュレーションモデルを作成し、動的ゲーム理論を用いて進化的に安定な性比を求めた。この場合も2頭の雌親が同一寄主に産卵する状況を考え、以下のような条件にもとづいてモデル化した。

(1) 新たに羽化する雄は、既に羽化している雄よりも雄間闘争によって殺されやすい。これらの雄の死亡率は、既に羽化している雄の数が多いほど高くなる。

(2) 雄は無事に羽化して生存している間は交尾を続けるので、将来の繁殖成功についても考慮し、生涯を通して最適に振る舞えるような雌雄の産み方を決定する。

 解析の結果、新たに羽化する雄の死亡率が既に羽化している雄数の増加にともない大きく増加する場合や、既に羽化している雄と新たに羽化する雄の死亡率の非対称性が大きい場合には、全体を通しての性比は極端に雌に偏るという結果が得られた。

 次に、既に羽化している雄や新たに羽化する蛹の雄が複数存在する場合の闘争実験を行い、そこで得られた各雄の死亡率を本モデルに組み込んだ。その結果、低い確率で雄を少数ずつ産み続けるというパターンが得られ、第4章で得られた実際の羽化パターンに定性的に一致する結果が得られた。また、雄間闘争や羽化順序を考慮しないこれまでのLMCモデルよりも、全体を通しての性比は大きく雌に偏ることが示された。

第6章 結論

 これまでの性比理論では、産卵後の雌雄の死亡率の違いは、最適性比に影響を与えないと解釈されてきた。しかし、本研究によって、雄の死亡率が雌親の産卵順序や、雄の羽化順序などによって非対称的に生じる場合には、最適性比は大きく偏ることが示された。

 M. australicaの場合には、本属で特徴的に見られる雄成虫間の闘争が影響しており、主に子世代の雄が羽化する順序により闘争能力に非対称性が生じることが、本種の雌親数によらない一定した雌偏向性比の主要な要因であることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 動物の母親はどのような割合で雄と雌を産むのが適応上有利かという性比調節の進化の問題は、進化のゲーム理論の適用と共に発展してきた進化生態学上の中心的な課題の一つである。特に、寄生蜂では未受精卵は雄になり受精卵は雌になるため、母蜂は条件に応じて雄雌の産み分けが可能であることから、この性比調節の進化ゲームを検証する際に、最も適した研究対象として扱われてきた。Hamilton (1967)は局所的な配偶集団で雄同士が雌をめぐって競争し合う状況下では、母親にとっては息子間の競争を減らす方が有利であるため雌に偏った性比で産むという、局所的配偶競争(Local Mate Competition; LMC)による雌偏向性比の理論を提唱した。

 学位申請者が研究材料としたヒメコバチ科のMelittobia australicaは、亜社会性の狩りバチやハナバチの前蛹や蛹に寄生する多寄生蜂であるが、極端に雌に性比を偏らせることで知られている。本属には極端な性的二型があり、雄は体色が薄く複眼を欠き、矮小翅を持ち分散せず、交尾は同じ宿主上で羽化した雄雌同士で行われる。よって、LMC理論がこの偏った雌性比に適用されてしかるべき状況である。しかし、本種はその理論の予測を大きく外れて極端に雌に偏った性比となっており、LMC理論が考慮していないどんな要因が関係しているのかは、未解決の問題である。申請者は、雄間の闘争がその極端な偏向性比をもたらす要因になっている可能性に注目して、実験およびモデル解析による予測を発展させた。

 学位論文全体は6章からなり、まず1章で性比調節の進化理論の背景と、研究対象としてのこの寄生蜂の特性を述べている。そして、第2章では1匹の宿主に同時に寄生する母蜂数(n)を変えて、その結果生じる子世代の性比(雄の割合, r)を調べたところ、LMC理論はr= (n-1)/2nに従って母蜂数nの増加にともなって性比は0.5(雄:雌=1:1)に近づくのが進化的に安定な戦略となるが、M. australicaはほとんど性比2〜4%を維持していることが分かった。また、雄間の闘争では先に羽化している雄個体が有利であり、遅れて羽化する雄はほとんどが蛹の時期か羽化直後に殺されることが明らかとなった。

 この2章の結果をもとに、3章では2匹の母蜂が順に同一の宿主にやってきて寄生するとき、先手と後手の違いが生じることに注目して、2人ゲームで性比調節の進化モデルを解析した。これには、雄間での闘争が見られない寄生蜂を対象に作られたSuzuki and Iwasa (1980)のLMCモデルを基礎に、そこに雄間闘争の効果を導入してモデルを変形した。そのとき、後手が先手の性比の情報を知っている場合のStackelberg解と、後手がその情報を知らないNash解との、双方の平衡解について解析した。その結果、雄間闘争を考慮しない従来のLMCモデルよりもStackelberg解の方がより雌に偏った性比を予測したので、それをもとに、本種の性比調節に関する情報利用について考察している。行動生態学分野で、動物の実例でNash解とStackelberg解を解き比べた研究は非常に稀で、その点ではたいへん貴重である。

 3章のモデルの予測に従い、4章では、先手の母蜂と後手の母蜂とで産む性比がどのくらい異なるのかを、マイクロサテライトDNAマーカーを開発して、親子判定をしながら測定している。その結果、先手の母蜂に対して後手の母蜂は少し雄の性比を上げて産んでおり、Stackelberg解の予測するパターンとは異なるものであった。結局、このM. australicaの性比調節パターンは、2人ゲームから予測されるどちらの解も当てはまらないことが明らかとなった。また、母蜂の先手・後手に関係なく、子世代は非常に長期にわたって羽化し続け、同じ母親が産する息子どうしても変わりなく激しい雄間闘争を示すという、今までMelittobia属の先行研究では全く知られていなかった事実が明らかとなった。

 そこで5章では、3章のような2人ゲームではなく、4章の結果を取り入れて、長い羽化期の中で、先に羽化する雄が遅れて羽化する雄を殺すことを基に、母蜂はどのようなスケジュールで息子を産むべきか、という性比調節のスケジュールの最適化をダイナミック・プログラミングでモデル化している。その結果、現実のM. australicaの性比スケジュールにかなり近づき、極端に雌に偏る性比調節スケジュールの予測を得ている。長期の羽化期間をもつ動物で、性比調節をスケジュールの最適化として解いた進化ゲームの解析としては初めてのものである。

 6章は総合考察で、従来は、母蜂が産下後の死亡率がどちらかの性に強くかかっても、どの個体にも等しくかかるならば、その死亡効果は性比調節の進化に影響しないと予測されていたが、羽化期の中で先と後とで雄間の死亡率に非対称性が見られる場合は、それが大きく最適性比に影響することを主張している。

 以上、本研究は、従来のLMC理論では予測できない性比調節パターンを示すM. australicaを対象に、実験とモデル解析を連携させて、その性比調節の最適化に関わる要因をあまねく解析したもので、非常にレベルの高い研究となって結実している。よって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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